すべてはリリーのために。
他人の遺品で、かつ女性同士の手紙を勝手に自分のものにして読み漁るのは、こいつやってんなあと思いました。
ほぼ余談注意。
ハロウィーンの夜。セブルス・スネイプは毎年この日に、百合の花を部屋に飾る。
ホグワーツで暮らし始めて3度か4度目かのハロウィーンで、ヴェルはそのことを聞いてきた。
「先生は、いつもこの日だけ百合の花を飾るけど、どうして」
スネイプはそのとき、「家の習慣だ」とだけ答えた。
ヴェルはしばらくこちらを見てきたが、やがて「そう」と言って、それ以上は追及して来なかった。
もうこの時ヴェルは、開心術をむやみに使うことはなくなっていた。学期中の人の賑わいに揉まれたのもあって、制御ができるようになっていたのだろうと、ダンブルドアは分析しているようだ。
生まれつきの開心術師というのは、他人の心の声に苦しむことも多く、慣れない雑踏にいると心身を害されることもあるという。ヴェルの場合も、はじめの2年ほどは、生徒で賑わう学期中、具合がとても悪そうだった。しかし、次第に改善されて、今はすっかり本調子らしい。
恐らくは、「ある種の閉心術」のおかげだろうということだ。本来ヴェルに防衛魔法である閉心術は必要ない。だが、「他者から心を拾わない」という、逆方向の閉心術を自ら発動することで、防衛機構を確立したのではないか。それは証明こそできないが、今のところ一番辻褄の合うダンブルドアの考察だった。
その影響からか、本来の開心術の方も、うまくコントロールできるようになったらしい。その分、威力も劣っているのにスネイプは気づいていた。
スネイプと出会った、あの当初のヴェルの開心術の威力でもって、スネイプの閉心術の隙を突くことができていたが、今やそれも通用しない。さらに、ヴェルとの生活で、スネイプも閉心術の腕に磨きがかかったのは間違いない。(これが後に、ヴォルデモート卿との騙し合いで真価を発揮することになるのだが。)
とはいえ、ヴェルの方も、開心術など使わずとも、スネイプが隠し事をしているのは当然肌身に感じているのだろうと思われた。スネイプだけではない。ダンブルドアも秘密まみれだと勘付いているのだろう。
しかし、無理に暴こうとはせず、その状況を甘んじて受け入れているようだった。こちらを困らせまいとしているのか、あるいはただ怖いのか。そんな彼女が健気なことには間違いがなかった。
「気になるかね」
ヴェルがまだ百合を見つめていたので、スネイプは言った。
スネイプをちらと見て、ヴェルは答えた。
「その百合の花を見るとね、私も明日のことを思い出せるのよ。明日が、パパとママの死んだ日だってことを」
(そうか、たしかにそうだ……)
ハロウィーンの次の日、11月1日はヴェルの両親の命日だ。
あの激動の日々の中で、スネイプにとっても忘れられない日の一つでもある。それらの記憶が、鮮明に蘇ってくるようだった。
ヴェルがホグワーツにやってきて最初の命日に、ダンブルドアは彼女の両親についてのことを彼女に明かした。
それを聞かされた時のヴェルは、実感がないといった色が混じっていものの、嬉しそうな様子だった。
彼らの生前の素性なども、多少詳しい話を聞かせた。父と母、どちらも親戚はほとんど居ないに等しく、そのため調査で得られる情報にも限りがあるとダンブルドアは断りを入れて、彼女に話せることだけ話した。
ダンブルドアは同時期に、両親の写真をヴェルに見せてやったりした。
生まれたばかりのヴェルと、その父と母が写っている家族写真。そして、母のコンサートの写真。
それを見たヴェルは心底驚いたようだった。
母、ダイアナはヴェルそっくりで、まさに大人になった自分を鏡に見るようだとヴェルは言った。後者の、舞台に立ってドレスを着た女性は、まるで自分の母という感覚が湧かない。だが、家族写真の方に映る、柔らかく微笑んだ女性は、確かにこのひとが母なのだという温かみを感じる、というような感想も言っていた気がする。
