日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
「……では、もう一度確認しておく。カマー・タージへの襲撃はまだ先だ。それまでは余計な動きをせず、外部との接触も可能な限り避ける。ここまで準備を重ねてきた以上、焦って計画を台無しにすることだけは絶対に許さん。」
薄暗いアジトの中央に置かれた長机を囲み、私、カエシリウスは集まった同志たちへ、自分自身にも言い聞かせるつもりで言葉を発した。
机の上には、これまで時間をかけて集めてきた情報が広げられている。カマー・タージ内部の見取り図、外周と内部に張られた結界の配置、修行僧たちの動き、魔術書が保管されている区域、そして何より重要な、ダーク・ディメンションに関する秘術が存在すると考えられる場所についてまとめた資料。
エンシェント・ワンの下で長く学んだからこそ、彼女がどれほど強大な魔術師であるかを知っている。現段階で、正面から挑んで勝てるなどとは考えていない。目的は戦いではなく、知識を奪うことだ。
死というものを、世界の絶対的な摂理として受け入れなければならないという考えを覆すための知識。そのために必要なのが、エンシェント・ワン自身が秘匿しているダーク・ディメンションについての情報だった。彼女は、命ある者は老い、衰え、やがて死ぬことこそ自然なのだと語っていた。しかし、その本人はどうだ。何百年もの時を生き、その理由を隠し続けている。
ダーク・ディメンションから力を引き出しながら、自分だけは老いという摂理の外側に立つ。そして弟子たちには死を受け入れろと言う。矛盾しているのだ。
「まずは警戒結界だ。正面から大きく破壊すれば、エンシェント・ワン本人に即座に察知される可能性が高い。だから複数地点へ小規模な干渉を行う。こちらの本当の侵入口がどこなのか、向こうに判断させないためだ。」
私は地図の上を指でなぞりながら説明を続けた。
「その間に二班を内部へ送り込む。一方があえて目立つ動きをして守備側を引き付け、もう一方が図書庫へ向かう。重要なのは戦闘で勝つことではない。必要な秘術を確保した時点で、我々の目的は達成される。」
「もし、エンシェント・ワン本人が現れた場合は?」
近くにいた男が慎重に尋ねてきた。当然の疑問だったが、私はすぐには答えず、一度だけ目を伏せてから口を開く。
「戦わない。今の我々では、あの人には勝てない。それを認めた上で動くべきだ。勝てない相手に意地だけで挑むのは勇気ではなく愚かさだ。目的のものを手に入れた時点で撤退し、追跡された場合はポータルを複数回利用して分散する。こちらの拠点についても――」
そこまで説明した、その時だった。
ドンッ!!
足元から突き上げるような衝撃が走り、天井から細かな埃が落ちてくる。机の上に置かれていた紙の一枚がずれ、周囲にいた者たちが一斉に顔を上げた。
「……何だ?」
私自身も思わず言葉を止めた。ここは外から見れば何の変哲もない建物だが、内部には幾重にも魔術的な警戒網を張っている。多少の物理的な衝撃で建物全体が震えるような作りではない。……つまり、何かが結界へ干渉した?
そう考えた直後、廊下の向こうから激しい足音が近づいてきた。
「カエシリウス!」
扉を押し開け、一人の同志が飛び込んできた。普段なら冷静な男だが、今は明らかに動揺している。
「何事だ。落ち着いて話せ。」
「侵入者です! 西側に張っていた警戒結界に反応がありました!」
「……何?」
「最初は何かの誤作動かと思いました。しかし、結界が確かに生命反応を捉えています。ただ……。」
「ただ、何だ。」
「反応が異常に小さいんです。人間ほどの大きさがありません。」
「小さい?」
疑問に思っていると、別の方向からまた声が上がった。
「南側の術式が停止しています!」
私は思わず声を荒らげた。
「今度は何だ! 破壊されたのか!?」
「いえ、それが……壊されたのではなく、術式そのものが正しい手順で解除されています!」
背中に冷たいものが走った。力任せに破壊するのではなく、結界の構造を理解した上で解除する。このアジトの結界に対して、それができる者は限られているからだ。
「誰だ。」
嫌な予感を押し殺しながら尋ねると、報告に来た男は一瞬だけ口ごもり、
「モルドを確認しました。」
最悪だ。モルドは私と同じく、長くエンシェント・ワンの下で学んできた男だ。結界術、戦闘魔術、魔術理論。どれを取っても熟練しており、カマー・タージの中でも特に厄介な相手の一人だ。しかも、まだ報告は終わらなかった。
「東側からも侵入者です!」
「東からもか。数は?」
「三人です! ですが……なんだコイツら?」
「どうした?」
東側の情報を確認していた者が、侵入者の説明をしようとするが言葉を詰まらせていた。
「一人は赤と青の全身タイツ。もう一人は全身に装甲と雷を纏った男、それと少女が一人です。」
全身タイツに装甲と雷を纏った男と少女?
