日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
この話では、前回から今回?となる人がいるかもしれません。
敢えて言うなら、力で解決できないところで大人、先達を頼った、残りは任せてください、と言う感じです。
――ダーク・ディメンション。
目の前に広がっているのは、視界を埋め尽くすほど巨大な顔。燃え上がるような紫色の光。
周囲そのものが脈打つように歪み、空間の奥からこちらを覗き込む視線だけで、こちらに圧力をかけてくる。
ドルマムゥ。ダーク・ディメンションの支配者。そして、これから僕たちが倒そうとしている相手だ。
『小さき存在よ。』
この次元そのものが震え、その振動が直接頭の中へ押し込まれてくるような声だ。いや、ちゃんと口も動いているけど。
『我が領域へ自ら足を踏み入れるとは――』
相手の話を無視して、僕は一歩前へ出る。
背後、と言ってもかなり後方に真魚、エンシェント・ワン、ストレンジさん、ピーターがいる。
さらに、ドルマムゥを逃さないための結界の準備を、闇の力と四人のエルたちが進めてくれている。
「すみません。長話をするつもりはないんです。ただ、一つ質問を。何故他の次元、他の世界を飲み込もうとするんですか?」
問いかけると、ドルマムゥは僅かな沈黙を挟んだ。質問の意味が分からない、というわけではないらしい。ただ、何故そんなことをわざわざ尋ねるのか、その意図の方が理解できていないように見えた。
『――餓えだ。』
「……餓え?」
『そうだ。我にとって、他次元を取り込むことは食事に等しい。汝らが食物を求め、それを喰らうことと同じだ。我は餓える。故に喰らう。満たされようとも、いずれ再び餓えは訪れる。ならば、また喰らえばよい。』
「……そういうことですか。」
なるほど。他の世界、他の次元を憎んでいるわけではない。何かを奪われた復讐でもなければ、自分こそが世界を支配するべきだという思想から来ているわけでもない。少なくとも、ドルマムゥにとっては、もっと単純な話なのだ。
『そもそも、我は汝らの星を特別に選んだわけではない。』
低く響く声が、ダーク・ディメンションの果てまで震わせる。
『いずれ宇宙の全てを、存在する世界を、次元を、このダーク・ディメンションへ取り込む。その過程において、汝らの星も――』
「――ああ、もう大丈夫です。」
僕は、ドルマムゥが言い終えるのを待たずに言葉を被せた。
『……何?』
「聞きたかったことは分かったので。」
肩を軽く回しながら、もう一度目の前の存在を見上げる。一応、確認しておきたかったのだ。何か別の存在に追われている可能性だって考えられた。もし、話し合いで解決できるような理由があるなら、戦う前に聞いておくべきだと思っていた。けれど、そういう話ではなかった。
「要するに、僕たちにとってはとんでもなく迷惑な話ですけど、あなたにとってはただ食事をしているだけなんですね。それで、この星だけじゃなく、最終的には宇宙全部を飲み込むつもりだ、と。ある意味、これは生存競争ということですね?」
それなら、遠慮する必要もなさそうだ。
腰へ手を伸ばし、アークルを出現させ、構えを取る。明らかに臨戦態勢になった僕を見て、ドルマムゥの巨大な瞳が怪訝そうに細められる。
『なんだ?まさか、戦いに来たとでも――』
「究極変身!」
ドルマムゥの言葉に被せるように叫び、全身を装甲で覆っていく。人間だった僕の姿を別のものへと塗り替える。
漆黒の装甲、全身に刻まれた金色の意匠、そして赤く輝く複眼。
クウガ・アルティメットフォーム・レッドアイ。
今日は……その更に先へ!
腹部のアークル、その中心に存在する霊石アマダム。普段なら黒い輝きを宿すその部分が、徐々に色を変える。強く、眩しいほどの金色へ。
アマダムを中心として、アークル全体が輝き、そこから全身へ金色の雷が迸った。全身の装甲に刻まれた金色の線をなぞるように、雷が何度も走っていく。
アルティメットの封印エネルギー。
雷のエルの力である金色の雷。
その二つは両立し、今までとは比較にならない密度で身体の中を巡る。
一度、背後にいるピーターに視線を送ってから、改めてドルマムゥと向き合う。
「……やっぱり、名前って大事だよね。」
僕の新しい力。
「ピーター命名、……クウガ・アルティメットフォーム・ゴルドアークル。」
ドルマムゥは警戒するように目を細め、
『その力――』
口を開くが、最後まで言わせない。
右腕を引き、拳に封印エネルギーを集中させる。
いつもの比ではない。ドルマムゥと融合したダーク・ディメンションを歪めるほどのエネルギーを引き出す。
雷のエルの力と混ざり合った封印エネルギーは金色に輝き、その力が込められた拳を前に、ドルマムゥの目は驚愕一色となった。
遠慮なし。加減なし。雷のエルの力を足に込め、雷光となる。次の瞬間には、僕はドルマムゥの巨大な顔、その真正面にいた。
「ハアアアアアッ!」
そして、僕は躊躇なく全力で拳を振り抜き、その拳はドルマムゥの顔面に叩き込まれる。
轟音と共に、ダーク・ディメンション全体が揺れた。封印エネルギーが炸裂し、金色の雷が巨大な顔全体を駆け巡った。
『グ――ッ!?』
ドルマムゥの声が苦痛に歪み、巨大な顔が大きく仰け反った。
ーーーーー
ドルマムゥの巨大な顔が仰け反った。
その事実に、私は言葉を失ってしまう。目の前で起きたことが理解できなかったわけではない。十文字――クウガが、ドルマムゥの顔面へ拳を叩き込み、その一撃で奴を仰け反らせた。
理解はできる。……理解はできるが、
「……本当に殴って効くのか。」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
エンシェント・ワンからドルマムゥについて学んで以来、私なりに対抗手段を考えてきた。魔術による拘束、次元間の接続への干渉、そしてアガモットの目を利用した時間操作。
だが、目の前で戦う男が選んだ手段は、そのどれとも違う。殴った。ただし、次元そのものを揺らすほどの力を込めて。
『貴様――!』
ドルマムゥが怒りを露わにし、周囲の空間そのものが動き始める。
ダーク・ディメンションを構成する巨大な物体が捻じ曲がり、その一部が十文字へ向かって凄まじい勢いで殺到した。さらに紫色のエネルギーが幾筋も走り、別方向からも十文字を押し潰そうとドルマムゥの巨大な腕が伸びてくる。
「クロオさん!」
ピーターが叫ぶ。だが、我々の心配をよそに、十文字は既にそこにはいなかった。
金色の雷が走り、ドルマムゥの攻撃が直撃する寸前に十文字の姿が掻き消え、次に私が捉えた時には遥か上方へ移動していた。
速い。いや、速いという言葉で片付けていいのか?
