日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです 作:ken4005
――放課後。
「では、改めて確認するぞ。今回の学力コンテストは、地区予選を突破することが最低目標だ。」
先生が教室の前でそう言うと、集められたメンバーたちがそれぞれ反応を返した。
僕――ピーター・パーカーも、ネッドの隣に座りながら配られた問題集を開く。
結局、昨日先生に参加すると伝えたことで、その日の放課後から早速練習が始まることになった。
行動が早い、というか、先生が張り切りすぎている。黒板には大きく、
『目指せ地区予選突破!』
と書かれている。……優勝じゃないんだ。
いや、現実的な目標設定は大事だけど。ちなみに、今回の参加メンバーは僕とネッドを含めて、全部で六人。
まず、リズ・トゥームス。成績優秀で、面倒見もよくて、先生からの信頼も厚い。今回のチームでは事実上のまとめ役だと思う。
それから、学校ではかなり有名。何が有名かと言えば、単純に美人だから。学校のマドンナ的な存在の一人、と言えば分かりやすいだろうか。実際、男子から人気があるし、廊下を歩いているだけで目で追う人もいる。
僕も美人だとは思う。ただ、最近の僕の周りには、メイ叔母さんがいて、真魚さんがいて、サラがいて、ジーンがいて、ペッパーさんまでいる。
……環境がおかしい。
しかもスタークさんのパーティーとかに行くと、映画スターみたいな人やモデルみたいな人が普通に歩いている。
だから、リズを見ても、
『あ、美人だな。』
くらいで終わる。昔の僕だったら、たぶんもっと緊張していたと思う。成長したのか、感覚が麻痺したのかは分からない。
次に、ミシェル。フルネームはミシェル・ジョーンズ。かなり頭が良い。というか、普通に僕やネッドと張り合えるくらい頭が良い。
ただし、かなり変わっている。いつも少し離れたところから人を観察していて、急に核心を突くことを言う。
あと、何を考えているのか分からない。昨日、僕たちを下手くそに尾行していたのも、彼女だ。僕のスパイダーセンスが反応しなかったし、悪意はなかったみたいだけど。
そして、何故か学力コンテストのメンバーとして普通にここにいる。……どこか怪しい。
次は、フラッシュ・トンプソン。成績は良い。普通に良い。口もよく回る。そして、その口を使って僕に絡んでくる。
以上。
「何だよ、ペニス・パーカー。」
ほら。
僕が少し視線を向けただけで、フラッシュが反応した。
「何でもないよ。」
「だったら見るな。」
「見てないよ。」
「見てただろ。」
「視界に入っただけ。」
「お前な。」
「はいはい、そこまで。」
リズがすぐに止めに入る。フラッシュは納得していない顔をしているけれど、一応黙った。以前の僕なら、こういうやり取りをすると少しムキになっていたかもしれない。
でも今は、あまり気にならない。
だって僕、放課後になったらアイアンマン本人と話すこともあるし、スパイダーマンとして街を飛び回っているし、たまに雷神と一緒に訓練するし、クロオさんに何度も地面へ叩きつけられている。……プライドなんてとっくにへし折れたさ。
学校でフラッシュに何か言われるくらい、誤差でしかない。
そして最後が、エイブ。物静かで真面目。問題を解いている時の集中力が高い。特に理系の問題に強い。必要な時に必要なことだけ言うタイプなので、ネッドとは逆方向だ。
以上が今回のメンバー。
僕、ネッド、リズ、ミシェル、フラッシュ、エイブ。
映画だったら、たぶんそれなりにバランスの取れたチームだと思う。……いや、映画じゃないけど。
「じゃあ、始めるぞ。」
先生が問題集を開く。
「まずは科学分野からだ。パーカー、リーズ。お前たちは期待してるからな。」
「はい。」
「頑張ります。」
僕とネッドが答える。
「リズは全体の進行を見てくれ。エイブは計算系。フラッシュは一般教養。ミシェルは――」
「全部。」
ミシェルの発言に先生が止まる。
「……全部?」
「一応。」
「そうか。」
先生が少し戸惑いながら頷く。僕はネッドと目を合わせると、ネッドが小さく口を動かした。
『絶対強い。』
僕も同意するように小さく頷く。
「では第一問。」
先生が読み上げる。
「ある物体を一定の高さから落下させた場合――」
問題文を聞いた瞬間、僕の頭の中で計算が始まる。高さ、重力加速度、空気抵抗は無視。……うん、簡単だ。
「はい。」
僕が手を上げる。
「パーカー。」
