面倒なので黙っていたら天才参謀と誤解されました   作:濃厚とんこつ豚無双

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第十四話 通告は守られない

ベルヴァーニュ側の返答は翌朝、磨かれた玉のように丁寧な文体で届いた。

 

丁寧であるということは、内容が穏当であることを意味しない。

むしろ逆で、穏当でない内容ほど文体だけはよく磨かれる。

人間は刃物を布で包むと、刃が消えたと思いたがる。

 

シュタインフェルト西部総監府の小会議室で、その返信を最初に読み上げたのは外務省駐在官だった。

声は平坦だが、語尾だけが少し硬い。

読みながらすでに腹を立てている人間の声だ。

 

"ベルヴァーニュ第二帝政弔問使節団は、ルサント王都の安寧及び儀礼の静粛を尊重し、王都入城を使節本体に限ることを諒承する。

ただし、使節本体に対する栄誉礼及び国境引継儀礼のため、儀礼随伴部は国境駅ヴァルモンにおいて一時下車の権を保有するものとする。

同部の帯剣及び礼装は弔意の一部を成すものとして、制限を受けない。"

 

読み終わった後、部屋は数秒だけ静かだった。

 

これは「譲った」とは言わない。

王都に入るのは諦めたが、国境駅で武装兵を降ろす権利は手放していない。

しかも「弔意の一部」だから制限するな、と。

 

最後の一文が最も引っかかる。

「制限を受けない」。この一語を入れる必要があったのか。

普通に弔問するだけなら、わざわざ「制限するな」とは書かない。

書くということは、制限されることを想定している。

想定しているということは、制限されるようなことをする気がある。

 

これは譲歩の形をした布石だ。

 

「見事なほど何も譲っておりませんな」

とメルテンス中佐が言った。

 

「王都へ入るのを諦める代わりに、国境駅そのものを舞台に変えた」

ヴァルテンベルク上級大将が不機嫌に鼻を鳴らした。

 

「しかも"引継儀礼"などという語を持ち出してきた。そんなもの、こちらは一度も約しておらん」

外務省駐在官が紙を机に置いた。

 

「向こうとしては、王都のホームに乗り込めぬ以上、せめてヴァルモンで武装した儀礼兵が公然と降りる場面を作りたいのでしょう。新聞に書ける。絵にもなる」

 

新聞に書ける。絵にもなる。

 

だがそれだけではない気がする。とクラウスは思った。

こういう時に人間が考えていることは結構単純である。

新聞の見出しが欲しいだけなら「制限を受けない」の一文は要らない。

 

とはいえ、結論が出る類の思考でもなかった。

 

「要するに、見出しの取り合いですか」

とクラウスは言った。

 

「そういうことです」

とハルトゥング少佐が答えた。彼は返答文の末尾に目を走らせながら、すでに別のことを考えている顔をしていた。

「問題は言葉ではなく、長さもですが」

 

「長さ?」

ルサント評議会の書記官が問うた。

 

少佐がベルヴァーニュ側の編成表を広げた。

使節本体七両。儀礼随伴部五両。さらに礼装騎兵用の馬車二両。合計十四両。

ヴァルモン国境駅第一ホームの有効長は、機関車込みで十一両強。

 

「このままでは第一ホームに収まりません」

少佐は言った。

「全部を本体の顔で入れようとすれば、分岐器を塞ぎ、こちらの査閲列車もルサント側の受入列車も止まります。向こうが欲しいのは儀礼ですが、線路の方はその種の詩情に一切配慮しません」

 

線路は詩情に配慮しない。少佐の言い方も、かねてからは少しだけ変わってきた気がする。

少なくとも、抜身の刃をぶつけるような真似はしなくなった。

 

ヴィルマー中将が低く唸った。

「つまり、舞台を国境駅に変えたうえで、その舞台装置そのものが大きすぎるわけだな」

 

クラウスは編成表を見ていた。

 

七両本体。五両随伴。二両馬車。

また同じだ。一つの列車に意味が押し込まれすぎている。

弔意、示威、護衛、新聞向けの景色。

そしてその意味を、文字通りの両数が支えきれなくなっている。

 

昨日の会議では紙の上で「弔意列車」と「儀礼随伴列車」に分けた。それで通った。

だが今度は紙の上だけでは済まない。

実際の駅に、実際の列車が来る。ホームの長さは変わらない。物理法則の問題だ。

そして紙の上で切り分けろと駅長に伝えたところで、外国使節相手にそれは通らないだろうと思った。

 

「ヴァルモンへ行きましょう」

とクラウスは言った。

 

ヴァルテンベルク上級大将が少し意外そうに顔を上げた。

「現場を見る必要があると?」

 