『逃がさん!』
ドルマムゥの周囲から無数のエネルギーが放たれる。
十文字は空間を蹴るように方向を変える。軌道が滅茶苦茶な金色の雷光だけを残し、ドルマムゥの攻撃の間を縫うように駆け抜けていく。
それでも、ドルマムゥの攻撃範囲は広すぎる。正面から巨大な腕が迫り、避ける場所がない。
「シッ!」
……避けずに、正面から拳を叩き込んだ。
衝突と同時に金色の雷と封印エネルギーが炸裂し、自分の何十倍、何百倍あるのか分からない巨大な腕を、十文字は強引に、真っ向から弾き飛ばした。
「……何だ、これは?」
今度は背後から別の腕が迫るが、十文字は身体を回転させ、そのまま蹴りを叩き込んだ。
轟音が鳴り響き、巨大な腕が横へ吹き飛んでいく。……おい、ドルマムゥの指の一本がひしゃげたぞ。
「……スタークさんから、強いとは聞いてましたけど。」
パーカーの声が聞こえた。
「僕もアルティメットの姿で戦ってるところを見るの、初めてです。」
私はパーカーに視線を送り、
「君もか?」
「はい。変身したところは見たことあったんですが。」
隣ではエンシェント・ワンも珍しく目を見開いていた。
「私も、ここまでとは……。アルティメットフォームそのものを間近で見る機会はありました。しかし、黒雄が全力の戦闘を行うところを見るのは初めてです。」
それを聞いて、私は再び戦場を見る。ドルマムゥが次々と攻撃を繰り出している。
そして十文字は、その全てを躱すか、弾くか、殴り返している。
「……馬鹿げている。」
純粋な感想だった。すると、風谷が前へ出て、
「私も行きます。」
腰へ光が集まり、見たことのない装具が出現する。
「変身。」
眩い光が彼女の全身を包み込み、白銀の装甲に包まれた異形へと姿を変える。アギト・シャイニングフォーム。話には聞いているし、その実力についてもモルドから散々聞かされた。
風谷は右手を掲げると、光が集まり、一本の杖が現れる。
「……何をする気だ?」
私が呟くと、その答えはすぐに出た。風谷の周囲に光が灯る。
一つ、二つ、十、二十、増え続ける。
「おい。」
五十を超えて、まだ増え、八十、百。無数の光球が風谷の周囲を埋め尽くす。その一つ一つに、魔術式が組み込まれているのが私には分かった。
「……全部制御しているのか?」
「はい。」
風谷が普通に答えた。本当に何なんだ、この連中は?
戦場に視線を戻すと、ドルマムゥの巨大な腕が再び十文字へ伸びていた。
十文字は別方向から放たれたエネルギー攻撃を回避した直後で、僅かに体勢を崩している。そこへ直撃しただけで消滅しそうな腕が迫る。
「クロオ!」
風谷が杖を振るい、同時に、百を超える光球が一斉に輝く。そして、光球の一つ一つから、細く収束された光線が放たれた。
百を超える光線が一点へ向かうのではなく、それぞれ異なる角度からドルマムゥの腕へ殺到。着弾後、轟音が連続した。
『――ッ!?』
ドルマムゥの腕が弾かれる。その瞬間、十文字の動きが止まった。
いや、違う。力を溜めているのか?
「何を――」
十文字が腕を振るうと何かが放たれた。すると、ドルマムゥの周囲に集まり、今まさに放たれようとしていた巨大なエネルギーが、一瞬で消滅した。
『何!?』
ドルマムゥが初めて明確な驚愕を見せるが、私も同じだった。
「……今、何をした?」
「恐らく封印ですね。」
エンシェント・ワンが答えるが、質問している暇はなかった。十文字がまた消えた。次の瞬間には、金色の雷光を纏ってドルマムゥの顎の真下にて腰を落とし、右拳を深く引いていた。
「ハアッ!」
強烈なアッパーが炸裂。
ドゴォォォンッ!!
『グオッ――!?』
ドルマムゥの巨大な顔が跳ね上がる。それで終わらず、
「クロオ、離れて!」
風谷の声。黒雄が即座に雷光となってその場から離れる。風谷が杖を振り下ろし、
「ヤアアッ!」
再び、百を超える光球が一斉に輝く。今度は無数の光線が束ねられ、まるで一条の流星のように、今度の狙いは腕ではなく、ドルマムゥの顔面を襲う。
顎をかち上げられたドルマムゥの巨大な顔へ、流星が突き刺さり、ダーク・ディメンションを、白銀の光が埋め尽くした。
『グオオオオオオッ!!』
ドルマムゥの咆哮、いや悲鳴が響き渡る。
……私は、その光景をただ見つめていた。魔術を学び始めて三ヶ月。自分でも、異常な速度で成長している自覚はある。だが、
「……私、本当に必要なのか?」
思わず口から漏れた言葉に、
「大丈夫です。」
パーカーが私の肩を軽く叩いた。
「僕も今、同じこと考えてました。」
「慰めになっていないぞ。」
「ですよね。」
隣を見ると、エンシェント・ワンまで何とも言えない顔をしている。だが、
「何か来ます!」
パーカーの表情が変わった。全身を強張らせ、戦場を凝視している。
「何がだ?」
「分かりません。」
ピーターが答える。
「でも、スパイダーセンスが強く反応してます。」
私は即座にドルマムゥへ視線を戻す。白銀の光の向こうで、巨大な二つの瞳が、先ほどまでとは比較にならないほど強く輝き始めていた。
ーーーーー
白銀の光が薄れていき、その向こう側で、ドルマムゥの巨大な二つの瞳が、先ほどまでとは明らかに異なる輝きを放っていた。
いや、瞳だけではなく、ダーク・ディメンションそのものが、変わり始めている。
「……何だ?」
私は思わず周囲を見回す。空間も、大地も、空を漂う巨大な物体も、その全てが奴の支配下にあり、ある意味ではドルマムゥという存在を構成する一部だ。
遠方に浮かんでいた巨大な天体のような物体から紫色の光が抜け落ち、足元に広がる大地からも、脈打つようにエネルギーが吸い上げられていく。その全てが、
「ドルマムゥに……集まっている?」
私の呟きに答えるように、空間全体が震えた。
『思い上がるな、小さき者どもよ。』
ドルマムゥの声が響く。先ほどまでの怒りに任せたものとは違う。むしろ、余裕を取り戻したような、明確な嘲笑が含まれていた。
『今までの戯れを、戦いだとでも思っていたのか?』
紫色の光が集まる。巨大な顔の周囲に、渦のようなエネルギーが生まれ、それが次々とドルマムゥの中へ吸収されていく。
