四十九
帝国暦四八七年四月一五日。「門の日」から三十二日目。
カストロプ星系外縁。
ジークフリード・キルヒアイス少将は、旗艦の艦橋から、暗黒の中に浮かぶ褐色の小惑星帯を見つめていた。一五〇〇隻の艦隊が、その手前の宙域に展開を完了したばかりだった。巡航艦約五百隻、駆逐艦約八百隻、偵察艦約二百隻——戦艦は一隻も含まれていない。機動力重視の編成。第一次討伐艦隊よりも少ない兵力で、強化された敵に当たることになる艦隊。
二十代前半の若い指揮官は、艦橋の中央に立ったまま、しばらくの間、何も言わなかった。幕僚たちは、彼の沈黙を待った。
「偵察報告を、もう一度お願いします」
キルヒアイスの声は、艦橋の静けさにそのまま溶け込むような、低い声だった。
通信士官が、報告書を読み上げた。
「カストロプ公領の防衛戦力——マクシミリアン・フォン・カストロプ公爵が私財を投じて長年建造してきた私設艦隊、約一〇〇〇〇隻。星系防衛網は、軌道上の宇宙要塞、惑星防衛軌道砲台、私設艦隊の母港の補給施設——堅固な体制が確立されています」
通信士官は、そこで一拍置いた。次の項目は、報告の中でも最も重要な情報だった。
「そして——主星カストロプの上空には、十二基の高出力ビーム衛星から成る固定防衛網が配備されています。同盟首都ハイネセンの『アルテミスの首飾り』と同型のシステムです。マクシミリアン公爵が、数年前に独自の経路で取得し、本格運用に至ったと推定されます」
艦橋の幕僚たちが、わずかに視線を交わした。
アルテミスの首飾り——同盟首都ハイネセンを長年にわたって防衛してきた、銀河で最も有名な固定防御施設の一つ。同盟軍が機密の塊として扱っているはずの装備が、なぜ帝国領内の門閥貴族の手にあるのか。その経路は不明だった。フェザーン経由か、密貿易か、あるいは複数の経路を経た末か。確かなのは、それが今、目の前に存在しているということだった。
「私設艦隊一万隻の展開は」
「主星カストロプの軌道上、首飾りの外側に展開しています。第一次討伐艦隊が進入してきたワープ進入コリドー——帝国領中枢から星系に至る正規航路——の方向に主力が偏っています。およそ七割から八割が、その方向に集中している模様です。他の方角には、形だけの哨戒部隊が散らばっているのみ。特に、主星を挟んだ反対側の採掘弧方面は、ほぼ無防備と言ってよろしいかと」
「無防備の理由は」
「艦隊が出現しうる方向が、彼らの頭の中で一つに絞られているためです。ワープアウト地点はほぼ固定されており、その後の進入航路もおおむね一つの方向に収斂します。第一次討伐艦隊もこのコリドーから進入しました。第二次もまた同じコリドーから来る——それが彼らの想定です。コリドー以外の方角、特に採掘弧方面には、採掘船しか出入りしていません。あの一帯は、軍事的には『艦隊が出現しない場所』として扱われています」
キルヒアイスは、しばらく何も言わなかった。
「マリーンドルフ家の動向はいかがでしょうか」
彼の問いは、首飾りに関する反応ではなかった。動揺を見せない、というより、考えるべき情報を一つずつ整理する手順を踏んでいるようだった。
「カストロプ公領の隣接領主であるマリーンドルフ伯爵は、今回の動乱に対して中立を宣言しています。マリーンドルフ領内では、両陣営の艦艇の航行を一切認めない方針です」
キルヒアイスは頷いた。
「では、マリーンドルフ領は作戦区域から外しましょう。隣接領内への侵入は厳禁とします。中立を尊重しない指揮官は、信頼を失います。それは長期的には、戦力の損失より大きな代償になるはずです」
幕僚の一人が、即座に復唱した。「マリーンドルフ領、作戦区域外。承知しました」
キルヒアイスは、再び沈黙した。彼の視線は、星系の中央——主星カストロプの方角——に向けられていた。
第一次討伐艦隊の失敗を、キルヒアイスは事前に分析していた。失敗の理由は単純だった——彼らはワープ進入コリドーから進入し、そのまま艦隊戦を挑み、防衛網に阻まれた。それだけのことだ。そして今、自分が知らされた情報には、第一次討伐の報告書には記されていなかった事実が含まれていた。アルテミスの首飾り型防衛網。主星上空の十二基のビーム衛星。第一次討伐艦隊は、おそらくこの存在も知らないまま挑んだのだろう。あるいは知っていたが、その意味を過小評価したのだろう。
戦力差は、純粋に数で見れば、約七倍。一五〇〇対一万。しかも相手には首飾りがある。普通に考えれば、絶望的な数字だった。
艦隊の主砲火力では、この防衛網は破れない。それは自明だった。同盟軍が長年にわたって首都防衛の中核として運用してきた装備を、通常の艦隊戦力で破れるはずがない。もし破れるなら、同盟首都は何度も陥落していたはずだった。
別の方法が必要だった。
しかし、絶望的な数字の中に、一つだけ、奇妙な隙間があった。私設艦隊の七割から八割が、ワープ進入コリドー方向に偏っている。それ以外の方角——特に、主星を挟んだ反対側の採掘弧のある方位——は、形だけの哨戒部隊が散らばっているだけ。マクシミリアン公爵の頭の中では、艦隊が出現しうる方向はコリドー一つしかなかった。第一次討伐艦隊がそのコリドーから来た。第二次もまた同じコリドーから来るはずだ——その想定が、艦隊配置を歪めていた。
キルヒアイスの視線は、星系の地図の、コリドーの反対側——採掘弧の方位——に向けられた。その方角には、私設艦隊の主力はいない。形だけの哨戒部隊しかいない。そしてその方角には、採掘施設がある。
