日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです   作:ken4005

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真魚

 

私、風谷真魚は思念を送り、カエシリウスさんの位置をゴウラムに伝える。遠いけれど、今どこにいるのかは、かなり正確に分かっている。

 

「また移動した!」

 

私が伝える思念を変更すると、ゴウラムはすぐに予定進路を変える。ただ、ゴウラムの場合、ポータルとはまた別の方法で次元に穴を開けて移動しているので、カエシリウスさんたちの魔術による探知や妨害が上手くいっていないようだ。

 

……あ、ちゃんとゴウラムがフィールドみたいなの張ってくれてるんだ。ありがとうね、ゴウラム。

 

アジトから別のアジトへ。次は遠く離れた場所、そこからまた別の場所へ。

 

「真魚、大丈夫?」

 

連続してサイコメトリーを発動している私を気遣って、クロオが後ろから聞いてくる。

 

「大丈夫。まだ全然平気。」

 

「無理しないでね。追えなくなったら、その時は一旦止めればいいから。」

 

「うん。ありがとう、クロオ。」

 

「いました! でも、またポータルを開こうとしています!」

 

ピーターが指差す先で、橙色の輪が発生し、カエシリウスさんたちがその中へ飛び込もうとしている。

 

「この距離なら!」

 

クロオがゴウラムから飛び降り、地面に向けて蹴りを放った。直後、封印エネルギーが広がり、カエシリウスさんたちが開いたポータルが掻き消えた。

 

「ヨシ、空間移動限定なら封じられた!」

 

「ポータルが妨害!? いや、それ以前に、なぜこれほどまで正確に追ってこられる!?」

 

……うん。まあ、今回は私とクロオのタッグだ。

 

日本からロンドンにいるソーさんやジェーンさんを感知したり、どれだけ生きているか分からない闇の力の記憶を巡ったりしてきたから、思念を辿れるカエシリウスさんを追いかけることはそんなに大変じゃないんです。

 

理不尽なことをしているから少し申し訳ない気持ちになるけど、この人たちが、このまま逃げ切ったらカマー・タージを襲うんだ。だったら、今捕まえる。

 

ゴウラムに地上に降りてもらい、相手を見据える。相手の魔術師たちは十二人。中心にいるカエシリウスさんが、ゆっくりこちらを見てくる。

 

さすがにもう驚きより怒りの方が強いらしい。

 

「……もういい。」

 

低い声だった。

 

「逃げきれないことは理解した。どういう方法でこちらの位置を把握しているのか知らん。ならば追跡している者をここで倒させてもらう。」

 

周囲の魔術師たちも、一斉に構える。

 

「僕が――」

 

「クロオ。」

 

私はその腕を掴んだ。

 

「私がやってもいい?」

 

クロオは少し驚いたように私を見てくる。

 

「一人で?」

 

「うん。もちろん、危なかったら助けてほしいけど。」

 

ピーターも心配そうな様子で、

 

「真魚さん、まだ結構人数いますよ?」

 

「分かってる。でも、少し試してみたいことがあるの。」

 

カマー・タージで学び始めた魔術を、今まで持っていたアギトの力と本格的に組み合わせたら、どこまでできるのか確かめたかった。

 

……それに、十文字黒雄の恋人でいるためには、彼から守られるだけの存在ではいられないのだ。

 

「大丈夫。」

 

私はゴウラムから降り、前へ出る。腰に光が集まり、オルタリングが現れる。カエシリウスさんたちの視線が一斉に私に向く。

 

「変身。」

 

光が身体を包み、白銀の輝きが全身を包み込み、シャイニングフォームへ姿を変える。

 

「……何だ、その姿は。」

 

カエシリウスさんが息を呑む。私は答えず、右手を掲げ、光のエルから譲り受けた杖を召喚し、構える。杖の先端に集めた光のエルの力に魔術を重ねていく。

 

光を集める魔術。光を分裂させ、複数の光源を作る魔術。光球を飛ばし操る魔術。

 

五、十、二十、四十、八十、百を超えた辺りで止める。

 

……うん、これくらいにしておこう。なんて考えていると、ピーターの声が後ろから聞こえた。

 

「……うわ。カマー・タージで練習してた時より、明らかに多いですよ。」

 

クロオも少し驚いているようで、

 

「増えたなあ。」

 

ちょっと恥ずかしい。カエシリウスさんたち側はというと、

 

「防御陣を張れ! 正面だけではない、全方位だ!」

 

さすが。ただ正面に撃つための光球ではないと気付いたらしい。複数の魔術師が一斉に動き、何重もの橙色の障壁を形成する。大きいし、かなり厚い。でも、

 

「いきます。」

 

構えていた杖を振り、最初の五つを正面に。

 

ドンッ!

