ハリエット・ポッターの不思議な冒険   作:新参なめ子

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クィディッチシーズン 3

「ハティ」

「なあに、ウッド」

 

 ウッドに肩を抱かれ、スリザリンチームから遠ざけられたハティは、無邪気にウッドの顔を仰ぎ、目を丸くした。マーカス・フリントという悪名高いスリザリンのレギュラー選手を試合から離脱させたというのに、ウッドは実に苦々しい顔をしていた。

 

「さっきのことは水に流す」

「さっきのことって、なに?」

「フリントをわざと箒から叩き落としたことだ。俺が気づかないとでも思ったか? この数か月、お前のプレーを一番近くで見てきたのは俺だぜ? ハリエット・ポッターがデビュー戦ごときで箒のコントロールを失うわけがない」

 

 ハティは、はっと息を呑んだ。

 

 ――気づかれていた。事故を装ってフリントにラフプレーを仕掛けたことを。

 

 それは一種の復讐だった。ハティを排除すべく、スリザリン寮総出で呪いを仕掛け、果てには階段から突き落とそうとしたスリザリンの誰かに対する報復である。

 

 今回のグリフィンドール対スリザリン戦には、確実にハティを陥れた犯人が観客席、あるいはスリザリンチームの中にいるはずだった。ハティは、その人物と、暴力で恫喝してきたフリントに対する警告のつもりで、あえて彼を箒から叩き落としたのだ。

 

 そのことにウッドや他のチームメイトが気づくかもしれないと、想定していなかったわけではない。しかし、実際にウッドから指摘されると、ハティはじんわりと箒を握る手に冷や汗が滲むのを感じた。

 

 たちまち表情を凍りつかせたハティを見下ろし、ウッドは嘆息した。

 

「お前がスリザリンの連中をぶちのめしてやりたいと思う気持ちはわかる。散々な目に遭わされたからな。だけどな、その箒をお前に贈った人に、お前は胸を張れるプレーができたと言えるか?」

 

 ひゅっと風が吹き、ハティのジェットブラックの髪を揺らした。

 

 ハティは観客席を仰ぎ、居並ぶ教授たちの中に眼鏡をかけた老婦人を探した。そして、視線が合う前に俯いた。唇がわなないて、声が出ない。ウッドの問いに、答えることができなかった。

 

「わたし……」

「わかってるよ。俺だって悔しいし、あいつらが許せない。ケイティの前任者は、あいつらのラフプレーのせいで箒に乗れなくなったからな。だけど、だからこそ、正々堂々とあいつらをノックアウトすべきだと俺は思うんだ。俺たちは卑怯な手を使わなくても優勝できる。なぜなら、俺たちは優れたプレイヤーであり、チームだからだ。ハティ、俺はそれを証明したい。だから、協力してくれるか?」

 

 不意に、ウッドの大きく節くれだった手がハティの頭を撫でた。

 

 ハティは顔を歪めた。自分は今、ウッドの誇りを大きく傷つけたに違いない。正々堂々と戦うことを誓った選手を、卑怯者に貶めてしまったのだ。

 

 そのことを自覚したハティは、無性に叫び声をあげたくなった。

 

「……わたしのこと、まだ信じられるの?」

 

 ハティは恐る恐る顔を上げた。すると、ウッドは太陽のように快活な笑みを浮かべて頷いた。

 

「もちろんだ! お前は長い間、スリザリンに屈することなく抗ってきた。俺はお前のこと、一年生なのに大した奴だって感心してたんだぜ。お前ほどグリフィンドールらしい一年生はいない。だから、俺はお前を信じる」

 

 ハティは困ったように視線を落とした。

 

「わたし、ウッドが考えているほど正しいことができる人間じゃないよ。本当は卑怯な人間なの。でも、ウッドが信じてくれるなら、わたし、もう卑怯なことはしない。マクゴナガル教授にも恥ずかしいと思われるようなプレーはしない」

「うん、約束だ」

 

 ウッドはそれ以上何も言わなかったが、頭上から満足そうな忍び笑いが聞こえてくる。わしゃわしゃと、まるで大型犬を撫で回すように髪をかき混ぜられ、ハティは呻き声をあげながらも小さく笑った。

 

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 大歓声が寒空いっぱいに広がった。

 