「偵察艇からの追加報告——カストロプ公領の経済構造について、何かありますか」
「鉱業が主要産業の一つです。カストロプ星系の小惑星帯のうち、ちょうどワープ進入コリドーの反対側——主星を挟んだ向こう側の弧——には、高密度の鉱物が集中しており、大規模な採掘施設がその弧に沿って配置されています。大型の採掘用レーザー装置と採掘船が稼働しており——」
通信士官は、そこで少し言葉を切った。報告の続きは、軍事的な意味では些末な情報のはずだった。しかしキルヒアイスは、その続きを聞いていた。
「採掘施設は、今、誰が守っているのですか」
「ごく少数の警備艇のみです。採掘船の乗組員は、ほぼ全員が民間人です。カストロプ公領にとっては経済資産ですが、軍事資産ではありません」
艦橋に、わずかな沈黙があった。
三つの情報——首飾りの存在、艦隊配置のコリドー方向への偏り、採掘弧の施設——が、キルヒアイスの頭の中で、一つの線に繋がりつつあった。
キルヒアイスの呟きは、自分自身に向けられたもののようだった。
「使えますね」
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五十
同日夜。
旗艦の作戦会議室。
幕僚たちが集まったとき、卓上にはカストロプ星系の立体地図が投影されていた。中央にカストロプ公領の主要惑星と、その上空を取り囲む十二基の点——アルテミスの首飾り型防衛網。その外側を取り囲む私設艦隊——地図の上では、ワープ進入コリドー方向に七、八割が偏った形で表示されていた。そして主星を挟んだ反対側の弧——採掘施設が薄い色で配置されていた。
キルヒアイスは、立体地図の前に立った。
「コリドー方向からの艦隊戦は行いません」
キルヒアイスは、それだけ言った。第一次討伐の失敗は、この場の全員が知っている。一五〇〇隻という兵力の意味も。同じことを繰り返さないという結論まで、繰り返す必要はなかった。
幕僚たちは、黙って次の言葉を待った。
キルヒアイスは、立体地図の中央——主星上空の十二基の衛星——を指で示した。
「最大の問題は、これです」
幕僚の一人が、その意味を引き取った。
「アルテミスの首飾り型は、艦隊の主砲では破れません。同盟軍がハイネセン防衛のためにこの装備を運用してきた経験から、想定される脅威は、敵艦隊と、それが発射する数百から千単位のミサイル群。十二基の衛星が連携して、その規模の飽和攻撃を相互援護で迎撃する——それが運用上の前提です。一基ずつの撃破を試みても、十二基が連携して相互援護する設計になっています」
「その通りです」
キルヒアイスは頷いた。一拍だけ間を置いてから、続けた。
「ただし、この防衛網には、二つの前提があります」
別の幕僚が、わずかに身を乗り出した。
「二つ、というと」
「一つは——首飾りは、その外側に展開する艦隊と連携して機能する設計になっています。艦隊が外側で第一の盾を作り、首飾りが第二の盾を作る。二段構えの防御です。しかし、艦隊の配置に偏りがあれば、その二段構えにも偏りができます」
キルヒアイスは、立体地図の上で、私設艦隊の主力が偏っているワープ進入コリドー方向を指で示した。それから、その反対側——主星を挟んだ向こうの採掘弧の方向——に指を移した。
「マクシミリアン公爵の私設艦隊は、ワープ進入コリドーの方向に七、八割が集中しています。第一次討伐艦隊もこのコリドーから来ました。第二次もまた同じコリドーから来るはずだ——それが彼らの想定です。その想定の裏には、形だけの哨戒部隊しかいません。特に、主星を挟んだ反対側の採掘弧方面は、軍事的にはほぼ無防備です」
幕僚たちの視線が、立体地図の上の「裏側」——公爵の視野に入っていない半球——に集まった。
「もう一つの前提は、首飾りの想定脅威の質です。首飾りのレーザーは、ミサイルと艦艇を破壊するためのものです。ミサイルは推進装置と弾頭、艦艇は推進機関と指揮中枢と弾薬庫——どちらも、機能停止させるための脆弱点を持っています。首飾りはその脆弱点を狙い撃ちして、相手を無力化する。艦艇は質量こそ大きいですが、艦全体を蒸発させる必要はありません。脆弱点に一撃を入れれば、艦は戦闘単位ではなくなる。それが首飾りの仕事です」
キルヒアイスは、一拍置いてから続けた。
「しかし、岩塊には脆弱点がありません。推進機関もない。指揮中枢もない。弾薬庫もない。ただの鉱物の塊です。表面を削ることはできますが、削っても岩塊は止まりません。質量と慣性をほぼ保ったまま、計算された軌道を、計算された速度で、進み続けます。岩塊を本当に止めるには、質量の大半を削るか、軌道を大きく逸らすか——どちらにせよ、ミサイルや艦艇を一撃で無力化するエネルギーでは、足りません」
会議室の幕僚たちは、その言葉の意味を理解しようとしていた。視線が、自然に立体地図の一角——採掘弧——に集まっていった。
「採掘弧の施設を確保します。大型の採掘用レーザー装置を使い、複数の小惑星を分割します——いくつもの中型岩塊に。そしてそれらを、首飾りに向けて、採掘弧の方向から投射します」
幕僚の一人が、眉を寄せた。
「閣下、採掘施設まで艦隊を回り込ませるのですか。長距離の移動の間に察知されます」
「艦艇を反対側に迂回させるのではありません。我々は艦艇を動かしません。動くのは、岩塊だけです。既にその場所にある採掘装置が、既にその場所にある小惑星に、初速を与える——それだけの作業です。発射の瞬間まで、採掘作業の延長にしか見えません」