 

防御陣が大きく揺れる。

 

次に右、左。

 

「左右からも来るぞ!」

 

上、後ろ、……全方位。

 

「もう百発は超えただろ!?」

 

相手が慌てている。同時に制御できるのが百発まで、というだけで、撃ち終わったらすぐに補充している。

 

「くっ!」

 

カエシリウスさんたちも必死に防いでいる。魔術って、やっぱりすごい。私はアギトの力でブーストしているのに、それが防がれてる。

 

カエシリウスさんは離反しているけれど、思念を読み取った私は、あの人を根っからの悪とは思わないし、思えない。

 

「右を補強しろ!」

 

カエシリウスさんが指示を飛ばす。まだ壊れない。やっぱり、魔術師が何人も集まって作る防御は強い。だったら、今度は方法を変える。

 

私は一度、光球を止める。カエシリウスさんたちが、息を整えながらこちらを見る。

 

「……終わりか?」

 

今度は杖をいつものように構え、先端に魔法陣を展開する。

 

一つ、二つ、三つ、四つ。ただ光を放つのではなく、収束、分裂、制御、加速。それぞれの術式を重ねていく。

 

クロオの若干引き気味の声が後ろから聞こえる。

 

「……え? 砲撃まで改良したの?」

 

「うん。」

 

「魔術抜きで量産型ウルトロンを薙ぎ払ってた砲撃を?」

 

「うん。今はちょっと集中したいから静かにしてて。」

 

見えないけど、なんとなくクロオとピーターが天を仰いだのが分かった。

 

あ、カエシリウスさんの顔が焦燥一色になってる。

 

「待――」

 

「ヤッ!」

 

これまで巨大で強力なだけだった光線を収束して解き放つ! 銀色の光が一直線に進み、……防御陣手前で十二本へと分裂させる。

 

「な!?」

 

十二本の光線を制御、操作する。十二箇所別々の場所に、同時に光線を直撃させることで、防御陣を一気に砕く。

 

カエシリウスさんたちが必死に避けようとするけれど、四つ目の魔法陣の効果。

 

「加速!」

 

避けようとしていた魔術師たちを、加速した光線が確かに貫いた。その光景をしっかりと確認して、私は杖を下ろす。

 

ちょっと威力強かったかな? ……うん、大丈夫。倒れてはいるけど、全員息はしている。

 

「ヨシ。」

 

ようやく力を抜き、変身を解除する。後ろを振り返ると、クロオとピーターの二人が揃って何とも言えない顔でこっちを見ている。

 

「終わったよ?」

 

クロオが少し遅れて頷く。

 

「……うん。終わったね。」

 

ピーターも続いて、

 

「はい。完全に終わりました。」

 

「どうしたの?」

 

二人が顔を見合わせる。

 

「何でもないよ。」

 

「何でもないです。」

 

すごく含みのある言い方をされた。絶対何かある。すると、少し離れた位置で橙色の火花が散り、円状のポータルが開く。そこから、エンシェント・ワンさん、サラ。そして、見覚えのない男の人。多分、この人がスティーブン・ストレンジさんだ。

 

「うーん。ポータルの封印、上手くいかなかったかな?」

 

「いいえ、完璧でしたよ。おそらく範囲設定で封印を施したのでしょう。ここはその範囲外です。」

 

エンシェント・ワンさんがクロオの呟きを拾い、サラが苦笑しながら、

 

「ごめんね、すぐ来れなくて。ポータルが開けないのが範囲設定の封印だってこと、先生に言われるまで私たち気が付かなかったんだ。」

 