「答えは――」
答えを言う。
「正解。」
「はい。」
「早いな。」
先生が少し驚いた顔をする。隣でネッドが得意そうな顔をしている。何で君が得意そうなんだ。
「次。」
今度は数学。
「はい。」
ネッドが答える。
「正解。」
次。化学。
「はい。」
僕が正解。
次、プログラミング。
「はい。」
ネッドが正解。
次、一般教養。
「――それ、答えは三番。」
ミシェルが正解。
その次、歴史。
「二番。」
またミシェルが正解。先生が少しずつ嬉しそうになっていく。
「いいぞ。」
次。
「正解。」
次。
「正解。」
さらに次。
「正解!」
先生の声がどんどん大きくなっていき、リズが苦笑している。
「先生、嬉しそうですね。」
「そりゃ嬉しいだろ。」
先生が即答する。
「これまで何年地区予選で負けたと思ってる。」
「去年と一昨年。」
エイブが淡々と言う。
「具体的に言うな。」
教室に少し笑いが起きる。意外と雰囲気は悪くない。僕とネッドが理系を担当して、ミシェルが広い範囲を拾い、リズが全体をまとめる。エイブは計算問題に強くて、フラッシュも一般教養では普通に点を取る。
「これ。」
ネッドが僕に小声で話しかける。
「結構いけるんじゃない?」
「うん。」
僕も小声で返す。
「思ってたより強いかも。」
「優勝ある?」
「先生に聞かれたら言わない方がいいよ。」
「なんで?」
「期待しすぎて倒れるかもしれない。」
前を見ると、先生は次の問題を用意しながら、ものすごく嬉しそうにしている。
うん。言わない方がいい。
「パーカー。」
不意にミシェルが呼んできた。
「何?」
「例のインターンって、休めるんだ。」
一瞬だけ間が空く。
「うん。」
「簡単に?」
「ちゃんと相談したから。」
「誰に?」
「インターン先の人。」
「ふーん。」
ミシェルがじっと僕を見る。嫌な感じはしない。ただ、観察されている感じがすごい。
「何?」
「別に。」
そう言って、ミシェルは問題集へ視線を戻した。……やっぱり怪しい。絶対何か調べてる。
「ピーター。」
ネッドが小声で聞いてくる。
「今の何?」
「分からない。」
「怖くない?」
「ちょっと。」
ただ、スパイダーセンスは反応していない。だったらまあ、今のところは放っておいてもいいと思う。秘密がバレなければ。
「次の問題いくぞ。」
先生が再び声を上げる。
「この問題は難しいぞ。」
問題文を僕は聞きながら、少しだけ笑った。スパイダーマンとして活動するのは楽しい。ラボで発明するのも楽しい。クロオさんたちと訓練するのも楽しい。
でも、こうやって放課後に友達と残って、先生に問題を出されて、みんなで答えを考えるのも、思っていたより悪くない。
もしかすると、メイ叔母さんがあんなに喜んでいた理由は、こういうことなのかもしれない。
「はい。」
僕が手を上げ、先生が笑う。
「パーカー。」
「答え、分かりました。」
放課後の教室。スパイダーマンではなく、ただのピーター・パーカーとして過ごす時間。
……こういうのも、たまにはいいかもしれない。
ーーーーー
練習が終わり、僕たちは揃って校舎を出た。
思っていた以上に練習は長引いていたらしく、外へ出ると空はもう夕方の色に変わり始めている。僕は肩にバッグを掛け直しながら、隣を歩くネッドと今日の問題について話していた。
「でもさ、最後の物理の問題、あれ絶対先生が用意した問題じゃないよね。」
「たぶん過去問じゃない? 先生、途中から僕たちが答えるたびにどんどん難しい問題出してきたし。」
「最初は地区予選突破って言ってたのに、最後の方は完全に目が優勝を狙ってたよ。」
「言わないであげて。」
僕たちの少し前ではリズとエイブが話していて、その横をフラッシュが歩いている。ミシェルは相変わらず少し離れたところを歩いていた。
ごく普通の放課後だった。少なくとも、校門の前に停まっている車を見るまでは。
「……何、あれ。」
リズが足を止めた。僕もつられて視線を向けると、学校の前に一台の高級車が停まっていた。
詳しい車種までは僕も分からないけれど、一目見ただけで高いと分かる。少なくとも、普通の高校生を迎えに来るような車には見えない。
「すげえ。」
ネッドが呟く。
「誰の迎えだろ。」
エイブが首を傾げた、その直後だった。
車の運転席のドアが開く。
降りてきたのは、体格のいい男性で、見慣れた顔だった。
「ピーター。」
「あ、ハッピー。」
僕が返事をすると、周囲の視線が一斉に僕へ集まった。
……何で?