その一言で、会議室の空気が変わった。幕僚の何人かが、ほとんど同時に顔を上げた。「艦艇を動かさない」という言葉の意味が、それぞれの頭の中で光を持ち始めた。
別の幕僚が、半秒遅れて問うた。
「しかし、採掘装置を接収するためには、誰かが現地に行かなければなりません」
「その通りです。そこで必要になるのが、もう一つの要素です」
キルヒアイスは、立体地図の上で、ワープ進入コリドーから離れた、星系の辺縁部を指で示した。
「カストロプ星系には、正規のワープ進入コリドー以外にも、ワープアウトが物理的に可能な地点が、複数存在します。通常は使われません。重力源の配置が複雑で、アウトの精度要求が厳しく、補給線も延びる。しかもそれだけではありません——大型艦や多数艦は、アウト直後の姿勢制御と再集結で致命的に乱れます。乱れている間に敵の迎撃に晒されれば、各個撃破のリスクが高い。補給線は細すぎて継戦能力が持たない。『使えるが使わない』というのは、正確に言えば、『特殊任務向けの抜け道であって、艦隊運用の選択肢ではない』という意味です。第一次討伐艦隊は、一万隻対抗のための確実な兵力展開を優先し、正規航路を選びました。当然の判断です」
キルヒアイスの指が、地図上の一点に留まった。
「その中に、採掘弧の近傍に出られる地点が、一つあります。採掘業者ですら、通常はこの地点を使いません。採掘弧への補給は、正規航路から主星経由で運ばれている。文字通り、誰も使わない地点です。カストロプ側の哨戒網も、この方向に常時監視は置いていない——そもそも、ここから艦隊が出現するという想定がないからです」
幕僚の一人が、わずかに顔を上げた。
「閣下、そこから出る、と」
「二十隻程度の先遣隊を、そこからワープアウトさせます。アウト後は静粛航行で採掘弧に接近し、施設を接収します。一五〇〇隻全体での進入には、その地点の精度要求は厳しすぎる。しかし二十隻なら、対応できます。——一五〇〇隻という制約が、むしろ、この選択肢を開きました」
一拍の沈黙があった。幕僚の何人かは、その一言の意味を、すぐには呑み込めなかった。別の幕僚は、半秒遅れて納得した。兵力が多ければ正規航路しか選べない。兵力が少ないからこそ、正規航路以外の経路が選択肢に入る。その逆説を理解するのに、少しの時間が必要だった。
キルヒアイスの指が、立体地図の上で、採掘弧から主星に向かう複数の軌跡を描いた。軌跡は、私設艦隊の薄い側——コリドー方向とは反対の半球——を通って、首飾りに到達するように引かれていた。
「投射する岩塊の数は、首飾りが本来想定している飽和攻撃の規模——数百から千単位——をさらに上回る数です。しかも、岩塊は脆弱点のない鉱物の塊。一発のレーザーでは止まらず、繰り返し照射しても止まらないものが残ります。その間に、後続の岩塊が次々と到達します」
一人の幕僚が、半秒迷ってから口を開いた。
「閣下、それは……火力の飽和、ということですか」
「その通りです。ただし、艦隊と連携した飽和ではなく、艦隊が薄い半球から、首飾りだけを単独で対処させる飽和です」
キルヒアイスは頷いた。それ以上の説明は加えなかった。理屈の続きは、幕僚たち自身が頭の中で組み立てられる。「相手の処理能力を超える数を同時に押し付ける」「処理しきれなかった岩塊は通る」「通った岩塊は質量と速度の積で衛星を破壊する」——その三段の論理は、全員が口に出さずとも追いついていた。
「これが、一の矢です」
キルヒアイスは、そこで一度言葉を切った。幕僚たちの視線は、彼の次の言葉を待っていた。
「首飾りが破壊された後——」
キルヒアイスは、立体地図の上で、より大きな軌跡を描いた。今度の軌跡は、外縁から主星周辺の複数の地点に向かっていた。
「二の矢を撃ちます。本命の、より大きな小惑星を、複数、同時に投射します。標的は二つ。一つは、軌道上の宇宙要塞、惑星防衛軌道砲台、私設艦隊の母港の補給施設、指揮中枢——主星周辺の戦略インフラです。これらが破壊されれば、私設艦隊は補給と修理と指揮系統を失います」
キルヒアイスの指が、立体地図の中央で集中している私設艦隊の主力部分に移った。
「もう一つの標的は——ワープ進入コリドー方向に集結している私設艦隊の主力そのものです。艦隊主力が密集している地点に、本命の小惑星を直接投射します。一万隻という数字は、密集していれば、それ自体が標的になります。一隻ずつの艦には機動力がありますが、密集陣形全体を、小惑星到達までの数十分のうちに散開させることは困難です。しかも、その散開が間に合ったとしても、散開した艦は補給拠点を失っています」
会議室の沈黙が、納得の沈黙に変わりつつあった。それは無謀な提案ではなかった。むしろ、与えられた条件の下で唯一成立しうる戦術だった。第一次討伐艦隊が知らなかった——あるいは過小評価した——アルテミスの首飾り型防衛網の存在を、初めから前提に組み込んだ戦術だった。
「首飾りを失い、戦略インフラを失い、艦隊主力にも直接の損害を受ける——三つが同時に起きれば、私設艦隊は組織的な戦闘継続能力を失います。残った艦は、降伏するか、逃走するか、あるいは無秩序に抵抗するか——いずれにしても、組織としての一万隻ではなくなります」
「ただし——」
キルヒアイスは、立体地図の周囲を一周するように歩いた。指が、いくつかの場所を順番に指していった。
「採掘施設で働く労働者は民間人です。彼らに手を上げてはなりません。説得して退避させてください。可能な限り、彼らの財産にも被害を与えないように。我々が必要なのは、採掘用レーザー装置だけです」