『我はこの次元の支配者。この世界そのものが我であり、我こそがこの世界だ。』
その言葉と共に、さらに膨大な力が集中していく。
『ここまでは様子見ですらない。ただの遊びに過ぎん。』
巨大な瞳が、十文字を睨みつけた。
『本番は――ここからだ。』
「…………。」
私は思わず息を呑んだ。ドルマムゥから感じる圧力が、先ほどまでとは桁違いになっている。先ほどまで広大な次元全体へ分散していた力が、今は目の前に存在するドルマムゥに集中していた。しかし、
「……なるほど。」
小さく呟いた十文字に、驚いた様子はない。むしろ、
「作戦通り。」
そう聞こえた気がした。
「何?」
私が聞き返すより先に、
「――ッ!?」
ダーク・ディメンションの遥か遠方。上下左右などという概念すら曖昧なこの異次元、その彼方に、巨大な光の線が走る。そして、気付いた時には、ダーク・ディメンションの至るところに、巨大な紋様が浮かび上がっていた。
「これは……結界か?」
エンシェント・ワンが目を細める。
「始まりましたね。」
私がそちらを見ると、彼女はドルマムゥではなく、この次元そのものを見渡していた。
「ダーク・ディメンションは、我々の住む現実世界とは異なる次元に存在しています。しかし、別次元だからといって、完全に干渉できないわけではありません。途方もないエネルギーが必要にはなりますが、結界を張ることもできます。」
説明を聞いている最中に、五つの気配が一斉に膨れ上がった。
闇の力。そして、その使徒である四人のエル。生命の誕生から、この地球を見守り続けてきた、まさしく神が如き存在らしい。それらが、同時に力を解放する。
ダーク・ディメンション全体に展開されていた紋様が一斉に輝き、次元を包み込むように巨大な結界が閉じた。
ドルマムゥが力を集中させた、その瞬間を待っていたとでも言うように。
ーーーーー
ダーク・ディメンションの外側
「おい。」
火のエルが、少し離れた場所で闇の力へ声をかけた。
「アイツが。ドルマムゥが言ってる通り、ここからが本番だな。」
「そうだな。」
闇の力が短く答える。そして、
「もっとも、それはこちらも同じだが。」
ーーーーー
『消え失せろ!』
ドルマムゥの咆哮が響いた。先ほどまでとは比較にならない速度、威力で、紫色のエネルギーが放たれる。
「十文字!」
私が叫ぶより先に、金色の雷光が走った。直撃する寸前で十文字が回避する。だが、
『逃がさん!』
回避先へ、既に別の攻撃が撃ち込まれていた。
「ッ!」
十文字が腕を交差させる。攻撃が直撃し爆発が起こる。続いて放たれる攻撃に向け、金色の雷と紫色の光が衝突し、十文字の身体が僅かに後方へ弾かれた。
これまでで初めてと言っていい。十文字が、攻撃によって明確に押された。
「……さすがに、さっきまでとは違いますね。」
パーカーが呟く。その声にも、先ほどまでの余裕はない。
ドルマムゥの攻撃は止まらない。巨大な腕、エネルギー弾、光線、空間そのものを捻じ曲げるような攻撃。あらゆる方向から、絶え間なく十文字へ襲いかかる。
十文字も避け、殴り、蹴り、封印していく。だが、先ほどまでのように一方的ではなくなり、確実に、余裕が減っている。
すると、十文字が攻撃を避けながら右手を前へ出した。
「……何だ?」
掌の上に、光が生まれる。風谷が扱う白銀の光とは違い、もっと強く、もっと熱く、まるで小さな太陽をそのまま掌の上に作り出したような黄金色。
「あれは……。」
エンシェント・ワンが目を見開くと、風谷が答える。
「詳しくは知らないですけど、プラズマだそうです。クロオがアルティメット状態で使える能力の一つらしいです。」
「能力の一つ?」
私が反射的に聞き返す。いや、待て。あれだけ殴って蹴って、封印までしておいて、まだあるのか?
十文字の右手に集まった黄金の光が、一気に収束し、
『小賢しい!』
ドルマムゥが口を開く。その口腔の奥へ、ダーク・ディメンション全体から集めた膨大なエネルギーが集中していく。信じられないほど圧縮されたエネルギーだ。
「まずい!」
私が叫んだ、次の瞬間。
『消えろ!』
ドルマムゥの口から、巨大なエネルギー砲が放たれた。同時に、
「ハアッ!」
十文字の掌から、黄金の光線が放たれる。二つの光が正面から激突する。紫と金。次元そのものを揺らすほどのエネルギー同士がぶつかり、私は当然、しばらく拮抗するものだと思った。だが、
「……は?」
私の口から声が漏れる。激突した直後。ドルマムゥの放ったエネルギー砲が消えた。押し返されたわけでも、貫かれたのでもない。
黄金の光線と接触した部分から、まるで存在そのものを消去されるように、次々と掻き消されていった。
ドルマムゥ自身も理解できていなかったのだろう。巨大な瞳が見開かれ、
『は?』
その一言が、やけに鮮明に聞こえ、黄金の光線が、ドルマムゥの顔面へ直撃した。
光、轟音、衝撃が弾け、ドルマムゥの頭部が消し飛んだ。
「「「…………。」」」
私、パーカー、エンシェント・ワンの顎が外れかける。
ダーク・ディメンションの中で、首から上を完全に失った巨大なドルマムゥの身体だけが残っている。パーカーが、小さく呟いた。
「……倒した?」
その直後、声がした。
『フ……。』
私は顔を引き攣らせる。
「いや、まだだ。」
首の断面から、紫色の光が溢れ出した。それが渦を巻き、形を作り、数秒もしないうちに、新しい頭部が再生する。
『フハハハハハハハハ!!』
ドルマムゥが高笑いした。
『愚か者どもめ!』
完全に再生した瞳が、十文字たちを睨みつける。
『我に死の概念など存在せぬ!この次元において我は永遠!何度身体を破壊しようとも、我は再び蘇る!』
「…………。」
『貴様らが何度我を倒そうとも、結果は同じ!先に力尽きるのは貴様らだ!』
「エンシェント・ワン。」
十文字が、突然こちらへ声をかけた。
「減ってます?」
「ええ。」
ドルマムゥが僅かに動きを止める。
『……何?』
「闇の力。」
十文字は続ける。
「さっきので、どれくらい減った?」
『確認している。』
闇の力の声が響くと、空中に魔術式とも違う奇妙な表示が浮かび上がった。