いや、ハッピーが僕を呼んだからか。ハッピーは僕たちのところまで歩いてくると、僕を見て、それから隣にいるネッドへ視線を向けた。
「お前もだ、ネッド。ついでに来い。」
「ついで!?」
ネッドが思わず声を上げる。
「僕もちゃんとスターク・インダストリーのインターン生なんですけど! ピーターの付属品みたいな呼び方やめてもらえません!?」
「冗談だ。」
ハッピーが口元を少しだけ緩めたあと、すぐに表情を引き締めた。
「すまんな。昨日のトニーとの会話については俺も聞いているが、少し重要な案件が入った。ラボまで送るから、着いたらオンラインで会議に出てくれ。」
「会議?」
僕も表情を引き締める。わざわざハッピーが学校まで迎えに来る時点で、普通の用事じゃないとは思っていた。
「今回はネッドも参加だ。」
「僕も?」
さっきまで「ついでは酷い」と文句を言っていたネッドも、その一言で表情を変えた。僕とネッドは一度だけ顔を見合わせる。スタークさんが僕だけじゃなく、ネッドまで会議に参加させる。それなら、本当に何かあったんだ。
「分かりました。」
僕が頷くと、ネッドもすぐに頷いた。
「僕も大丈夫です。」
「よし。じゃあ乗れ。時間が――」
「ちょっと待ってください!」
後ろから先生の声が飛んできた。振り返ると、先生がかなり慌てた様子でこちらへ歩いてくる。
「先生?」
「パーカー、リーズ、待ちなさい。」
先生は僕たちの前に立つと、少し警戒したようにハッピーを見る。
まあ、突然学校の前に高級車が停まって、知らない大人が生徒二人の名前を呼んで、そのまま連れて行こうとしている。教師として止めない方がおかしい。
「あなた、誰ですか。いきなりウチの生徒に――」
そこまで言われたところで、ハッピーは「ああ」と小さく頷き、胸元からIDを取り出し、先生に見せる。
「失礼。ハロルド・ホーガン。ハッピー・ホーガンでいい。スターク・インダストリーの警備責任者だ。」
「……スターク・インダストリー?」
先生の声が一段小さくなった。後ろにいるリズたちも固まっている。ハッピーはそんな反応には慣れているのか、そのまま説明を続けた。
「この二人がウチでインターンをしていることは学校にも正式に連絡が入っているはずだが?」
「あ、はい。それは確認しています。」
「なら話は早い。今日は少し緊急の案件が入った。ボスの命令で、インターン生二人を呼びに来た。」
「……ボス。」
先生がハッピーのIDと本人の顔を交互に見る。
「スターク・インダストリーの警備責任者である、あなたのボスというと……。」
「当然、トニー・スタークだ。」
先生が完全に黙ってしまった。後ろの皆も静かになった。僕は何となく振り返ると、リズは目を丸くしている。エイブも珍しく驚いた顔をしている。フラッシュに至っては、完全に言葉を失っていた。
そしてミシェルだけは、僕とハッピーを交互に見ながら目を細めている。……何、その顔?