父親、ゼノン氏は、50歳を超える男だった。ダイアナは20代前半だったというので、かなりの年の差婚だったと言える。ダイアナの父の世代、ヴェルにとっては祖父のようにも見えるほどだ。
彼は特徴的な顔立ちをしており、娘の目からしても秀麗ではないとのことだった。そして何より低身長だった。ダイアナの方も長身ではないものの、すらりとした体躯で、それと並んでいると、より父親の小柄さが分かった。
それが、父親の血筋であるゼノン家の、近親婚を繰り返してきた歴史の影響なのは明らかだった。
不思議なことに、ヴェルには顔貌の特徴は遺伝していなかった。ダイアナそのものの顔だ。身長も、今のところは正常な成長曲線を描いているが今後どうなるかはわからない。
何事もなく育ってほしいが。
両親のことを聞いたヴェルは、それから毎年命日には、形だけの弔いをするようになった。ほとんど記憶がないにしても、親の恋しさはあるものだ。たとえ実感が湧かなくても、自分のいつかの記憶にはあるはずなのだから。
墓は生家の方にあるが、詳しい場所は魔法省によって管理されているため今は行けないと、ダンブルドアは言った。(闇の勢力が完全に消え失せ、ヴェルも成人した時に明かされる予定だ。)
また、ヴェルの両親の遺産と遺品も魔法省(というか、ダンブルドア)がグリンゴッツで管理している。他に親戚がいないため、そのようになったとヴェルには説明した。
ヴェルがホグワーツに慣れて、体調も良くなったら遺品を持ってきてあげよう、とダンブルドアは言っていた。
そしてつい先日、そろそろよいじゃろうと、その話を校長としたのをスネイプは思い出した。
ヴェルを振り返ると、もう、いつもの席に座って、マクゴナガルなどからもらったハロウィーンのお菓子の包みを折り紙にしていた。
「今度、ロンドンに行く用事がある。その時に遺品を持ってきてやろう」
スネイプは言った。
「パパとママの遺品?」
ヴェルは手を止めて、少し驚いたように言った。そしてぱっと顔を明るくして、ありがとうと礼を言った。
*
後日、スネイプがロンドンから帰ると、ヴェルはダンブルドアとチェスをしているところだった。
「先生、おかえりなさい」
ヴェルはスネイプを見るや否や駆け寄ってきた。
「ご苦労じゃった、セブルス。形見はちゃんとあったかの?」
ダンブルドアも手を止めて二人の様子を見る。
スネイプは回収してきた荷物をヴェルに差し出した。
「ありがとう、先生」
ヴェルは包みを受け取って、テーブルに戻るとチェス盤の横で包みを開けた。
グリンゴッツ銀行に収められているヴェルの両親の遺品は様々あったが、流石にすべては持ち出せない。スネイプが選んだのはゼノンの日誌、ダイアナの髪飾りといったところだった。
ヴェルは感嘆の声を上げた。
その横でダンブルドアが細めた瞳をキラキラさせて微笑んでいる。彼はスネイプが何を持ってくるか分かっていたのだろう。
これらは、スネイプとダンブルドアにとっては、目にするのは初めてではない品だった。
遺品のほとんどは、彼らの死後、回収とともに魔法省とダンブルドアの手によって検品がなされた。重要人物であるヴェルの両親の素性を調べるためである。二人はそれぞれ親族と絶縁状態であったために、情報を聞き出せる手段が少なく、僅かなツテを使って探るほかなかったのだ。
マグルの家族とはいえ、ゼノン氏は魔法族の出身(スクイブ)であるため、念のため暴露呪文をかけて、偽りがないことを確かめていた。
これらのことははヴェルには明かしていないが。
ヴェルは、まず母の髪飾りをまじまじと見て、鏡の前でつけてみた。ダンブルドアに、似合っていると褒められたりして満足すると、次に、父の日誌に手を付けた。
「開けていいのよね?」
「もちろんだとも」
ダンブルドアは深く頷いた。
それを受けて、ヴェルは分厚い表紙を開いた。
