弔いの塔での戦いを終え、死を待つばかりとなったゾラ
しかし、彼女が死の淵に見たのは白い部屋だった

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再誕

 

 煙に塗れた暗い空でもなく。

 塔の灰がかった天井でもなく。

 青い空を、もう一度この翼で飛びたかった。

 それだけが心残りで。

 

◆◆◆

 

 超人ソラ・シルハの意識は、雨音によって覚醒した。まだ息があったのかと、自分の生き汚さに少し驚く。けれどそれも少しの辛抱だともう一度意識を沈ませかけて、違和感。

 (しるし)が失われたことによる苦しさがない。アヘンで鈍ったはずの感覚が戻っている。どころか、体の下にある柔らかさも、雨の匂いも、鮮明に感じる。

 

「どうして」

 

 思わず呟く。

 しかしそれすらもしゃがれた老女の声でなく。

 喉に手をやってみれば、返ってくるのは滑らかな皮膚の感触だった。

 

「鵺……?」

 

 確かに、確かに打倒したはずの怨敵。簒奪者。

 やつの再構築(レコンシス)が土壇場で間に合ってしまったのだとすれば、辻褄はあう。むしろ、あの状況であればそれが妥当だ。

 そこまで考えてから、ふと思い至ったこと。

 自分はこれから何を見せられるのだろうか。再構築(レコンシス)によって齎されるのは、本来あり得ざる時間。バチスタが妻と子を生き返らせたように、ソラ・シルハという超人の過去を映す。だが、

 

(今更、何を畏れよと)

 

 かつての同志たちは、そのほとんどが命を落とし。

 愛弟子と袂を分かち。

 組織を離れたこの私に与えられるものなど、罰以外の何物であるか。

 

(お前に屈すると思うな、鵺)

 

 眼を、開く。

 そこに移ったのは、クイームでもなく、アンティティスでもなく。

 月子ですら、なく。

 

「ここ、は」

 

 白い天井。白いカーテン。それから、点滴と、メーター?

 ともかく、ここは病室のようだった。

 起き上がり、体を確かめる。

 若い女の体だ。(しるし)はない。鵺が奪ったのだから、当然ではあるが。

 

「……?」

 

 目を閉じても、開いても。

 ソラ・シルハという超人を決定的に変えた、あの予見が視えない。

 力はある。鉄も、獣も、重力も、煙も。金剛星刀(アダマンハルパー)も、幾何封晶(プラナ・テトラ)も。

 すべてが内にあるのに、予見だけがない。

 

「私がもはや、超人Xではないから……?」

 

 (しるし)は奪われ、力で圧倒され、寿命も残り幾ばくか。

 次の時代が来たということなのだろうか。もしくは、これこそが鵺の作り出した世界。

 力あるだけの一超人に成り下がった世界。

 そう、自らの目に映るものを判断した、その時。

 

「目が覚めたのか……!」

 

 いつの間にやら、部屋に一人の人間がいた。

 大柄な筋肉質の体に、金髪。そして何よりも、立ち姿から発される圧倒的な存在感。

 

「星 サンダーク?」

「……私はオールマイトという」

「オール、マイト」

 

 舌の上で、その言葉を転がす。

 記憶にない名だ。名前も七州(ななす)の形式に則ったものではない。

 鵺がわざわざソラ・シルハの記憶にない人物を登場させた意図は何だ?

 鵺だけが知る人物。或いはどこかの時空から継ぎ接ぎされた、全く未知の人物。

 

「君の名前を教えてもらえるかな?」

「……ソラ・シルハです」

「ソラ少女か。君は、そうだな。どこにいたのか、覚えているかい?」

「どこに……?」

 

 なぜ、そんなことを聞く必要があるのか。

 そもそもここは一体どこなのだろうか。目の前の人物と同じく、見覚えのない風景。

 人一人を置いておくにはあまりにも不自然な大きさ。音も無く開いた、頑丈そうな扉。

 治療というよりも、収容と言った方が適切な、厳重過ぎる部屋だ。

 

「ここは、どこですか」

「静岡の病院さ。君はある廃工場で見つかったんだ」

「シズオカ、廃工場……」

「以前いた場所は、何という所だったんだい?」

 

 聞き覚えの無い、どころか。

 奇妙な焦りが湧いてくる。一体ここは、どこだ?

 

「……地図は、ありませんか」

「地図? 周辺のものでもいいのなら、すぐに見せられるが」

「お願いします」

 

 そう言うと、オールマイトと名乗った男は腰のポーチからスマートカードのようなものを取り出した。チャンドラも似たようなものを持っていた気がする。

 もう、遠い昔のようだ。

 

「これでいいかな?」

 

 差し出してきたのは、ごちゃごちゃと地名が書かれた地図。

 適当に顔の前に近づけられても読み取れるのは、若い体の賜物だろうか、なんて。

 そんな現実逃避も、長くは続かなかった。

 

「ナガサキ? サガ?」

 

 向きはともかく、七州と似た土地を見つけた。

 なのに、ちがう。何もかもが。

 文字は同じ。形も同じ。けれど、それだけ。

 

「ソラ少女?」

 

 鵺の力はどこまで及んでいる?

 どこまでが世界で、どこからが妄想なのか。

 とっくにソラ・シルハは狂い壊れてしまっていたのか?