「もう一つ——」
キルヒアイスの指は、立体地図の中央——主星カストロプの主要居住区域——を一度示してから、その周辺の軍事施設に移った。
「二の矢の投射先は、純粋な軍事施設と艦隊主力のみとします。民間人の居住区域からは離れた、明確に軍事的な目標のみを選定してください。投射の前に、複数回の軌道計算を行います。命中位置がわずかにずれた場合の影響まで、すべて検証してください。一つの計算ミスが、八〇〇万人の住民の命に関わります」
幕僚の一人が、視線を上げた。
「閣下、その慎重さは——時間がかかります。そして時間がかかれば、カストロプ公側に対応の余裕を与えることになります」
「与えてもよろしい」
キルヒアイスの返答は、ためらいなかった。
「対応の余裕を与えても、彼らは採掘弧方面への警戒を強めることはないでしょう。彼らの頭の中では、艦隊の出現はコリドー方向からしか起きないと決まっています。その思い込みの隙間で、我々は動きます。時間がかかっても、住民への被害は最小限にしなければなりません。それが、この任務の本質です」
会議室の幕僚たちは、自分たちの指揮官の言葉を、もう一度心の中で反芻した。「この任務の本質」——それは「カストロプ公爵の排除」ではなく、「住民への被害の最小化」だった。
戦力配分が決定された。
第一段——先遣隊約二十隻。駆逐艦中心の小規模編成に、採掘装置運用の工兵を乗せた輸送艦を加えた隠密部隊。周辺ワープアウト地点からアウトした後、静粛航行で採掘弧に接近し、施設を接収する。
第二段——先遣隊による初期設営が完了した段階で、後続約百隻が同じ周辺ワープアウト地点から合流する。採掘装置の本格運用と、千を超える岩塊の切り出し作業に必要な人手を確保するための部隊。
主力——残る約一三八〇隻。ワープ進入コリドーから堂々と星系に進入し、私設艦隊の主力と正対する位置に展開する。これは陽動だった。マクシミリアン公爵の注意をコリドー方向に固定することで、採掘弧方面の警戒の薄さを、さらに薄くする。一五〇〇隻のうち大多数がこの位置にあるという事実は、カストロプ側の「艦隊は正規航路からしか来ない」という想定を、むしろ補強する効果を持つはずだった。
会議が終わったとき、幕僚たちは退出する前に一礼した。その一礼には、儀礼以上のものが含まれていた。
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五十一
四月一六日。三十三日目。
先遣隊二十隻が、採掘弧側の周辺ワープアウト地点にアウトした。通常航路からは外れた空域であり、カストロプ側の哨戒網は、その方面を軍事的な監視対象としていなかった。二十隻という規模も、検知率を下げる要素の一つだった。大規模艦隊であれば重力波動や大出力の通信によって存在が漏れるが、駆逐艦と輸送艦の小規模編成は、そうした漏洩の総量が少ない。アウト直後から、先遣隊は静粛航行で採掘弧に接近した。
同時刻、主力一三八〇隻はワープ進入コリドーからカストロプ星系に、堂々と進入していた。一五〇〇隻のうち大半がここに集中している——カストロプ側の哨戒網はそのことを確認し、報告を上げた。正規の進入経路からの、正規の艦隊展開。カストロプ側の想定通りの光景だった。想定通りであることが、マクシミリアン公爵側の「艦隊は正規航路からしか来ない」という前提を、むしろ補強した。正規航路以外の方角への注意は、補強された前提の裏側で、むしろ薄くなった。
先遣隊が採掘施設の近傍に到達したのは、その日の夕刻だった。
採掘施設は、軍事施設ではなかった。守備隊は、ごく少数の警備艇のみ。先遣隊の指揮官は、施設管理者との接触を試みた。
「我々はローエングラム元帥閣下の命により、カストロプ公爵の独立画策の鎮圧に向かっております。採掘施設の管理権を一時的に接収します。乗組員の方々の安全は保証いたします。退避をお願いしたい。家族のいる方は、家族と共に避難してください。退避先までの輸送も、我々が手配いたします」
管理者は、しばらく沈黙してから、頷いた。
カストロプ公爵への忠誠心は、採掘船の乗組員たちにとって、それほど強いものではなかった。彼らは契約で雇われた労働者であり、給料の出所がカストロプ公爵であるというだけのことだった。独立画策に巻き込まれて死ぬ理由は、彼らにはなかった。
退避は、半日のうちに完了した。混乱はなかった。
退避が完了した後、大型採掘用レーザー装置が、先遣隊の管理下に入った。
初期設営が完了した段階で、後続約百隻が、同じ周辺ワープアウト地点に合流した。ただし、先遣隊のように一度にアウトしたのではない。後続は数波に分割され、それぞれ低出力でアウトを行った。一度のアウトで発生する重力波動と通信雑音を、検知閾値以下に抑えるためだった。各波は、先遣隊が採掘弧に設置した受動標識——自らは信号を発せず、既存の通信に反応するだけの標識——を頼りに、静粛航行で集結していった。
採掘弧そのものが、検知回避を助けていた。採掘施設の稼働には、本来の通信雑音があった。大型レーザーの排熱、採掘船の動力、鉱物運搬の信号——それらの雑音の中に、後続百隻のアウトと集結は、吸い込まれるように紛れた。カストロプ側の遠距離監視網にとって、採掘弧は「常に一定の工業雑音を発する場所」であり、その雑音が一段階強くなったとしても、異常として切り分けられる閾値には届かなかった。