ゼノン氏の日誌には、彼の生い立ちの記録が書かれていた。純血魔族に生まれたがスクイブのため破門されたこと。マグルの世界で生き始めて、どのように暮らしたか。どのようにビジネスを興し、財を成したか。また、ダイアナとの出会いと、彼女の歌手としての経歴なども書かれていた。
ヴェルはダンブルドアとともに日誌の中身を読んだ。(その様子はさながら、孫に絵本を読み聞かせするおじいちゃんだった。)
父と母の新しいことを知り、ヴェルはそれをしみじみと受け止めているようだった。
その様子を、スネイプは少し離れた椅子に座って眺めていた。
(ダンブルドア、あなたは、そうやって時々エサをやりながら、
肝心なことはその子に隠し続けるつもりなのですよね……)
自分もそれに同意し、覚悟を決めているにもかかわらず、そう思わずにはいられなかった。
ヴェルに今明かしていることは、真相のほんの氷山の一角に過ぎない。そして将来明かせることも、限られているだろう。
特に、あの百合の花にも関わる、かの事件の裏側は、自分の死ぬ間際まで隠しておかなければならない。彼女の両親の死に、スネイプが関わっていることだけは。
ヴェルには彼らの死の原因は、単に爆発事故に巻き込まれた不運だったと伝えてある。
その爆発が、魔法界の一大事件に関わる事件であったことは、思い当たっていないだろう。
やがてはハリー・ポッターのことをヴェルも知っていくことになるだろうが、彼と己の関係も、結びつかないことが望ましい。
とはいえ、いつかは綻びは起こるのだろうが、願わくば……。
*
その日の夜。ヴェルも寝入った頃、スネイプは独り、読み物をしていた。
それは、何枚もの手紙だった。
ヴェルの両親の遺品を取りに行った際、リリーの、ダイアナ宛の手紙をスネイプは密かに回収していた。そして、ダイアナの日記も。
それはダンブルドアにも、もちろんヴェルにも秘密だった。
以前にも、リリーとダイアナの手紙のやり取りは偵察の際に読んだことがあった。だが、それは幼少のときのもの。
今回グリンゴッツの金庫に立ち行った際、新たに、スネイプがまだ読んでいない手紙の束を見つけた。それはリリーのホグワーツ卒業後に書かれたものだった。また、ダイアナの日記も、仕舞い込まれて古ぶるしくなっていたものだったが持ち帰ることにした。
それらを通して、ダイアナのリリーとの関係と、彼女の生い立ちなどが推測できた。パズルのピースを配置しながら、全体像が見えてくるように、少しずつわかってきた。
スネイプは、リリーの親友であるダイアナと、一度も面識がない。
手紙と日記を読んで、幼少のとき、ダイアナは思いのほかリリーのそば、つまりスネイプのそばに居たらしいということを知った。当時からスピナーズエンドに住んでおり、(おそらくは6歳ごろから)同い年のリリーと、姉のペチュニアともよく遊んでいたようだった。
リリーは何故、ダイアナをスネイプには紹介しなかったのだろうか。
それを疑問に思っていた。ダイアナの素性を知るまでは。
以下の点は魔法省の調査によって判明し、ダンブルドアとも共有している事実である。
ダイアナの家系は、特にマグルの世間でひどい迫害の歴史を持っていた。(大昔の魔女狩りの暗黒時代に由来するが、それも実はノウルの血であることが関わっているらしい。)
ダイアナも母子家庭で劣悪な環境だったという。
迫害から逃れるため、ダイアナの家族は代々、新しい土地で新しい知人を作る度に、名乗る名前を変えていた。特に姓の方は絶対に人に言わなかった。
そういうわけで、「ダイアナ」とは、彼女の本当の名前ではないのだ。
本名は魔法省の追跡によって判明されている。****と言うらしい。
余談だが、ダイアナは、どこで誰にどの名前を名乗ったのか、覚書きをしたためていた。それが彼女の日記にある。自分で名乗った数々の名前には、由来があるらしい。きっと思い出しやすくするためだったと思われる。
エバンズ姉妹に名乗っていた「ダイアナ」というのは、「赤毛の女の子の友達といえば」という理由で名乗ったらしい。
