四十五
宇宙暦七九六年四月一二日。「門の日」から二十九日目。
ハイネセン、自由惑星同盟最高評議会会議室。
暫定不交戦合意の批准をめぐる審議は、夕刻にまで及んでいた。
前夜から始まった特別会期は、形式上の手続きを慎重に積み重ねた末に、最終的な投票へと到達した。投票結果は、議長席横の表示板に静かに表示された。賛成六、反対四、棄権一。
僅差だった。十一名の評議員のうち、賛成は過半数をかろうじて上回る六名。反対四名、棄権一名。棄権者の存在は、評議員の中に最後まで判断を留保した者がいたことを示していた。
会議室の片隅で、ヤン・ウェンリー少将は壁際の椅子に座っていた。少将の階級にすぎない彼は、本来であればこの場所にいるべきではない。しかし、合意の起案者であり、交渉窓口を務めた人物として、参考人扱いで会議室の隅に着席を許されていた。注目されることが、ヤンは昔から苦手だった。
投票結果を見て、ヤンは小さく息を吐いた。安堵ではない。むしろ、別の何かに対する諦めだった。
議長席では、最高評議会議長が結果を読み上げていた。賛成多数により、合意は批准された。ハイネセンの新聞は明日の朝刊で「平和への第一歩」と書くだろう。実際、会議室の一部から、控えめな拍手が起きていた。十一名の機関にしては、それでも比較的多くの拍手だった。
ヤンの目は、その拍手を送る評議員たちの顔を一巡した。
拍手はばらばらだった。先に手を打ち始めたのは、ホワン・ルイ人的資源委員長だった。講和派の中心人物の一人。彼の手は、強く、迷いなく打たれていた。少し遅れて、別の評議員が手を打った。控えめで、しかし満足そうな打ち方だった。同じ拍手だったが、重ね合わさってはいなかった。
ヤンは、自分が起案した合意が、この二つの異なる期待に同時に支えられていることを、改めて理解した。同じ条文が、立場の違う人間によって、別々の希望を託される。どちらも、ヤン自身が意図したものではなかった。ヤンが意図したのは、ただ一つ——事故回避だった。それだけだった。
しかしヤンの意図は、批准の瞬間に既に複数の異なる意味へと分岐していた。
議長席の隣に座っていたヨブ・トリューニヒト国防委員長が、立ち上がって短い演説を始めた。
「本日の批准は、我が同盟の歴史において、画期的な一歩を記すものであります。一五〇年にわたる帝国との戦争は、ついに別の局面に入ったのであります」
トリューニヒトの声は、滑らかで、響きがあり、そして空虚だった。少なくとも、ヤンにはそう聞こえた。十一名の評議員を相手にした演説とは思えないほど、声には議場全体に向けたような張りがあった。トリューニヒトという人物は、聴衆が一万人でも十人でも、同じ調子で語ることのできる男だった。
「この合意は、ヤン・ウェンリー少将の卓越した分析と、現場における誠実な交渉の成果であります。同盟政府を代表して、ヤン少将の貢献に深く感謝申し上げる次第であります」
評議員たちの視線が、壁際のヤンに集まった。十一の視線——いや、議長とトリューニヒトを除けば九つの視線——が一斉に向けられる感覚は、大規模議場での注目とは別種の重圧だった。一人ひとりの顔が見える。ホワン・ルイの顔には、ヤンへの好意と、合意への満足が同時にあった。先ほど遅れて拍手した評議員の顔には、ヤンへの注目はあったが、その注目の質は別のものだった。彼にとってヤンは「うまい時間稼ぎを設計してくれた軍人」だった。
ヤンは反射的に、ほんのわずかに頭を下げた。それ以上の動作はしなかった。トリューニヒトの言葉が、自分への個人的な感謝ではなく、自分を政治的な小道具として使うための導入部であることを、ヤンは知っていた。
「我々は、この第一歩を、ただの第一歩として終わらせてはなりません。本合意を礎として、より広範な、より持続的な平和への道を切り拓いていく責務が、我々には課されているのであります。そのためには——」