『データを送る。』
「送る?」
その直後、別の場所と通信が繋がった。
『届いたぞ。』
別の声が割り込む。
『分析開始。』
恐らくバナーだ。さらに複数の声も。地球側で待機している連中が、闇の力から送られた情報を解析しているらしい。
『…………。』
「スタークさん?」
パーカーが呼んで、やっとスタークが答える。
『これ、相当ヤバいぞ。』
「何回です?」
十文字が聞く。
『今の一撃と同程度のダメージを基準にすると……。』
数字が表示される。私は、その桁を数え、途中でやめた。
「……冗談だろう。」
パーカーも固まっている。風谷ですら、僅かに顔を引き攣らせている。ドルマムゥが再び笑い始める。
『見たか!これこそが我と貴様らの差だ!』
「うーん。」
十文字は腕を組んだ。何故、そこで悩む。
『いくら貴様が強大な力を持っていようと、無限なる我を滅ぼすことなど――』
「あ。」
十文字が何かを思い出したように手を叩いた。
「なら、クウガの裏必殺技その二で。」
「……その二?」
私は嫌な予感を覚えた。十文字が、ゆっくりとしゃがみ込む。そして、ダーク・ディメンションの大地へ、右手を触れ、
「真魚!」
「なにー?」
「ごめん、飽和攻撃よろしく!」
「オッケー!」
返事が軽い。風谷が杖を掲げると、その頭上に巨大な魔法陣が展開される。
「……今度は何を?」
私は魔法陣を観察する。風谷の周囲には、先ほどと同じように無数の光球が浮かんでいる。
だが、その光球が頭上の魔法陣を通過した瞬間、増えた。
「……待て。」
一つの光球が十に。十が百に。百が、
「千を超えたぞ!?」
私は思わず叫んだ。
「一個ずつ制御したりは無理ですけど。」
風谷が、何でもないことのように答える。
「今回は狙う場所が大きいので、大丈夫です。」
「そういう問題なのか?」
さらに、正面に一つ、二つ、三つと、巨大な魔法陣が追加された。私は反射的に術式を解析する。
「頭上が分裂と増幅……正面一枚目が収束、二枚目が加速、三枚目は……指向性の固定?」
「はい。」
私は額を押さえた。
「完全に脳筋構成だな。」
「え?」
「いや、何でもない。」
千を超える光球が、一斉に正面の魔法陣へ飛び込み、白銀の光が嵐となった。
『――ッ!?』
ドルマムゥの巨大な身体へ、無数の光線が殺到する。爆発は途切れず、撃ったそばから、風谷が新しい光球を作り続けている。
とにかく増やし、前へ飛ばし、魔法陣を通す。
『小癪な!』
ドルマムゥがこちらに意識を向け、巨大な腕が動いた瞬間、
「おっと、それは却下。」
十文字は大地に右手を触れさせたまま、左手をドルマムゥへ向ける。
「まさか。」
再び黄金の光線が放たれる。
『グオオオオッ!?』
ドルマムゥが吹き飛んだ。風谷の飽和攻撃と十文字のプラズマ砲の二つの攻撃によって、ドルマムゥは完全に行動を制限されている。
そして、その間も十文字は、ずっと大地へ手を触れている。
「十文字はさっきから何をしている?」
黄金の光が、彼の右腕から大地、ダーク・ディメンションそのものへ流れ込んでいる。
「……まさか。」
エンシェント・ワンが、小さく呟いた。
「何か知っているのか?」
彼女は首を振る。
「いえ。ですが……。」
その時、十文字が顔を上げた。
「ヨシ。」
そして、ダーク・ディメンションの大地に金色の線が走った。それは十文字の身体、アルティメットフォームの漆黒の装甲に刻まれている金色の意匠と同じものだ。
その紋様が、大地へ浮かび上がっていく。次々と増え、やがて視界の果てまで広がっていった。
『何だ……これは?』
ドルマムゥの声から、明確な焦りが消えなくなった。十文字が立ち上がり、
「裏必殺技、」
右手を握る。
「モーフィングパワージャックです。」
「……何だ、その名前は。」
私の呟きは無視され、金色の紋様が、さらに広がる。まるで、大地、空間、次元を構成する、あらゆるものがクウガの味方に変わっていくように。
「モーフィングパワーで、相手の領域を自分の領域に変える技らしいですよ。」
風谷が普通に説明し始めた。
「領域を奪う?そんなことができるのか?」
「アルティメットになると、物質だけじゃなくて、空間とかにも干渉できるようになるみたいです。前に、闇の力に練習を付き合ってもらってました。」
「……結果は?」
風谷が少しだけ遠い目をした。
「闇の力の聖域、普通に取っちゃいました。」
私は言葉を失う。神が如き相手の聖域を普通に取っちゃったのか。
「闇の力は?」
「しばらく無言でした。」
「そうだろうな。」
何となく、その時の光景が想像できてしまった。
『貴様ァァァァッ!!』
ドルマムゥが咆哮する。明らかに焦っている。さらにダーク・ディメンションのエネルギーを自身へ集め始めた。
「また集めている?」
今度は集めるだけではなく、圧縮している。巨大だった身体が縮んでいき、最終的に現れたのは、二メートルほどの人型だった。
黒紫の皮膚。全身から炎のようなエネルギーが立ち昇り、頭部からは角にも見える巨大な突起が伸びている。先ほどまでの巨大な顔とは全く違う。
まるで、悪魔。そう呼ぶしかない姿。
だが、大きさが変わったからといって、弱くなったわけではない。むしろ逆だ。
「…………。」
背筋に冷たい汗が流れた。密度が違う。あれほど巨大な次元全体から集めた力を、僅か二メートルほどの身体へ押し込んでいる。エンシェント・ワンの表情も険しい。
「これは……。」
初めて、彼女の声に緊張が混ざった。
「パーカー!」
「はい!」
「スパイダーセンスはどう反応している!?」
パーカーは何故か、恐怖よりも困惑した顔をしていた。
「いや……。」
「どうした?」
「僕じゃ絶対に勝てないですし、反応しっぱなしではあるんですが……。」
「ですが?」
パーカーが、十文字を見る。
「クロオさんの方がヤバいんですよね。」
「…………。」
私は、十文字を見る。
ドルマムゥの限界まで圧縮した力を前にしても、十文字は、それほど焦っていない。
そして、その本人は、全く別のことを考えていた。
――ダグバの方が強いかな?