作業は、すぐに始まった。
採掘用レーザーが、選定された小惑星に照射された。本来であれば、鉱物資源を採取するための分割作業——しかし今回の目的は、効率的な採取ではなかった。小惑星を、首飾りの想定処理能力を上回る数の岩塊に分割すること。航法士官たちは、計算された通りの大きさと速度で、小惑星を細かく砕いていった。
並行して、主力艦隊一三八〇隻は、ワープ進入コリドーから入った位置で、私設艦隊の主力七、八割が偏っているその正対位置に展開した。陽動だった。マクシミリアン公爵の注意を、コリドー方向に固定するための展開だった。
カストロプの私設艦隊は、この動きの意味を計りかねていた。一五〇〇隻——第一次討伐艦隊よりも少ない兵力。コリドーから押し寄せてくるには明らかに不足している。しかも、首飾り型の防衛網が主星を覆っている以上、たとえ数倍の兵力でも、通常の艦隊戦力では到達できない。それは、第一次討伐の経験で証明されていた。
マクシミリアン・フォン・カストロプは、報告を聞いて、短い笑い声を立てたという。
「一五〇〇隻ごときが何をしようとしているのか。我が艦隊は一万隻、しかも主星には首飾りがある。一五〇〇隻で何ができる。コリドーから押し寄せてくるなら、いつでも相手をしてやろう」
公の側近たちは、頷きながらも、内心では別のことを考えていた。一五〇〇隻がコリドー方向で動かないこと自体が、不気味だった。何かを準備している。何を準備しているかは、分からない。しかし——彼らの視線も、自然と、コリドー方向に固定されていた。艦隊がそれ以外の方角から出現する、という可能性を、彼らは選択肢の中に持っていなかった。
採掘弧では、採掘用レーザーが、すでに作業を続けていた。数百、やがて千を超える数の岩塊が、段階的に切り出されていった。コリドー方向の私設艦隊からは、採掘弧の作業はそもそも視野に入っていなかった。主星を挟んだ反対側で行われている、採掘業の日常にすぎなかったからだ。
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五十二
四月一七日。三十四日目。
準備は完了した。
千を超える中型岩塊が、採掘弧から、それぞれ計算された軌道に乗せられた。標的は、コリドー方向に集結している艦隊主力ではない。主星上空の首飾りそのものだった。岩塊の軌道は、採掘弧を出発し、主星を周回する軌道面にゆるやかに進入し、首飾りに到達するように計算されていた。コリドー方向の私設艦隊主力から見れば、本命の岩塊は主星の向こう側から湧いて出てくることになる。
哨戒部隊は、最初の岩塊群を異常として検知した。しかし、それが「攻撃」だと認識するまでに、時間がかかった。彼らの想定では、攻撃はコリドー方向から艦隊として来るものと決まっていた。採掘弧から飛来する物体は、まず「採掘作業の異常か」「小惑星帯の自然現象か」と疑われた。岩塊が首飾りの迎撃範囲に到達するまでに、警報の発令は、決定的な数分遅れた。
最初の岩塊群が、首飾り型防衛網の迎撃範囲に入った。
衛星の主砲が、自動システムによって迎撃を開始した。レーザーが宇宙空間を貫き、岩塊の何個かが破壊された。何個かは。
艦橋のキルヒアイスは、戦闘モニターを見ていた。最初の数秒、迎撃の効率は予想を超えていた。一秒、二秒、三秒——迎撃された岩塊の数が、計算上の想定を上回って積み上がっていく。長年の運用と、おそらく改修の積み重ねが、想定されていた以上の処理能力を生み出していたのかもしれない。
艦橋の通信士官の指が、わずかにキーを押し込んだまま止まった。
足りないかもしれない、という思考が、キルヒアイスの頭をかすめた。それが顔には出なかった。
しかし、その思考は数秒で消えた。
第一の盾がなかった。そして岩塊には脆弱点がなかった。
処理しきれなかった岩塊が、迎撃を抜けた。
最初の衛星に岩塊が命中したのは、攻撃開始から数分後だった。質量と速度の積——それが、衛星の装甲を貫いた。衛星の主砲とは比較にならない規模のエネルギーが、衛星の構造そのものを破壊した。
一基目の衛星が、宇宙空間で崩壊した。
ほぼ同時に、二基目、三基目の衛星にも岩塊が命中していた。連携防衛の前提が崩れた瞬間に、残る衛星の処理能力もまた急激に低下した。互いに援護し合う設計が、援護する側を失えば、ただの個別の防御点に戻る。十二基のうち、最初の十数分のうちに、八基が破壊された。残る四基は、なお迎撃を続けたが、もはや「首飾り」ではなかった。連なっていない、孤立した点だった。
主星上空の防衛網が崩壊した、という報告が、コリドー方向に展開していた私設艦隊の指揮系統に届いたのは、攻撃開始から二十分後だった。
コリドー方向に展開していた私設艦隊の指揮官たちは、最初、その報告を信じなかった。首飾りは破られない——それが、彼らの作戦行動の前提だった。前提が崩れたという報告を受けても、その意味を頭の中で整理するのに、数分を要した。
「主星周辺に、艦隊主力を急行させろ」
マクシミリアン公爵の命令が下りたのは、報告から更に十分後だった。一万隻の艦隊が、コリドー側の展開位置から主星周辺に向けて、移動を開始した。
しかし、移動には時間がかかった。一万隻という艦隊規模をコリドー側から主星周辺まで移動させるのは、数時間の作業だった。
その数時間の間に、二の矢が来た。
外縁の採掘弧から、より大きな本命の小惑星が、複数、同時に投射された。今度の標的は、首飾りではなかった。