トリューニヒトの言葉は、続いていた。「平和」「希望」「歴史的責任」「市民への約束」——いつもの語彙が、いつもの順序で並べられていた。
ヤンは、トリューニヒトの言葉を半分以上聞き流していた。聞かなくても、何を言っているかは分かる。トリューニヒトは合意の手柄を自分のものとして取り込み、次の選挙で講和派の支持を獲得するための布石を打っているだけだった。それは予想された展開だったし、ヤン自身が阻止できることでもなかった。
会議室の隅で、ヤンの席の近くに、ビュコック中将がいつの間にか立っていた。老提督は軍の代表として会議に陪席していた立場であり、評議員ではないが、同じ会議室の中にはいた。トリューニヒトの演説を背に受けながら、低い声でヤンに話しかけた。
「貧乏くじのつもりだったが、もっと悪いものを引いたかもしれんな、お前さんは」
ヤンは小さく笑った。
「私はただ、事故を防ぎたかっただけです」
「そうだろうとも。しかしお前さんが書いたものは、お前さんの意図から離れて勝手に歩き出す。それが分析というものだ」
ビュコックは老眼鏡の縁を指で押し上げた。
「ローエングラム伯爵も同じ気持ちかもしれんな。あちらも、合意をどう使うかを既に決めておるはずだ。そしてその使い方は、こちらの講和派や主戦派とは、また違った形のものだろう」
ヤンは答えなかった。ビュコックの言う通りだった。合意は、それを結んだ瞬間から、結んだ二人の意図を離れて動き始める。ヤンとキルヒアイス——画面越しに合意を組み立てた二人——が考えていたものとは別のものに、合意は変わっていく。それは政治の常であり、避けようのないことだった。
議長席の前では、トリューニヒトがまだ話していた。
合意は批准された。しかし、その陰で同時に可決された追加予算案の内容——ワームホール技術研究の加速と、帝国領内への諜報活動費の倍増——に注目する市民は、この時点ではまだ少なかった。明日の朝刊の見出しは「平和への第一歩」になるはずだった。追加予算案の話は、紙面のずっと内側、おそらくは経済面の片隅に、短く触れられる程度だろう。誰も気にしない。気にする頃には、もう十分に進んでいる。それが追加予算案の常だった。
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四十六
帝国暦四八七年四月一三日。「門の日」から三十日目。
オーディン、新無憂宮、玉座の間。
ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将への元帥叙任式は、既定の儀礼に従って執り行われた。
皇帝フリードリヒ四世は、玉座で気だるげに儀式を見守っていた。老境にさしかかった皇帝は、近年では宮廷儀礼への関心を急速に失いつつあった。ゴールデンバウム王朝の伝統的な儀式の数々は、今や皇帝にとって退屈な義務にすぎなかった。
ラインハルトは、玉座の前に進み出て、片膝をついた。
元帥の権杖が、皇帝の手から——正確には、皇帝の意向を受けて進み出た宮廷儀典長の手から——ラインハルトに手渡された。手渡される瞬間、フリードリヒ四世の視線はラインハルトの上ではなく、玉座の傍らに置かれた酒杯の上にあった。皇帝は、儀式が終わった後に振る舞われる予定の酒の方に、より関心を持っているようだった。
ラインハルトは、その視線の先を見た。見て、何も言わなかった。皇帝が自分にどれほどの関心を持っているか、あるいは持っていないかは、ラインハルトにとって本質的な問題ではなかった。重要なのは、元帥の権杖がラインハルトの手に渡されたという事実だけだった。
帝国元帥ラインハルト・フォン・ローエングラム——その称号が、儀典長によって朗々と読み上げられた。続いて、宇宙艦隊副司令長官への補職が布告された。元帥府の開設も同時に布告された。元帥府の所在地は、帝都オーディンの一角、ローエングラム伯爵家の旧邸宅近郊に新設される予定だった。
