勇者一行の『村娘』   作:テイラノ

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光明

 

 魔法の雷がクロノスの体を貫き、その体は抑えることができなくなったように震え始めた。

 

 

「…が…あっ……ぅ……」

 

 

 声すら出ないようで、呻き声も真面に出せていない。

 私はそんなクロノスを尻目に、魔法を放った…セージさんたちの方に走り出した。

 セレナさんが両手を広げて、飛び込んできた私を受け止めてくれた。

 

 

「…助かったぁ」

「ヘレナさん!」

「ヘレナ、大丈夫か!?」

「…はぁ」

 

 

 セージさんの言葉に返そうとして、言葉にならない息がもれた。正直、もう体は動きそうにもないし、ここからはセージさんたちに任せたいと思っている。

 

 

「セージ、私はもう無理。動けない」

「分かった。セレナ、ヘレナと一緒に下がっていてくれ。可能な限り、支援魔法も頼む」

「はい、分かりました。ヘレナさん、立てますか?」

「…うん」

 

 

 改めて差し伸べられたセレナさんの手を取り、何とか立ち上がる。そして、数十歩離れた場所まで下がり、木に寄りかかって座り込んだ。

 セレナさんが傍で、心配そうに私を見ている。

 

「ヘレナさん、痛いところはありませんか?具合が悪かったり、いつもと違ったりするところがあったら、言ってください」

「うん…大丈夫、楽になって『あらあら、無理しない方がいいわよ』きたから…」

『そもそも、魔族との戦いなんて初めてでしょう?貴方達の常套手段の、“数を揃えて個を補う”っていうやり方もできない中で高等魔法の接戦を繰り広げたんだから、体のどこかに異変が生じているはずよ。ちゃんと把握して、治してもらいなさい』

 

 

 急に、『魔女』が正論を喋り出した。

 魔法から抜け出したクロノスとセージさんが戦っているから、セレナさんには支援に回ってほしいのだが。

 

 

『戦場で最も恐ろしいのは有能な敵じゃなくて無能な味方よ。ただでさえ体力もないのに体を壊したら勇者一行の荷物が増えるだけになるけど、いいのかしら?』

 

 

 …良くないな。置いて行かれたら、殺されてしまう。

 素直に治してもらうとしよう。

 

 

「…セレナさん、やっぱり頭の奥が痛い気がするし、ちょっと色んなところで怪我してるので、治してくれませんか?」

「はい、もちろん!」

 

 

 セレナさんは快諾して、『回復』魔法を掛けてくれた。

 みるみるうちに体の調子が良くなり、付け焼き刃で治していた魂も元の形に戻っている。

 セレナさんの『回復』魔法はどれだけ凄いのだろうか。

 

 

「ありがとう」

「どう致しまして」

 

 そう言うとセレナさんはすぐに、セージさんたちの方に走っていった。

 というか、今の今まで『魔女』は何故黙っていたのだろうか?クロノスは『魔女』のことを知っているようだが。

 

 

『…彼は、私の参謀だった男よ。それに、少し、ね…』

 

 

 おや、珍しい。『魔女』が何ともしおらしく言葉につかえている。まあ、確かに、さっきの様子を見る限り、クロノスが『魔女』に向ける感情は異常なものだろう。

 扱いに困っていたのか、他の理由があるのかは知らないが、私のような人間に話しやすい関係だとは考えにくい。

 となると、『魔女』はクロノスをどうしたいのだろうか。セージさんたちは討伐するつもりで動いているが、『魔女』は生かしたい可能性がある。

 

 

『──貴女次第ね。殺したいなら、見殺しにするといいわ』

 

 

 …私はどちらでもいいが、強いて言うなら脅威は少ない方がいい。とはいえ、クロノスの心を理解してしまった以上、進んで殺したいとも思えない。

 厄介なものを知ってしまった。

 どうしよう。

 