「魔術的な妨害を調べ尽くしても、何も見つからなかった。まさか魔術とはまた別の力による封印だったとはな。」

 

おそらくストレンジさんだと思われる人がぼやき始めたら、少し遅れてモルドさんがスコットさんたちを連れて合流してきた。

 

モルドさんが周囲を見回し、

 

「……終わったのか? 我々が来る前に?」

 

「はい。」

 

モルドさんが黙ってしまうと、その横でストレンジさんは倒れているカエシリウスさんたちに視線を送った。それから私のことをジッと見てきて、

 

ストレンジさんが、モルドさんへ顔を向けた。

 

「彼女か?」

 

「何がだ?」

 

「以前言っていた、魔術書を数時間で理解した上に、自分が元々持っている力と組み合わせ始めたという少女。」

 

モルドさんが頷く。

 

「ああ。そうだ、彼女が風谷真魚だ。」

 

……何か嫌な予感。ストレンジさんの目がすごく輝いてる。あれだ。たまにスタークさんとか科学バカの人たちが見せる目と似てる。

 

「風谷真魚。」

 

「は、はい。」

 

「君が使ったと思われる攻撃について聞きたい。君自身が生み出している光と、カマー・タージ式の魔術をどの段階で接続している? 魔法陣は単なる増幅器ではないな。話に聞くと、光球や光線を個別制御しているらしいじゃないか。ということは、少なくとも位置固定と射出制御は別系統で組んでいるはずだ。それに――」

 

「えっと。」

 

「変身後のエネルギー増加率も確認したい。通常状態でも同じ数の術式を維持できるのか? それとも変身によって純粋な出力だけでなく術式維持能力そのものも上がるのか? 光の生成と魔術維持に使っているエネルギー源は同一なのか、それとも――」

 

この人、怖い。純粋に興味があるだけなんだろうけど、ひと昔前のスタークさんだってギリギリ持ってた最低限の相手へのマナーが欠けている。

 

モルドさんが助け舟を出してくれる。

 

「ストレンジ。真魚が逃げているぞ。」

 

「誰から?」

 

私はクロオの後ろへ隠れた。

 

「君からだ。」

 

ストレンジさんが本気で不思議そうな顔をする。

 

「何故だ。私は純粋に学術的な質問をしているだけだぞ。」

 

「クロオ。あの人、怖い。」

 

クロオが苦笑する。

 

「悪い人ではないと思うけどね。」

 

「それは分かってるけど。」

 

ピーターも隣で同意してくれる。

 

「初対面で挨拶も無しに一気に十個くらい質問されたら、普通に怖いですよ。」

 

ストレンジさんの目が、今度はピーター君へ向く。

 

「君は?」

 

「あ、ピーター・パーカーです。スパイダーマンやってます。」

 

「……ああ。」

 

ストレンジさんの表情が変わる。

 

「危険を事前に察知する少年か。」

 

ピーター君が固まった。

 

「……何で知ってるんですか?」

 

「モルドから聞いた。」

 

ピーターが、ゆっくりモルドさんを見ると、モルドさんは静かに視線を逸らした。少し離れたところでは、スコットさんが倒れているカエシリウスさんたちを見ていた。

 

「……なあ。俺たち、必要だった?」

 

「西側の侵入経路を制圧し、相手側の戦力を分散させた。十分意味のある仕事をしている。」

 

スコットさんの言葉に、冷静に返すクロス博士。

 

「いや、それはそうなんだけどさ。」

 

スコットさんは、改めて周囲を見回す。

 

「魔術師チームに、クウガ、アギト、スパイダーマンのヒーローチーム。それにアントマン、ワスプ、イエロージャケットの俺たち。これだけの戦力から三方向、同時に突っ込まれて、逃げたら逃げたで真魚ちゃんに位置を追われて、最後は光線の集中砲火だろ?」

 

ホープさんが肩をすくめる。

 

「敵に同情するの?」

 

「敵なんだけどさ。俺がカエシリウスなら、ちょっと泣くと思う。」

 

エンシェント・ワンさんが静かに返す。

 

「同情は必要ありません。彼らは確実にカマー・タージを襲撃する予定でした。」

 

スコットさんが振り返る。

 