儀式は、それで終わりだった。三月十五日にワームホールが出現してから、本来であれば数日後に行われるはずだった元帥叙任式が、二十九日遅れてようやく実現したのだった。皇帝は、儀式が終わると同時に玉座を立ち、宮廷の奥へと退出していった。儀礼の最後の挨拶を受けることもなかった。それもまた、近年のフリードリヒ四世の振る舞いとしては珍しいことではなかった。
儀礼が終わった後、ラインハルトは退出し、控室に戻った。そこではキルヒアイス、ロイエンタール、そしてオーベルシュタインが待っていた。
ラインハルトは元帥服の襟元を緩めた。
「終わったな」
キルヒアイスが、軽く頭を下げた。
「閣下、おめでとうございます」
ロイエンタールも、片眼鏡の奥から不敵な笑みで応じた。異色の双眸が、儀礼的な祝辞とは違う種類の関心を示していた。
「これで権限の問題は片付きました。あとは、何をなさるか——でしょうな」
ラインハルトは、ロイエンタールの問いには直接答えず、控室の中央に置かれた円卓の前に立った。そこには、帝都の地図、ワームホール周辺宙域の戦術地図、カストロプ公領の地図、イゼルローン回廊の地図——四つの地図が広げられていた。
「四つの方面で、同時に動く必要がある」
ラインハルトは、それぞれの地図に順番に指を置いていった。
「第一に、カストロプ。マクシミリアン公爵の独立画策は、もはや放置できない段階に達している。第一次討伐の失敗から一ヶ月半、公爵は帝国中央の麻痺を最大限に利用して、私設艦隊と防衛網をさらに強化した。これを早急に鎮圧する」
地図の上のカストロプ公領を指した指は、すぐに次の地図に移った。
「第二に、イゼルローン回廊。同盟がワームホール出現以後、回廊方面の警戒を緩めているという情報がある。むしろ、これは同盟が攻略準備に入っている兆候かもしれない。要塞防衛の体制を再編する」
オーベルシュタインの義眼が、わずかに光を反射した。
「閣下。同盟側の動向について、補足してよろしいでしょうか」
「申してみよ」
「同盟側で、イゼルローン攻略を主張する声が再び高まっています。我が方の情報部門が把握した限りでは——計画自体はワームホール出現前から存在していたようです。アスターテの大敗の直後、同盟は新たな艦隊を編成し、それをイゼルローン攻略に充てる方針だったとのこと。しかし三月十五日のワームホール出現により、その計画は一時棚上げとなった。それが、ここ数日で再燃してきています」
ラインハルトは、わずかに目を細めた。
「再燃の理由は」
「複合的かと推察します。第一に、ワームホール出現後の戦略環境を分析した同盟側の報告書が、イゼルローン攻略の必要性を再確認している模様です。報告書の起案者はヤン・ウェンリー少将。第二に、同盟議会が——特にここ最近——『今こそ攻めるべき』という声を強めています。我が方がカストロプ問題に拘束されていることが、議会側にも何らかの形で伝わっている可能性があります」
「ヤン・ウェンリー少将の報告書か」
ラインハルトの呟きは、誰かに向けたものというより、自分自身に向けたものだった。
「同盟内部の議論を間接的に把握した限りでは、ヤン少将は、ワームホール防衛のために主力が拘束されていることを理由に、イゼルローン攻略には少数精鋭しか割けないと結論づけているようです」
ラインハルトは、わずかに首を傾けた。それから、低い声で言った。
「同盟には、イゼルローン攻略を少数精鋭でこなせる人間は、おそらくアスターテ会戦で私より少ない艦数で同等に戦ったあの男しかおらん。あの男は、自分の論理が自分を縛ることを承知で書いているのだろうな」
誰も応じなかった。控室には数秒の沈黙があった。
ラインハルトは、三つ目の地図に指を置いた。
「第三に、ワームホール研究。技術研究部門を本格的に拡充し、内部での長距離把握手段の開発を最優先する。現時点では、双方ともこの技術を持っていない。先に手にした側が、戦略的優位を得る」