ーーーーー
目の前に立つ、二メートルほどの人型となったドルマムゥを見ながら、僕の頭の中に、何故か全く別の光景が浮かんでいた。
冷たい風と、白く霞む吐息。雪原の中、僕と向かい合っていた、白い怪人、ン・ダグバ・ゼバ。
クウガとして戦い始めてから、最後に立ちはだかった相手。そして、今まで僕が戦った中でも、間違いなく最も強かった存在の一人。
あの時、僕たちは互いの能力を封じ合った。触れずに相手を焼き尽くす力も、周囲の物質を一瞬で変質させる力も使えなくなり、最後に残ったのは、自分自身の身体だけだった。
だから、殴った。ただひたすらに殴り合った。数十トンという馬鹿げた威力の拳を、互いの顔面や身体へ叩き込み続け、拳が当たるたびに雪が舞い上がり、足元の地面が砕け、身体の奥まで衝撃が突き抜けた。
それでも止まらず、殴られれば殴り返し、倒れそうになれば踏ん張り、また一歩前へ出た。最後には、互いに変身すら維持できなくなった。アークルの力が尽き、ダグバも人の姿へ戻り、それでも戦いは終わらなかった。
血まみれになって、顔を腫らして、拳の皮が裂け、腕もまともに上がらなくなって、それでも、僕たちは殴り合った。今思い返しても、酷い戦いだった。
……僕にとって、あれが一つの原点なのかもしれない。
「…………。」
意識を現在へ戻し、改めて目の前のドルマムゥを見る。
強い、間違いなく強い。
どれだけのエネルギーを今の身体へ押し込んでいるのかは分からないし、単純な総エネルギー量だけで言えば、今まで戦ってきた相手の中でも相当上にいると思う。
少なくとも、力そのものは強大でも、その扱い方に慣れていなかったゾラウルトロンより、今のドルマムゥの方がずっと手強そうだ。
それでも、不思議と恐怖はなかった。
「……よし。」
僕は、一度開いていた右手を握り直した。
さっきまでは、モーフィングパワーでダーク・ディメンションそのものへ干渉したり、プラズマを光線として放ったり、普段ならほとんど使わないアルティメットの能力を色々と使った。
必要だったから使ったし、ドルマムゥ相手なら遠慮する理由もない。
でも。あれを癖にするのは、絶対に駄目だ。アルティメットフォームの力は便利すぎて、強すぎる。
もし地上でアルティメットにならなければならない状況が来た時、今みたいな感覚でプラズマを放てばどうなる?
……たぶん、街一つくらい簡単に消し飛ぶ。
モーフィングパワーだってそうだ。物質だけではなく、空間や領域そのものに干渉できる力を、普段から当たり前のように使うようになれば、いつか加減を間違える。
だから、僕の戦いにはこれでいい。拳と脚。それだけで十分だ。
「それにしても……。」
僕はドルマムゥを見上げる。
先ほどまで、顔だけでも山ほどありそうな大きさだった相手が、今では二メートル程度まで縮んでいる。
全身は黒紫色で、身体の表面を炎のようなエネルギーが揺らめき、頭部から伸びる巨大な突起も含めれば、本当に悪魔と呼ぶしかない見た目だ。
「正直、……小さくなってくれて助かりました。」
『……何?』
ドルマムゥの表情が歪むけど、本当に助かる。さっきまでの大きさだと、顔面を殴ろうとするだけで移動が必要だったし、腕一本弾くにもいちいち面倒だった。
『貴様……。』
ドルマムゥの声が低くなる。
『我を侮辱しているのか?』
「いや。」
僕は両拳を構える。
「殴りやすくなったなって。」
『――ッ!!』
ドルマムゥの姿が消えた。
「ッ!」
速い。今の僕でも、反応が一瞬遅れるほどの速度で、黒紫色の影が真正面へ迫ってくる。
ドルマムゥの拳が振り抜かれた。避けずに、僕も右拳を振るう。
「ハアッ!」
『オオオオオオッ!!』
アルティメットの拳とドルマムゥの拳。二つが真正面から衝突し、拳と拳が触れた一点を中心に空間が大きく歪み、そこから透明な衝撃波が球状に広がっていく。
少し離れた場所に浮いていた巨大な岩塊がまとめて砕け、足元の大地が一斉にひび割れた。そして。
「ぐっ!?」
僕が押し負け、後方へ弾き飛ばされる。
一瞬で何十メートルも吹き飛び、足を大地へ叩きつけて強引に止まろうとするが、それでも勢いを殺しきれず、両足で地面を削りながらさらに後ろへ押され、止まった時には、足元に長い溝が出来上がっていた。
「……重っ。」
思わず声が漏れた。かなり痛いし、拳どころか、右腕全体が痺れている。エネルギー自体は、接触した瞬間に封印エネルギーを流し込んで殆ど消したはずだ。
それでも押し負けたということは、あの身体、単純にエネルギーを圧縮しただけじゃない。ダーク・ディメンションを支配していた膨大な力と、あの巨大な身体の質量を、文字通り無理矢理一つの身体へ押し込んだのか。
見た目は二メートル程度でも、殴ってくる拳そのものは、とんでもなく重たい。
『理解したか?』
ドルマムゥがゆっくりとこちらへ歩いてくる。一歩踏み出すたびに大地が沈む。
『この姿は、貴様ら矮小な存在に合わせたものではない。』
身体から溢れる紫色の炎が大きく揺らめく。
『我が無限なる力を、一点へ集約した姿だ。』
「なるほど。」
僕は軽く肩を回す。確かに強い、さっきまでより、遥かに。
「じゃあ、もっといけるか。」
『……何?』
アークルへ意識を集中させると、霊石アマダムの金色の輝きが、一段階強くなる。全身を巡っている封印エネルギーもさらに引き上げる。
「封印エネルギー……全開。」
全身の金色の意匠が強く輝き、そこから溢れ出した力が装甲の表面を走る。
さらに、雷のエルの力も最大まで引き上げる。バチッ、と小さな音が鳴った直後、僕の身体から金色の雷が爆発するように溢れ出した。
周囲の空間へ何本もの雷が走り、足元の大地が衝撃だけで砕けていく。
「雷のエルの力も……最大出力。」
ドルマムゥの瞳が細くなる。
『面白い。』
僕も少しだけ笑った。
「うん。」
足へ力を込める。
「僕も、そう思います。」
次の瞬間、僕とドルマムゥは、同時に消えた。金色の雷光と黒紫色の閃光がダーク・ディメンションの中央で激突する。
『オオオオオオッ!!』
「ハアアアアアッ!!」
もう小細工はなし。ドルマムゥが右拳を振るい、僕は左腕で受け流しながら、その顔面へ右拳を叩き込む。
『グッ!?』
相手の顔が横へ弾かれる。だが、直後にはドルマムゥの膝が僕の腹部へ突き刺さった。
「ガッ!」
身体が僅かに浮く。そこへさらに顔面狙いの左拳が飛んでくる。避けきれない。
――ドゴンッ!!
