面倒なので黙っていたら天才参謀と誤解されました   作:濃厚とんこつ豚無双

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第十三話 グランツェル夏季演習

統暦七十七年、初夏。

 

初夏の演習地は、朝から乾いていた。

王都グランツェルから北へ列車で一時間のヘルデンフェルト演習場では、砂地と灌木の続く荒地に、白い杭と旗で仮の戦場が引かれていた。

 

観覧席は演習地を見下ろす丘に設けられており、木材はまだ新しい匂いがした。

クラウスは宰相府からの査閲観覧員として、その一角に立っていた。

 

役目そのものは穏やかである。

演習を眺めるだけで、口も出さないし欄を分けもしない。そして意見を求められることもない。

個人の感覚で言えばかなり好みな職務だった。

 

もちろん、だからと言って本当にぼーっと演習を眺めていたらどうなるか、というのも想像に難くない。

宰相府に戻れば、バルク宰相はおそらくこう言うだろう。

 

「それで、何を見たのかね」

 

その問いに対して「皆さん勇敢でした、いつ戦争になっても大丈夫です」などと答える勇気は流石になかった。

だから結局、見ながら報告できることを探さなければならない。

自分がこうしたことを探していると、真面目なのか不真面目なのかわからなくなるときがある。

 

そしてもう一つ課題があった。

春から定例となった、アンナ嬢との二週間に一度の茶会である。

そこに土産話を持ち込むのだが、その話の出来によって彼女の表情が変わる。

まあ言ってしまえばそれだけなのだが、これもまた「兵士の皆さんが頑張っていました」などと話すと彼女は困ったような顔をするだろう。

それはたぶん、あまり見たくはなかった。

その理由については、今のところ深く考えないことにしているが。

 

 

 

 

観覧台の眼下には緩い草地が広がり、その先に低い土塁、木柵、旗を持つ審判官が配置されている。

さらに遠くには、黒く塗られた人型標的が列を作って立っていた。

 

今日の演習は、西部総監府所属の数個大隊による新式小銃装備部隊のお披露目である。

軍務省、統帥府、兵站部、そして各邦軍からの観覧将校が集められていた。

つまり本日は軍事上の演習であると同時に、予算上の説明会であり、政治上の示威であり、各邦への説得である。

一つの行事がどうにも過剰に飾り立てられすぎている気がする。

まあ、どうせならまとめてやってしまえということか。

合理的なのかどうかはわからないが、とりあえず一回で済むのはよいことなのかもしれない。

 

クラウスはそう思いながら、手元の演習次第へ目を落とした。

本日の主役の名前は、なんとかお披露目までに決まったようだ。

 

七十六式ラングホルト小銃。

ハルツ式銃でも連邦式銃でもなく、開発者の名前に決まったらしい。

折衷案というか、誰もが諦めた結果なのかもしれないと思った。

 

「ライフェンベルク軍務官」

 

背後から聞き慣れた声がした。

振り返ると、メルテンス大佐が立っていた。

 

「本日は西部総監府幕僚として、宰相府の査閲のご案内をさせていただきます」

 

微笑を浮かべたメルテンス大佐は、演習場の土埃の中でさえ手袋の白さが妙に保たれている。

こうした場で見ると、それが非常に頼もしく見えた。

 

「……ありがとうございます。それにしても、とても偶然には思えない差配ですね」

 

「偶然ですよ。宰相府の査閲官と面識のある幕僚を総監府の名簿で探したところ、私しか残らなかったのです」

「探す前から結果をご存じだったのでは」

「偶然とは、だいたいそのように作られているものです」

 

メルテンス大佐は口元だけで笑った。

 

「それに、君が来るなら私が説明した方が早い。ラングホルト技術少佐だけに全て任せると、話が昼食までに終わりません」

「開発者の方でしたね」

「ええ。理屈に対しては誠実で、人間に対してはかなり不親切です」

「それは軍人としては珍しくないのでは」

 

もちろん、真っ先に思い浮かんだのはハルトゥング中佐である。

とはいえ最近は少し柔らかくなった気もするが。

 

「ラングホルト少佐の場合は、そもそも説明を理解させる気がないものですから」

 

その時、メルテンス大佐の背後からやや高い声が聞こえた。

 

「違います、大佐。理解してもらうのには前提の説明が必要だということが理解してもらえないのです」

「……お噂をすれば」

 