「ピーター。」
ネッドが小声で話しかけてくる。
「何?」
「これ、明日絶対面倒なことになるよ。」
「……僕も今そう思った。」
学校では一応、スターク・インダストリーでインターンをしていることになっている。いや、「なっている」というか、本当にしているんだけど。
開発部門の一員として、装備を開発している。……自分用だけど。
ネッドもサイバー関係で活躍している。……僕のサポートだけど。
ただ、スタークさん本人と直接話しているとか、ハッピーが学校まで迎えに来るとか、そこまで具体的なところを見られたことはなかった。
「じゃあ、急ぐぞ。」
ハッピーが車へ戻ろうとするので、僕もバッグを持ち直した。
「はい。」
「待って。」
今度は先生ではなく、ミシェルだ。
「……何?」
僕が振り返ると、ミシェルは何故か当然のような顔でこちらへ歩いてきていた。
「二人が行くなら、私も行っていいよね?」
「何で!?」
思わず聞き返す。
「同じ学力コンテストのメンバーだから。」
「理由になってないよ。」
「二人だけ途中で抜けるのは不公平。」
「練習はもう終わったよね!?」
「細かいことはいいから。」
「よくないよ!」
ミシェルは僕の抗議を完全に無視すると、車へ近づいていく。
「おい。」
ハッピーも止めようとするけれど、ミシェルは早い。
「一人くらい増えても――」
そう言いながらドアを開け、
「――あ。」
止まった。何故なら、車の中には既に人が乗っていたからだ。しかも二人。
「やっほー、ピーター。」
後部座席から、赤い髪の少女が笑顔で手を振ってくる。
「……ジーン?」
その隣から、もう一人が顔を出した。
「お疲れさま、ピーター。」
「メイ叔母さん!?」
何で!? 僕は思わずハッピーを見る。
「何で二人が乗ってるんですか?」
ハッピーが露骨に目を逸らした。
「ハッピー?」
「買い物だ。」
「買い物?」
「荷物持ちをしていた。」
「誰が?」
「俺が。」
「……へえ。」
僕はじっとハッピーを見るけど、ハッピーもこちらを見ない。
「へえー。」
「何だ、その目は。」
「別に。」
スターク・インダストリーの警備責任者。元アイアンマンの運転手であり、スタークさんの古くからの友人。
そんなハッピー・ホーガンが、メイ叔母さんとジーンの買い物に付き合って荷物持ちをしていたらしい。
……へえ。
「何だよ。」
「何でもないですよ。」
「だったらその目をやめろ。」
「どんな目ですか?」
「人を疑ってる目だ。」
「僕、何も言ってませんよ?」
「顔が言ってる。」
僕とハッピーがそんなやり取りをしていると、車の中からジーンが身を乗り出した。
「ピーター。」
「ん?」
ジーンが僕の後ろを見る。
「後ろの人たちは友達?」
「あ。」
振り返る。リズ、ミシェル、エイブ、フラッシュ、それから先生。全員がこちらを見ていた。
「うん、そうだよ。同じ学校の友達。今度、学力コンテストに一緒に出るんだ。」
「へえ。」
ジーンは少し興味を持ったように目を輝かせると、ドアを開けて車から降りた。
「ジーン?」
僕が呼び止めるより早く、ジーンは皆の前まで歩いていく。そして、さっきまでの無邪気な雰囲気から一転して、きちんと姿勢を正した。
「初めまして。ジーン・グレイです。いつもピーターがお世話になっています。」
ぺこり、と頭を下げる。
「え、あ……。」
リズが一瞬戸惑いながらも、すぐに笑顔になる。
「リズ・トゥームス。ピーターと同じチームなの。よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
ジーンが笑うと、エイブも軽く手を上げ、フラッシュも何か言おうとしたものの、結局何も言わなかった。ミシェルだけはジーンをじっと観察している。
……やめて。その子、たぶん観察し返すから。ジーンは一通り挨拶を終えると、すぐ僕のところへ戻ってきた。
「ピーター。ハッピー、急いでるみたいだから行こう。」
「あ、うん。」
そう言うと、ジーンは自然に僕の手を取った。
「ほら。」
そのまま車へ引っ張られる。
「ちょ、ジーン、自分で乗れるって。」
「早く早く。」
「分かったから。」
僕が車に乗り込むと、ハッピーが小さく咳払いした。
「……ゴホン。」
何? 今の咳払い。
「ネッド、お前も早く乗れ。」
「あ、はい。」
ネッドも慌てて車へ向かう。ところが、
「じゃあ私も。」
ミシェルが再び当然のようについてくる。
「君はどいて。」
ハッピーが即座にミシェルの前へ腕を出した。
「何で?」
「何でじゃない。」
「私も友達。」
「関係ない。」
「学力コンテストのチームメイト。」