 そんなことを考えながらセージさんたちの方向を見ると、『魔女』の言葉とは違って、クロノスが優勢な状況になっていた。

 クロノスの主な攻撃は、水魔法と身体能力の合わせ技に見える。セージさんの動きを妨害するために水を生成し、『聖剣』を実質的に無効化して打撃や蹴りを加えていく。

 セレナさんの『聖霊結界』でそれなりに弱体化しているが、本命の攻撃が掠りもしないのだ。

 それに、クロノスの動きに違和感がある。何というか、『聖剣』が当たる瞬間にクロノスの体が()()()()()のだ。今も、確実に入ったと思った一閃を見事に空かしている。

 

 

「…(ぬる)いな。その程度の剣が届くのであれば、私は疾うに討たれているぞ」

「くっ…」

 

 

 セージさんが辛そうに呻く。

 しかし、疑惑があるとはいえ、クロノスの評価は正鵠を射ているのだろう。

 実際、セージさんの剣の技量は初心者のそれと大差ない。

 とはいえ、振っているものは魔族の天敵である『聖剣』で、更に『聖剣』による身体能力などの向上があることも加味すれば、それなりの実力者でも倒せてしまうのだ。

 ただ、実を言うと、『聖剣』を持つセージさんでも、魔法を使わなければ私が勝てる気がするのも事実だ。

 つまり、剣でクロノスに勝つのは厳しい。

 肝心の魔法も、魔力切れを起こしているのか威力がお粗末になっている。セレナさんも攻撃系の『聖霊魔法』は撃てるだろうが、如何せんセージさんが前に出ているせいで撃ちづらい。

 これは、万事休すか?

 『魔女』は、クロノスの絡繰りについて何か知っているだろうか。もし教えてくれれば、突破口になるかもしれないのだが。

 

 

『さっきも言った通り、私は貴女が死ぬまで世界に干渉しないつもりよ。何も言わないわ』

 

 

 ふむふむ、やはりクロノスには特殊な何かがあるようだ。『魔女』も言外にそう言っている。

 

 

『…性格が悪いのね。でも、それは特に何の意味もない確認だけど?』

 

 

 …否定できない。絡繰りの中身が分からないと、決定打は出せない。

 少し、推測しよう。

 まず、違和感はクロノスの()()にある。『聖剣』が当たる直前に、その軌道の外に体がズレている。よって、『聖剣』による攻撃が当たっていない。

 逆に言えば、そうでない攻撃…例えばセージさんの魔法は当たっている。他にも、セレナさんの結界を無効化するような効果は発動していない。『聖剣』以外の攻撃でも、威力の弱いものを避ける素振りは見せていない。つまり、この()()は全ての攻撃に反応するわけではない。

 

 となれば、一つだけ、打開策がある。

 目下の課題は攻撃力の不足だ。決め手に欠ける限り、クロノスを倒すことはできない。そして、クロノスは()()()()攻撃と()()()()()()()()()()攻撃を避けることはできない。

 

 そして、私の持つスクロールは高火力の魔法を使用できる。

 

 問題は、誰がどのタイミングでスクロールを発動するか、だ。

 発動自体は私でも出来る。ただし、その後の私の生死は問えない。魔法の余波で私の体は消し飛ぶだろう。その場合、セレナさんに保護してもらうしかない。

 それに、セージさんが魔法に巻き込まれない機会を計る必要がある。

 なんにせよ、何とかして状況を打開しなければ…

 

 

『…貴女、それは無駄骨よ。この森に掛けられている魔法を忘れたの?』

 

 

 『魔女』が私を諫めてくる。

 この森に掛けられている魔法ってなんだ?今関係ないんじゃ…

 あ、『魔力を生命力に変える魔法』を忘れていた。

 つまり、この森では基本的に魔法が発動しないってことか。

 

 

『ついでに言うと、この森の魔法は…簡単に言うと中心に近いほど強くなっているから、この辺りで魔法を使うのは至難の業になるわよ』

 

 

 え、それじゃあ、魔法を使った反撃はあまりできないってこと?