「第四に、情報活動。同盟の研究進捗を継続的に把握する。また、帝国内部の門閥貴族の動向も同様に把握する。情報なしに戦略は立てられない」
四つの方面を指し終えると、ラインハルトは円卓から少し離れた。
「これら四つの方面に、それぞれ責任者を割り当てる必要がある」
ラインハルトの視線が、まずキルヒアイスに向けられた。
「キルヒアイス」
「はい、ラインハルト様」
「カストロプを頼む。第一次討伐の失敗から一ヶ月半、もう待てる段階ではない」
ラインハルトの指が、地図上のカストロプ公領を一度叩いた。それから、その指を別の場所——ワームホール周辺の戦術地図——に移した。
「兵力は限定的になる。主力はここに縛られている。お前に渡せるのは一五〇〇隻ほどだ。戦艦は含まない。第一次討伐より少ない兵力で、しかも私設艦隊をさらに増強した相手に当たることになる」
ラインハルトは、その一文を強調するための間を置かなかった。事実として淡々と告げた。それが、ラインハルトの命令の出し方だった。
キルヒアイスは、わずかに目を細めた。提示された数字の意味を、即座に理解した。これは「鎮圧任務」として与えるにはぎりぎりの戦力だった。本来であれば——ワームホールが存在しない通常の状況であれば——ラインハルト自身が艦隊を率いて出陣するような種類の任務であり、与えられる戦力ももっと多かっただろう。アスターテで自ら艦隊を率いて叛乱軍を撃破した、あのラインハルトであれば。
しかし今、ラインハルトはオーディンに残らなければならない。元帥府の運営、ワームホール防衛の総指揮、門閥貴族との政治的駆け引き——それらの全てが、ラインハルトをオーディンに縛りつけていた。
戦場に出るのは、ラインハルトではなく、自分だった。
「お任せください、ラインハルト様」
キルヒアイスは、静かに答えた。声には動揺も気負いもなかった。
「住民への影響を最小限にとどめるよう、慎重に進めます」
短い返答だった。「住民への影響」という一語に、キルヒアイスがあの公領の八〇〇万人を既に意識していることが、ラインハルトには伝わった。伝わったが、ラインハルトはそれに何も応じなかった。応じる必要がなかった。
ラインハルトは、キルヒアイスを正面から見た。蒼氷色の瞳に、わずかに——本当にわずかに——感謝に似たものが浮かんだ。それは長年の友人に対する感謝というより、自分の代わりに戦場に出る指揮官に対する、軍人としての感謝だった。
「頼んだ」
ロイエンタールが、その横で何かを観察するような視線をキルヒアイスに向けていた。アスターテ会戦の後、急速にラインハルトの傍で重きを増していくこの赤毛の青年に対して、ロイエンタールはまだ自分なりの評価を確定させていなかった。二月の終わり頃に第一次討伐が失敗したカストロプ、その後の長い不作為、そして第一次よりも少ない兵力——その条件で勝てるかどうかで、ロイエンタールの評価は固まるだろう。それを承知の上で、ロイエンタールは黙っていた。
次に、ラインハルトの視線はロイエンタールに向けられた。
「ロイエンタール。お前にはイゼルローン要塞防衛の再編を任せる。ただし、これは短期の派遣だ。要塞司令官のトーマ・フォン・シュトックハウゼン大将は、そのまま在任させる。これは元帥府からの特命派遣という形を取る——正式な指揮系統の変更ではない。お前の役割は、ワームホール出現後の戦略環境に合わせて要塞防衛体制を再構築することにある。再編作業が完了したら、オーディンに戻ってこい。お前を要塞に常駐させる余裕は、こちらにはない」
「『要塞の火力があれば何が来ても問題ない』と考えておられる方ですな」
ロイエンタールの口元に、皮肉な笑みが浮かんだ。
「あの種の楽観主義者と仕事をするのは、はっきり申し上げて好みません。短期で済むのであれば、なおのこと結構です。集中的に再編して、すぐにオーディンに戻りましょう」
ロイエンタールは、片眼鏡の縁を指で押し上げた。
