七崩賢『強欲の魔女』エキドナ(偽物)   作:魔女の茶会のお茶汲み係

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いつかゼーリエとの魔法大合戦も書きたいなと思いながら仕上げました。
今回は少し短めです。


強欲と無名の大魔族

 

 

 

 勇者ヒンメルの

 死まで56年

 南側諸国

 とある街にて

 

 

 

 

 

 そこは少し前までそれなりに栄えた街だった。

 

 できたての料理の香りが通りを満たすお昼過ぎ、露天の主人は声を張り上げ、子供たちは笑いながら走り回っていた。

 

 ほんの数時間前まで、確かにそこには人の気配に溢れた活気のある街並みだった。

 

 だが今は──異様なほどの静けさに包まれている。

 

 数多く並んでいた屋台はひしゃげ、商品だったはずの果物や布が辺りに散らばっている。

 街を飾った色とりどりの建物の多くは半壊、あるいは一部を残して崩れ落ちていた。

 

 街を歩けば、むせかえるような血と肉の焦げた匂いが鼻を刺す。

 所々転がる死体は見るも無惨な姿で散らばっている。

 

 夕刻へと変わる手前、赤黒く光る太陽も相まってさながら地獄のような光景を醸し出していた。

 

「……な、ぜだ? ……貴様は……魔族……」

 

「君たちのようにただ横暴に力を振りかざすだけの獣と一緒にしないでくれるかい? 不愉快極まりない」

 

 そして、ついさっきまでこの街で悪逆の限りを尽くしていた魔族はあっさりと始末された──他ならぬ魔族の手によって。

 

「魔族の最期というのはいつ見ても滑稽だね。死の間際に想いを残すことも誰かに託すことも、後悔を綴ることもない。あげくその体さえ塵となり還るだけ……まったく観察しがいのない死に様だ」

 

 心底つまらない顔でそう吐き捨てたエキドナは背を向け、歩き出したがふと何かを思い出したように振り返った。

 

「そうそう、私でないとはいえ同族の不始末だ。手向の意味も込めて処理するとしよう。せいぜい安らかに眠るといいよ」

 

 エキドナの手に膨大な炎が集まっていく、それは人類の扱う地獄の業火を放つ魔法(ウォルザンベル)と比べても桁違いの火力を放っていた。

 

劫火を放つ魔法(アルゴーア)

 

 その一言と共に爆風と熱が空を伝う。

 白い閃光となって放たれた魔法は、街だった場所を最も容易く更地へと変貌させていた。

 

「……おっと、そう言えばこの世界は土葬が主流だったのを忘れていたよ。まあ魔物に喰われる心配もアンデッドになる心配もないし後始末としては充分かな」

 

 言葉とは裏腹にその声に反省の色は全くない。

 自分にとって心底気にするまでもないことだからだ。

 

 そして今度こそやることを終えこの場を去ろうとした彼女だったが急にその場で足を止める。

 するとどこからか彼女を呼ぶ声が聞こえた。

 

「相変わらず凄まじい魔法だわエキドナ、七崩賢()()の名は伊達じゃないみたいね」

 

「久しぶりだねソリテール、君も相変わらず凄まじい死臭だ。ここに来る途中に何人か殺しただろう?」

 

 臭くてたまらない、という表情で鼻をつまむエキドナ。

 しかしその瞳は、さっきまで魔族に向けていた冷徹なものではない。

 まるで親しい友人に会った時みたく柔らかくなっていた。

 

「よく分かったわね。実はさっき野盗に襲われて、しっかりと"お話し"をした後に殺したわ」

 

「君を襲うなんて命知らずもいい所だ。実に興味深い、その人間たちとはぜひボクも話をしてみたかったな」

 

 たった少しの日常会話で何人も人が死んでいる事実。

 彼女らは変わり者同士とはいえ、その本質はどうしようもなく魔族だった。

 

「仕方がないわ、何せ角を隠していたしあなたに倣って魔力を制限していたもの。側から見れば道に迷った子供にしか見えなかったでしょうね」

 

 すると次の瞬間、その小さな体には見合わぬ膨大な魔力が体から溢れ出す。

 その量は文句なしに大魔族と呼ぶに相応しい。

 しかしながら、彼女は未だに人類に認知されていない。

 それは彼女が無名の大魔族と呼ばれる存在であったからだ。

 

「せっかく久しぶりに会えたことだし、お話してもいいかしら?」

 

 その後も一部目をつぶれば他愛もない話ばかり。

 やがてある程度口数も少なくなってきた頃、ソリテールは本題を切り出した。

 

「ねえ、エキドナ。魔族は人類を理解できると思うかしら?」

 

 その言葉は唐突にそれでいて先程での軽口とは訳が違う。

 その顔はさっきまでと打って変わり真剣な表情へ変わっていた。

 

「……興味深い問いだね。しかし何故そんなことを聞くんだい? 君は人類と魔族の共存に対して否定的だったと記憶しているが」

 

 それは本来、同じ魔族であるエキドナに聞いても意味のない質問である。

 その理由はソリテール自身が最も理解しているはずだ。

 

「ええ、それは今でも変わらないわ。私が彼らについて知りたいのは()()()()のためよ。そこに好奇心や興味がないと言えば嘘になるけれど」

 

「……私はあなたの考えが知りたい。勿論、ただとは言わないわ。一度だけあなたの頼みをなんでも聞くなんてのはどうかしら?」

 

 大魔族へ一度きりの命令権という破格の対価を携えて、ソリテールは交渉を持ちかけてきた。

 

「なるほど、確かにその提案は対価として充分成立する。いいだろう、その疑念に答えようじゃないか」

 