「……まさか、アベンジャーズか?」
キャプテン・アメリカとか、ソーとかいう異界の人間が所属する組織を思い出し、尋ねると、
「……そうです。この男、ニュースで見たことあります。確かクウガとかいうヤツです! そいつが対応に出た者たちを殴り倒しています!」
……そっちか。
「それと少女ですが、どうやら魔術師のようで、まるで砲撃のような光を撃ちまくっています! 防衛に出た者たちが防御陣を張っていますが、防ぎきれていません!」
「…………。」
完全に言葉を失ってしまう。三方向から、戦い方に統一性がない集団が相手では、同じ組織に属する者たちなのかすら報告だけでは分からない。私は、ゆっくりと長机へ手をついた。
「……おかしい。」
誰に聞かせるでもなく呟く。あまりにも、おかしい。我々はまだ、カマー・タージを襲っていない。秘術も奪っていないし、ダーク・ディメンションの力に本格的に触れてもいない。計画を立てていただけだ。それなのに、何故私たちは今、襲撃を受けているのだ?
「……我々は、まだ何もしていないのだぞ?」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。周囲にいた者たちも答えない。答えられるはずがない。
「何なんだ、これは……。」
ーーーーー
カマー・タージ。
最近の私、モルドは、自分の中にあったはずの「普通」という基準を、かなり見失いつつあるのではないかと思っている。その原因は分かっている。
まず、スティーブン・ストレンジ。あれはまだ、理解できる範囲にいる。傲慢で、自信過剰で、人に負けることを何より嫌う。自分が優秀であることを疑っていないし、実際、それだけの能力もある。魔術を学び始めてから、二ヶ月と少し。それだけの期間で、既に複数の術式を並列して維持し、同時にポータル形成まで行える。通常なら数年修行していても不思議ではない技術を、恐ろしい速度で吸収している。
十分に異常であり、周囲から天才と呼ばれる。実際にストレンジは天才だ。だが、もっと異常な者たちを先に見てしまったせいで、最近ではストレンジの成長を見ても、
――ああ、やはり才能があるな。
その程度の感覚になりつつある。我ながら、感覚が壊れている。
「……真魚。」
私は、目の前で魔術書を抱えている少女へ声をかけた。
「あ、モルドさん。」
風谷真魚。最近、私が主に面倒を見ている少女であり、私の感覚を壊した原因の一人だ。
「今日は何を読んでいる?」
「これです。」
彼女が見せてきた本の表紙を確認し、私は少し眉を寄せた。
「……それか。」
「知ってるんですか?」
「知っているも何も、それを書いたのはカエシリウスだ。あいつがまだカマー・タージにいた頃、自分なりにまとめた魔術理論が記録されている。」
「カエシリウスさん、ですか? 例の離反したっていう。」
「ああ。ただし、その本はダーク・ディメンションに関係するような内容ではないのでな、資料の一つとして残されている。」
説明をした後、私は念を押すように真魚を見る。
「読むのは構わないが、深入りはするな。カエシリウスの術式は独特だ。本人なりの工夫が多く、一見しただけでは意図が分かりにくい部分もある。」
「はーい。」
返事が軽い。嫌な予感しかしない。
「真魚。読むだけにしろ。」
「分かってますって。」
「本当か?」
「本当ですよ。モルドさん、最近ちょっと私のこと疑いすぎじゃないですか?」
「疑いたくもなる。君は以前、『少しだけ確認します』と言って魔術書へ触れ、そのままその本を書いた魔術師の人生を遡り始めた。」
「でも、その方が分かりやすかったですよ。」
「そういう問題ではない。」
そんなやり取りをしている間にも、真魚は既に本へ手を置いていた。
「……真魚。」
「ちょっとだけです。」
「今、読むだけと言ったばかりだろう。」
「でも、ここの意味がよく分からなくて。だったら書いた本人が何を考えていたのか見た方が早いかなって。」
「それを普通の読書と呼ばないでくれ。」
しかし止めるより早く、真魚の瞳が僅かに光った。私は額へ手を当てる。彼女の場合、「本を読む」という行為が普通の人間とは根本から違う。
本に触れ、作者、そしてその本を過去に読んだ他の魔術師たちの経験や記憶まで拾い上げる。結果、数時間後には、その本を何年も研究してきた者たちと同程度か、それ以上に内容を理解している。教える側からすれば、便利を通り越して恐ろしい。
「……あれ?」
だが、今日はいつもとは少し違う反応をした。まるで、何かに気付いたように目を瞬かせている。
「どうした?」
「モルドさん。この本って、カエシリウスさん本人が実際に書いたんですよね?」
「そう言っただろう。」