「もっと関係ない。」
「インターンに興味がある。」
「応募しろ。」
「見学だけ。」
「駄目だ。」
一切隙がない。ミシェルは少し不満そうな顔をしたけれど、さすがにスターク・インダストリーの警備責任者を強行突破して車に乗ることはできなかったらしい。
「……ケチ。」
「警備責任者に対してそれを言う奴は多い。パパラッチとかな。」
ハッピーは呆れたように返すと、先生に向き直った。
「それでは先生、失礼します。二人は責任を持って送り届けます。」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
さっきまで僕たちを連れて行こうとする不審者を見るような目をしていた先生が、今ではものすごく丁寧に頭を下げている。
ハッピーが運転席へ乗り込み、車がゆっくり動き始めた。僕が窓から外を見ると、先生、リズ、ミシェル、エイブ、フラッシュ。全員が、ほとんど同じような顔でこちらを見送っていた。
呆然。
たぶん、その言葉が一番近い。特にフラッシュは、口を半開きにしたまま固まっている。いや、ミシェルだけは、フゥン、とでも言いたげな目をしていた。
これ、明日絶対面倒なことになる。隣を見ると、ネッドも同じことを考えたらしく、僕と目が合った瞬間、深いため息をついた。
まあ、それは明日の僕たちに任せよう。
今は――スタークさんが僕とネッドを呼び出した、その「重要な案件」の方が問題だ。僕は表情を引き締め、前を向いた。
ーーーーー
――タワーマンション。
「じゃあピーター、私は先に戻ってるから。」
「うん。メイ叔母さん、ありがとう。」
「会議が終わったらちゃんと夕飯食べるのよ。ネッドもね。」
「はい!」
ネッドが僕より元気よく返事をすると、メイ叔母さんは満足そうに笑い、そのままエレベーターから降りていった。僕たちが暮らしている居住区とは別に、このタワーには僕専用のラボが用意されている。
「急ぐぞ。」
先を歩いていたハッピーに言われ、僕とネッドもその後を追う。ただ、
「ねえ、ハッピー。」
「何だ。」
「何でジーンも?」
僕は隣を歩いているジーンを見る。
「ん?」
本人も何故自分が呼ばれているのか分かっていないらしく、僕と同じような顔でハッピーを見ていた。ハッピーは少しだけ黙ったあと、
「彼女も無関係ではないかもしれないからだ。」
と答えた。
「……どういうこと?」
僕の足が少しだけ遅くなる。無関係ではない、その言い方が妙に引っかかった。
「それを今から説明する。」
ハッピーはそれ以上答えず、僕たちをラボへ連れていく。僕はジーンを見ると、ジーンも首を傾げていた。ただ、その表情に不安そうな様子はない。むしろ自分が呼ばれた理由を考えているようで、少し難しい顔をしている。
「着いたぞ。」
ラボの扉が開き、中へ入る。僕はバッグを適当な椅子へ置き、そのまま中央の大型ディスプレイへ向かう。
「ネッド。」
「もうやってる。」
さすが。ネッドは自分の端末を取り出すと、すぐにラボのシステムへ接続した。僕もスタークさんから指定されていた通信回線を呼び出す。
数秒後、画面が切り替わり、映し出されたのは見慣れたアベンジャーズ基地の会議室。
「遅いぞ、ハッピー。」
開口一番、スタークさんが言った。
「悪かったよ。」
ハッピーが少し面倒そうに答える。
「学校からここまで何分かかると思ってる。それに途中で――」
「言い訳は後で聞く。」
「お前が迎えに行けって言ったんだろ。」
「だから行った。偉いぞ。」
「……殴っていいか?」
「画面越しじゃ無理だな。」
いつもの二人だ。ただ、スタークさんの顔にはいつもの軽さがあまりない。画面には他にも何人か映っていた。フューリーさん、クロオさん、それから――
「あ。」
以前紹介してもらった、クロオさんの保護者。確か日本の警察官で、クロオさんがクウガとして戦い始めた頃からずっと支えてきた人。一条薫さんだ。
そして、もう一人は黒いスーツ姿の男性。ジーンと初めて会った時、現場で色々と対応してくれた、
「コールソンさん。」
僕が小さく呟くと、コールソンさんが画面越しに軽く手を上げた。
「久しぶりだね、ピーター。」
「お久しぶりです。」
「ジーンも。」
「こんにちは。」
ジーンがぺこりと頭を下げる。ネッドは僕の隣で少し緊張していた。まあ、分かる。画面の向こうにいる人たちを考えると、僕だって少し緊張する。スタークさんが椅子に座り直した。
「さて。昨日、学生のうちは学生らしいことを楽しめと言っておきながら、いきなり呼び出して悪かったな。」
「いえ。」
僕は首を振る。
「それは大丈夫ですけど……何か大事ですか?」