 彼女にとって知識を与えること自体は、なんの惜しみもない。

 それは、エキドナであればそうするという考えのもと、むしろ歓迎すべきことだ。

 

 しかし、知ろうとする意思ほど価値のあるものはない。

 エキドナとしてもこの状況を利用しない手はなかった。

 

「そうだね……結論から言えば、対話を続けることで理解は深まるが完全に理解し合えるとは限らない。

 人間はね、それぞれ異なる前提で世界を見ている。経験、価値観、思想、欲望──それらがフィルターとなって重なる以上、同じ言葉でも意味は一致しない」

 

 異なる人生を歩んできたんだ。

 その過程で構築された人生観というのは千差万別、同じものは世界に二つと存在しない。

 

「だから君のよく言う対話とは、本質的に"翻訳作業"なんだ。

 君の内面を相手の理解できる形に変換し、相手の内面を、自分の理解できる形に再構築する」

 

 ……だがここで問題が生じる。

 

「その翻訳には必ず"誤差"が生まれるんだ。どれだけ言葉を尽くしても、完全に一致することはない。むしろ対話を続けるほどその違いが明確になることすらある。それが魔族であれば尚更、誤差は致命的なほどに生まれてしまう」

 

 ふふ、皮肉だろう? 

 

「理解しようとすればするほど、完全には理解できないという事実にたどり着くのだから」

 

 ──それでも対話という行為には相応の価値がある。

 

「完全な一致ではなく、違いを認識した上でなお歩み寄る状態。それを人は理解し合えたと言うのだろうね」

 

 ここまでずっと話し続けたエキドナは、やっと落ち着いたのか一呼吸。

 その間は、今も考えを巡らせるソリテールにとって数十倍にも感じる時間だった。

 

「さて、君はどう思う? どう感じる? それでも、手の届かないものだと知ってなお、完全な理解を求めるか、それとも不完全のまま繋がることに価値を見出すか」

 

 今自分は人生の分岐点に立っている。

 そう確信するほど、ソリテールはエキドナの話に引き込まれていた。

 

 この返答一つが、今後の在り方を左右する大きな決断となることは明白だった。

 

「さあ、君の答えを聞かせてほしいな」

 

 答えは決まったのか、ソリテールの口が重く開かれる。

 

「ええ、私は──」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「本当にあなたは何でも知っているのねエキドナ」

 

 辺りはすっかり暗くなり、月の輝きが増した頃。

 ソリテールは一人、森の中を歩いていた。

 その足取りは軽やかで機嫌が良いことは誰が見ても一目瞭然だった。

 

「ふふっ……なんだか生まれ変わった気分だわ。これが感動というものなのかしら?」

 

 冷めぬ興奮のまま確かに掴んだ核心を胸に彼女の微笑みは増すばかり。

 いつも浮かべる作り笑いとは違う、その表情に現れているのは、心からの歓喜だった。

 

『強欲の魔女』エキドナ、魔族の中でも最も人間と関わりを持ち人類に大きな()()()()()をもたらしたとされる大魔族。

 

 彼女と初めて出会ったのは、今から400年ほど前に遡る。

 

『初めまして、ボクはエキドナ。未知を渇望し、この世界全てを理解しようとする者だ』

 

 まだ私が何者かになる前、一魔族として生きていたあの頃。

 当時の私はあなたの在り方にとても興味を惹かれたのを覚えている。

 

『時に試し、時に寄り添い、時にその終わりを見届ける。観察し、記録し、理解し尽くすまで、決してその目を離さない。彼ら人間が織りなす物語をボクはその特等席で見ていたいんだ』

 

 あなたは種として何もかも劣る人間たちにただならぬ興味を抱いていた。

 まるでそうあることが当たり前のように、あなたは常に理想の何かを求めていた気がする。

 

 あなたと過ごした数少ない日々は、思いがけない発見と未知の新鮮さに溢れていた。

 それは今までの人生とは比べ物ならないほど、色濃く鮮烈に私の頭に焼き付いた。

 

 でもあなたの視線は最後まで私を捉えることはなかった。

 その関心は常に私が弱者と見下していた人間に向いていた。

 

 いつからだろうか、あなたに集う人間たちが、知恵や力を与えられる彼らが、その過ぎた欲望に身を焼かれる姿が、酷く羨ましいと思ったのは。

 

『ふむ、ボクの全てを知りたいと? それは本気で言っているのかいソリテール』

 

 だから私は言った。

 あなたが人を知りたいように、私もあなたが知りたくなった。

 そんな私をあなたはあっさりと肯定してしまった。

 

『いいとも、ただしそれは君が思っているよりもずっと重い行為だ』

 

『"全てを知る"というのは、単に情報を受け取ることじゃない。矛盾も、醜さも、理解し難い価値観も──それら全てを拒まず受け入れるということだ』

 

『君がこれらを真の意味で理解できるようになった時、ボクは君に初めて価値を見出すだろう』

 

 最後の瞬間、確かにあなたの興味は私に向いていた。

 だから私は人を知り、その感情を、感銘を、彼らの全てを理解したい。

 

 ──その先にきっとあなたは待っていてくれると信じて。

 

「手の届かないものだと分かっていても、私はあなたの全てが欲しい。だって私は"強欲"なんだもの」

 

 ソリテールの欲望はもはや止まることを知らない。

 

 その微笑みは、より一層深みを増していた。

 




ーー君が思うよりずっと(愛が)重い行為だ。

エキドナの口調むず過ぎて自分でも何書いてるかわからなくなってきたよ。

そして今回はソリテールオリジンでした。
しばらくするとエキドナ視点も書きますのでぜひ見てやってください。
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