「はい。紙の上で分けるだけでは済まない気がします」

 

ハルトゥング少佐がわずかにこちらを見て、短く頷いた。

「同意します。線路の都合は、現地でしか決まりません」

 

 

 

 

ヴァルモン国境駅は、ルサント王国との境界のすぐ手前、谷を浅く削った河沿いに築かれた石造りの細長い駅だった。

 

平時なら、郵便と農産物貨車と、時おり貴族の私設客車が通る程度の場所だ。

だが今は違う。

駅舎の正面にはルサント王家の喪旗が下がり、ホームの端にはノルトマルク西方軍の歩哨が立ち、側線の向こうには黒布を巻いたルサント側の迎車が一両、静かに置かれている。

 

悲しみと警戒が、同じ色合いで並んでいた。

いや、どちらかというと警戒の方が濃かった。

王族というものは死を悼まれることすら贅沢になる。

そう思って、とたんにクラウスは嫌な気持ちになった。自分もその一部なのだ。

 

ハルトゥング少佐は到着するとすぐに駅長室へ入った。

挨拶もそこそこに、構内図と側線長と転轍器の位置を確認し、十歩も歩かぬうちに現場を掌握し始める。

 

やはりこの人は、こういう時に強い。

自分には逆立ちしてもこれはできない。

 

「第一ホーム、有効長百六十八メートル」

と駅長が言った。

 

「第二ホームは?」

 

「九十七です。だが西端の分岐器が少し癖がありまして、長い編成は避けたい」

 

少佐はうなずき、構内図に鉛筆を走らせた。

「第三側線の石炭貨車はどけられるか」

 

「午後までなら」

 

「昼前にどけろ。ベルヴァーニュ本体が七両なら第一に入る。随伴部を第三へ逃がし、馬車は貨物扱いで南荷役線へ落とす。ルサント迎車はその間、第二で待機」

駅長が目を丸くした。

 

「他の予定はどうなるのです」

 

「十四両を一つの顔で入れる余地は、この駅にはない。余地がない以上、都合の方を駅が合わせるしかない」

都合を駅が合わせる。

実に少佐らしい物言いだった。

クラウスはただ、横で黙っていることが役目だった。

 

――これなら来なくてよかったかな。

そう思いながらも、あまり信じ切れてはいなかった。

 

 

 

 

午前のうちに、ヴァルモン駅は静かに変わっていった。

構内では貨車が入れ替えられ、南荷役線から藁俵が退けられ、歩哨の位置まで少しずつ動く。

何も起きていないようでいて、すべてが何かの到来に向けて整理されている。

そういう所作だった。

 

昼を少し回った頃、北方の見張り台から汽笛が一度鳴った。

 

ベルヴァーニュ弔問使節列車だ。

 

ハルトゥング少佐が構内図から目を上げ、双眼鏡を取った。

クラウスもホーム端に出る。

谷の向こうから、黒布を巻いた前灯のついた機関車が、ゆっくり白煙を押し出しながら近づいてくる。

 

「……おかしい」

と少佐が言った。

 

「何がですか」

 

「長い」

双眼鏡を下ろさずに答えた。

「十四両ではありません」

 

クラウスは列車の影を見た。

言われてみればたしかに、事前告知より長い…ような気がする。

しかし、十四両と言われればそんな感じもする。

自分に偵察将校は全く務まらないと思った。

「数えられますか」

 

「機関車の後ろに本体七両。そこまでは告知通り。その後ろに六両……いや、七両。さらに最後尾に短い貨車が二両。十六です」

十六両。

事前告知より二両多い。

これは明らかに手違いなどではないだろう。

 

朝の返答文に「制限を受けない」と書いてあった時点で、嫌な予感はしていたが、まさかここまで露骨だとは。

あれは「今ある分を制限するな」ではなく「これから増やすものも制限するな」という意味だったらしい。

もちろんこの二つは、外交文書上では記述の区別はされない。

 

二両足した。

しかも事前告知を修正もせずに。

ヴァルモン国境駅の図面はあちらも承知している。

十六両で来れば、こちらはその分現場で対応を迫られる。

 

そしてその対応が拙ければ「ノルトマルクは弔問使節を粗雑に扱った」と書ける。

対応できれば「次は十八両でも通る」という前例ができる。

 

どちらに転んでもベルヴァーニュの得になるように設計されているように思えた。

面倒な人たちである。

葬儀が始まる前から、弔意というものをここまで露骨に捨てているとは。

 

少佐は双眼鏡を下ろした。

声には怒りより先に計算があった。

「第一ホームに入れれば西端の分岐器まで塞ぎます。第二も死ぬ。第三だけでは足りない」

 