「直筆ってことですよね?」
真魚は本の表紙を見下ろし、そのまま少し考え込む。
「だったら……これに残ってるカエシリウスさんの思念を、もっと深く辿れば、本人の現在位置を探せるかもしれません。」
今、真魚が言った言葉を頭の中で整理する。物体に残された思念を読み取り、そこから書いた人物や読んだ人物の記憶や経験を辿る。……だけでなく、現在位置を辿る。
普通ならそんなこと、できるとは思わない。だが、相手は風谷真魚だ。
「可能なのか?」
「今の私だけだと、多分無理です。かなり昔に書かれた本だから、思念自体も薄くなってますから。でも、クロオに手伝ってもらえば、いけると思います。」
「黒雄に?」
「はい。クロオって、私の力を強くできるんですよ。前にもサイコメトリーを広げてもらって人探ししたり、神様みたいな存在の記憶巡りをしたりしたんですよ。だから今回も協力してもらえば、もっと深く追えると思います。」
……なるほど。十文字黒雄と風谷真魚。私の知る限り最強の組み合わせが協力すると、通常では不可能なことも可能になるのか。
「……試してみる価値はあるな。」
ちょうどその時だった。廊下の向こうから、黒雄とピーター・パーカーが歩いてきた。
「どうしたの真魚?」
「あ、クロオ、ちょうど良かった。この本ね、カエシリウスさんが書いたんだって。それで、クロオ、ちょっと私の力を増幅してくれない?」
「サイコメトリーを? あ、カエシリウスの居場所を特定できそうだったりする?」
「うん。多分本人まで届くと思う。」
黒雄は少しだけ考えてから、すぐに頷いた。
「やってみようか。」
ピーターが二人を交互に見る。
「そんな簡単に決めて大丈夫なんですか?」
「真魚が無理そうならすぐ止めるよ。」
黒雄が本に添えられている真魚の手に、自分の手を添える。
空気が変わった。
私は魔術師だから、二人の力の仕組みを完全に理解しているわけではない。それでも、真魚を中心に何かが一気に広がったことだけは分かった。
しばらくして、真魚が口を開いた。
「……ヨシ、分かった。かなり遠いけど、今どの方向にいるかも、距離も分かる。これなら、移動されても追えると思う。」
ピーターが目を丸くした。
「そこまで?」
「クロオに強くしてもらってる間なら、って条件は付くけどね。」
私は、思わず天井を見上げてしまう。嫌な予感がする。もう結果が見えている。その後、程なくして私たちはエンシェント・ワンの前にいた。
「カエシリウスの現在位置を特定しました。」
真魚が報告すると、さすがのエンシェント・ワンも僅かに目を見開いた。
「どういうことですか? まさか、向こうから接触が?」
「あ、いいえ。カエシリウスさん直筆の本があったんです。だからクロオに超能力を強化してもらって、思念を辿ってみたら特定できてしまって。」
エンシェント・ワンは、真魚と黒雄を交互に見る。
「なるほど。あなたたち二人を組み合わせると、そういうことも可能なのですね。」
一度大きなため息をついたエンシェント・ワン。……この方でも、頭を悩ませることがあるのだな。
「本来であれば、カエシリウスがより大きく動き出してから追跡する予定でした。しかし、既に居場所が判明しているのであれば、彼が実際にカマー・タージへ攻撃を仕掛けるまで待つ理由はありませんね。」
「だったら……早めに捕まえちゃいます?」
私は何とも言えない気持ちで真魚を見る。黒雄も少し考え、
「被害が出る前に止められるなら、その方がいいと思います。」
と続けた。ピーターが二人を交互に見る。
「二人とも決断が早くないですか?」
しかし、エンシェント・ワンも数秒後には頷いていた。
「そうですね。準備を整えてから、カエシリウス本人だけでなく、彼に従っている者たちも可能な限りまとめて確保しましょう。」
その瞬間、本人が知らないところでカエシリウスの運命が大きく変わった。
ーーーーー
アベンジャーズ基地。
カマー・タージからアベンジャーズ基地へ移動した僕たちは、急遽開いてもらった簡単な作戦会議でフューリーさんに状況を説明していた。
「つまり、以前から話に出ていた、ダーク・ディメンションとやらに接触しようとしている魔術師。その拠点が予定より早く分かった。しかも、お前が真魚の能力を増幅している間なら、相手が移動しても追跡できる、ということか?」
フューリーは、テーブルに両手をつきながら確認するように言った。
「はい。真魚の力を僕が底上げします。距離が離れすぎたり、向こうが何か特殊な方法で痕跡を消したりしたら分かりませんけど、普通にポータルで移動するくらいなら多分追えます。」
「十分だ。」
フューリーは即答した。
「本来は、もう少し情報を集めてから捕縛する予定だったらしいが、奴らが本格的に動く前に押さえられるというなら、先に潰すべきだ。」