「未来視とかですか?」

 

「いいえ。」

 

エンシェント・ワンさんは、アジトから持ち出された資料の一枚を示した。

 

「詳細な襲撃計画が残されています。」

 

スコットさんが一度だけ頷く。

 

「……じゃあ、まあいいか。」

 

ピーターが苦笑する。

 

「切り替え早いなあ。」

 

私も思わず笑ってしまう。でも、エンシェント・ワンさんの表情が変わる。

 

「カエシリウスは捕らえました。これで、第一段階は終了です。彼らがダーク・ディメンションへの道を開く前に、こちらから動ける状態になりました。」

 

クロオが表情を引き締める。そう、カエシリウスさんを捕まえることが目的ではないんだ。エンシェント・ワンさんが、集まった全員を見回す。

 

「次は、ドルマムゥです。」

 

ダーク・ディメンションの支配者。一つの次元そのものを、自らの領域として支配している存在……らしい。カエシリウスさんたちとは比べることすらできない相手。

 

私たちは、そんな相手に戦いを挑もうとしているんだ。

 

「…………というわけで、クロオ。よろしくお願いね。」

 

「だよね。知ってた。」

 

ーーーーー

 

カマー・タージに戻ると、新たな戦いが待っていた。

 

「…………。」

 

「ジーン?」

 

「…………。」

 

「ジーンちゃん?」

 

「…………。」

 

返事がない。いや、正確には聞こえていないわけではなく、私が名前を呼ぶたびに、目の前で休憩室のソファに腰掛けているジーンの肩がほんの少しだけ動いているから、間違いなく聞こえている。

 

ただし、こちらを見ようとはしない。

 

私は困ってしまい、隣に立っているサラと顔を見合わせると、サラも同じように困った顔をしている。そして、もう一人。

 

「えっと……ジーン?」

 

少し離れたところに立っていたピーターが、恐る恐る声をかける。

 

「…………。」

 

やっぱり返事はない。ジーンはソファの上で膝を抱え、完全にそっぽを向いている。ものすごく分かりやすく拗ねてしまっている。

 

「……私だけ。」

 

ようやく、ジーンが小さく呟いた。

 

「うん?」

 

「私だけ、連れて行ってもらえなかった。」

 

「……うん。」

 

「お姉ちゃんも行った。」

 

「行ったわね。」

 

サラが苦笑しながら答える。

 

「ピーターも行った。」

 

「う、うん。」

 

ピーターが気まずそうに頷き、ジーンの肩がさらに落ちる。

 

「真魚も、クロオも行った。」

 

「そうだね。」

 

「私だけ行けなかった。」

 

ジーンがゆっくりと振り返ると、ものすごく不満そうな顔だった。

 

「ずるい。」

 

「うっ。」

 

十二歳の女の子から真正面に「ずるい」と言われると、思った以上に罪悪感がある。もちろん、私たちだって意地悪で置いていったわけではない。

 

今回の作戦は、スコットさんたち、モルドさんたち、そして私たちでカエシリウスさんたちを三方向から追い詰めるものだった。さらに、逃走したカエシリウスさんを追跡し、撃破までした。

 

ジーンはお留守番。

 

「でもね、ジーン。今回は遊びに行ったわけじゃないから。」

 

私が隣へ座りながら説明すると、ジーンは唇を尖らせる。

 

「分かってる。戦いだったんでしょ?」

 

「うん。」

 

「危なかったんでしょ?」

 

「……まあ、危なかったといえば危なかったかな。」

 

結果だけ見れば、カエシリウスさんたちを追い詰めて私がまとめて倒してしまったけれど、最初からそうなると分かっていたわけではない。

 

相手はカマー・タージで修行を積んできた魔術師たちだ。一歩間違えば、普通に危険だった。

 

だからこそ、まだ十二歳で、力の扱い方を習い始めたばかりのジーンを連れていく選択肢はなかった。

 

……ただ。

 

「私、弱くないもん。」

 

ジーンが呟いたことは、否定できない。

 

「ジーンが弱いから連れて行かなかったわけじゃないのよ。」

 

サラが私とは反対側に腰掛け、妹の頭を撫でる。

 