「ぐっ……!」
視界が揺れ、身体が後ろへ吹き飛びかけるが。
「ッ!」
踏ん張り、両足を大地へ食い込ませる。足元が砕け、蜘蛛の巣状の亀裂が何十メートルも広がっていく。それでも、下がらない。
僕はすぐさま顔を上げ、右拳を握る。ドルマムゥを殴りまくる。
『グッ!?』
殴るのを止めない。拳を振るうたびに、金色の雷が弾け、
『グ、オッ――!?』
そのたびに封印エネルギーを流し込む。
『貴様ァァァッ!!』
ドルマムゥの拳が僕の頬を捉える。視界が大きく傾き、口の中に血の味が広がる。でも、
「まだ。」
負けじと右拳を返す。
『グッ!?』
「まだまだ!」
ドルマムゥの顔面を何度も殴る。
『オオオオオオッ!!』
ドルマムゥも殴り返してくる。尋常じゃなく重く、一発まともに喰らうだけで、普通なら消し飛ばされてもおかしくない。でも、
「ハアアアアアアッ!!」
耐える、踏ん張る、殴り返す。
大質量?上等だ。顔面を殴られる?それがどうした?ダグバとは、人間の姿になってからも血まみれで殴り合った。あの時に比べれば。まだ、僕は立っている。まだ拳は動く、まだ脚も動く。
「まだ殴れる!」
『貴様ァァァァッ!!』
ドルマムゥの拳が飛んでくる。真正面から受け、頭が揺れる、膝が沈む。それでも倒れはせず、一発もらえば、何十発でも返す。
その度に、ドルマムゥの身体へ金色の封印エネルギーが入り込み、黒紫色の炎を削り取っていく。
最初は殴られた直後にすぐ再生していた傷も少しずつ、ほんの少しずつだが、戻る速度が遅くなっている。
『何故だ……。』
ドルマムゥの声に、初めて僅かな動揺が混ざった。
『何故、我の力が……。』
「言ったでしょ。」
僕は拳を握り直す。
「長話をするつもりはない、って。」
ーーーーー
最後まで、僕は油断しなかった。
ドルマムゥは既に大きく力を削られていたけれど、ダーク・ディメンションと深く結び付いた不滅の存在であることに変わりはない。何度殴り倒しても、どれだけ封印エネルギーを流し込んでも、存在そのものを完全に消し去るところまでは届かなかった。
だから、奴の戦力を削り切った。
その後、火のエルがこれまでまったく使ってこなかったタイムストーンの力で、時間へ干渉。ドルマムゥを巨大な時間の輪の中へ閉じ込めた。
そこへストレンジさんがアガモットの目を使い、さらに別の時間ループを重ねる。二重の時間封印は、片方を突破しようとすれば、もう片方によって元へ戻される。
その上から、エンシェント・ワンが大規模な魔術結界を展開する。真魚もそれに続き、サイコメトリーと魔術を組み合わせながら術式を解析し、複製し、増幅していった。一つだった封印術式が十へ、十が百へ。ダーク・ディメンションの一角が、巨大な魔法陣そのものへ変わっていく。
そして最後。僕は残っている封印エネルギーを限界まで流し込んだ。アルティメットの力と雷のエルの力を同時に引き上げ、ドルマムゥの身体だけではなく、その存在そのものへ封印エネルギーを浸透させていく。黒紫色だった身体を、金色の紋様が覆っていった。
抵抗はあったけれど、それも長くは続かなかった。
最後にはドルマムゥの姿そのものが光の中へ沈み、二重の時間ループと幾重もの魔術結界、その中心で、巨大な封印の核のような状態へと変わっていった。
完全に殺すことはできなかった。ドルマムゥが不滅に近い存在であるという話は本当だったらしい。
ただ、もう二度と他の次元へ手を伸ばすことはできない。少なくとも、今の状態から自力で抜け出すことは不可能なはずだ。
こうして、ドルマムゥ討伐作戦は。正確には、ドルマムゥ封印作戦は無事に終了した。
ーーーーー
決戦後のアベンジャーズ基地、会議室。
俺――火のエルは、椅子に座りながら集まった面々を眺めていた。
フューリー、スターク、エンシェント・ワン、闇の力、そして俺。
今回の戦いについての最終確認もほとんど終わりに差し掛かったところで、
「一つ、聞いてもよろしいですか?」
エンシェント・ワンが俺を見てくる。
「ドルマムゥは、あなたの故郷の仇でもあるのでしょう?今回のような決着で、本当に良かったのですか?」
俺は少し考えてから、肩を竦めた。
「俺じゃ、どう足掻いてもアイツには勝てなかった。それに、昔の記憶は、ほとんどねぇしな。」
復讐したかったのかと聞かれても、正直よく分からない。
「まあ。あれだけボコボコにされて、徹底的に封じられたんだ。俺は満足してるよ。」
エンシェント・ワンは静かに頷き、俺は腕を組む。
「それより、クロオがあそこまで圧倒的だとは思わなかったな。」
「インフィニティ・ストーン、ほぼ無限に近いエネルギー量と封印エネルギーの掛け合わせ。」
闇の力が淡々と答える。
「加えて、私が与えた雷のエルの力。あれらは、想定以上に相性が良かったらしい。」
「らしい、って。お前も予想外だったのかよ。」
あ、闇の力が苦笑いしやがった。
「あれだけの力がありゃあ、大抵のことは何とかなりそうだけどな。」
俺のぼやきを聞き、フューリーが小さく溜息を吐いた。
「最近まで黒雄が抱えていた問題のほとんどは、単純な力では解決できないものばかりだったからな。」
「……ああ。」
言われてみればそうだった。スタークも苦笑し、
「あの力は確かに脅威ではあるが、クロオ本人が一番警戒しているからな。」
必要な時には使う。けれど、必要がなければ使わない。自分がどれだけ危険な力を持っているのか、本人が一番よく分かっている。
「そこまで心配はいらないさ。」
スタークの言葉に、全員がそれぞれ頷いた。
「次だ。」
フューリーが話を切り替え、会議室の空気が少し変わる。
「サノス。今度の敵はドルマムゥとは違う。知恵を持ち、軍隊を持ち、狂気とも言える信念を持っている。」
「備えましょう。」
エンシェント・ワンが静かに告げたことに、誰も反対しなかった。
ドルマムゥとの戦いは終わった。そして、俺たちは次の戦いへ向けて、また準備を始める。
ーーーーー
時は少し遡り、カマー・タージ。
ドルマムゥとの戦いが、ダーク・ディメンションで始まっていた頃。カール・モルドは、静まり返った廊下を一人歩いていた。普段であれば、修行僧たちの気配が絶えることのない場所だ。しかし、今は多くの者が結界の維持や各サンクタムの警戒に回っており、カマー・タージそのものに残っている人間は少ない。その状況を利用している自覚はあった。
