面倒なので黙っていたら天才参謀と誤解されました 作:濃厚とんこつ豚無双
「私が始めた戦争なのか、これは!」
オトフリート二世は新聞を広げたまま笑っていた。
山上宮の広間に声が響いた。
「階段だぞ、ザイラー。私が階段を造りたがったので、皇帝が戦争を始めたそうだ! それほど親切なら石工を寄越してくれればよかったのだ! あれだけ兵を持っておるのだから、何人かはいただろう! エルツの領土でバカ騒ぎをするより随分楽ではないか!」
「陛下、その先もお読みください。保護を求めたという箇所がございます。各国政府へ送った説明とも、帝国自身の声明とも異なっております」
「どこだ。……ここか。『北の要求に激怒した王は、帝国の保護を求め』。いつ求めた! 君か? 私の知らぬ間に皇帝へ泣きついてきたのか! では頼る相手を間違えたな!」
「北との取り決めを終えた後の認証写しを送っただけです。保護も仲裁も、一度たりとも求めておりません」
「では、この記者が代わりに頼んでくれたらしいな!」
王は新聞を卓へ叩きつけた。
紙の端が茶器へ当たり、ザイラーが受け皿を遠ざけた。窓の外では雪が降り続き、歌劇場の屋根も白くなっていた。
新聞の一面には講和成立の大きな見出しがあり、その下に戦争の顛末が記されている。
「まあ、怒ったところだけは合っておる。若造にもバルクにも腹を立てた。しかし払うものは払うと決めて、話は終わったのだ。これでは私が済ませた喧嘩を皇帝が引き継いで戦争を続けておったことになるではないか!」
「その点を含めて、訂正を申し入れてはいかがでしょうか。政府間では済んだ話でも、新聞を読む者はそうとは限りません。このままでは陛下が帝国を招いたことに――」
「放っておけ。訂正を送れば、今度は私がこの記事に激怒したと書く。腹を立てたのは事実だから、そこはまた合ってしまう!」
「よろしいのでございますか」
「君は、私が一言一句直してやれば、この記者が次から正確に書くと思うか? それよりこちらだ。私を救いに来た皇帝は、結局どうして帰った!」
ザイラーは新聞の下から講和条約の写しを抜いた。
「鉄道条約と諸邦間の取り決めを承認し、最高保護者の権能によって変更や停止を求める権利を放棄しました。陛下が署名なさった手続も、従来どおりです」
「これは傑作だな! 私の王権を守るために出てきて、私の署名を認めると約束して帰ったのか!」
オトフリートは笑いながら条約の写しを指で叩いた。
「夏の書類と一緒に残しておけ。後で読みたい者には読ませればよい。新聞は好きに書かせておく。ただし階段はまだ出来上がっておらん。それだけは急がせろ!」
「石工には申し伝えます。欄干の飾りは、今月中に揃える予定だそうです」
「先月も聞いたぞ、それは。皇帝より先に、あちらをどうにかせねばならん!」
ザイラーが写しを綴りへ戻す間に、王は別の新聞を開いた。
大きな見出しの下に、軍服を着た男の横顔が描かれていた。
「おお、こちらには若造がいるぞ。見よ、また『沈黙の天才参謀』だ。北の参謀閣下は天才になられたようだ! まあ、確かによく黙っておった!」
ザイラーは茶を注ぎ足した。
オトフリートは肖像の脇へカップを置き、先ほどの新聞も広げた。
「しかしハイゼンベルクを負かしたのが、あの若造とはな!」
「流石にこちらの記事は少々誇張されているのではないかと思われますが」
「知っておる! あの若造一人で帝国軍を追い回せるものか。だから本人に聞きたいのだ。軍へ戻って何をしておったのか! 我が王権を守るために兵を起こして下さったハイゼンベルクをどう追い返したのかをな!」
「戦況の報告でしたら、外務府に一式ございますが」