そこから現れたのは、小柄な中年男性だった。

年齢は四十前後に見える。

髪はやや癖があり、額の上で勝手な方向へ跳ねていて、丸眼鏡の奥の目は鋭く、頬はこけていた。

軍服の仕立ては悪くないが、胸には小さな工具入れが下がっており、手袋は片方だけしかしていない。

将校というより、軍服を着た工房の主に見えた。

 

「マティアス・ラングホルト技術少佐です。西部銃器試験委員会所属」

 

少佐は早口に名乗った。

 

「最初に断っておきますと、本銃の開発者と紹介されることが多いですが、厳密には設計改良主任です。基礎構造は複数人の成果であり、量産仕様への統合、尾栓閉鎖角の修正、撃針保持機構の改良、紙包寸法の標準化を小官が担当しました。したがって名が残るのは不正確ではありませんが、全てを小官一人の発明とするのは不正確です。もっとも、小官以外が主導していれば今でも尾栓の隙間から火が漏れていたでしょうが」

 

一息であった。

早すぎて七割も聞き取れていないし、半分も理解できなかった。

なるほど、これはハルトゥング中佐とは別物の不親切さである。

 

「……クラウス・フォン・ライフェンベルク中佐です。統帥府所属ですが、本日は宰相府軍務官として参りました」

「存じています。あなたが宰相府からの観覧員ですね。ならば最初に申し上げておきますが、本銃は安くありません。弾も安くありません。安く済ませたければ槍を持たせればいいとまず宰相閣下にお伝え下さい」

「つまり、予算については口を出すなということでしょうか」

「中佐がそう理解したのであれば」

 

メルテンス大佐が少しだけ顔を伏せた。

おそらく笑っているのだろう。良く笑う人である。

とはいえ、こうした個性はクラウスにとっては別に嫌いではなかった。

 

「承知いたしました。演習の内容と併せてお伝えいたします」

「……お願いします」

 

素直に頷いたのが予想外だったのか、ラングホルト少佐は勢いを削がれたような顔をした。

もしかすると、文句が来ると思っていて、そこへの反論でも用意していたのかもしれない。

 

「本日はラングホルト少佐自らご解説いただけるということでしょうか?」

「はい、それが小官の職務ですので。まず、これより装填法の展示をいたします」

 

丘の直下、観覧席から二十歩の草地に、兵がふたり進み出た。

ひとりは新式銃、ひとりは従来の前装銃を提げている。

「比較のため旧式から始めます」

号令は少佐が直接かけた。

前装銃の兵は薬盒から紙の包みを抜き、端を歯で噛み切って火薬を銃口へ注ぎ、弾を押し込み、槊杖を抜いて三度突き固め、槊杖を戻し、雷管を火門へ載せ、撃鉄を起こして構えた。

噛み切られた薬包紙が、風で丘の方まで飛んできた。

「所要時間はおよそ三十秒。実演者は熟練兵であります。これが戦場では汗と恐怖の分だけ延びます」

続いて新式銃の兵が前へ出る。

 

「続いて本銃」

 

兵が銃の尻の取手を起こした。小さな扉のように、銃の後ろの装填部が開く。

紙の薬包がそのまま、その口へ落ちた。

そして取手を閉じ、銃を構える。どうやらこれだけで射撃準備が終了したらしい。

 

「所要時間、およそ八秒であります」

 

観覧席から唸るような声が漏れた。

クラウスも資料としては知っていたが、実際に見るのは初めてだったので素直に感心した。

 

「次、伏射姿勢で行います。両名その場に伏せ」

 

新式銃の兵は、地面へ貼りついたまま同じ動作を済ませた。

旧式銃の兵は伏せたまま薬包を噛み切り、そこで止まった。

火薬は銃口からしか入らない。銃口を天へ向けるには、身体のどこかを起こすしかない。

兵は横へ転がり、片膝を立て、槊杖を空へ突き上げるようにして弾を送り、また伏せた。

 

「およそ四十秒です。いまの間、彼の上半身は戦場に立っておりました」

 

観覧席では小さな拍手が起こった。

クラウスも合わせて軽く手を叩いた。

これは確かに戦場を変えるものなのかもしれない。とはいえ、自分の頭では上手い使い方は思い浮かばなかったが。

 