スタークさんが答えるより先に、一条さんが口を開いた。
「その説明ですが、まず私からさせてもらっても?」
フューリーさんが頷く。
「頼む、一条。」
「分かりました。」
一条さんが手元の端末を操作すると画面の一部が切り替わり、一枚の写真が表示された。軍服のような服装を着た女性が、真っ直ぐカメラを見ている。
「まず、我々は例のウルトロン事件以降、フューリーさんたちと協力しながら、ある人物の行方を追っていました。」
一条さんが写真を見る。
「彼女の名前は、深海理沙。」
聞いたことのない名前だ。僕は隣のネッドを見るけれど、ネッドも知らないらしく首を横に振った。
「かつては日本の自衛隊に所属し、G4と呼ばれる特殊装甲服の開発、というより運用計画を指揮していた人物です。」
「G4……。」
僕はその名前には聞き覚えがあった。ウルトロン事件の資料で、……確かクロオさんたちが戦った時、敵側に使われていた特殊装甲。
「クロオさんが戦ったんでしたっけ?」
「そうだね。」
クロオさんが短く答え、一条さんは説明を続ける。
「G4は、警察が運用していたG3システムを基礎として、より強力な戦闘能力を求めて開発された装甲服です。しかし、G4は単純に性能が高いというだけのシステムではありませんでした。」
画面にG4の資料が表示される。黒い装甲に巨大な火器。見ただけでも、普通の警察装備とは思えない。
「G4は装着者への負担が極めて大きく、場合によっては装着者自身の生命すら危険に晒すシステムでした。それだけでも十分に問題でしたが、深海理沙は、さらにG4の能力を高めようとした。」
一条さんの表情が険しくなる。
「超能力者の力を利用しようとしたんです。」
「……超能力者?」
僕は思わずジーンを見ると、ジーンは画面から目を離していなかった。
「当時、ある事情から日本では超能力を持つ人間の存在が多数確認され始めていました。深海は彼らの持つ予知能力などをG4システムへ組み込み、戦闘能力をさらに高めようとした。そのために、」
一条さんが一度言葉を切る。
「超能力を持つ子供たちを誘拐し、集めていた過去があります。」
「……え?」
僕の隣でネッドが声を漏らした。僕もすぐには言葉が出なかった。自衛隊という公的な組織が、子供を誘拐。しかも、超能力を持っているという理由で。
「ある事件で深海の行動は発覚し、彼女は逮捕されました。本来なら、そのまま拘束され続けるはずだった。」
画面が切り替わる。今度はある組織のマークが表示された。
「ヒドラ。」
僕が呟き、一条さんが頷いた。
「彼女の技術力とG4の研究成果、そして、その思想に目を付けたヒドラが接触。深海は勧誘を受け、脱獄。その後、ヒドラの研究部門へ加わったと見られています。」
そこでクロオさんが口を開いた。
「それでウルトロン事件の時、Gシリーズが出てきたんですよね。」
一条さんが頷く。
「ウルトロン事件では、深海理沙の指示によって持ち出されたと思われるG1、G2、そしてG4が確認されています。」
僕は事件の資料内容を思い出し、
「G4を使っていたのって……。」
「水城史朗。」
クロオさんが答える。
「深海と一緒に脱獄。ウルトロン事件で僕とも戦ってるよ。」
一条さんが続ける。
「最終的にG1、G2、G4は全て破壊。水城史朗も再逮捕することができました。しかし――深海理沙本人だけは、その場にはいなかった。」
「逃げた、ってことですか?」
僕が言うと、一条さんが静かに頷いた。
「実際に現場に出て戦う人間ではないので、逃げた、という表現が正しいかどうかは置いておいて、ヒドラの残党と共に地下に潜ったのは確かでしょう。ウルトロン事件後も、我々はフューリーさんたちと協力し、彼女の行方を追い続けていました。しかし、確実な足取りを掴むことができなかった。」
そこで一条さんがフューリーさんを見る。
「ここからはお願いします。」
「ああ。」
フューリーさんが前へ出る。その表情はいつも以上に険しい。
「数日前、状況が変わった。」
画面が切り替わる。ニューヨークの街中に設置された監視カメラらしい映像だった。人混みの中、帽子を深く被った女性。画像は粗いけれど――さっきの写真と並べれば、確かに同じ人物に見える。
「ニューヨーク市内で深海理沙と思われる人物の目撃情報が上がった。」
「ニューヨーク?」
ネッドが聞き返す。
「ああ。」
フューリーさんは短く答え、そのまま続ける。
「そして、ここ数日。ニューヨーク周辺で子供が数人、姿を消している。」
一瞬、意味が理解できなかった。
「……え?」
僕とネッドの声が重なった。子供が、数人?