駅長が青ざめた。

「ベルヴァーニュの使節に、ホームの無い場所で降りていただくことになるということですか」

 

「いいえ。南荷役線も使います。切り離し前提で入れるしかない。第一に本体、第三に随伴、南に最後尾二両。転轍手を増やせ。連結手を両端へ」

クラウスは最後尾の短い貨車の側面を見た。

黒布の覆いの下に、白い花輪らしいものの輪郭がある。

 

事前告知にない車は、花輪車だった。

 

花輪を二両分。

こういう時だけ、葬儀という物をうまく使う。

拒否すれば「弔意を拒んだ」と書かれる。

だが受け入れれば、事前告知にない車両を黙って通した前例になる。

 

その次に何が来るかは分からない。

楽隊車かもしれない。護衛の予備馬車かもしれない。全部「弔意の一部」で通せる。

クラウスのやり口とどこか似ていて、だからこそ予測ができた。

 

この花輪は、咲いた後に種を残す種類の花だと。

 

列車が進入してきた。

ブレーキの鳴きが谷にこだまし、黒い客車列がホームに滑り込む。

だが長すぎる編成は駅の線路配置と喧嘩していた。

第一ホームの前半に本体を収め、転轍手の旗が振られ、随伴部が第三側線へ逃がされ、最後尾の短車二両は南荷役線へ落とされた。

 

この動きはほとんど即興だった。

だがハルトゥング少佐の即興は、他の人間の計画より正確だった。

 

 

 

 

先頭車の扉が開き、黒喪服の外交官に続いて、一人の軍人が降りてきた。

 

整えられた口髭。濃い色の軍装。雨でもないのに少し湿ったように見える礼儀正しさ。

 

ド・サン=クレール少佐だ。

 

彼はホームに降り立つと、まず周囲の線路配置を一瞥し、それからまっすぐこちらへ歩いてきた。「予想と違うが、違うことは見せない」という訓練を受けた人間の歩き方だった。

 

「ライフェンベルク大尉」

流暢で穏和なノルトマルク語だった。

 

「久しいですな」

 

「ええ。再会が国境駅というのは、あまり詩的ではありませんね」

 

「お互いに構えもせず、こうして差し出しているのが右手ですから。その点は十分に詩的でしょう」

 

さらりと言った。悪くない皮肉だと思った。

彼の視線が、第三側線の随伴部と、南荷役線の最後尾短車に流れた。

 

「ずいぶんと手際のよい出迎えです。もっとも、我が方の列車が事前告知より二両多いことまで見抜かれていたとは思いませんでしたが」

 

「見抜いたのは私ではありません。こちらのハルトゥング少佐殿です」

 

少佐が一歩前に出て、必要最小限の敬礼をした。

 

ド・サン=クレールはそこで初めて彼をきちんと見た。

「ハルトゥング少佐」

 

「ええ」

 

「よい目をしておられる」

 

「使節を迎えるのに不手際があってはいけませんので」

その返答はかなり乾いていた。

ド・サン=クレールは少しだけ口元を歪めた。

 

だが、本題はそこではなかった。

 

ベルヴァーニュ側の首席使節が、先頭車から降りるなり不満を述べ始めたのだ。

もちろん議題は随伴部が別線に分けられ、花輪車が南荷役線に送られたこと。

「弔意の統一性が損なわれる」というのである。

 

弔意の統一性。

なるほど面白い言い換えであると思った。

 

こちらが謝れば「ノルトマルクは弔意を軽んじたと認めた」になる。

こちらが突っぱねれば「国境で弔問使節と揉めた」になる。

どちらでも火種にはなる。

ベルヴァーニュらしいやり口で、珍しくクラウスははっきりと小さな不快を覚えた。

 

ド・サン=クレールが使節の抗議を一度受け止めた上で、こちらに向き直った。

 

「我が方は、弔問使節本体と随伴儀礼部の区分には同意しております。だが花輪車まで荷役線へ送られるとは聞いていない。あれは荷物ではなく、弔意そのものです」

 

駅の空気が張った。

 

花輪車をたしかに「荷物扱い」と言われれば角が立つ。

だが線路の上では、角が立とうが貨車は貨車だ。

どこかに置かなければならない。ホームには入らない。

ならば別の線に置くしかない。

 

ハルトゥング少佐が口を開きかけた。

たぶん「物理的に入らない」と言おうとしたのだろう。

正しいが、正しいまま場を凍らせる可能性が高い。

そして少しだけ息を吐いて、クラウスに目配せをした。

 

花輪は最終的にはどこへ行くのか。

もちろん王都の安置所だ。

葬儀のために。

なら——先に行く、と言えばいい。

荷役線へ「落とされた」のではなく、王都へ「先に行くために分けた」のだ。

 