「ただ、一つだけ申し上げておきます。シュトックハウゼン大将がそのまま在任されるとなると、私が再編した防衛体制が、私の去った後にどこまで維持されるかは、保証できかねます。シュトックハウゼン大将のお考えと、私の再編案が、必ずしも一致するとは限りませんので」
ラインハルトは、ロイエンタールの指摘の意味を理解した。それは合理的な懸念だった。短期派遣の指揮官による再編は、その指揮官が去った後に元の体制に戻されてしまう可能性がある。しかし、ロイエンタールを長期にわたってイゼルローンに置いておく余裕は、ラインハルトにはなかった。主力の大半がワームホール防衛に拘束されている現状では、有能な提督を一人でも遊ばせるわけにはいかなかった。
「承知している。それでも、再編は必要だ。お前ができる範囲で、最善を尽くしてくれ。私にできるのは、シュトックハウゼン大将に対して『ロイエンタール提督の再編案を尊重するように』と圧力をかけることだけだ。それが永続するかどうかは——お前の言う通り、保証できない」
「了解しました」
ロイエンタールは敬礼した。表情には、依然として皮肉めいた笑みが残っていた。彼は、自分の任務が「完璧な仕事」ではなく「妥協の上での最善」であることを、即座に理解していた。それでも、彼は引き受けた。それがラインハルトの下で働くということだった。
ラインハルトの視線は、最後にオーベルシュタインに向けられた。
「オーベルシュタイン」
「はい、閣下」
オーベルシュタインの返答は、いつもと同じく、感情の起伏のない平坦なものだった。
「ワームホール研究の統括と、情報活動の運営を一体化して任せる。これは事実上、新設の部門になる。お前が責任者だ。組織の編成、人員の選抜、予算の配分——お前の判断で進めろ」
オーベルシュタインは、頷いた。
「承りました」
ラインハルトは、地図の上の四つ目の方面——「情報活動」と書かれた領域——に指を置いた。
「特に二つ、急がせたいことがある」
ラインハルトの指が、地図の上で動いた。
「一つ目は、ワームホール内通信技術の開発の加速だ。先ほど述べた通り、先に手にした側が戦略的優位を得る。同盟側の進捗を継続的に把握しながら、こちらの開発を加速させろ。同盟が研究をどこまで進めているかは、研究そのものを進めることと同じくらい重要だ」
「二つ目は、フェザーンを介した諜報網の再編だ」
ラインハルトの指は、地図上のフェザーン回廊の方向を指した。
「フェザーンの商人たちは、ワームホール出現以降、両陣営の情報を双方に売ることで新しい商売を始めている。これは脅威でもあり、機会でもある。彼らが我々の情報を同盟に売っていることは間違いない。であれば、我々もまた彼らを通じて同盟の情報を得るべきだ。受動的に情報が漏れるのを待つのではなく、能動的に彼らの仲介機能を使う。フェザーンを介した情報の双方向性を、こちらの側で組織的に管理せよ」
ラインハルトは、オーベルシュタインを正面から見た。
「同盟が『合意』の安眠を貪っている間に、我々はその裏側を掌握する。合意は時間稼ぎの道具だ。その時間を無駄にはできない」
オーベルシュタインの義眼は、いつも通り表情を持たなかった。しかし、彼の頷きには、命令の意味を完全に理解した者の確かさがあった。
「承知しました。両者を一体化して進めます」
ラインハルトは、一拍置いてから付け加えた。
「お前の階級を、本日付で准将に格上げする。元帥府の幕僚として、相応の階級が必要だ。——リヒテンラーデ公には、すでに話を通してある」
オーベルシュタインの義眼が、わずかにラインハルトの方を向いた。
「元帥府開設時の初期幕僚の人事については、叙任式の前に、一括で了承を取った。個別の辞令のたびに根回しを繰り返していたのでは、この戦線の速度に間に合わん。先月、お前のイゼルローン転属を差し止めた時のような形では、今後は回らない。元帥府が動き始める以上、人事の束を一度にまとめて通す仕組みが要る——リヒテンラーデ公も、そのことは理解している。あの老人は、形式と実務の区別がつく数少ない門閥の一人だ」