「エンシェント・ワンさんも同じ考えみたいです。」
「なら話は早い。」
そう言うと、フューリーは何か考えるように周囲を見回し、ある一点で視線を止めた。僕もつられてそちらを見ると、そこには、スコットさん、ホープさん、そしてダレン・クロス博士がいた。今日は別件で基地に来ていたらしい。
ついでに。クロス博士は自分が一度道を踏み外したことを認めた上で、ハンク博士と和解。再びハンク博士の弟子として研究を始めているらしい。
その結果として完成したのが、新型イエロージャケットだった。ハンク博士が設計を見直し、安全装置、粒子制御、神経への負荷、兵装の出力制限まで、ほぼ全てに手を入れている。
クロス博士自身も、今後は破壊や支配のためではなく、人を守るために活動することに異論はないらしい。
フューリーさんが、その三人を見たまま言った。
「お前たちも手伝ってこい。実戦訓練だ。」
スコットさんが即座に両手を上げた。
「待って待って待って。今、絶対その場で思いついたよね? 完全に『ちょうど三人いるな』って顔してたからね?」
「適材適所だ。」
「便利だな、その言葉! 俺、今日は量子領域の話をするホープたちに付いて来ただけで、魔術師の秘密基地へ突撃する予定なんて一個も入ってなかったんだけど!」
ホープさんが横でため息をつく。
「スコット、もう諦めた方がいいわ。あなた、何だかんだ言っても行くでしょう?」
「……まあ、行くけどさ。でも、一応こういうのって心の準備ってものがあるじゃん。」
そんな二人の横で、クロス博士だけは静かに説明を聞いていた。
「魔術師か。」
と呟いた顔は何となく楽しそうだった。スコットさんも気付いたようで、
「クロス。もしかして、お前行きたいの?」
「当然だろう。」
即答だった。
「何でそんな即答なんだよ。相手、魔術師だぞ。何が飛んでくるか分からないんだぞ?」
クロス博士は、むしろ不思議そうにスコットさんを見る。
「だからこそだ。魔術という、既存の物理理論だけでは説明し切れない現象を、ピム粒子を利用したスーツを装着した状態で直接観測できる。縮小状態で魔術的な感知を受けるのか、質量変化に対して術式がどう反応するのか、空間転移とピム粒子による縮小が干渉するのか。研究者が興味を持たない方がおかしい。」
「戦場だぞ? 戦うんだぞ?」
「分かっている。」
「魔法が飛んでくるぞ?」
「それも分かっている。」
「下手したら呪われるかもしれないぞ?」
「その場合も、観測できるなら貴重なデータだ。」
スコットさんが頭を抱えた。
「ピム博士そっくりだよ、お前。」
その返答に、以前なら怒ったかもしれないクロス博士は、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……それは、悪くない評価だ。」
スコットさんは少し驚いたようだった。クロス博士は、手元にあった新型イエロージャケットのヘルメットへ視線を落としながら続ける。
「先生と私は、長い間遠回りをした。認めてもらえないことへの怒りを、研究そのものへぶつけていた時期もある。だが、もう一度あの人の弟子として研究できている。」
先生、そう呼んでいるだけで、以前とは違うと分かる。
「ならば、この力を正しく使うのは当然だ。人を守り、その上で未知の現象を科学的に検証できる。私からすれば、これほど有意義な任務はない。」
スコットさんがホープさんを見る。
「ねえ、俺だけ温度差すごくない?」
「あなたも少し楽しんでるでしょう。」
「……まあ、魔術師の秘密基地って言われたら、ちょっとはね。」
フューリーさんはそんな三人のやり取りを気にする様子もなく、作戦の説明を続ける。三方向から同時侵入。
第一班。
アントマン、ワスプ、イエロージャケット。
スーツの特性を利用した潜入と撹乱。
第二班。
モルドさん、サラ、ストレンジさん。
結界解除と魔術的な妨害への対処。
第三班。
僕、真魚、ピーター。
役割を確認するために資料を見ると、
「……クロオさん。」
隣のピーターが、小声で話しかけてきた。
「何?」
「僕たちの作戦内容、ちょっと雑じゃないですか? アントマンチームは潜入・撹乱。モルドさんたちは術式解除。それなのに僕たちのところは、『正面制圧』って書いて終わってるんですけど。」
「分かりやすくていいんじゃない?」
「そうだった。一番正面制圧できる人が同じ班にいるんだった。」
そんなやり取りをしている間にも準備は進み、気付けば、かなり急造感のあるカエシリウス捕縛作戦が始まっていた。
ーーーーー
そして現在。カエシリウスのアジト、西側
俺は時々、本気で思う。何でこうなるんだろう?