 試合が再開して早々にグリフィンドールが先制点を獲得し、グリフィンドールを中心に、ハッフルパフやレイブンクローの生徒たちからも歓声が上がった。反対に、スリザリンからは嘆息が漏れ、野次が飛んだ。

 

「ちょいと詰めてくれや」

「ハグリッド!」

 

 ロニーとハーミスは慌てて席を詰め、ハグリッドが隣に座れるように場所を空けた。

 

 一段上に座っていたヒューとアクラムが、不思議そうにハグリッドを見下ろし、小首を傾げた。

 

「ハグリッドもクィディッチの試合を見にくるんだな」

 

 ヒューの呟きに、ハグリッドは振り返り、「もちろんだ」と答えた。

 

「ハティが出ちょるんだ。見逃すわけにはいかんだろ? 俺も小屋から見とったんだが、やっぱりここからの方がよく見えるな。スニッチはまだ出てこんか?」

 

 ハグリッドは首から下げた大きな双眼鏡を持ち上げた。

 

「まだだよ。それどころか、ハティが箒から落ちたんだよね。フリントがクッションになったから、ハティは無事だったみたいだけど」

「俺が見た感じ、まだスニッチは出てない。箒から落ちたのが序盤で幸いしたな」

 

 ロニーの言葉を引き継ぎ、アクラムが双眼鏡を覗きながら呟いた。

 

「あいつ、大丈夫かな」

 

 眉をひそめ、ヒューは空に目を凝らした。

 

「大丈夫だ。少なくとも今はトラブルに巻き込まれんように、上空をぐるぐる飛んどるみてえだな。あの子は十分うまくやっとるよ」

 

 ハグリッドは自信満々に請け合ったが、ヒューは表情を曇らせたままだった。

 

 隣にいたアクラムから双眼鏡をひったくると、急いで覗き込んだ。ちょうど向かってきたブラッジャーを華麗に避けるハティの姿が映し出される。

 

「スリザリンの奴ら……卑怯な手を使いやがって!」

 

 ヒューが吐き捨てた。

 

 すかさず双子の一人がブラッジャーを追いかけ、スリザリンのルシアン・ボールめがけて打ち返した。そのまま滑るように下降していき、ブラッジャーの応酬を始める。

 

 ひとまずブラッジャーが遠ざかったことに胸を撫で下ろしたヒューは、双眼鏡をアクラムに返し、唸った。

 

「魔法族のスポーツって、野蛮すぎねえ?」

「同感だよ。あんなに硬くて大きなボールを空中で人に叩きつけるなんて、下手をすればハティがフリントみたいに箒から落ちちゃうよ」

 

 ハーミスも溜息をついた。

 

 二人とも、そういう競技なのだとわかっていても、意図的に怪我を負わせかねないルールがまかり通っていることに釈然としないものを感じていた。ブラッジャーには十分な攻撃力がある。何より、選手たちの飛行高度や速度を考えると、不安は尽きなかった。

 

 生きた心地がせず、表情を曇らせる少年二人を見て、アクラムは軽快に笑い飛ばした。

 

「大丈夫さ。俺たち魔法族は骨が折れても一晩で治るし」

 

 眼下ではフィルやプリシラが杖先から花火を噴き出しながら、拙い踊りを繰り広げている。

 

 本当かよ、とヒューが苦しげに顔を歪めたとき、ロニーが「あっ」と声をあげた。

 

「ハティが動き出した! スニッチじゃない!?」

「――あれは、スニッチか?」

 

 次いで、リー・ジョーダンの実況が響き渡った。

 

 リーが気づくよりも早く、ハティは黄金の光の軌跡を追いかけ、一気に地上への急降下を始めていた。

 

 耳朶には、びゅうびゅうと風を切る音が響く。先ほどまであれほど聞こえていたピッチの歓声も、フィルたちの声援も、すべて掻き消えていた。興奮で心臓が早鐘を打つ。

 

 ふと背後に気配を感じて振り返ると、スリザリンのシーカー、テレンス・ヒッグズがぴったりと張り付いていた。彼もスニッチを発見したのだ。

 

 目の前を、小さな黄金の球体が羽を震わせ、鳥のように飛んでいく。

 

 テレンス・ヒッグズよりもリードしていたハティが、急いでそれに手を伸ばした瞬間、強い衝撃に襲われ、ハティの体は箒ごとなぎ倒された。

 

 ヒッグズが舌打ちをし、グリフィンドールの観客席から怒号があがる。

 