ラインハルトの声には、一ヶ月前に「私の一存でできることではない」と言った時とは、わずかに違う響きがあった。権限が拡大したというより、権限の使い方を覚えた者の響きだった。
オーベルシュタインの表情には、何の変化もなかった。喜びも、満足も、ましてや昂揚もない。彼にとって階級は、職務を遂行するための道具にすぎなかった。しかし、ラインハルトが一括承認という手続きを選んだという事実については、一拍の間、内部で何かを計算したようだった。義眼の奥には、依然として光はなかったが、その光のなさの質が、ほんのわずかに変わった。
「ありがとうございます」
その一言は、儀礼的な謝辞というより、業務上の確認のように響いた。
控室の一角で、キルヒアイスは、ラインハルトが他の責任者たちに命令を下していくのを聞きながら、控室の中央の四つの地図を見ていた。カストロプ。イゼルローン。ワームホール。そして帝国内部。
その四つを見渡したまま、キルヒアイスは、明日からのことを考えていた。一五〇〇隻でカストロプへ向かう。第一次討伐よりも少ない兵力で、第一次討伐よりも強化された敵に当たる。ロイエンタールやその他の提督たちに、自分が「ラインハルト様の親友」というだけの人物ではないことを、結果で示さなければならない。それは、キルヒアイス自身が密かに望んでいたことでもあった。
ラインハルトの方を、キルヒアイスはちらりと見た。ラインハルトは円卓に向かって立ち、地図の上で次の指示の段取りを確かめている。その横顔には、戦場へ出る人間の顔ではなく、地図の前に残る人間の顔があった。
ラインハルトは、円卓の四つの地図をもう一度見渡してから、控室の窓の外に視線を向けた。窓の外には、帝都オーディンの整然とした街並みが広がっていた。
「制度を作る」
ラインハルトは、誰に向けてでもなく、低い声で言った。
「これからは、制度を作る側に回る。剣ではなく、組織で動かす」
キルヒアイスは、その横顔を見た。蒼氷色の瞳には、迷いがなかった。
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四十七
宇宙暦七九六年四月一四日。「門の日」から三十一日目。
ハイネセン、統合作戦本部、シトレ元帥執務室。
「ヤン少将。話がある」
統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥が、執務机の向こうから、ヤンに向かって短く言った。
ヤンは執務室に呼ばれてから、まだ十五秒しか経っていなかった。シトレの前置きの短さが、これから話される事柄の重みを暗示していた。
「はい、閣下」
シトレは、机の上に置かれた一枚の文書を、ヤンの方に向けて滑らせた。
ヤンは身を屈めて、その文書を読んだ。読み終えるのに、十秒もかからなかった。短い文書だった。発令者は統合作戦本部長シドニー・シトレ。受領者はヤン・ウェンリー少将。本文の最初の一行で、ヤンの呼吸が一瞬止まった。
——「第一三艦隊の編成作業の一時中断、これを解除する。当艦隊の本来の任務であるイゼルローン要塞攻略を、可及的速やかに実施せよ」
ヤンは、文書から顔を上げた。
「閣下——」
「言わんでもよい」
シトレは、ヤンの言葉を遮った。遮る動作には、苛立ちはなかった。ただ、自分の方が先に話すべきだという、職業軍人としての判断があった。
「三月十五日の朝、私は君に言った。第一三艦隊の編成作業は一時中断、と。今、その一時中断を解除する。同じ私の口からだ」
シトレの目は、ヤンを正面から見ていた。
「期限は一ヶ月以内。無理な命令であることは承知している」
ヤンは眉を上げかけて、止めた。一ヶ月という期限は、明らかに短すぎた。要塞攻略のような大規模作戦の準備に、通常であれば最低でも半年は必要だった。それは自明の事実であり、シトレも承知していた。承知している、と告げた。