いや、別に今に始まった話じゃない。昔からそうだ。正義感を働かせたら失敗して刑務所へ入り、出所したら仕事がなく、元妻からは信用されず、それでも娘には会いたくて、仕方なくもう一度だけ泥棒をやった。
その結果、忍び込んだ家で見つけたのが、現金でも宝石でもなく謎のスーツ。着てみたら蟻サイズ。そして気付けば、悪の企業を相手に戦っていた。
普通なら、それだけで一生分の変な出来事を使い切っていると思う。それなのに、
「今度は魔術師の秘密基地って何なんだよ……。俺、人生のジャンルが毎回変わってない?」
俺は極小サイズのまま、石造りの廊下の隅を走りながら小さく呟いた。通信越しに、すぐホープの声が返ってくる。
『文句を言っている割には、ずいぶん楽しそうに走ってるじゃない。』
「いや、これは慣れだよ。こう何度もこのスーツを着ていると、普通サイズで堂々と歩くより、小さくなって潜り込んでる方が落ち着く時もあるんだよ。」
『それ、かなり重症だと思うわ。』
「君にだけは言われたくないな。」
俺の少し上を、同じく縮小したワスプが飛んでいる。そして、俺たちの前には、新型イエロージャケットを着用したダレン・クロスもいる。
昔の俺なら、絶対に考えられなかった組み合わせだ。クロスは俺を殺そうとしたし、家族まで巻き込もうとした。
でも、人間は変われるらしい。少なくとも、今のクロスはあの頃とは違い、ピム博士と和解した。最近、研究施設で二人が一緒にいるところを何度か見た。
ただ、仲良く研究してるのかと言われると、ちょっと違う。
『その設計は古い!』
『先生が保守的すぎるんです!』
『お前が無謀すぎるんだ!』
『だから性能が伸びないんでしょう!』
そんな言い争いをしていた次の日には、二人で新しい部品を完成させている。本当に何なんだ、あの師弟。
『止まれ。』
不意にクロスが低い声で指示を出し、俺とホープは即座に止まる。
「どうした?」
廊下を横切るように、淡い紫色の光が浮かんでいた。細い糸のようにも見えるけど、普通の光とは明らかに違う。
『恐らく結界とかいうやつだ。』
クロスの声が少し弾んでいる。
「……嬉しそうだな。」
『興味深いからな。』
「クロス。今、俺たち敵地のど真ん中なんだけど。」
『知っている。ピム粒子で縮小した状態でも感知されるのか、それとも単純な物質量ではなく生命反応や精神的な何かを拾っているのか。もし後者なら、魔術的な感知術は非常に――』
『ダレン。』
ホープが遮った。
『続きは帰ってからにして。』
『……分かった。』
ちゃんと止まった。最近、扱いやすくなったな、こいつ。
「じゃあ、下を通ればいいのかな。」
俺たちは結界の下を抜けようとする。その瞬間、紫色の光がまるでこちらを見つけたように揺れた。
「あ。」
『反応したな。』
次の瞬間。
ドンッ!!