軌道計算は、攻撃開始の前から完了していた。計算の精度を、航法士官たちは何度も検証していた。命中位置のずれが居住区域に届く可能性は、ゼロではないが、限りなくゼロに近い数字に絞り込まれていた。一つの計算ミスが八〇〇万人の住民の命に関わるという指揮官の言葉を、士官たちは作業の間中、耳の奥で聞き続けていた。
最初の本命小惑星は、軌道上の宇宙要塞に到達した。要塞の主砲が迎撃を試みた。しかし、本命小惑星は中型岩塊の数十倍の質量を持っていた。要塞の主砲のエネルギーでは、その質量を破壊できなかった。岩塊の表面が削れただけだった。削られた岩塊は、軌道をわずかに変えながら、それでも要塞に到達した。
軌道上の宇宙要塞は、数十秒のうちに崩壊した。
続いて、惑星防衛軌道砲台。続いて、私設艦隊の母港の補給施設。続いて、軌道上の指揮中枢。
主星周辺の戦略インフラが、本命小惑星の連続到達によって、次々に物理的に破壊されていった。それは「攻撃」というよりも、「消去」に近い光景だった。何かが攻めてくるのではなく、ただ物体が落下し、その下にあったものが消える。
そして——同時に、別の本命小惑星が、コリドー側から主星周辺に向けて移動中の私設艦隊主力に向けて投射された。
マクシミリアン公爵は、分散命令を出さなかった。出せなかった、と言うべきかもしれない。首飾りが破られたという報告を受けた瞬間、公爵の頭の中にあったのは、「急行」だった。失われた主星上空の防衛を、艦隊主力で埋めなければならない。分散して到着すれば到着は遅れる。遅れれば主星はさらに損害を受ける。密集したまま急行する、という判断は、緊急性の論理からは正しかった。ただし、その判断は、採掘弧方向から本命小惑星が飛来していることを知らないままの判断だった。公爵の視野にあったのは、コリドー方向のキルヒアイス主力だけだった。コリドーに何もないのだから、後方は安全のはずだった——彼の世界では。
艦隊は移動の途中だった。完全な戦闘配置ではなく、移動隊形だった。一万隻を主星周辺まで最短時間で送り届ける遷移軌道は、力学的に限られていた。首飾り喪失を受けた急行の焦燥が、艦隊全体を同じ軌道面に押し込んでいた。「全速で急行せよ」という命令は、力学的には「全艦が同じ最速軌道を共有せよ」という意味になる。その軌道面の最前列——指揮中枢に近い、最も密度の高い部分——に向けて、本命小惑星の軌道は計算されていた。
艦隊主力の密集した先頭部分に、本命小惑星が到達した。
数百隻の艦が、衝突と衝撃波と破片の連鎖で、ほぼ瞬時に失われた。それは戦闘ではなかった。質量と速度の積による、純粋な物理現象だった。
失われた数百隻の中には、私設艦隊の旗艦群が含まれていた。指揮系統の中枢が、一瞬で消えた。
残った艦隊——七千隻以上はまだ残っていた——は、隊列の中央を失った状態で、混乱した。指揮系統が機能を失えば、一万隻という数字は、ただの数字だった。組織として動くことができない一万隻は、組織としては存在していないのと同じだった。
数時間のうちに、カストロプ公領の主要防衛施設は壊滅した。首飾りは消えた。戦略インフラは物理的に存在しなくなった。艦隊主力の指揮中枢は破壊された。
しかし——民間人の居住区域への直接打撃は、ほぼ回避された。標的の選定の徹底と、軌道計算の慎重さが、その結果を生んでいた。
ほぼ、という留保が必要だった。無害ではなかった。軌道上の宇宙要塞と補給施設を大型小惑星で破壊したことは、大量の二次破片を主星周回軌道上に撒いた。破片の多くは小惑星の残骸と破壊された構造物の断片で、いくつかは周回軌道を保ち、いくつかは減速して大気圏に向かった。主星周回軌道には数日にわたる衝突警報が出され、民間の軌道交通は完全に麻痺した。軌道上の物流拠点の破壊と合わせて、主星の経済活動は数日にわたって停滞した。大気圏に再突入した破片の大半は無人地帯の上空で燃え尽きたが、一部は警報圏内の民間宇宙船に避難を要求し、一部は主星の無人地帯に落下した。居住区域への直接の人的被害は、結果として限定された数字にとどまったが、ゼロではなかった。
「最小化には成功した。しかし、無害ではなかった」——後の報告書で、キルヒアイスはそう自ら書くことになる。
主星上空には、破壊された衛星の残骸と、無秩序に漂う艦隊の残骸が、混じり合っていた。アルテミスの首飾りは、もはや首飾りではなかった。一万隻の私設艦隊もまた、もはや艦隊ではなかった。
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五十三
四月一七日深夜。
カストロプ私設艦隊の生き残った艦の一つ。
防衛網が崩壊した夜、私設艦隊の中で起きたのは、士気の崩壊ではなかった。もっと物理的な何かだった——組織機能の崩壊。
艦隊主力の指揮中枢は、本命小惑星の直撃で、数百隻の旗艦群と共に物理的に消えていた。残った七千隻以上の艦は、互いに連絡を取ることはできても、統一された指揮を受ける手段を失っていた。誰が次の指揮官なのか。それを決める仕組みが、消えていた。
補給拠点も、物理的に消えていた。軌道上の補給施設、母港のドック、軍需品の集積所——本命小惑星の標的になった戦略インフラの中に、艦隊の補給を支える全ての設備が含まれていた。
いくつかの艦は、無人の通信網に向けて、上位指揮官への問い合わせを送り続けた。応答はなかった。応答する側がいなかった。