「花輪車は荷役線へ送ったのではありません」

とクラウスは言った。

 

使節の眉がわずかに動いた。

「では?」

 

「"先行献花列車"として、王都入りの順を整えただけです」

数人が黙った。

 

「本体車両と同時にホームに収めれば、王都側受け入れ線が乱れます。ですが、献花が先行して王都内の安置所へ送られると解すれば、弔意の序列としてはむしろ自然でしょう」

少し間を置いた。

 

「本体は使節団の弔意。献花車は先行する哀悼。随伴儀礼部は国境儀礼。それぞれ役目が違うだけです」

ド・サン=クレールはその言い方をしばらく吟味していた。

首席使節も露骨な反論はすぐには見つけられなかったらしい。

「先行献花列車」。

 

荷役線に押し込められたのではなく、先に行ったのだと書ける。

名札を与えられた以上、紙の上の体面は保てる。

 

「……なるほど」

とド・サン=クレールが言った。

「ノルトマルクは、線路上の位置関係に、妙に雄弁な名前をお付けになる」

 

「必要ですので」

 

「必要、ええ。そうでしょうな」

ド・サン=クレールは笑顔のままで背を向けた。

 

その間に、ハルトゥング少佐はすでに駅長に別の指示を飛ばしていた。

南荷役線の短車二両を、連結を保ったままルサント迎車の後ろへ回す。

本体七両はホーム停車を十五分以内。

第三側線の儀礼随伴部は下車位置を砂利帯に限定し、ホーム本体とは歩哨線で分離。

 

少佐は、クラウスが「先行献花列車」と呼んだものを、本当に先に動く列車に変えていた。

言葉が成立した瞬間にそれを実現に落としたのだ。

 

 

 

 

ほどなく、ベルヴァーニュ首席使節本体は第一ホームからルサント迎車に乗り換えた。

先行献花列車とされた短車二両は黒布を掛けられ静かに先へ出された。

第三側線では儀礼随伴兵が砂利帯の上でのみ一時下車し、短い栄誉礼を行ってから車内へ戻る。

 

ホーム本体に武装した隊伍が広がることはなく、ぎりぎり耐えられる程度の景色で済んだ。

 

すべてが一段落した後、ド・サン=クレール少佐が再びクラウスのところへ来た。ホームの端、まだ少し蒸気の匂いが残る場所だ。

「ハルトゥング少佐。よい軍人ですな」

 

「ええ」

 

「あなたより、ずっと危険だ」

 

「そうでしょうね。報告に書かれますか?」

 

「さて。事実を書いたら貴方がより評価されそうだ」

ド・サン=クレールは一度だけ真面目な顔になった。

「それが、国家におけるもっとも退屈で、もっとも厄介な真実です」

 

彼はそれだけ言って、自国側の車両に戻っていった。

ベルヴァーニュ流の皮肉だろうか。

事実を書いたら、僕は何の指示もせずに少佐の横に立っていただけの男になる気がするんだが。

 

 

 

 

夕方、ヴァルモン駅からの一連の処理は、それぞれ別の紙になって流れていった。

 

ルサント評議会向けには、

「各国弔問使節の王都入りは本体に限り、儀礼随伴部は国境駅にて式次第を了す」と。

 

西方諸邦向けには、

「ベルヴァーニュ武装随伴部は王都へ入らず。国境駅待機中」と。

 

ベルヴァーニュ向け非公式連絡には、

「先行献花列車は王都受け入れ準備の都合上、本体に先立ち進発した」と。

 

総監府に戻る馬車の中で、ハルトゥング少佐が珍しく先に口を開いた。

「先行献花列車、ですか」

 

「変でしたか」

 

「いいえ。腹立たしいくらいよく通る言い方です」

少佐は窓の外を見ながら続けた。

 

「私はあの花輪車を"最後尾二両"としか見なかった。あなたは"先に行く哀悼"と呼んだ。結果として同じ車が同じ線路を通った」

 

「弔意、弔意とおっしゃってましたので。意味を載せたまでです」

 

「それもそうですな」

少佐は笑った。

 

「でも、少佐殿がいなければ、僕はただ言葉を増やしただけで終わります」

 

「ええ。そしてあなたがいなければ、私は正しいまま詰まらせる」

その声には棘がなかった。

 

馬車はシュタインフェルトの石畳に戻り、遠くで駅の汽笛が一つ鳴った。

西方査閲は、まだ始まったばかりだ。

ルサントの継承問題も、ベルヴァーニュの視線も、これからさらに濃くなる。

 

実に面倒な話だ。

だが面倒な話を、面倒なまま処理するのが、どうやら自分の仕事らしい。

あの恋しい石炭管理表は、もう戻ってきそうになかった。

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