「うわああああっ!?」
三人まとめて吹き飛ばされた。小さいまま、床の上を何度も転がる。
「痛っ! 何だよこれ!」
『防御機能も兼ねていたみたいね!』
「それ、今言う!?」
『私も今分かったのよ!』
廊下の奥から足音が聞こえる。
「侵入者だ!」
来た。魔術師たちだ。
「どこだ!」
「そこにいるぞ!」
こちらを見つけた一人が魔術陣を展開してくる。
『スコット。』
「分かってる!」
ボタンを押し、一瞬で視界が変わる。俺たちが通常サイズへ戻ったことで、相手からすれば、床を走っていた小さな何かが突然目の前で三人の人間になったように見えただろう。
「うおっ!?」
ホープが真っ先に動いた。
「悪いけど、こっちは急いでるの。」
一気に懐へ入って拳を叩き込み、一人を吹き飛ばす。
別の男が橙色の光を鞭のように伸ばして振るが、その瞬間にはホープが縮小し、鞭は空を切る。そして、次の瞬間には相手の背後で通常サイズへ戻り、そのまま蹴りが後頭部へ叩き込まれた。
「がっ!」
魔術師が床へ倒れる。
「……怖。」
思わず呟いていると、またクロスの声が飛んできた。
『前から来るぞ。』
「はいはい!」
目の前から魔力弾、で良いのか? が飛んでくる。縮小して回避! そのまま相手の足元まで走り、通常サイズへ。
「ごめんね!」
アッパーを相手の顎に突き刺した。……自分でやっておいて何だけど、結構飛んだな。
クロスの奴もやっぱり楽しそうだ。以前のクロスは、自分の技術がどれだけ優れているかを証明することに取り憑かれていたが、今は完全に研究者の顔をしている。
『なるほど。魔術障壁はエネルギーを完全に消滅させているわけではないらしい。』
イエロージャケットのエネルギー弾が、敵の盾へ直撃する。防がれるが、魔術師の身体が僅かに後ろへ押された。
『衝撃そのものは伝わっている。ならば、一定以上の運動量や連続攻撃を与えれば破砕できる可能性がある。』
「分析しながら戦うなって!」
『今しか取れないデータがあるんだ。』
「それハンクにも言われたことあるぞ!」
魔術の槍がクロスを狙うが、縮小し、相手の魔術師はクロスを見失う。
「どこへ――」
『ここだ。』
肩の上で通常サイズに戻り肘打ち。
「ぐあっ!」
魔術師が倒れる。
「相変わらず戦い方えげつないな。」
「お前にだけは言われたくない。」
「俺はもっと平和的だよ!」
「今、相手をアッパーで三メートル近く飛ばした男が言う台詞か?」
「いや、あれは勢いがちょっと……。」
その横でホープが、別の魔術師を壁際へ叩きつけながら言う。
「二人とも、会話する余裕があるならもっと早く終わらせて。」
「はい。」
『了解した。』
数分後。廊下に倒れている魔術師たち。クロスは戦闘が終わるなり、敵ではなく壁や床に残った魔術の痕跡を確認し始めた。
「面白い。」
「まだ言う?」
「当然だ。魔術を科学で完全に説明できるとは思っていないが、観測不能だという意味ではない。」
クロスは手首の測定装置へ視線を落とす。
「先生に持ち帰るデータが増えたな。」
その言い方に、俺は少し笑った。
「ハンク、喜ぶかな。」
「喜ぶ。その後で、私の測定方法に最低三ヶ所は文句をつける。」
ホープも頷く。
「間違いないわね。」
俺も頷く。
「絶対言う。」
クロスがほんの少しだけ笑った。
「だから面白いんだ。」
その笑い方を見ながら思う。……まあ、今のこいつなら、背中を預けるくらいは、してもいいのかもしれない。
すると、廊下の奥からまた足音が聞こえてきた。
「まだ来るわね。」
クロスもイエロージャケットの兵装を展開し、俺も構えを取る。
「じゃあ、フューリーの言う実戦訓練、もうちょっと続けますか。」
ーーーーー
――南側。
私、スティーブン・ストレンジは魔術を学び始めて、二ヶ月と少しだ。普通であれば、実戦任務へ出るには早すぎる。
知識として術式を知っていることと、実際に戦場で使えることは別物だ。相手は待ってくれないし、教本のように順番通り動くわけでもない。自分へ向かって魔術が飛んでくる状況で、冷静に判断しなければならない。
それくらいは分かっている。だが、
「右側に見えている術式は囮だな。表層の魔力経路だけ妙に目立たせている。解除する側へ、ここを切れば止まると思わせるためだ。本体は一段下に隠している。恐らく、表層へ干渉した瞬間に第二術式が起動する。」
目の前に張り巡らされた結界を見ながらそう言うと、隣にいたモルドが少し驚いたように私を見る。
「よく分かったな。」
「当然だ。私は二ヶ月以上、毎日ほとんど休まず勉強している。これくらい見抜けなければ、その時間を無駄にしたことになる。」
