トリオンエラー   作:楕楕楕円

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11話「コンパス」

 

 

 開始から約一時間で会議が終わった。陸平は機材を片付けようと、段差を飛び越え中央まで向かう。

 液晶モニターの点滅しているボタンを長押ししていると、人影を感じて横を見た。ノートPCを両腕で抱えた宇佐美が隣に並んでいる。

 

「ヒラくん手伝うよ」

「このあと宇佐美は議事録だろ。開始の準備遅れたし、後片付けはこっちで引き受ける」

 

 ノートPCを宇佐美の腕の中から引っ張り出すと、何の抵抗もなくすんなりと抜けた。

 

「いいの? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」

「代わりに陽太郎持って帰って。ボスまだしばらくこっちだから」

「あっ、さてはそれが狙いだな〜」

「まあね」

 

 真ん中の台座は収納スペースになっている。中にしまってある機材用バッグを引っ張り出していると、視界の端で遊真と修が近づいてきたのが見えた。

 

「ぼくたちも手伝います」

「うむ、いい心がけだ。こうはいたちよ」

「お子さまは早く出てけ」

「ほら行くよー、陽太郎」

 

 宇佐美に連れられて陽太郎は雷神丸に乗っかって出て行った。

 

「じゃあ遊真と修はそっちのモニター頼むわ」

 

 言いながら、軌道配置図のデータを上層部用のサーバーへ移動させ、本体をシャットダウンする。今思い返してもあの情報量は驚異的だった。このデータはあとで絶対にもらおう。

 

「そういえば、りくひら先輩って大規模侵攻中はどうするの?」

 

 しゃがみ込んでいる遊真が顔を上げた。床に這っているコードを、複雑に腕に絡ませて格闘している。

 

「オレはサポートとか臨機応変に。本部の中でやれること探す感じ」

「やっぱ玉狛所属でもエンジニアとかは本部から出ないのか」

「そりゃトリオンないし。迅の予知の邪魔もしたくないからな」

「邪魔、ですか?」

 

 修が三脚を折りたたみながらこちらを見た。

 陸平が口を開きかけると、後ろから頭を掴まれて、ぐっと押さえ込まれる。

 

「こいつな、未来視で全然視えないんだよ」

 

 迅の声だ。先ほどまで忍田と話していたようだったが、いつの間にか背後にいる。

 振り向くと、ぱっと手が離された。何もしてませんよみたいな仕草の青いジャージに、陸平は指を突きつける。

 

「見えないじゃなくて“見えづらい”な。直前ならいくつか見えてんでしょ」

「はいはい、視えづらいね。こういうのだけやたら細かいんだから」

「おまえは大雑把すぎ。全然違うから。勘違いさせるだろーが」

「そもそも直前でこんな分岐してんのがおかしいんだよ」

 

 会話を聞いていた修が視線を上に投げた。彼の手にはコードが束ねられていく。遊真の様子を見かねたのか、コードを巻き取るのを手伝っているようだ。

 

「未来視にも視えな……えっと、視えづらいとかあるんですか?」

「だってさ。どうなんだ? 新先生」

 

 当の本人が当然のように説明を丸投げしてきた。言わせるなよ。

 

「……まあ、分岐が少ないほど見えやすいっぽいから、取りうる可能性が多いほど、見えづらくはなるな」

「思いつきで急に行動変わるしな」

「ひらめきと呼べ」

 

 片付けを終わらせると、それを待っていたように忍田から名前を呼ばれる。遊真たちに手を振って先に帰らせてから駆け寄った。

 忍田の正面に立ち、後ろの細長い机に腰を当て、軽く体重を預ける。ツナギのベルトに引っ掛けていた新トリガーを、見せつけるように持ち上げた。

 

「これの話?」

 

 陸平の片手に収まる程度のそれは八角形の箱型で、一見すると蓋付きの羅針盤を思わせるデザインをしている。

 

「ああ、数値化運用は引き続き進めてくれ。“それ”もそのまま大規模侵攻で使っていいそうだ」

「今回のために作ったやつだから。使わないともったいないし」

 