「むしろ逆。あなたが強いことは、私たち全員が知ってる。でも、強いからって、何でも戦いに参加していいわけじゃないでしょう?」

 

「……お姉ちゃんだって十五歳じゃん。」

 

「それを言われると弱いわね。」

 

サラが一瞬で撃沈した。確かに。ピーターが横から、

 

「僕もそろそろ十五歳だし。」

 

「ピーターは黙ってて。」

 

「なんで!?」

 

ジーンが即座に切り捨てた。でも、さっきまで完全に無視されていたことを考えれば、少しは機嫌が直ってきたのかもしれない。

 

「ピーターは、危ないこといっぱいしてる。」

 

「それは……。」

 

「夜中まで一人でパトロールして、犯罪者追いかけてる。」

 

「ううっ。」

 

「銃持ってる人にも向かっていく。」

 

「ちょっと待って、なんでそんなに詳しいの?」

 

ピーターが本気で困惑した顔をすると、ジーンは少しだけ得意そうに胸を張った。

 

「聞いた。」

 

「誰から!?」

 

「スターク。」

 

「スタークさぁん!?」

 

ピーターが頭を抱えた。サラが小さく吹き出し、私も思わず笑ってしまう。ジーンもほんの少しだけ笑った。

 

……よし。もう少しかな。私はジーンの隣に座ったまま、少し考え、

 

「じゃあ、こうしよう。今度、訓練だったら一緒に参加しよう。」

 

ジーンの目が少しだけ輝いた。

 

「本当?」

 

「うん。でも、エンシェント・ワンさんとサラが許可したものだけね。」

 

「私も?」

 

サラが自分を指差す。

 

「お姉ちゃんなんだから。」

 

「……まあ、それはそうね。」

 

「それから、」

 

私は人差し指を立てる。

 

「力を使いすぎない。実はテレパシー使って今日の戦い見てたでしょ?」

 

「……うん。」

 

やっぱり私たちの末っ子は底が知れない。

 

「それから。これまで通り、ちゃんと皆の言うことを守ろうね。」

 

「誰の?」

 

「サラの。」

 

「うん。」

 

即答だった。

 

「エンシェント・ワンさんの。」

 

「うん。」

 

「クロオの。」

 

「うん。」

 

「私の。」

 

「うん。」

 

「ピーターの。」

 

「…………。」

 

「ねぇ、なんで!?」

 

またピーターが叫んだ。ジーンは真剣な顔で考え、

 

「ピーター、たまに変なことするから。」

 

「十二歳に本気で心配されてるよ、僕。」

 

ピーターが本気で落ち込んでいるけど、私は笑いながら、最後にジーンの頭を撫でる。

 

「じゃあ、約束ね。」

 

「うん。」

 

「もう怒ってない?」

 

ジーンは少し考えてから、

 

「……ちょっとだけ怒ってる。」

 

「そっか。」

 

「でも、許す。」

 

そう言って、私に抱きついてくる。私はその小さな身体を抱き返した。

 

「ありがとう。」

 

するとジーンは、私に抱きついたまま顔だけをピーターへ向ける。

 

「ピーターも。」

 

「え?」

 

「許してあげる。」

 

「僕、何かしたっけ!?」

 

今度こそ、部屋の中に笑い声が広がった。

 

ーーーーー

 

カマー・タージの図書室で私は、机の上に積まれた魔術書を睨んでいた。魔術書そのものに不満があるわけではない。むしろ逆だ。

 

ここには、私がこれまで触れたことのない知識が、文字通り山のように存在している。医学とは全く異なる体系で構築された知識でありながら、その一つ一つには明確な理論と法則があり、理解すればするほど次の疑問が生まれてくる。

 

それは、私にとってこの上なく魅力的な世界だった。だが、

 

「……気に入りませんか?」

 

背後から声をかけられ、振り返るとエンシェント・ワンが立っていた。

 

「いや。」

 

私は本を閉じる。

 

「気に入っている。認めるのは少々癪だが、ここにある知識は医学を学び始めた頃以来と言っていいほど私の知的好奇心を刺激している。」

 

「それは何よりです。」

 

「だからこそ聞きたい。」

 

椅子から立ち上がる。

 