「普通は二ヶ月でここまで来ない。」
「なら、もっと驚いてもいいんだぞ。」
「十分驚いている。」
「顔に出ていない。」
「お前は称賛を要求しすぎだ。」
隣にいたサラが、少し困ったように笑う。
「でも、ストレンジさん。本当に二ヶ月ちょっとなんですよね。それでここまで分かるのは、やっぱりすごいと思います。」
「ありがとう。」
私が素直に賞賛を受け取ると、モルドが呆れた顔をする。何だ? 褒められたんだ、何もおかしくない。
私は再び結界へ向き直る。三重構造、いや、違うな。表面上は三重に見えるが、一つは偽装。実質四重だ。なるほど、カエシリウスの性格が出ているのだろう。単純に頑丈な結界を作るのではなく、解除する側の考えを逆手に取っている。
「正面から壊すことだけを考えれば面倒だが、術式の起動条件そのものを切り離せばいい。ここ、それからここ。この二点を遮断し、最後に本体へ魔力が流れる経路を止めれば、全体を壊さなくても機能だけ停止する。」
私は両手を動かし、橙色の魔術陣を複数展開した。三ヶ所の魔力を弄ると、光が薄れ、結界が静かに停止した。
「終わりだ。」
振り返ると、モルドが素直に頷いた。
「見事だ。」
「そうだろう。」
サラも拍手する。
「本当にすごいです。私なら、最初に見えるところをそのまま触ってたと思います。」
「そうすると第二術式が起動していただろうな。こういう罠は、術式そのものより、それを仕掛けた人間が何を考えたかを読む方が早い。」
「外科医っぽいですね。」
「どういう意味だ?」
「見えている症状だけじゃなくて、原因を探す、って感じです。」
少し考え、
「……悪くない例えだ。」
二ヶ月と少し。私は魔術を学ぶことそのものを楽しんでいる。医学の世界では、知らないことが少なくなっていた。もちろん学ぶべきことはある。しかし、自分が理解できないという状態そのものに、これほど長く晒されることは久しくなかった。
だが魔術は、空間、精神、魂、次元の扱い方。知らないものが次々に出てくる。そして、それを理解するたびに、さらにその先が見える。たまらなく面白い。
問題は、私以外にも学習速度のおかしい人間が複数いることだ。
「……あ。」
突然、サラが前方を見る。
「どうした?」
「この先にも罠があります。でも少し複雑なので、先生の記憶を確認しますね。」
そう言って目を閉じた彼女、サラはエンシェント・ワンから受け継いだ膨大な知識、経験を引き出していく。
「分かりました。左側の壁、三番目の術式。それから天井に二つ。床に見えているものは全部囮です。壁側を先に解除すれば、他の術式も連動して止まるはずです。」
私は思わず黙ってしまう。そして、モルドは肩を僅かに揺らしていた。
「笑うな。」
「笑っていない。」
「顔が笑っている。」
「気のせいだ。」
「モルド。私は今、かなり腹が立っている。」
サラが申し訳なさそうに言う。
「すみません。」
「君は謝らなくていい。ただ、私が二ヶ月かけて覚えた知識の横で、君が数十年分の経験を数秒で検索する環境が、少しばかり理不尽なだけだ。」
サラが困ったように笑う。
「でも、ストレンジさんの方が自分で考えてますから。」
「それは慰めか?」
「褒めてるつもりです。」
「なら受け取っておこう。」
その時、廊下の向こうから怒号が響いた。
「侵入者だ!」
複数の魔術師が飛び出してくる。
「迎撃しろ!」
私は少し口元を上げた。
「ようやく、分かりやすい相手が来たな。」
モルドが構える。
「油断するな、ストレンジ。罠を解除できることと、実戦で勝てることは別だ。」
「分かっている。だから実戦で試す。」
両手を開き、魔術陣を展開する。九つの魔術をほぼ同時に展開すると、敵の一人が目を見開いて驚く。
「何だ、こいつは!?」
そうだ、その反応だ。ここ最近、カマー・タージではなかなか得られなかった反応。少し気分が良くなる。
「私はスティーブン・ストレンジ。覚えておくといい。」
隣からモルドが淡々と言った。
「二ヶ月目の新人だ。」
「今それを言う必要があるか!?」
サラが吹き出し、魔術戦が始まった。
ーーーーー
――中央ルート。
「いたぞ!」
前方から声が響いた。十人はいる魔術師たちが一斉にこちらへ向かってくる。僕は真魚を見て、
「……真魚、本当に変身しないの?」
「うん。変身しちゃうと出力上がりすぎて危ないんだ。だからピーター、私のガードよろしくね?」
ピーターが、僕と真魚を交互に見る。
「えっと、僕がですか? クロオさんじゃなくて?」
「僕はほら。正面制圧しなきゃいけないから。それに、ピーター以上に真魚のガードを任せられる人はいないよ。」