拍手が収まりきらないうちに、各邦軍の席から老将官がひとり身を乗り出した。

 

「少佐。紙ごと呑ませて、どうやって火を点けるのだ」

 

待っていた質問だったらしい。少佐は胸の工具入れから平たい木箱を出し、蓋を開けて掲げた。

中には縦に裂かれた薬包の見本が収まっている。断面に、弾の尻、火薬、紙の層が並んでいるのが見て取れた。

 

「口火は、弾丸の尻に付いております。引金を引くと、装填部の中からこの長い針が前へ走り、紙を貫き火薬の中を通り抜けて、口火を突く。本銃が撃針銃とも呼ばれる所以です」

「針が……火薬の中を通るのか」

「はい。そこが要点です。発射のたび針は燃える火薬の只中に立ちます。故に灼け細り、いずれ折れる。試験の実測で千発に三、四本。よって兵に予備の針を二本携行させ、銃工軍曹が火線を回って交換します。交換の所要は標準四十秒。旧式銃の装填一回分であります」

 

質問は、そこから堰を切った。

射程はどうなのだ。四百歩より先では良質な前装ライフルに劣ります。

命中は。同条件で同等、汚れれば落ちます。

もっと速くは撃てんのか。訓練すれば撃てます、しかし弾薬の尽きる速さも同じだけ上がります。

要するに火力が二倍になるのだな。弾薬が二倍要る、が正確です。

 

一問ごとに答えは短くなり、短くなるほど早口になった。

たぶん、この人なりの燃費節約なのだろう。

 

 

 

 

大隊単位の実演が始まると、説明の要る場面はむしろ減った。

 

散兵線が灌木の間へ広がり、伏せる。号令、撃発、煙。その間、立っている者が一人もいない。

対抗役の前装銃大隊は、装填のたびに伏せた列の上へ上半身が順に生え、白い腕章の審判官が懐中時計を片手に、その生えている秒数を数えている。

朝の展示を見た後では、審判官が何を数えているのか、誰の目にも分かった。

斉射の音も違う。前装の斉射が太い一枚の轟音だとすれば、新式のそれは布を裂き続けるような音である。

 

「発射速度は西部の演習場では一分間に六発を記録した兵もおりました」

 

少佐が言うと、観覧席がざわめいた。

しかし、メルテンス大佐がクラウスへだけ聞こえる声で付け足した。

 

「それは私も見ましたが、先ほどから見ている限り、実戦では三発から四発見込めれば上等でしょうな」

 

そして五十発を過ぎたあたりから、頬付けをやめて銃床から顔を離して構える兵がぽつぽつと出はじめた。

どこかから、あれは何をしている、と声が飛ぶ。

 

「発射を重ねると火薬の滓が閉鎖面に溜まり、尾栓の隙間から火が目の高さへ漏れます。小官の改良前は十数発で始まった現象で、現行仕様では五十発から六十発。整備をすれば戻ります。整備をしない場合の推移は――」

「つまり、狙いはその分だけ神へ委ねられるわけです」

 

メルテンス大佐がそう訳すと、観覧席の人間が一斉に頷いた。

大した翻訳家である。

 

昼前の対抗演習では、左翼の新式銃を持った一個中隊が戦闘力喪失の判定を受けた。

携行弾薬の消費超過。つまり弾を撃ち尽くしたのである。

中隊長が審判長へ食ってかかるのが、丘の上からも見えた。

 

「弾の方が先に退きましたか」

「春に申し上げた通りです。兵は撃てるだけ撃つということでしょう。射撃統制もかなり甘かったようですし」

 

メルテンス大佐の声は満足そうでも、失望しているようでもなかった。

ただ言った通りになったことを確認しているようだった。

 

「ラングホルト少佐は、あれをどう見ますか」

 

クラウスが訊くと、少佐は双眼鏡を覗きながら答えた。

 

「予定通りです」

「弾が尽きたのにですか?」

「だから予定通りです。事前に設定した携行弾薬量では、連続射撃を許した場合、あの時点で中隊火力は維持できなくなる。演習はそれを確認するためのものです」

「つまり、少佐にとっては成功なのですね」

「はい。問題が問題として見えたなら試験としては成功です。もっと正確に言えば、銃の性能に対して現行の弾薬携行と補給手順が追いついていないことの実証です」

 