 蓋を親指で跳ね上げると、空中に多数の線が枝分かれして繋がっている映像が浮かび上がった。迅の未来視を数値化し、確率として出すトリガー『コンパス』だ。

 近未来的な青白い光りをスマホのような操作で下へ下へとスワイプする。他の線より太く枝分かれのない一本線が出てきた。その線をタップすると百パーセントの数値が表示される。

 忍田は腕を組み、光へと顔を寄せた。

 

「その一本線が既に確定済みの部分か?」

「百パーセントならそれ以外の可能性は全部消えるからね。だから迅は確定したらわかる」

「なるほど。そういうことか。線の太さも違うんだな」

「太い方がよく見えてる部分」

 

 空調の音と、コンパスのタップ音だけが鳴っている。会議室にはもう他に人はいない。

 宙に浮かぶ無数の線をピンチインして全体を見渡した。繋がる線を確認しながら数値をひとつずつ開いていく。

 忍田は陸平の指を目で追いかけ、浮かび上がった数値を比べた。

 

「見る限り、迅の予知もかなり調子がいいんじゃないか?」

「……そうだね。絶好調と言ってもいい」

「浮かない顔だな」

 

 迅の予知は、文句のつけようもなく良好だった。彼が頻繁に歩き回って、地道に情報収集を積み重ねた結果でもある。だが────。

 どう言うべきかと迷っていると、先に忍田が口を開いた。

 

「これだけ情報があれば対策も立てやすい。新トリガーのコンパスもよく機能してる。それでも不安か?」

 

 安心させるような落ち着いた声色をしていた。そんなに顔に出ていたのだろうか。

 陸平は連なる分岐点をスライドしながら数値を眺める。

 

「……逆の理由で不安なんだよ」

「逆?」

「“見えすぎ”だ」

 

 『第二次大規模侵攻』とタグ付けされている線はどれも太く、想定よりもずっと少ない。──つまり“やけに全ての数字が高い”。これが降水確率なら、ほとんどの人が傘を持って出かけるはずだ。

 

「大規模侵攻だろ。関わる人の数も普段の比じゃない。こんだけの不確定要素。まだいつ来るかもわからない。敵の姿さえ見てないのに、詳細が不自然に鮮明すぎる」

 

 明らかにおかしい。けれど、原因が分からない。ただ漠然とした焦りだけがもやもやと募っていた。胸につっかえる違和感が拭えないまま、時間だけがすぎていく。数値上はいつ大規模侵攻がはじまっても不思議ではないというのに。

 現状から目を背けるように、コンパスの蓋を強めに閉じる。

 

「……まあ、オレの考えすぎってだけなら、それでいいんだけど」

「おまえがそういうなら、こっちでも警戒しておくよ」

 

 不安を拾わせないような、穏やかな声でそう言われた。

 

 

ーーー

 

 

 忍田と別れ、会議室の扉が閉まる。近くに設置されていた自販機の横のゴミ箱へ、空になったペットボトルを投げ入れた。

 やらなきゃいけないことが山積みだ。だが原因を探そうにも、そもそも情報が足りない。

 一体どこから手をつけたものかと、行くあてもなく廊下をぶらぶらと歩き出す。現実逃避ともいう。

 

「新」

 

 下の階へと続く階段の踊り場で、背中に声が当たって振り返る。

 テレビからもよく聞こえてくる、はっきりとした爽やかな声。

 

「嵐山さん。と、迅」

「おい、ついでか」

 

 嵐山が片手をあげ、にこやかに歩み寄ってくる。後ろから少し遅れて迅もついてきた。どうやら二人で喋っていたらしい。

 赤いジャージの胸元には、C級隊員への説明の手順が書かれたファイルがぶら下がっている。嵐山隊は今年も入隊指導のようだ。この人は一体いつ休んでいるんだ。

 

「オレに用?」

「会議の前に、新が三輪といたらしいって聞いてな」

 

 なぜ嵐山がそんなことを知っているのか。

 頭に疑問符が浮かんだが、すぐに視線は未来視の男へとスライドした。

 