「信頼が逆に怖い!」
「大丈夫。ピーター、そういうの得意でしょ?」
「得意ですけど。万が一真魚さんに怪我でもさせたら、僕えらい目に遭いませんか?」
そんなことを言っている間にも、敵が一斉に魔術陣を展開してくるので、
「いきなり超変身!」
全身に金色の雷を走らせ、雷のエルの力を纏ったライジングマイティに変身する。視界が一瞬流れ、相手が驚いて魔術陣を向け直すより先に懐へ入り、
「なっ――」
「セイ!」
雷を纏った掌底を叩き込む。
一人目、二人目、三人目。電気ショックと封印エネルギーで動きと魔術の両方を封じていく。
「速――」
四人目、そして五人目が何かを言い終わる前に、気絶させる。
ひと段落ついたので反対側を見る。
「えい。」
真魚は相変わらず、掛け声が軽いが、やっていることは全然軽くない。光球が一つ、二つ、五つ、そして十を超えて更に増えていく。敵の顔が明らかに引きつっていく。
「防御陣!」
巨大な魔術盾、いや、もはや壁が展開される。……されはするが、
「いくよ。」
真魚が手を動かす。光球が連続で直撃していき、盾を軋ませ、
「追加!」
さらに数を増やした光球があっさり盾を粉砕する。
「うわああっ!」
後ろにいた魔術師たちまでまとめて吹き飛んだ。ピーターが、少し引いた声で、
「……真魚さん、どんどん凶悪になってませんか?」
「真魚も真剣に魔術を勉強してるからね。」
「いや、クロオさん。それで済ませていいんですか? 普通、魔術を覚えたら光球を十個以上増やせるものなんですか?」
「僕に聞かれても。」
その瞬間、ピーターの表情が変わる。
「クロオさん、後ろ!」
僕は振り向かずに身体を沈めると、頭上を魔力の刃が通過していく。
「ピーター、任せた。」
僕の言葉に反応したピーターはウェブを飛ばし、敵の腕を、続けて足を拘束する。
「はい、確保! あ、真魚さん、右から来ます!」
真魚が横へ跳ぶ。魔力弾が、さっきまで立っていた場所を通過する。
「クロオさん、左から二人来ますけど、多分囮です。後ろに他よりヤバい気配のヤツがもう一人隠れてます!」
「了解!」
雷のエルの力を発動、手前二人の首筋に電撃を撃ち込むと、二人は特に抵抗もなく崩れ落ちた。奥に隠れていた一人が放ってきた魔術を蹴り砕き、こちらにも電撃を使うが耐えられてしまう。
「あぁ、耐えちゃった。」
ピーターが、やっちゃったよ、みたいな声を出す。
「ヤー!」
哀れ、僕の電撃に耐えてしまった魔術師は、真魚から放たれた光弾の連射が顔面、腕、足に直撃し、気絶した。
うん。やっぱりピーターに真魚のガードや全体を見てもらえているのは助かる。敵意や攻撃の予兆、見えない場所に仕込まれた罠なんかをスパイダーセンスが、全部拾ってくれる。
雷のエルの力を正しく認識した僕のスピードと電撃。そこに真魚の魔術が加わると制圧力が凄い上、万が一の穴はピーターが埋めてくれる。思った以上に相性が良いこのチームによって、周囲に立っている敵はいなくなった。
ピーターが息を整えながら、倒れている魔術師たちを見回す。
「……終わりました?」
「うん。まあ前哨戦は、だけど。」
真魚が返すと、ピーターは自分の手を見る。
「僕、ほとんど殴ってないんですけど。」
「でも助かったよ。ピーターが教えてくれなかったら、もっと手間取ってたと思う。」
ピーターがいなければ、制圧にあと数分はかかってた。
「私も、気づかなかった攻撃とかあったよ。ありがとうね、ピーター。」
実は真魚、ライジング状態の僕が殴っても数発は耐える防御結界を纏ってるけどね。
「うーん? まあ……役には立ってますよね。」
「かなり。」
「ならいいです。」
すると、真魚の表情が変わった。
「……動いた。」
「カエシリウス?」
「うん。多分、逃げようとしてる。」
真魚が例の魔術書へ手を添え、もう片方の手を僕に差し伸べてくる。
「クロオ、お願い。」
「分かった。」
僕は真魚の手を握り、真魚のサイコメトリーを拡張していく。真魚がカエシリウスを捕捉したようで、
「今、かなり遠くへ飛んだ。……でも大丈夫、追えるよ。」
「ポータルで逃げたのに、そんな簡単に追えるんですか?」
「うん。クロオに力を強くしてもらってるし、この本を使って、カエシリウスさん本人の思念そのものを追ってるからね。」
ピーターが少し遠い目をする。
「魔術で何百キロ先に逃げても追跡されるってことですか?」
「うん。」
ピーターが小さく息を吐く。
「……ちょっと可哀想になってきました。」
僕はゴウラムを呼びながら、
「まだ早いよ。」
「え?」
「多分、この後もっと可哀想になる。」