「きたねえぞ、スリザリンども!」

「ふざけんなよ、クソ野郎! フリントと同じように医務室送りにされてえのか!?」

「今のはレッドカードで退場だろぉ!?」

「ハーミス、これはサッカーじゃないからね」

 

 寮生の誰かが叫んだ。

 

 ハティは必死に箒にしがみつき、くるりと空中で箒を回転させながら、何とか体勢を立て直した。マダム・フーチがビーターのデリックに厳重注意を与える声を聞きながら、ハティは「レッドカードで退場させなさいよ」と舌打ちをした。

 

 自分もフリントと同じように地上に叩き落とされそうになっていたのだと、そのときになって理解した。

 

 フリントが地上に叩き落とされたことへの報復だろうか。デリックには躊躇の欠片もなかった。本気でハティを潰しにかかっていたのだ。

 

 ――ウッドは、スリザリンがこういう奴らだとわかっていて、それでも正々堂々と勝ちたいんだ。

 

 それはきっと、彼の競技に対する忠誠心なのだろう。

 

 じんわりと汗の滲む掌をユニフォームにこすりつけ、ハティは宙に目を凝らした。あの黄金の輝きはどこへ行ったのか。目を凝らしていたハティは、再び黒い塊が迫っていることにも気づかなかった。

 

 視界の隅に赤い色が飛び込んできて、ハティが振り向いた、その瞬間。

 

「お前もフリントみたいに地面とキスさせてやるぜ! おら!」

 

「ジョージ!!」

 

 ハティに叩きつけられようとしていたブラッジャーは、再びデリックめがけて打ち返された。

 

「お嬢さん、俺はフレッドだ!」

 

 巧みに箒を操って振り向いたフレッドは、快活に笑ってサムズアップした。

 

「ブラッジャーは任せろ! 俺がいくらでも打ち返してやるから、ハティはスニッチに集中しろ!」

「わかった、任せて!」

 

 ハティは早口で叫び、箒をくるりと旋回させた。

 

 そのときだった。箒の柄を握る手に、ぶるぶると震える振動が伝わってきた。ハティの顔から血の気が引いていった。

 

          3

 

 フレッドが請け負ったとおり、ブラッジャーはスリザリンチームのビーターと絶え間ない応酬を続け、グリフィンドールのチェイサーたちは順調に点を稼いでいた。試合は滞りなく進んでいるように思われた。ただし、ハティの異変を除いては。

 

「ねえ、あれっておかしくないかな? さっきとは全然違う。箒ってあんなに激しく動くものなのかい?」

 

 観客席からハティを仰いでいたハーミスは、彼女の箒が暴れ馬のごとく主人を振り落とそうと、激しく動いていることに気づき、眉をひそめた。

 

「さっき箒から落ちたときとは全然違う。あのときは、まるで箒から力が抜けたみたいに、するすると落ちていったのに。あれじゃあ、まるで箒が勝手にハティを振り落とそうとしているみたいだ」

「わざと変な動きをして、スリザリンの油断を誘っているとか?」

 

 ロニーの観察に対し、アクラムがのんびりと答えた。

 

 すると、隣にいたヒューはアクラムから双眼鏡をひったくり、急いで二つのレンズを覗き込んだ。宙にいるハティに焦点を合わせて目を凝らすと、じわじわとヒューの顔が険しく歪んでいった。

 

「違う! わざとじゃない! 箒がイカレたんだ!」

「ニンバス二〇〇〇に限って、そんなことが起こるはずがないよ! まだ買ったばっかりなんだよ!?」

 

 ロニーが悲鳴交じりに叫ぶや否や、ヒューは怒号した。

 

「じゃあ、何なんだよ!」

 

 ヒューはもちろん、その場にいる誰にも、何が原因なのか皆目見当もつかなかった。

 

 しかし、不意にハグリッドが双眼鏡を覗き込みながら、はらはらとした様子で呟いた。

 

「それか、箒に悪さをされたかだな。だけんど、強力な闇の魔法以外じゃ、箒に悪さはできんはずだが……」

「それだ!」

 

 ハグリッドの呟きを聞くや否や、ハーミスはハグリッドから双眼鏡を奪い、辺りを見渡した。

 

「スネイプだ! スネイプがハティの箒に闇の魔法をかけてるんだよ!」

 

 ハティは制御を失った箒に必死にしがみつき、悲鳴をあげた。

 

 あんなにハティに忠実に空を滑空していたニンバスが、今となってはまるで暴れ馬のように上下左右あらゆる方向へと振動し、主人を振り落とそうとしていた。

 

 必死に箒にしがみつきながら、ハティは次第に激しくなるその動きに歯を食いしばった。頭の中をかき混ぜられているようだった。箒がぐるぐると旋回を始め、焦燥感と恐怖から、柄を握る手に汗が滲んで滑りそうになる。

 

 ――あと三分ももたないかもしれない。フリントを地面に叩き落とした報いなの!?