「……。」
目の前には、幾重もの魔術結界によって封じられた扉。その奥にいる人物を思い、モルドは拳を握った。カエシリウス、かつて共に学び、共にエンシェント・ワンを師と仰いだ男。そして今は、禁忌に手を出し、ドルマムゥへ接触しようとした罪によって拘束されている。
モルドはカエシリウスの思想に共感しているわけではない。ドルマムゥをこの世界へ招き入れ、その結果、世界そのものがダーク・ディメンションへ飲み込まれる。そんなものを認める気はないし、カエシリウスが行おうとしていたことが正しいとも思っていない。
「……それでも。」
モルドは右手を掲げる。結界を構成している術式が浮かび上がり、その一部へ干渉を始める。
「このままでいいはずがない。」
エンシェント・ワン。自らが長年敬愛し、師と仰いできた存在である彼女は、何百年という時間を生きている。ダーク・ディメンションから力を引き出し、自らの寿命を延ばし続けていた。自然の摂理に反する行為であり、その方法を誰にも明かしていない。
「魔術には、秩序がある。」
モルドは小さく呟く。
「守るべき法則がある。」
死すべき者は死に、命には限りがある。自然の流れに従い、その中で己に与えられた時間を生きる。それが世界の秩序だ。だというのに、エンシェント・ワン自身が、それを破っている。しかも、
「もし、不老に近い術が存在するのなら……。」
何故、それを秘匿する?病に苦しむ者。老いによって死を迎える者。まだ生きたいと願いながら、その願いを叶えられない者。世界には、そんな人間が無数にいる。その一方で、一人だけ何百年も生き続ける。
「……それは、本当に正しいのか?」
最後の結界を解除しようとした時、
「やめておいた方がいいと思うけどね。」
背後から、場違いなほど軽い声が飛んできた。モルドが即座に振り返る。
緑色の光と共に幻影が解かれていく。その中心に立っていたのは、長い黒髪の男。アスガルドの王子であり、かつて地球を侵略し、ニューヨークを戦場へ変えた張本人、ロキ。その隣には、ハンマーを肩へ担いだソー。そして、二人の少し後ろにはサラが立っていた。
「モルドさん。」
サラに声をかけられ、モルドの表情が強張る。
「……何故、ここに。」
「何故も何も。」
ロキが肩を竦める。
「敵が内側にいる可能性を考慮しないほど、この世界を守る連中も間抜けではないということさ。」
「私は敵ではない。」
「そうかい?」
ロキはモルドが解除しかけていた結界を見る。
「囚人を勝手に逃がそうとしている男が言う台詞としては、少々説得力に欠けるがね。」
「私は、カエシリウスを逃がしたいわけではない。」
「ならば何をしている?」
今度はソーが尋ねた。
「……改めて、話を聞くつもりだった。カエシリウスの行いが正しいとは思っていない。だが、奴がエンシェント・ワンへ抱いていた疑念。その全てが間違っていたとも思えない。」
サラが僅かに眉を寄せるが、モルドは構わず続けた。
「エンシェント・ワンは、自然の摂理に反している。死ぬべき時を越え、何百年も生き続けている。それも、ダーク・ディメンションの力を利用してだ。」
ロキの眉が僅かに上がる。
「それだけではない。不老に近い秘術が存在するというのなら、何故それを独占する?何故、その方法を他者へ伝えない?」
モルドの声が強くなる。
「老いや病によって死ぬ人間は無数にいる。生きたいと願う者もいる。その方法が存在するにもかかわらず、一人だけがそれを使い続ける。それは――」
「違うと思います。」
静かな声が割って入った。モルドがサラを見る。サラは少し迷うように視線を伏せ、それからもう一度モルドを見た。
「先生は、不老の秘技を独占しているんじゃないと思います。」
「なら、何だと言う?」
「お一人で背負われているんです。」
モルドが黙る。
「モルドさんは、本当に先生が、エンシェント・ワンが自分だけ長く生きたいと思っていると感じていますか?今、心の中では違うって分かっているんじゃないですか?」
モルドの眉が僅かに動く。図星だったのだろう。
「何百年も生きられることが、そんなに素晴らしいことだとは私は思いません。」
サラは静かに続ける。
「周りの人は、みんな先に亡くなっていきます。友人も、弟子も、自分が大切に思った人も。」
サラ自身、一瞬だけジーンのことを思い浮かべた。だからこそ、その言葉には自然と重みが乗る。
「何度も人と出会って、何度も別れて、それでも自分だけは生き続ける。しかも、その間ずっと世界を守り続けてきたんですよね。」
モルドは何も答えない。
「異次元の存在と戦って、魔術師を育てて、未来を見て、世界が破滅しないように何百年も。」
サラは首を横へ振る。
「私は、それを特権だとは思えません。」
そこでロキが口を開いた。
「僕も同意見だな。」
ソーが横を見る。
「珍しいな。」
「兄上、私はいつでも理性的な男だよ。」
ソーは何も言わず、ロキは無視して続ける。
「何百年も生を保ち、力を持ち、地球という辺境の星を守り続けてきた。」
「辺境は余計だと思います。」
サラが静かに言う。
「失礼。」
ロキは全く悪びれない。
「だが、彼女はその数百年を、享楽に使ったわけではないのだろう?」
モルドは答えない。
「国を作ったか?」
「……いや。」
「富を集めたか?」
「いや。」
「自らを神として崇めさせたか?」
「……していない。」
「ならば何をしていた?」
モルドは黙ったが、ロキが答える。
「地球を守っていた。地球を守るために何百年も生き、学び、戦い続けてきた。」
一瞬だけ、ロキの表情から皮肉が消える。
「賞賛に値すると思うがね。少なくとも、私なら数百年もそんな仕事を続ける気にはなれない。」
「お前は数日で国を乗っ取ろうとするからな。」
ソーが言う。
「兄上、今それを言う必要はないだろう。」
そこで、結界の奥から声がした。
「……随分と、好き勝手言ってくれる。」
既に会話は聞こえていたらしく、モルドが振り返る。
「カエシリウス。」
「モルド。」
姿は見えないが、声だけははっきりと届いてくる。
「私を救いに来たのか?」
「……違う。」
「そうか。」
モルドは結界を見る。
「ただ、お前の考えをもう一度聞きたいと思った。」
「私の考え?」
「ああ。」