「私にもないのか?」

 

「何がでしょう。」

 

「別の学び方だ。」

 

エンシェント・ワンが僅かに眉を上げる。

 

「風谷真魚は、本に残された思念を読み取ることで、著者が何を考えて術式を構築したのか、その本を読んだ者たちがどのように理解し、どこで躓き、どのように完成させたのかまで追跡できると聞いた。」

 

「ええ。」

 

「サラ・グレイはテレパシー能力を持っている。その力を使い、他者と意識を繋げることで、相手の知識や経験を学ぶことができる。……そして、その修行相手はあなたこそだと聞いている。」

 

「その通りです。」

 

「ジーン・グレイに至っては、理屈以前に出力がおかしいらしいな。」

 

エンシェント・ワンが少しだけ笑った。

 

「随分と調べましたね。」

 

「当然だ。同時期に魔術を学んでいる者が、自分とは全く違う方法で技術を習得している。それを知っていて調べない方がおかしいだろう。」

 

「普通は、もう少し遠慮するものですが。」

 

「知識を得ることに遠慮する理由が分からない。」

 

「でしょうね。」

 

その妙に納得したような顔が少し気に入らない。

 

「それで?」

 

私は話を戻す。

 

「私にはないのか。彼女たちのような、通常とは異なる方法で魔術を理解する手段が。」

 

エンシェント・ワンはしばらく私を見つめた。

 

「何故、それを求めるのです?」

 

「早く学べる。」

 

「それだけですか?」

 

「効率がいい。」

 

「本当にそれだけ?」

 

どうやら誤魔化しは通じないらしい。

 

「……彼女たちにできて、私にできないという状況が気に入らない。」

 

「なるほど。」

 

「笑うな。」

 

「笑っていませんよ。」

 

「顔が笑っている。」

 

実際、エンシェント・ワンの口元には僅かな笑みがある。

 

「ですが、その負けず嫌いは嫌いではありません。使い方を間違えなければ、向上心になりますから。」

 

そう言って、エンシェント・ワンは私の正面へ移動した。

 

「では、一つ教えましょう。あなたには彼女たちのような超能力はありません。風谷真魚のサイコメトリーも、サラやジーンのテレパシーも使えない。」

 

「分かっている。」

 

「ですが、魔術師には魔術師なりの方法があります。」

 

エンシェント・ワンが右手を上げる。

 

「例えば――肉体から離れること。」

 

「何?」

 

次の瞬間、彼女の掌が私の胸へ触れた。

 

「――っ!?」

 

痛みはなかった。だが、視界が凄まじい勢いで後方へ引っ張られ――気づけば、私は自分の肉体を見下ろしていた。

 

「…………何だ、これは。」

 

自分の手を見る。半透明になり、それでも意識は明瞭で、思考もできる。

 

「あなたのアストラル体です。」

 

エンシェント・ワンが説明する。

 

「肉体と魂を一時的に分離させました。」

 

「魂……。」

 

私は自分の肉体を見て、すぐにエンシェント・ワンへ視線を戻した。恐怖より、好奇心の方が遥かに大きい。

 

「どうやった?」

 

「やはり、最初の質問がそれですか。」

 

「他に何を聞けというんだ。これは再現可能なのか? 自分の意思で離脱できるのか? 肉体との距離制限は? 時間制限はあるのか? この状態で物質へ干渉できるのか?」

 

「ストレンジ。」

 

「それから魂だけで魔術を――」

 

「ストレンジ。」

 

「何だ。」

 

「一度戻りなさい。」

 

エンシェント・ワンが指を鳴らす。

 

「――っ!」

 

一瞬で肉体へ引き戻された。数秒間固まった後、私は勢いよく立ち上がる。

 

「もう一度だ。」

 

「まず自分でできるようになりなさい。」

 

「方法を教えろ。」

 

「もちろん。そのために見せたのです。」

 

エンシェント・ワンが歩き始め、私も後を追う。

 

「アストラル体となれば、肉体の制約からある程度解放されます。肉体を休ませながら、精神だけで活動することも可能です。」

 

私は足を止めた。

 

「……待て。肉体を休ませながら、精神だけで活動できる?」

 