 

 視界に涙が滲む。

 

 芝生の上で潰れたトマトのように、ぴくりとも動かずに搬送されていったフリントを思い出すと、吐き気が込み上げてきた。

 

 落ちれば一巻の終わりである。最悪の場合、首の骨を折って死んでしまうかもしれない。

 

 死にたくない。死んでたまるか。なんでこんなことになっているの。

 

 ハティが我が身を嘆いていると、突然、箒の動きが鈍くなった。

 

 ハティは目を見開き、急いで体勢を整えた。周囲を見渡し、無意識にスニッチを探す。そして地上を見下ろし、安全のために一旦地面に降りてしまおうかという自己保身の考えが、ハティの頭をよぎった。

 

 しかし、そのとき、ウッドとの約束が耳元で聞こえた気がした。

 

 ――そうだ、約束。ウッドとの約束を守らないと。

 

 はっと気を引き締めた瞬間、再び息を吹き返したかのように箒が上下に動き出した。

 

 ハティは今度こそ宙に放り出された。すべての動きが緩慢に映る中、ハティは咄嗟に箒の柄を片手で掴んだ。相変わらず箒は急浮上や急降下を繰り返していたが、ハティは必死にもう片方の手を伸ばし、何とか柄を掴み直した。

 

 そうこうしているうちに、箒の動きがぴたりと止まった。

 

 ハティは恐る恐る箒を見上げ、慌てて箒を降下させて跨った。

 

「なんだったの、今の!」

 

 箒の暴走を怪訝に思ったものの、考えている暇はなかった。

 

 素早くピッチを一蹴りし、すぐにヒッグズを発見すると、ハティは箒を急加速させた。ヒッグズが向かう先はただ一つ、黄金のスニッチだった。

 

「とりあえず、スニッチ!」

 

 黄金色に輝くそれを視界に捉えると、ハティはすぐさまヒッグズのすぐ後ろにつけ、並走するべくスピードを上げた。

 

 最初にスニッチを発見したときとは、奇しくも反対の構図である。

 

 ヒッグズはそんなハティを煩わしそうに一瞥し、すぐに舌打ちをして前を向いた。しかし、それ以上スピードが上がることはなかった。これが彼の出せる限界速度なのだろう。

 

 スニッチは二人を弄ぶように、唐突に軌道を変えたかと思うと、垂直に空へと舞い上がった。

 

 ヒッグズはスニッチの咄嗟の動きに対応できず、そのまま前方へと疾走し、まるで見えない壁にぶつかったかのように急停止して悪態をついた。

 

 一方のハティは冷静だった。そのままスピードを緩めることなく、箒の柄を上へと向けてスニッチを追い、箒を上昇させる。徐々にスニッチとハティの距離は縮まりつつあった。

 

 その後をヒッグズが急いで追いかけ、隣に並ぶと、ときおり肩を接触させてくる。しかし、ビーターとは違い、ハティを箒から突き落とす余裕もないのか、それ以上の妨害はなかった。むしろ、ヒッグズもハティも、スニッチを捕まえようと必死だった。

 

 ハティはさらにスピードを上げるべく、ぎりぎりまで箒の柄に体を倒した。風の抵抗が減ったことで箒はぐんぐんと空へと舞い上がり、ヒッグズよりもスニッチに近づいた。

 

 しかし、手を伸ばした矢先に、再びスニッチは軌道を変えた。今度はまっすぐ地上に向かって降下を始めたのだ。

 

 これではハティよりもヒッグズの方が有利だった。スピードを出していたハティは、ヒッグズよりも方向転換に苦労し、遅れる形で急降下を始めた。

 

 観客席では、二人のシーカーの接戦に悲鳴と怒号が飛び交っていた。

 

 かなりの高さまで舞い上がっていたため、地上まではまだ相当な距離があった。スニッチが地上へ逃れようとしているのなら、急がなければならない。

 

 ヒッグズと並走していても意味はなかった。彼の方がリーチが長い分、ハティがヒッグズを追い抜かなければ、スニッチには手が届かない。

 

「ハティーー!」

「テレンス! いけー!」

 

 両チームの仲間たちから応援の声が聞こえた気がしたが、びゅうびゅうと風を切る音に、それもすぐにかき消されていった。

 

 ――もっと、もっと早く降りなきゃ!