「それは読んだが、あれにもこれにもライフェンベルクとあるから、本人を呼べと言っておる!」
オトフリートは新聞をザイラーへ押しやり、椅子の背へ身体を預けた。
「御招待は、いつ頃になさいますか。先方の軍務もございますので、候補の日を幾つかいただければ公使を通じて調整いたします」
「今月中に来られぬか。芝居を一本見せてやる。それから食事だ。いや、食事を先にしろ。舞台を見ながら説明されては困るな、あれは無粋だから芝居の最中にも止まらず喋るだろう!」
「では、上演予定をお持ちいたします。お食事も含めて、夕刻から空けていただくようにと」
「この新聞も取っておけ。本人へ見せてやる! この英雄殿が、私のところへは請求書を持ってきたのだと思い出させてやる!」
◆
冬の上演予定が届くと、オトフリートは卓の中央へ広げた。
ザイラーが日付を指したが、その手を押しのけた。
「何を見せるかが先だ。これはよい。だが、この歌手はまだ喉が戻っておらん。こちらは三幕目が長すぎる。若造なら、途中で帰りの馬車を気にし始めるぞ」
「以前は、幕が上がる前から気にしておいでだったと伺いましたが」
「そうだ! 帰りの出口を先に確かめるというのだ。何のために劇場へ来るのかわからん!」
オトフリートは笑い、二つの演目へ印をつけた。
「だが、あの晩は出口を気にせずに観たのだ。感染はもう少し進めてやらねばならん!」
「承知いたしました。御覧いただくのは、どちらになさいますか」
「若造が来られる方だ。両方でもよい。そういえば、あの男を扱った芝居もまた増えるであろうな」
「グランツェルでは既にそうした話があるようです。どうにも、題材には事欠かぬお方のようですので」
「前に観たようなものなら願い下げだ。ずっと胸を張り、何を言っても周りが感心する。実物はもっと喋りたくなさそうに喋っておったぞ!」
「受勲の話など、よい題目になりそうですが」
「あれはよいな。だが、そこで長々と演説をさせてはならんぞ。楽師に悲しげな曲を弾かせて、若造が何を言うか最初から分からせる。やりそうだ、いかにも芸術をわからぬものどもがやりそうだ!」
オトフリートは椅子から立ち上がり、卓の脇を歩いた。
「王は勲章をやれば喜ぶと思っている。周りも授けられるものと思って見ている。それで若造まで初めから決死の顔をして出てきては、王だけが何も気づかぬ間抜けになってしまう!」
「聞いたところによれば、御本人は、普段とあまり変わらぬ御様子だったそうです」
「そうであろうとも! 何を考えておるか分からぬ顔で、受け取れませんと言い出す。皆が困り始めてから、ようやく何を言うつもりか分かるのだ! うむ、あの若造らしい!」
「そのようなお話ですと、陛下とのやり取りも思い出されますが」
「私のところへは、その顔で金を払えと言いに来たからな!」
ザイラーは口元を押さえた。
王はそれを見て笑い、椅子へ戻った。
「北の王も、最後にはよく笑ったものだ。おかげで若造を食事へ呼べる。それだけでも礼を言いたいくらいだな」
「御本人から、当日のことも伺えるでしょう。会戦のお話もとなれば、食事だけでは時間が足りぬかもしれませんが」
「では泊めればよい。いっそ国賓にしてやってもよいぞ!」
「……まずは御都合を伺わせてください。まだ招待状も書いておりません」
「そうであったな。書け。あの茶番について、おそらく本人も少しは文句があるはずだ!」
ザイラーは上演予定を脇へ寄せ、便箋を広げた。
オトフリートは立ち上がり、両手を広げた。
「そうだ、アーレンでも若造を演劇にしてやろうではないか! 配役にはとびきりの美男子を用意しておけ!」
「そのようなお顔でしたでしょうか」
「違う! が、ライフェンベルクがそれを見たらさぞかし嫌そうな顔をするだろう!」