「喋った?」

「おれじゃないって」

「周りにC級隊員結構いただろ? ウワサになってたぞ」

 

 迅の容疑を晴らすように一言足される。なるほど、たしかに人は多かった。

 

「別にウワサされてもなんも困んないから、嵐山さんが気にしなくていいよ」

 

 陸平が顔の前でいい加減に手を振ると、嵐山はわずかに肩を下げる。

 それを見た迅が、「まあまあ」と気の抜けた声を滑り込ませてきた。

 

「こいつらはそんな心配しなくても大丈夫でしょ。ほっといてもそのうち勝手に解決するって。そうだろ、新」

「先のことなんて知らねーよ」

「自信あるから。賭けてもいい」

「そうですか」

「そうそう」

 

 適当なことを言ってくる男に、陸平はポケットに手を突っ込んで雑に相槌を打った。

 嵐山は口元をやんわりとほどき、陸平の肩に手を弾ませる。

 

「はは、そうか。おまえたちがそういうなら余計な心配だな」

「オレなんも言ってないでしょ」

 

 間髪入れずに言い返したものの、彼の耳には届いていない。

 嵐山はC級の訓練指導があるとのことで、そのまま手を振ってその場から去っていく。

 休憩の時とは打って変わって、この時間の踊り場はひっそりとしていた。あれほどいたC級隊員の姿は今はどこにも見当たらない。

 

 静かになった途端に、やらなければいけないことが次々と頭を占領していく。とりあえず、ラボに帰ったらコンパスの調整結果は一通り確認しておこう。

 ごちゃごちゃと考えていると、迅がこちらを見てゆるやかに笑った。

 

「大丈夫だ。この実力派エリートがついてる。だろ?」

 

 いつもの調子。何気ない口調。けれど、その背負い込んだ言葉の重さを、陸平は聞き逃せなかった。特に今は、それを無視できないほどに神経質になっている自覚がある。

 

「……おまえさ、見えてるからって、なんでもかんでも一人で完結しすぎなんだよ。迅が思ってるほど、周りの連中もヤワじゃない」

「なんだよ急に。ちゃんとみんなのこと頼りにしてるって」

 

 半眼で視線を投げてみるも効果はなく、へらりとかわされるだけだった。

 首を動かして周りを見る。ここは休憩スペースではないため、近場にベンチはない。

 他に座る場所がないので、後ろにあった窓を開けて、枠へと飛び乗った。迅と向かい合わせになるように腰を落ち着ける。

 

「迅のやってることってさ、要は道案内なんだよ。みんなが運転手だったら、おまえはカーナビなわけだ」

 

 陸平は意味もなくコンパスの蓋を弾いて閉じる動作を繰り返した。カチカチと蓋が小気味いい音を立てる。

 

「おまえにできることは、行き先を示してやるとこまで。決めてるのはおまえじゃない。運転手だ」

 

 手に慣らすように、何度も何度も手の中で遊ばせる。

 

「運転手はそれぞれに目的地がある。だから完全にルート通りに進めるのは難しい。……一人だとな」

 

 カチリと、一層大きく鼓膜を叩く音を最後に手が止まった。

 

「道はオレが作ってやる」

 

 分からないことをいつまでも引きずっている時間はない。今、自分にできることをやるだけだ。

 

 風が背中に当たる。外からやんわりと流れ込んできて心地がいい。やはり換気は大切だ。

 目線を上げると、迅は目を大きく開き、瞬きが完全に止まっていた。あからさまに驚いている顔を見て、思わず笑ってしまう。

 

「みんなで勝つんだろ? 道案内よろしく」

 

 言いたいことだけ言うと、心地よさに身を任せるように、背中から外へ落ちていった。

 





●コンパス
迅のSEを確率として表すトリガー。
システムの情報はPCから転送されており、迅のSEの確率を見やすいように細かくタグ付けされている。確率しか出せないので、タグは迅にヒアリングした内容を陸平が手動で紐付けしている模様。
蓋を開けると枝分かれした線が空中に浮かび上がり、線をタップすると確率が表示される。
確率はリアルタイムで更新が入り、時間経過とともに変動する。


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