暫く沈黙が続いたが、カエシリウスが答えた。
「…………死は最大の不条理だ。人は生まれ、老い、死ぬ。愛する者とも別れる。積み重ねた知識も、経験も、全て死によって失われる。」
声に、強い感情が混ざる。
「そんなものを、何故受け入れる必要がある?」
モルドは黙って聞いている。
「ドルマムゥの世界には、時間が存在しない。」
カエシリウスの声が僅かに熱を帯びる。
「ならば、死もない。」
その言葉を聞き、ロキが、
「なるほど。」
と頷いた。
「では本人に聞いてみよう。」
「……何?」
ロキが指を鳴らす。カエシリウスの牢屋へと続く扉があっさりと開き、全員が見える位置に、ある光景が映し出された。魔術による映像に映っていたのはダーク・ディメンション。そして、
『小さき存在よ。』
ドルマムゥ。
その正面には、十文字黒雄が立っている。
カエシリウスの声が止まった。映像の中で、黒雄が尋ねる。何故、他の次元を飲み込もうとするのか。ドルマムゥの答えは、
『――餓えだ。』
カエシリウスが息を呑む。ドルマムゥは淡々と説明する。他次元を取り込むことは、自分にとって食事に等しい。餓える、だから喰らう。満たされても、再び餓えればまた喰らう。やがて、宇宙全てを飲み込む、と。
カエシリウスは言葉を無くし、映像の向こうで、黒雄がドルマムゥの答えに返す。
『要するに、僕たちにとってはとんでもなく迷惑な話ですけど、あなたにとってはただ食事をしているだけなんですね。』
「……食事。」
カエシリウスが小さく呟く。
『ある意味、これは生存競争ということですね?』
次の瞬間、黒雄が変身する。そしてドルマムゥの顔面を、真正面から殴り飛ばした。
「…………。」
モルドが言葉を失い、カエシリウスも、無言が続く。映像の中で戦いが続く。世界そのものに等しいドルマムゥを相手に、黒雄が戦い続ける。
真正面から、次元そのものであるドルマムゥと渡り合う、いや圧倒している。
「……何をしているんだ、あの男は。」
「戦っている。」
ロキが即答する。
「それは見れば分かる!」
「ならば聞くな。」
「何故、あの存在を相手に普通に殴り合っている!?」
「そういう男なのだ。」
ロキは楽しそうだった。一方、カエシリウスは口を開こうともしない。やがて映像の中でドルマムゥの身体が人型へ変わり、黒雄との真正面からの殴り合いが始まる。
拳と拳。殴られ、殴り返す。次元が揺れ、大地が砕ける。それでも、黒雄は立ち続けている。
「……生存競争。」
モルドが呟いた。ドルマムゥに救済を求めるわけでも、永遠の命を望むわけでもない。共存を願うことすらない。ただ、こちらを喰らおうとするなら、こちらも全力で抵抗する。その極めて単純な論理で、世界そのものに等しい存在と殴り合っている。
モルドは、呆然と映像を見つめていた。すると、カエシリウスの声が、ようやく聞こえた。
「……違った。」
「カエシリウス?」
「私は……。死のない世界だと。」
震える声で、誰に聞かせるでもなく、呟いている。
「苦しみのない世界になると。」
ロキはカエシリウスに視線を向けることはしなかったが、その呟きに返答した。
「違ったな。取り込まれるということは……喰われるだけだったな。」
ドルマムゥにとって、地球も、人間も、魔術師も、全てが、己の飢えを癒す食料でしかなかった。カエシリウスが求めていた永遠は、存在そのものを捕食者へ差し出すことだった。
「……私は。」
カエシリウスは崩れ落ち、膝をついた。
「何を……。」
モルドも動かない。映像の中、黒雄とドルマムゥの戦いは続いている。やがてドルマムゥが追い詰められ、火のエルとストレンジによる二重の時間封印、エンシェント・ワンと真魚による大規模魔術封印、最後に黒雄による封印エネルギー。巨大な存在が、完全に閉じ込められていく。その一部始終を、モルドとカエシリウスは、ただ黙って見つめていた。
そして、戦いが終わった。
ロキが指を動かし、映像を消す。
「さて。ここまで見れば、私から付け加えることは特に――」
ロキが言いかけた、その時。モルドがゆっくりと振り返った。
「……エンシェント・ワンは、どこにいる。」
「もうすぐ戻られると思います。」
サラの答えに、モルドは暫く黙り込む。そして、両膝を床についた。
「……は?」
ロキの顔から、珍しく表情が消えた。
さらに、カエシリウスまで、同じように跪く。
「私は、間違っていた。」
モルドが俯いたまま言う。
「モルドさん。」
「師を疑った。」
拳を床につける。
「いや。疑うこと自体が罪だとは思わない。だが、私は何も知らないまま、自分だけが正しいと決めつけた。」
カエシリウスの声も聞こえる。
「私も同じだ。死を恐れ、それ故に、都合の良い答えだけを求めた。」
サラが黙って二人を見る中、カエシリウスは続ける。
「ドルマムゥが何者なのか、知ろうともしなかった。いや、」
自嘲するような声。
「知りたくなかったのだろう。」
自分が信じたい答えだけを見た。永遠、死のない世界、時間からの解放、その先に何があるかは、考えなかった。
「……許されるとは思っていない。だが、」
カエシリウスは一度言葉を止める。
「もし。もし、エンシェント・ワンが許してくださるのであれば。」
モルドも静かに頭を下げた。
「残りの生を。」
二人の声が重なる。
「「世界を守るために使いたい。」」
ロキ、ソーは目を瞬かせ、サラも驚いている。
「君たち。」
ロキが腕を組み、呆れたように言う。
「極端すぎないか?」
一人は囚人。もう一人はその囚人を逃がそうとしていた。それが、ドルマムゥの本音を聞き、黒雄がドルマムゥを正面から殴り倒すところを見て。急に世界を守る側へ転向したいと願い出てくる。
「もう少し段階というものがあるだろう。」
ロキがそう言った瞬間、隣から、低い声が飛んできた。
「ロキ。」
「何だ、兄上。」
ソーが真顔で言う。
「お前が言うな。」
数秒の沈黙の後、ロキはゆっくりと兄を見る。
「兄上。」
「何だ。」
「今のは非常に傷ついた。」
「事実だろう。」
「私はもっと段階を踏んだ。」
「ニューヨークを攻めた後、牢屋に入り、ダークエルフと戦った後、急に地球を守る側へ来ただろう。……同じではないか。」
「私は王子だぞ?」
「関係あるか?」
サラが耐え切れず、小さく吹き出す。
どうやら、世界を守る戦力はまた増えたようである。