シトレは、机の引き出しを開け、もう一枚の文書を取り出した。引き出しの音が、執務室の中で妙に大きく響いた。
「だが議会はもう待たん。帝国は二方面に縛られている——ワームホール戦線と、年初から続くカストロプ動乱だ。情報源は主にフェザーン経由だ。詳細は省く。要は、議会が『今こそ動け』という圧力をかけ始めている。私が君を守れるのは、この一ヶ月が限度だ」
ヤンは、シトレが渡そうとした文書には目を落とさなかった。シトレの言葉だけで、状況の意味は十分に理解できた。帝国の二方面拘束。同盟議会の焦り。そしてシトレが議会と現場の間に立っている、その立ち位置の険しさ。
「そしてもう一つ」
シトレの声が、わずかに低くなった。
「先日の会議で、君は言ったな。フォーク准将に向かって。『これは結果的に、これまでの計画と同じです』と。私はあの言葉を忘れていない」
ヤンは、シトレの目を見返した。覚えていた。あの時、半秒迷ってから口にした一言。
シトレは、それ以上の説明を加えなかった。「忘れていない」——その一言だけが、机の上に置かれていた。説明されないことが、ヤンには重かった。
シトレは、文書の方に視線を戻した。
「ヤン少将。これは新しい任務ではない。中断されていた任務の再開だ」
短い言葉だった。しかしその短さの中に、シトレが今日の命令を「自分の発案」ではなく「保留されていたものの再起動」として位置づけていることが、ヤンにも伝わった。
「了解しました」
ヤンの声は、自分でも驚くほど平坦だった。
「下がってよろしい」
ヤンは敬礼し、執務室を退出した。
廊下に出てから、ヤンは深く息を吐いた。長い吐息だった。それから、しばらく、廊下の窓の外を見ていた。外はまだ明るかった。ハイネセンの春の空が、淡い光のまま広がっていた。
頭の中では、まだ何も整理されていなかった。命令の言葉だけが、文字の連なりとして残っていた。「一ヶ月以内」「中断されていた任務の再開」「私はあの言葉を忘れていない」——三つの短い言葉。それぞれの意味を、ヤンはまだ完全には噛みしめていなかった。噛みしめる時間が、今ここにはなかった。
地位の階段を駆け上がっているとも言えるし、地位の重みに押し潰されつつあるとも言える。どちらの解釈も正しかった。
廊下の窓から、ハイネセンの空が見えていた。空は依然として淡く、雲は薄かった。
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四十八
同日、深夜。
ハイネセン、ヤン・ウェンリーの官舎。
ヤンは書斎の机に向かって座っていた。机の上には、ブランデーのグラスと、シトレから渡された命令書のコピーが置かれていた。「第一三艦隊の編成作業の一時中断、これを解除する」——その短い一行から始まる命令書だった。
窓の外は暗かった。ハイネセンの夜空には、薄い雲がかかっていて、星はほとんど見えなかった。
フレデリカは既に退勤していた。彼女が退勤前に整えていった机の上は、いつものように整然としていた。書類は分類別に積まれ、ペンはペン立ての中で同じ向きに揃えられ、紅茶のポットと予備のティーバッグが手の届く位置に置かれていた。
ヤンは、紅茶ではなくブランデーを選んだ。今夜は、紅茶では間に合わないような気がした。
書斎の片隅に、ヤンは戦史資料の束を運んできていた。執務室から自宅に持ち帰ったものだった。第五次イゼルローン攻略戦の記録と、第六次の記録。明日からの作業のために必要になる資料——のはずだった。
戦史資料の束の隣には、別の書類の束も置かれていた。第十三艦隊の編成進捗報告書。三月十五日以来、ほとんど進んでいない編成業務の記録。フレデリカが副官として最低限の整理を続けてきたが、本格的な進捗はない。今夜から、その編成業務が、作戦準備と作戦実行と並行で進められることになる。本来であれば数ヶ月かけるべき作業を、一ヶ月の中で。