「待ってください。」
僕は思わず画面へ身を乗り出す。
「ニューヨークで数件も子供の誘拐事件が起きてるんですよね?」
「ああ。」
「だったら、僕たちにも何か情報が入ってきてもおかしくないんじゃ……。」
僕はスパイダーマンとしてニューヨークで活動している。アベンジャーズ関連の権限で、警察無線を盗聴ではなく堂々と聞いているし、犯罪情報はかなり細かく確認している。スタークさんから提供される情報だってある。
それに、ネッドもいる。ネット上で話題になっている事件なら、ネッドが気づく可能性も高い。数人の子供が立て続けに誘拐されているなら、ニュースになっていてもおかしくない。
「誘拐、という表現は正確じゃない。」
フューリーさんが言った。
「どちらかといえば、人身売買だ。」
「……人身売買?」
自分の表情から感情が抜けていくのが分かる。
「親が通報しなければ、基本的に誘拐事件としては扱われない。」
「それは……どういう?」
僕が尋ねた、その時だった。
「皆、超能力者?」
ここまで黙って話を聞いていたジーンが口を開いた。
「いなくなった子たち。皆、超能力を持ってるの?」
ほんの数秒の沈黙。それだけなのに、嫌な予感が一気に膨らんでいく。やがてフューリーさんが、難しい顔のまま頷いた。
「……そうだ。」
僕は言葉を失ってしまったし、ネッドも同じだった。フューリーさんは続ける。
「全てが確定情報ではないが、全員が何らかの超常的能力を持っている可能性が極めて高い。念動力、感応能力、予知に近い能力。種類はバラバラだが、超常の力を持っているという噂があった。それが共通点だ。」
超能力を持つ子供たち、そして深海理沙。かつて超能力を持つ子供を誘拐して、G4のために利用しようとした人物がニューヨークへ現れた直後から、超能力を持つ子供たちが消え始めた。
偶然なわけがない。
フューリーさんの視線がジーンへ向く。
「ジーン。」
「うん。」
「クロオから聞いている。君の超能力の出力は、アギトへの変身を抜きにすれば、真魚以上らしいな。」
ジーンが一瞬だけ目を丸くしてから、
「……まあね。」
ほんの少しだけ胸を張った。口元もわずかに上がっている。……今ちょっと「フフン」って顔したよね? いや、褒められて嬉しいのは分かるけど、今そういう話じゃないから。クロオさんも微妙な顔をしているよ。フューリーさんも一瞬だけ黙ったけれど、すぐに話を戻した。
「奴らは超能力者を集めている。」
フューリーさんの声が低くなる。
「そして君は、極めて強力な超能力者だ。」
ジーンの笑みが消える。
「つまり――」
フューリーさんが真っ直ぐジーンを見る。
「君が狙われる可能性は高い。」
ラボの空気が変わった。僕は無意識にジーンを見る。ジーン自身は驚いているようだったけれど、怯えている様子はない。むしろ何かを考えるように目を細めている。だけど、
何だ? 僕は僅かに眉を寄せた。何かが、ヒリつく? スパイダーセンスとは少し違う。頭の奥、首筋、背中? いつもと違う場所がヒリついている。本当に僅かな違和感。敵が近くにいる時のような明確な危険信号じゃない。
僕は無意識に周囲を見回すけれど、ラボ、窓、入口。全て異常なし。
「ピーター?」
ネッドが小声で呼んでくる。
「……ん?」
「どうしたの?」
「いや……。」
僕はもう一度周囲を見る。スパイダーセンスは反応していない。気のせい?
「何でもない。」
そう答えながら、僕は画面へ視線を戻すと、その間にも会議は進んでいる。深海理沙、超能力者であると予想される消えた子供たち。そして、狙われる可能性があるジーン。
僕はまだ知らなかった。さっき感じた僅かなヒリつきが、僕の中で起き始めた変化の予兆だということを。