観覧席の兵站部の将校は、明らかに険しい顔を隠さなかった。

どうにかできるものなら既にどうにかしている、とでも言いたげだった。

メルテンス大佐は苦笑するしかなさそうだった。

 

「それが難しいのですよ、少佐」

「理解すべきことを理解しない機関は、銃より先に改良すべきです」

 

少佐は真顔で言った。たぶん冗談のつもりではないのだろう。

 

 

 

 

演習後、観覧台の裏に設けられた幕舎で簡単な質疑が行われた。

質疑と言っても、実際にはそれぞれの部署が自分の不安を疑問文の形にして投げる場である。

 

「全軍配備まで、ハルツの工廠の能力は足りますか」

「足りません。全邦での増設が必要です」

「各邦で製造する場合、紙包寸法の誤差は」

「許容範囲を定め、検査器具を統一すべきです。各邦ごとに勝手な紙包を作れば、戦場で銃は沈黙します」

「銃剣戦闘には耐えますか」

「耐えます。ただしそれは戦闘ができるというだけで、その後の発射については保証しません。おそらくはたいへんに高価な槍になることは間違いありません」

「濡れた弾薬については」

「濡らさないでください」

「いや、濡れた場合です」

「濡らした者を叱ってください。その上で、乾いた予備を回してください」

 

ラングホルト少佐の答えは、回を重ねるごとに早口になっていった。

おそらく、本人の中では全て前提から説明したいのだろう。

 

しかし、説明すると長すぎるし、相手は聞かない。

聞かない相手には短く言うしかないが、今度は誤解される。

この少佐は、人生のかなりの部分をその循環に費やしてきたのではないかと思えた。

とはいえ、性格そのものを擁護できる気はしなかったが。

 

最後に、財務省の役人が訊いた。

「結局のところ、七十六式ラングホルト小銃の採用拡大には、銃本体以外の費用がどれほど掛かるのでしょうか」

 

幕舎の中が少し静かになった。

みなそれを聞きたかった。あるいは聞きたくなかったとも言える反応だった。

ラングホルト少佐は、少しだけ考えた。

 

「多く掛かります」

身も蓋もなかった。

「ただし、旧式銃兵を戦場で失うよりは安い。兵は銃より高い。訓練された兵はさらに高い。下士官はもっと高い。将校については個体差がありますが、帳簿上は非常に高い」

 

財務省の役人は、笑ってよいのか分からない顔をしていた。

クラウスとしては、誰の視線も無ければ笑っていたかもしれない。

 

兵は銃より高い。訓練された兵はさらに高い。

それは確かにこの問題の答えのように思えたからだ。

 

 

 

 

散会の頃には日が傾いていた。

幕舎を出ると、丘の下では兵たちが標的の列を回収していた。

黒い人型は胸のあたりが穴だらけになっていて、係の兵がその穴をひとつずつ数えては、帳面へ写している。

撃った側も数えられ、撃たれた側も数えられる。

演習というものは、つくづく紙で出来ている。

 

帰りの馬車まで、メルテンス大佐が送りに来た。

 

「収穫はありましたかな、査閲官殿」

「ええ。報告できることを探す必要は、なくなりました」

「それは何よりです」

「ラングホルト少佐にもよろしくお伝えください。理屈に誠実な方は、報告を書く側としては大変に助かりますので」

「ほう。……伝えれば喜ぶでしょうな。表情には出ないでしょうが」

 

帰りの列車は、暮れかけた畑の間を王都へ走った。

膝の上で報告の下書きを開く。紙は一枚あれば足りる。

報告の内容は、車中で決まった。

 

"銃は出来ている。追いついていないのは、弾薬の携行と補給の手順である"

 

以下に、装填動作の対比、発射速度の実測と実戦の見込み、消費超過の判定などを並べる。

末尾に一行だけ、少佐の言葉を借りて書き添えた。

 

"兵は銃より高いことを考慮されたし"

 

さて、宰相閣下への報告はこれでよいとして、次の茶会では何から話すべきだろうか。

窓の外で、ライ麦の海がゆっくりと暗くなっていく。

 

火の中に立つ針の話なら、アンナ嬢は中々に興味を示すかもしれないが、それは軍務の報告だと言われるかもしれない。

ただ少なくとも、弾薬箱の数よりは茶会向きだろう。そう思ったところまでは覚えていた。

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