ヤンは束の上から一冊目を取り、机に置いた。表紙に「第五次イゼルローン要塞攻略戦・戦闘詳報」と印字されていた。
表紙を開いた。最初の頁は、戦闘前の同盟軍の兵力構成だった。よく整理された一覧表。
一分ほど見つめてから、ヤンは資料を閉じた。
ブランデーを一口含んだ。喉の奥に、熱が広がった。
シトレが今日、執務室で告げた言葉を、ヤンは一つずつ思い返していた。シトレは多くを語らなかった。「期限は一ヶ月以内」「議会はもう待たん」「中断されていた任務の再開だ」——三つの短い言葉。それぞれの意味を、シトレは説明しなかった。説明する必要がなかった。説明されなくても、ヤンには意味が分かるからだった。
第一三艦隊の編成は、三月十五日以来、ほとんど停止していた。本来であれば三月下旬に編成完了するはずだったが、ヤンが戦略分析に駆り出された結果、編成は途中段階のまま今日まで来ている。その状態で「一ヶ月以内」に攻略を実施するというのは、編成の完了、作戦の準備、作戦の実行——その全てを、一ヶ月の中で並行して進めるということだった。本来であれば数ヶ月かけるべき作業を、一ヶ月で。シトレはこの不可能性を一言も口にしなかった。一言も口にしなかったということは、彼が完全に承知している、ということだった。承知した上で、それでも下した命令だった。
「中断されていた任務の再開だ」——シトレの最後の言葉が、ヤンの中で繰り返し回っていた。新しい任務ではない。再開だ。その言い方を、シトレは選んだ。なぜなら、「新しい任務」と告げれば、それはシトレが今日下した命令になる。「再開」と告げれば、それは三月十五日以前から存在していた命令の延長になる。命令の責任が、シトレ一人ではなく、三月十五日以前のシトレと、三月十五日以降のヤン自身と、その間に流れた一ヶ月の戦略環境と——全部に分散される。
巧みな言い方だった。そして、正確な言い方でもあった。今日の命令は、確かに、三月十五日に保留された任務の再開だった。シトレの言葉は、嘘ではなかった。
嘘ではないからこそ、重かった。
「先日の会議で、君は言ったな」——シトレはあの一言にも、それ以上の説明を加えなかった。「私はあの言葉を忘れていない」とだけ告げて、文書の方に視線を戻した。説明しないことが、最大の重さだった。シトレが説明しなかったのは、シトレ自身があの一言を「自分の正当化の根拠として使っている」ことを、ヤンに察してほしかったからかもしれない。あるいは、察してほしくなかったからかもしれない。どちらにせよ、ヤンは察した。
報告書の第四の柱で、ヤンは寡兵での攻略しかありえないと書いた。第六話の会議で、ヤンはそれが既存の計画と一致すると言ってしまった。そして今日、シトレはそれを命令として確認した。三度にわたって、ヤンは自分自身の選択肢を狭めてきた。狭めたのは、議会でも、シトレでも、フォークでもなかった。ヤン自身の正確さだった。正確に書き、正確に話したヤン自身が、ヤン自身の逃げ道を一つずつ閉じてきた。
フレデリカがあの夜、言いかけてやめた言葉を、ヤンは思い出した。報告書のドラフトを読み終えたフレデリカが、ヤンの机の前で、最後の二文字を飲み込んだ夜のことだった。「他にはほとんど」——その先を、彼女は口に出さなかった。ヤンも、応じる言葉を口に出さなかった。
今夜、その先が現実になっていた。
「報告書は正確に書くべきではなかったかな」
声に出してみた。書斎には誰もいなかった。届ける相手のいない言葉だった。
ヤンは少しだけ笑った。乾いた笑いだった。
机の端に置いたままの戦史資料の束に、ヤンはもう一度視線を落とした。あの束の中に、答えは書かれていない。書かれていないことを、ヤンはすでに知っていた。そして、答えを探す時間は、一ヶ月しかない。
書斎の柱時計が、低い音で十一時を打った。
その音を聞きながら、ヤンはブランデーのグラスをもう一度傾けた。グラスはまだ半分以上残っていた。
窓の外で、薄い雲がゆっくりと流れていた。