別のいくつかの艦は、近隣の艦と私的な通信を試みた。「次の命令を待っているのか」「待っていない、待つ相手がいない」「では、どうする」「分からない」——そうした会話が、艦と艦の間で、断片的に交わされた。
ある艦長は、艦内で部下たちを集めた。
「相手は——防衛施設だけを正確に狙った。住民の居住区域への直接打撃は、ほとんどなかった。我々の艦隊主力には致命的な打撃を与えたが、それも軍事目標としての打撃だった。これがどういう意味か、考えなければならん」
ある若い士官が、唇を湿してから問うた。
「艦長、それは——降伏すべきだ、という意味でしょうか」
艦長は、即答しなかった。数秒の沈黙の後、低い声で答えた。
「そうは言っていない。ただ、相手が我々を皆殺しにするつもりではなかった、という事実は、我々の次の判断に関わる。それだけのことだ」
艦長は、部下たちの顔を一人ずつ見た。顔の中には、若い者も、老いた者もいた。
「補給品の残量を、もう一度計算してくれ。それから、近隣の艦の通信を拾えるだけ拾ってくれ。指揮系統が再建される見込みは、ない。しかし我々がこれから何をするかは、まだ決まっていない」
部下たちは敬礼して、それぞれの持ち場に戻った。
別の艦では、艦長と副長が、補給品の残量計算をしていた。結論は単純だった。あと十日。十日経てば、戦闘継続は物理的に不可能になる。その十日の間に、指揮系統が再建される見込みは——なかった。
「十日」
副長が、小さく繰り返した。
「十日後に、我々はただの動かない箱になる。箱になる前に、判断しなければならない」
艦長は頷いた。しかし頷くことが、判断の代わりにはならなかった。十日という時間は、判断するのに十分な時間のようで、同時にあまりにも短かった。この艦と、周辺の艦と、そして指揮系統を失った七千隻以上のすべての艦長が、同じ十日を目の前にしていた。
崩壊するための組織そのものが、物理的に存在しなくなっていた。残った艦が取れる選択肢は、降伏か、逃走か、あるいは無秩序な抵抗か——その三つしかなかった。
四月一八日。三十五日目。
キルヒアイスの主力一三八〇隻が、機動展開を開始した。
戦闘そのものは小規模だった。指揮系統を失った艦は、単独で抵抗するか、降伏するか、逃走するかを、それぞれの艦長の判断で選んだ。組織としての反撃はなかった。降伏勧告に応じた艦は降伏を受け入れ、最後まで抵抗したいくつかの艦は短時間のうちに無力化された。逃走する艦は、追わなかった。
カストロプ公マクシミリアン・フォン・カストロプは、自らの破滅を認識した。
最期は、宮殿の奥で訪れた。誰が手を下したのかは、後日の調査でも完全には特定されなかった。複数の人間が関わっていた可能性もあった。確かなのは、公爵の側近たちのうちの誰かが、最後の局面で、公爵を生かしておくことの方が自分たちにとって不利だと判断した、ということだけだった。降伏した者の罪を、生きた公爵は許せまい——側近たちはそう恐れたのかもしれない。あるいは、宮廷の処罰から自分たちの首を救うためには、公爵の首を差し出す方が確実だと計算したのかもしれない。理由は一つではなかっただろう。
残った私設艦隊の指揮官たちは、ローエングラム軍に降伏した。
キルヒアイスは、降伏した指揮官たちの即時処刑を行わなかった。
「公爵に追従した者の処分は、後日、宮廷の判断にお任せします。今は、混乱の収拾が優先です」
カストロプ公爵の領地は接収され、宮廷の管理下に入った。八〇〇万人の住民への直接の人的被害は、限定された数字にとどまった。ただし、軌道デブリと物流麻痺の影響は、その後も数日続いた。
その夜、旗艦の一室で、キルヒアイスは作戦の終了報告書を書いていた。
ペンが、一度だけ、止まった。
今回は、一致した。次回もそうとは限らない。それだけのことだった。
ペンを動かし始める前に、キルヒアイスは窓の外を見た。窓の外には、星々の沈黙があった。その沈黙の向こう、はるか遠い場所に、ラインハルトがいる。元帥府で地図の前に立ち、組織を動かしているラインハルトが。
戦場で剣を振るうのは、自分の役目だった。
キルヒアイスは、ペンを動かし始めた。
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五十四
四月一九日。三十六日目。
オーディン、元帥府。
カストロプ鎮圧完了の報告が、元帥府に届いた。
ラインハルトは、報告書を二度読んだ。それから、控室の中央の卓上に置いた。
ロイエンタールが、入室してきた。彼はイゼルローン回廊からオーディンに戻る途上で、報告を受けたところだった。卓上の報告書を手に取り、片眉を上げた。
「私設艦隊の配置の偏りを突いて、採掘弧の方向から首飾りに飽和攻撃を仕掛けた——?」
「そう書いてある」
ラインハルトの返答は、短かった。
ロイエンタールは、報告書のページをめくった。何度かめくり、数字と図表を読み、そして再びページをめくった。
「一五〇〇隻で。一万隻のカストロプ私設艦隊と、首飾りの存在を承知の上で——艦隊の薄い側を見つけ、首飾りを単独で対処させ、その後で艦隊主力の指揮中枢を直接小惑星で討ち取った。一の矢で防御網を、二の矢で艦隊そのものを。発想そのものが、軍学校では教えていない。前例のない戦術だ。これは、ただの幸運ではない。一五〇〇隻という、第一次討伐よりも少ない制約が、むしろ彼の創造性を引き出したのかもしれない」
ロイエンタールは、報告書を卓上に戻した。それ以上は何も言わなかった。アスターテ会戦の後、急速に閣下の傍で重きを増していくこの赤毛の青年について、ロイエンタールは長く判断を保留してきた。今、その保留を解いた——それだけのことだった。