 

 

『まあ、そうなるわね』

 

 

 本当に、無駄な思考だったのか…少し悲しい。

 

 

『発想自体は悪くないわ。何ができて何ができないのかを把握して必要な状況に持ち込もうとする姿勢は評価できるわよ。まあ、無駄だけど』

 

 

 『魔女』の言葉が慰めにならない。

 私でも役に立てることがあると思ったのに…

 

 いや、待って。違和感がある。そうだとしたら、何故、クロノスは水魔法が使えているのか。『魔族』だから、と言えばそれまでかもしれないが、何か違うはずだ。

 『魔族』と人類が、魔法について異なる点を探そう。

 まず、魔法体系の由来は『魔族』にある。『魔族』の魔法を人類が研究した結果、今の私たちは魔法を使えるようになっている。

 次に、『魔族』の方が魔法技術の精度が高い。魔法を発動させるための一つ一つの行程が正確で、速いのだ。

 そして、『魔族』の方が魔力量が多い。これに関しては圧倒的な隔たりがある。種族差と言ってもいいだろう。

 主な相異点はこの三つだ。

 ここで、少しクロノスの魔法を見てみると、謎の違和感を覚えた。魔法陣は見たことないものだが、発動時の魔力量が異常に多い。

 木々に囲まれたこの森で水魔法を使っているにも関わらず、魔法の使用にとんでもない負荷がかかっている。

 いや、水魔法だからこそ、魔法が発動できるのか?

 魔力を生命力に変えられてしまうのであれば、基本的に魔法は発動できないはずだが、クロノスの場合はそれを圧倒的な魔力量と魔法の相性で無視している。

 セージさんの雷の魔法を見ても、いつも通りの魔力量で発動しようとして、真面に魔法を発動できていない。

 

 つまり、籠める魔力量が多ければ魔法自体は発動する。

 

 これは…私でも何とかなるかもしれない。

 となれば、あとは機会だ。セージさんが反応できて、セレナさんが私たちを保護できる機会を探す必要がある。

 セレナさんに相談してみよう。

 

 立ち上がり、セレナさんの所まで向かう。セレナさんの様子は、戦況が依然として厳しく、支援魔法も効きづらい状況に焦っているように見える。

 

 

「セレナさん、少し案を思い付いたので聞いてくれませんか?」

「…ヘレナさんは、休んでいてください。これは、私たちで何とかしますから」

 

 

 セレナさんに険しい表情でそう返された。

 …意外だ。まさか拒絶されるとは。

 しかし、事実として状況は変わらず、焦りも大きくなっていく。

 

 

「今の状況を、変えられるかもしれません。だから、お願いします」

「…聞かせてください」

 

 

 一応、聞いてくれることになった。セージさんの状況を気にしながら、さっき思い付いた案を説明する。

 案というのは、スクロールを使った不意打ちだ。使うとすれば、『火炎(ファイア)』の魔法陣で、上手くいけば、クロノスの逃げ場は無いだろう。

 

 

「……では、そのために必要になる膨大な魔力はどうするんですか?魔力がないと、魔法の相性からしても、発動しない気がしますよ」

 

 

 セレナさんから、至極真っ当な質問が返ってきた。確かに、水を用いる方が容易な中で火魔法を発動させるなら、使用する魔力量は凄まじいだろう。

 しかし、私にはとっておきの()()がある。

 

 『魔女』の魔力を流用するのだ。

 『魔女』の魔力は多いし、魂の大きさもそれに比例しているのだろう。つまり、漏れ出ている魔力だけでなく、多少なりとも『魔女』から魔力を徴収できるだろう。それに、『魔女』が居候したまま何もしないのも気に障る。

 

 

『あまり勝手なことはしないでほしいのだけど…でも、それなら、一つ条件があるわ。それを受け入れるなら、許してあげるわよ』

 

 

 意外にも、『魔女』が許してくれるかもしれない。

 条件とは何だろう?