 そも(・・)私とは(・・・)何者なのだろうか(・・・・・・・・)

 

「あ、ぇ……?」

 

 視界が明滅する。力が溢れる。

 ソラ・シルハは、魔女ゾラは、超人の力を使い続けてきた。

 アヘンに蝕まれたまま変身能力を使い続け、力を際限なく分け与えてきた。

 それ故に、ヤマトモリは彼女が狂ったのだと判断したのだ。

 だが。

 ゾラの根底にあったのは、予見を回避するという使命感ただ一つ。

 使命に狂いはしても、狂気に陥ってはいなかった。内には理性を秘めていた。

 それが、異なる世界に迷い込んだことで。

 自らの全てが無に帰したことを悟り。

 混沌(カオス)に、陥る。

 

◆◆◆

 

「ソラ少女!」

 

 室内に、黒々とした煙が満ちる。

 一吸いするだけで肺が焦げ付きそうなほどの熱を帯びたそれを扉を吹き飛ばして廊下に逃がし、少女と対峙する。

 

(不味い)

 

 オールマイトの心中を満たしたのは、戦慄。

 かつて巨悪と対峙した時にも似た、背筋が凍るような感覚を覚える。

 ベッドの傍から飛びのきつつ、携帯から電話帳を呼び出してワンコール。

 

「塚内君! 今すぐ病棟から離れるんだ!」

「何を」

 

 返事も聞かずに電話を切れば、ソラと名乗った少女がベッドから立ち上がるところだった。

 蒼い瞳は薄く開かれるだけでそこには何の感情も浮かんではいない。

 手元にはどこから取り出したのか、刃が奇妙に湾曲した長物を持っていた。 

 

(トラウマを刺激するとは! ヒーロー失格だ!)

 

 廃工場などとぼかした説明は、彼女の発見経緯にある。

 巨大な、空間がずれたかのような振動を感知した町はずれの廃工場。

 捜査によって暴かれたそこは、凄惨な有様だった。

 異なる人間の手足を繋ぎ合わせたような死体。

 体全体がめちゃくちゃにねじれた死体。

 血を吐くほどに叫び、そのまま死んでいったような死体。

 死体、死体、死体。

 その中に、彼女はいた。

 

「生成──」

 

 杖のように長物を振るえば、床から植物のように鉄が生え伸びる。

 それを無視してまっすぐにソラへ向かうものの、翳された手のひらに止められる。

 背後から迫るのは、強度と柔軟性を両立させた鉄の蔓。 

 

「すまない、ソラ少女」

 

 瓦礫の中に転がっていた彼女は死体のように思われた。

 痩せた裸の体は上下に分断されており、傷口からの出血もとっくに止まっている。

 猟奇(ヴィラン)の犯行である。そう結論付けようとした彼らの背後で、蘇生が始まった。

 電流を流されたかのように跳ねた体の裡から翼が生え伸び、それらはたちまち指へと変わり、彼女の全身を覆い尽くした。

 

「君に我慢を強いたくはないが」

 

 回復を果たしたソラは、しかし目を覚ますことはなかった。

 殺人事件現場における唯一の生き残り。

 彼女は被害者であり、容疑者でもあった。

 

「もう少しだけ、耐えてくれ」

 

 病院着を押しのけて翼が現れる。

 露出した肌は羽毛に覆われていて、指先から固い爪が伸びた。

 熱を帯びた煙、鉄の操作、斥力、変身能力。

 個性の範疇を逸脱した、異能。

 思い当たる者がいないとは言えない。

 今も傷が痛むのだ。忘れることなど出来ようはずがない。

 

「すまない」

 

 今日の活動時間の全てを燃やすように、オールマイトの体が加速する。

 鉄も、斥力も、ソラの意識も。

 何もかもを置き去りにして、手刀が彼女の首を打った。

 

「──ぁ」

 

 ぐらりと傾いだ体を受け止め、ベッドに寝かせる。

 点滴は抜けてしまっていたが細い腕には傷一つ残っていなかった。

 荒れ果てた部屋の、壁から生えた出っ張りに腰を落ち着けると、体から力が抜けていく。

 時間切れだった。

 

「そうだ、塚内君に連絡……」

 

 携帯を取り出したところで、丁度着信があった。

 心配させてしまっただろうとすぐに出ると、電話口から焦ったような声が響く。

 

「やっと繋がった! そっちはどうなってる? 無事なのか?」

「あぁ。私にも彼女にも、怪我はないよ」

「それならいいが……どんな状況だ?」

 

 どんな、と言われても。

 前衛芸術のようになってしまった部屋と、その中心で眠る少女。

 だが、まずはこの報告が先だろう。

 

「彼女が目を覚ましたよ」

「そうなのか? つまり、その、」

「少し、混乱していた。というより、私が迂闊だった」

「……わかった。すぐ向かう」

「すまないが、今日の時間を使い切ってしまった。上手く入れ違いになるようにしたい」

「それなら裏口から……いや、まずは俺一人で行こう」

「悪いね。着替えは、いつものトランクにあるから」

 

 ブツリと電話が切れる。

 思ったよりも、外から見てわかる程度には被害が出ているらしい。

 それを齎したのが目の前の少女であることを思えば、これからの人生がどれだけ厳しいものになるかは想像に難くない。

 願わくば、彼女が健やかに生きられるように。

 

「私は、ヒーローだからな」

 

 痩せた男の腕は、まだ人を救えるのだから。

 


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