「ええ。」

 

「つまり、身体を睡眠状態に置いたまま、アストラル体で本を読むことも?」

 

「可能です。」

 

素晴らしい。

 

「ただし、休息そのものが不要になるわけでは――」

 

「素晴らしい。」

 

これなら、一日の学習時間を大幅に増やせる。

 

「最後まで聞きなさい。」

 

「聞いている。」

 

「聞いていませんね。」

 

エンシェント・ワンが小さくため息をつく。

 

「……あなたに教えるべきではなかったかもしれません。」

 

「残念だが手遅れだ。」

 

「そのようですね。」

 

再び歩き出した私たちは、カマー・タージの奥へ進む。その途中、私の視線がある場所で止まった。厳重に管理された台座。そこに置かれている、一つの装具。

 

「……あれは?」

 

「アガモットの目です。」

 

「アガモット?」

 

「カマー・タージを築いた偉大な魔術師。その名を冠する秘宝です。」

 

近づこうとすると、

 

「触らないように。」

 

即座に止められた。

 

「まだ触っていない。」

 

「触ろうとしていました。」

 

「観察しようとしただけだ。」

 

「あなたの場合、その二つにほとんど違いがありません。」

 

私は不満を覚えながらも、それ以上は近づかなかった。

 

「何ができる?」

 

「今のあなたが知る必要はありません。」

 

「それは答えになっていない。」

 

「今のあなたには扱えない、という意味です。」

 

私は目を細める。

 

「……なら、扱えるようになれば教えるのか?」

 

エンシェント・ワンは答えないが、否定もしなかった。

 

「分かった。」

 

「何がです?」

 

「目標が一つ増えた。」

 

「…………。」

 

エンシェント・ワンが明確にため息をついた。

 

「ストレンジ。魔術とは、できることを増やすためだけに学ぶものではありません。」

 

「では?」

 

「何をしてはならないのかを理解するためにも学ぶのです。」

 

私はアガモットの目を見る。

 

「……それほど危険なものなのか?」

 

「ええ。力には代償があります。魔術も例外ではありません。そして、あれは特にその原則を忘れてはならない力です。」

 

私はしばらく黙っていたが、やがて視線を外した。

 

「なら、なおさら学ぶ必要がある。」

 

エンシェント・ワンは何も言わなかった。

 

ーーーーー

 

――カマー・タージ地下。

 

私は一人、壁にもたれかかるように座っていた。傷は治療されている。命に別状もない。だが、敗北したという事実は変わらない。

 

手足には肉体的な拘束。その上から魔術的な拘束。さらに、万が一にもダーク・ディメンションとの接触を試みられないよう、エンシェント・ワン自身が施した封印まである。脱出は不可能だろう。

 

「…………。」

 

足音が聞こえ、私の牢の前で止まる。顔を上げると、

 

「……モルド。」

 

そこに立っていたのは、かつて同じ場所で学び、同じ師の下で魔術を修めた男、カール・モルドだった。

 

「カエシリウス。」

 

「私を笑いに来たのか?」

 

「違う。」

 

「なら、説教か。」

 

「それも違う。」

 

モルドは牢の前に立ったまま、私を見つめている。

 

「なら、何の用だ。」

 

少しの沈黙の後、モルドが口を開いた。

 

「聞きに来た。」

 

「何を。」

 

「何故、そこまでしてドルマムゥを求める。」

 

私は僅かに目を細めた。

 

「お前が何を失ったのか、私は知っている。だからこそ聞きたい。お前は本当に、ダーク・ディメンションに救いがあると信じているのか。それとも――」

 

モルドは結界越しに、私を真っ直ぐ見据えた。

 

「信じなければ、耐えられなかっただけなのか?」

 

……相変わらずだ。昔から、この男はこういうところがある。

 

「……相変わらずだな、モルド。」

 

私は僅かに笑った。

 

「お前は昔から、最も触れられたくないところへ真っ直ぐ踏み込んでくる。」

 

ダーク・ディメンションへ救いを求めるようになった理由か。

 

「いいだろう、話してやる。私が何を失い、何を求め、何故エンシェント・ワンの教えを捨てたのかをな。」

 

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