 

 

『条件は…クロノスタキシアをこの中で保護することよ。保護してくれるなら、魔力をある程度は使っていいわよ』

 

 

 ふむ、それは都合がいい。

 実は私も、あまりクロノスを殺したくなかったのだ。

 でも、何でそんなことを頼むのだろう。見殺しにするなら、してもいいと言っていたのに。

 

 

『…まあ、いいじゃない。それに、一人だと案外寂しいのよ』

 

 

 …まあ、いいか。旧い仲みたいだし、言いたくないことの一つや二つはあるだろう。

 それに、これで魔力の問題が解決しそうだ。

 セレナさんに『魔女』が了承したことを話すと、とても驚かれた。

 

 

「ヘレナさん、それは大丈夫ですか?万が一、『魔女』が出てきたりしたら…」

「大丈夫。『魔女』も、まだこの世界には干渉しないつもりらしいし」

「ええ…」

 

 

 事実だが、それが全ての理由ではない。ある程度の部分を隠して誤魔化しておく。

 

 

「…分かりました。それなら、私が結界で『クロノスタキシア』と『勇者』さまを隔離します。ヘレナさんの体は別の結界で保護するので、安心して魔法を放ってください」

「分かった」

「あと、私が指示を出したら、消音の魔法を掛けるので、『クロノスタキシア』に近付いて合図を出してください。合図が見えたら、結界で隔離するので、魔法を放ってください」

「てことは、そこは自己判断でいいんだ…うん、分かった」

 

 

 軽く魔力を調整して、目の前の戦いを見る。

 クロノスの動きは少なく、対してセージさんは攻撃のために動き回って疲れ切っている。

 しかし、その目からは未だに戦意を感じる。まだ、終わるつもりはないのだろう。

 クロノスも、セージさんと同じかそれ以上に戦意を漲らせている。それは、多分、一種の狂気に等しい感情だ。しかし、数百年の後まで破滅できずに残った願望と期待は、狂気でありながら普通の人間には理解できない信念でもある。

 私は、それを生半可に否定したくない。

 

 ふと、セレナさんが杖を掲げた。

 

 

「ヘレナさん、目を瞑って…聖霊魔法『神明後光(ライジングサン)』!今です!」

「うん!」

 

 

 瞼を突き抜けるほどの光が発生し、クロノス達を照らす。同時に、私の体が何かに覆われた感覚がした。

 目を開けると、私の体は淡い光に覆われていた。そして、目を押さえるセージさんと、悶絶するクロノスがいた。セージさんは私たちに背を向けていたが、相対するクロノスは正面から光を浴びたようだった。

 消音魔法を掛けられているので、できる限りの速度でクロノスの背後、クロノスを挟んでセージさんが正面になる位置まで走る。

 

 

「くっ、小癪な…!」

「…っ!」

 

 

 クロノスが水や拳を振り回す。目が見えていないとはいえ、拳に当たれば木っ端微塵になるかもしれない。

 恐怖を押し殺して、無音で少し距離をとる。

 

 そして、スクロールを準備し、セレナさんに握り拳の親指を上げた手(さむずあっぷ)を掲げて見せた。

 直後に、セージさんが結界で覆われる。

 …それじゃあ、始めよう。

 

 

「『我らの夜を照らし、安住を示し、数多の畏れを自らの畏れとして背負いしものよ、その存在を、今一度我らの許に示せ“火炎(ファイア)”』」

「なっ、くぅっ!」

 

 

 威力を出し、確実に発動させるために完全な詠唱を行った。

 そして、轟音とともに私の体は吹き飛ばされた。

 

 

 

 再び目を開けたとき視界に広がっていたのは、木も土も等しく黒い荒野だった。

 

 

 

 

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