リリーはおそらく、ダイアナが迫害されていたことを知っていたのだろう。それをなるべく口外しないようにしていたに違いない。だから、9歳ごろからスネイプはリリーと知り合うも、ダイアナに遭遇したことはないのは、エバンズ姉妹が、幼いながらもダイアナの事情に気を使って紹介しなかったからと思われる。
思い出したくもないが、幼少期の自分は……。
いや、いい。
彼女らの手記を読んで、その他に分かったことは、リリーがホグワーツ在学中も夏休み中などに親交があったこと、3年生あたりでダイアナはスピナーズエンドから引っ越してしまったらしいということ、それ以降はしばらく手紙のやり取りも途絶えたようだということ。
しかし、成人してから再会したようだ。ダイアナは当時、歌手としての駆け出しで、業界のストレスから拒食症になっていたところ、再会したリリーに救われたとある。そして、それからは頻繁に交流するようになったようだ。お互いの結婚も祝い、こどもの出産も祝い合ったようだ。
その卒業後の期間、リリーでいうと不死鳥の騎士団の活動に明け暮れていた頃、どうやらリリーは、ジェームズやシリウスたちをダイアナの出演するオペラに招待し、彼女を紹介していたらしい。
当時デスイーターだったスネイプが、そのことを知る由もないが。
今になって、これらのことを鑑みると、やはり自分だけが取り残されていたのではと思えてならない。しかし、それが自業自得だということも、今なら脳裏を掠める余地がある。
少年だった自分、青年だった自分。どちらも、自身で差別主義を掲げ、それに浸っていたのだ。リリーのマグルの女友達を知ったとて、当時の自分は毒しか吐かなかっただろう。
今でも足を洗えていない節があるが、すべてを失った今、こうして過去の過ちを振り返ることで変わっている部分もある……だろうか。きっと。
こうしてリリーに思いを馳せることができるのも、ダイアナのおかげだとも言える。
ダイアナが受け取ったリリーの手紙には、こんな一節もあった。
『私の学校の外での親友は、ダイアナ、あなただけよ』
『学校の外』というのは、ホグワーツ、つまり魔法界の外。言い換えると、『マグル界での親友はダイアナだけだ』ということなのだろう。
リリーがダイアナに魔法のことを打ち明けたことは、生涯一度もなかったようだ。
ホグワーツに通っていたことも、自分が魔女だということも、魔法界のことも、何も伝えなかった。
最期まで、互いにありのままのでいたのだろう……。
これらのこと、ダイアナとリリーの繋がりをダンブルドアは大方把握しているが、まだ、ヴェルに伝えることはできなかった。
やがてハリーが入学してきてヴェルと同級生になった時、ハリーの母親がリリーだと知り、リリーと母ダイアナが友人だったことに辿り着くときがくるかもしれない。いつかは。
ただ、迫害の事実と、自分とリリーのことまでは辿り着かせはしない。
ハロウィーンのあの日、スネイプはリリーを失った。そればかりに目が行って、自らの愚かさに、死んでしまいたいと切望した。
だが、逃げることをあの老人は赦さなかった。
そして気づいた。あの時、同時にリリーの大切なものをも、自分は亡くしてしまったのだと。
一方で、辛うじて残った、彼女らの大切なもの。
ハリーとヴェル……。
それに思い至ったとき、一筋の光のような道が差し込んだ。彼女に贖罪ができるかもしれない道。
それがあったことに、涙を流して喜べと言う声があった。
もう、恐れない。間違えない。
スネイプは、手紙をまとめて、隠し戸にしまった。
そして、眠りに就く前に、ハロウィーンから飾り続け、とっくに枯れた百合の花を片付けた。
その時、ふと振り向いた。
薄暗い部屋に、牝鹿の守護霊がひとり。
──彼女は、じっとスネイプを見つめていた。
入学前 短編③ ハロウィーンと百合の花 完
スネイプがリリー関連の遺品を横領していたことを後に知ったダンブルドアは、クソデカ溜め息をついて呆れまくるのだった。
「見下げ果て過ぎて、逆に見上げてしまいそうじゃ」(ハンコックじゃな