 

 ハティは箒をぐんぐんと加速させた。

 

 急激にヒッグズとの距離を詰めたハティは、ついに彼と並んだ。同時に、みるみるうちに視界いっぱいに地面が迫ってきた。

 

 これは敵シーカーにフェイントをかけるために地面に向かって飛んでいるのではない。目の前のスニッチを捕まえるために飛んでいる以上、どれほど危険であっても、引き返すわけにはいかなかった。

 

 不意に隣から唸り声があがった。

 

 視界には地面がいっぱいに広がっていた。ヒッグズの舌打ちが聞こえ、突如として彼の気配が消えた。ヒッグズにとっては、そこが限界だったのだ。

 

 次の瞬間、ハティは全体重を後方にかけ、柄を全力で引き上げた。

 

「ちっ!」

 

 思わず舌打ちが漏れる。

 

 靴底が地面を擦った。土を抉る感覚に、ハティの背筋に冷たいものが走る。

 

 ハティは柄を地面と平行にすると同時に上体を前へと倒し、膝を畳んだ。地面すれすれに箒を疾走させ、スニッチの後を追う。

 

 もう少し。もう少しで手が届く。

 

 手を伸ばした瞬間、ハティの左足が地面を擦った。バランスを崩したハティは慌てて前方へと体を倒したが、勢い余って箒から落下した。

 

 勢いよくごろごろと地面を転がり、ようやく止まったところで、四つん這いになったハティは「おえっ」と呻き声をあげ、口からそれを吐き出した。

 

「スニッチよ! 取ったわ!」

 

 誤って喉に詰まらせそうになったそれを天高く突き上げた瞬間、ハティの耳に、ようやく世界の音が戻ってきた。

 

 耳をつんざくような怒号や悲鳴が聞こえてくる。

 

「ハティ・ポッターがスニッチを獲得! 二〇対六〇でグリフィンドールの勝利!!」

 

 リーの実況がピッチ中に響き渡り、歓声が爆発した。

 

 ハティは手の中でもがくスニッチを握りしめたまま、仰向けになって芝生に倒れ込んだ。

 

 空を仰ぐと、散開していたチームメイトたちが喜色満面でハティのもとへ降りてくるのが見えた。ハティは手足を動かし、喜びをあらわにした。

 

「ウッド、わたし、正々堂々とやったよ! わたしたちは強いって証明できたよ!」

 

 グリフィンドールチームは、ついにスリザリンに勝利したのだ。

 

 マクゴナガルが教員席から降りてくるのが見えた。ハティは慌てて起き上がると、素早く立ち上がり、上官を待つ一兵卒のように背筋を伸ばした。

 

 マクゴナガルはハティに駆け寄ると、目尻に涙を浮かべ、感極まったように彼女を抱きしめた。

 

「よくやってくれました! 見ましたか!? あなたがスニッチを取ったときのセブルスの顔ときたら!」

 

 集まった他のメンバーからも、代わる代わる抱擁を受け、肩や頭を撫でられる。口々に褒めそやされ、ハティは顔をほころばせた。

 

 そして、ふとウッドがメンバーの輪から離れたところで、ハティを見守っていることに気づいた。

 

 ウッドは輪の外で、父親のような誇らしげな顔をして、しげしげとハティを眺めていた。

 

「ウッド……わたし、ちゃんと約束を守ったよ」

「うん、わかってる。立派だった……ハティ、お前は俺たちの勝利の女神だよ。お前はきっと、この先も俺たちに勝利をもたらしてくれる」

 

 そう言って、ウッドは長い腕を伸ばし、アンジェリーナごとハティを抱きしめた。アンジェリーナが怪鳥のような声をあげて身をよじらせていたが、ハティはまったく嫌ではなかった。

 

 それは、ハティが人生で初めて、自分の能力が誰かの役に立ち、社会に貢献できるものなのだと知った瞬間だった。

 

 その日は間違いなく、ハティの人生最良の日の一つとなった。

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