別の声が、控室に入ってきた。
オーベルシュタインが、報告書のもう一つのコピーを手にしていた。彼の義眼は、いつもの通り、表情を持たなかった。
「採掘設備の軍事転用、艦隊配置の偏りを突いた迂回攻撃、首飾り突破後の艦隊主力中枢への直撃、民間人被害の最小化——四つの要素を同時に成立させた論理は、評価できます。次回も再現可能な戦術として、教範に加える価値があります」
ロイエンタールが、わずかに視線をオーベルシュタインに向けた。
オーベルシュタインは、もう一つ付け加えた。
「閣下。今回の戦果は、フェザーン経由で同盟側にも遠からず伝わるでしょう。同盟内部で『首都防衛にはアルテミスの首飾りで十分』と主張してきた一派——ヤン・ウェンリー少将の報告書に対抗してきた人々——の論拠は、これで完全に崩れます。彼らはこれまで、首飾りが破られた前例がないことを根拠に主張を続けていました。今、その前例ができました。しかも、寡兵で」
ラインハルトは、報告書から顔を上げた。
「ヤン・ウェンリーの議論を、こちらが実証してやった、というわけか」
「結果として、そういうことになります」
オーベルシュタインの声は、いつもの通り平坦だった。
ラインハルトは、しばらく黙っていた。それから、低い声で言った。
「あの男にとっては、また一つ、自分の論理が自分を縛る材料が増えたわけだな」
ロイエンタールは、ラインハルトとオーベルシュタインのやりとりを、片眉を上げて聞いていた。彼はヤン・ウェンリーという人物について、それほど詳しくは知らなかった。ただ、ラインハルトとオーベルシュタインの両方が、その名前を口にする時の、ある種の重みは感じていた。
ラインハルトは、卓上の報告書に視線を戻した。
報告書の中の一文に、ラインハルトの目が一瞬、留まった。「艦隊配置の偏りを突き、採掘弧の方向から飽和攻撃を仕掛けた」——その短い記述。
それは、かつて自分が思いつくような種類の戦術だった。アスターテで自ら艦隊を率いた、あのラインハルトであれば、思いついたかもしれない。状況を見て、利用できるものを見つけ、前例のない方法で勝つ。それは、ラインハルト自身がこれまで何度もやってきたことだった。
しかし今回それを思いついたのは、自分ではなかった。キルヒアイスだった。
ラインハルトは、その事実を、わずかに——本当にわずかに——意識した。それは嫉妬ではなかった。後悔でもなかった。ただ、距離だった。元帥府で地図の前に立つ自分と、戦場で剣を振るうキルヒアイスとの、少しずつ広がっていく距離。
その距離を、ラインハルトはまだ、どう受け止めるべきか決めていなかった。
「キルヒアイスに伝えてくれ」
ラインハルトは、ロイエンタールとオーベルシュタインの両方に向けて、短く言った。
「よくやった、と」
その一言が、ラインハルトからキルヒアイスへの感謝のすべてだった。長年の友人に対する感謝というより、自分の代わりに戦場に出た指揮官に対する、軍人としての感謝だった。
窓の外では、オーディンの空が暮れかかっていた。元帥府の窓からは、帝都の整然とした街並みが見えていた。遠くの方に、夕陽の最後の光が、建物の角を縁取っていた。
ラインハルトは、その光を見ていなかった。彼の視線は、卓上の報告書の上に止まったままだった。
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五十五
四月二〇日。「門の日」から三十七日目。
カストロプ星系、旗艦《バルバロッサ》。
降伏処理と統治引き継ぎの実務の中で、キルヒアイスのもとに、元帥府からの暗号通信が届いた。ラインハルト自筆の短い書状が添えられていた。
中将への昇進辞令。本日付。カストロプ動乱平定の功績による。辞令の末尾にはリヒテンラーデ公の承認印——元帥叙任式の前に一括で取り付けられていた初期幕僚人事承認の枠内に、キルヒアイスの昇進も含まれていた。
——お前が引き受けてくれなければ、この任務は今日の形では終わらなかった。お前に渡した一五〇〇隻は、他の誰にも渡せない兵力だった。中将の階級は、その事実に対する、帝国軍としての承認だ。受け取ってくれ。
キルヒアイスは、書状を二度読んだ。
「中将」
その階級を、彼は口の中で一度だけ転がした。喜びは、意外なほど薄かった。昨夜書いた一行——今回は、一致した。次回もそうとは限らない——が、辞令と並んで、等しい重さで彼の中にあった。
キルヒアイスは机に向かい、返信用の端末に短い文を打ち込んだ。
——辞令、拝領いたしました。頂戴した階級を、次の任務で恥じぬよう務めます。御書状の内容は、心に刻みます。ジークフリード・キルヒアイス。
それだけだった。「感謝」とも「光栄」とも書かなかった。書けば嘘になる種類の言葉を、キルヒアイスは意図的に避けた。ラインハルトは、この簡潔さの意味を読み取るだろう。読み取ってくれる相手でなければ、こんな書き方はできなかった。
返信を送信した後、キルヒアイスは窓の外を見た。カストロプの主星を背景に、破壊された防衛網の残骸が漂っていた。その向こうに、星々の沈黙が広がっていた。その沈黙の向こう、遠いオーディンで、ラインハルトが元帥府の地図の前に立っている。
同じ宇宙の下で、同じ時刻に、二人は違う光景を見ていた。
カストロプ公領の状況およびカストロプとキルヒアイスとの戦闘は、OVA版と道原かつみ漫画版をミックスしてみました。