深淵の門—銀河英雄伝説異聞   作:でてこ@子(dc1394)

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第二十七話「両陣営の評価」

百三十八

 

宇宙暦七九六年七月三日 オーディン・ローエングラム元帥府

 

 報告書は、すでに何度も読み返されていた。

 

 ラインハルトは、机の上に広げられた戦況の総括に、もう一度目を落とした。イゼルローン要塞主砲トゥールハンマーの修復期間、最低一年。要塞駐留艦隊の損耗、軽微。叛乱軍の撤退完了。叛乱軍の戦死者、確認されず。

 

 数字は、静かだった。

 

 静かであるがゆえに、意味は重かった。

 

 「一年だ」

 

 ラインハルトは、窓の外を見たまま言った。窓の外には、オーディンの夏の光があった。

 

 「一年間、トゥールハンマーは使えない。要塞の主砲は沈黙する。その間、イゼルローン回廊の帝国側の防衛は、駐留艦隊だけに委ねられる」

 

 キルヒアイスは、机の反対側に立っていた。

 

 「ですが、ラインハルト様。回廊が抜かれたわけではありません」

 

 「そうだ。回廊は、まだこちらの手にある」

 

 ラインハルトは、窓から離れ、机に戻った。

 

 「だが、あの男は、回廊を抜こうとはしなかった。要塞を奪おうとも、回廊を封鎖しようともしなかった。トゥールハンマーを、一年だけ使えなくした。それだけだ」

 

 キルヒアイスは、しばらく黙ってから言った。

 

 「奪取すれば、守備に一個艦隊を割かねばなりません」

 

 「ああ。奪えば、縛られる。あの男は、縛られることを避けた」

 

 ラインハルトは、報告書の数字を指で軽く叩いた。

 

 門のことが、彼の頭の中にあった。オーディンとハイネセンを直結する、あの空間の裂け目。あれが開いた日から、回廊の意味は変わった。要塞を奪っても、門を通れば、互いの首都は直接脅かされる。

 

 だから、あの男は奪わなかった。

 

 一年の無力化。軽い手ではない。だが、占領と保持に比べれば、はるかに軽い。しかも、帝国側にはその一年を埋める責任だけが残る。

 

 「これは、敗北ではない」

 

 ラインハルトは言った。

 

 「だが、勝利でもない。一年の後退だ。駐留艦隊が健在である以上、こちらの戦略的な優位は、まだ崩れていない。だが、かつての絶対的な優位は、もうない」

 

 キルヒアイスは頷いた。

 

 「ヤン・ウェンリー、でしたか」

 

 「そうだ」

 

 ラインハルトは、その名を、もう一度口の中で繰り返した。

 

 アスターテで一度。イゼルローンで、もう一度。

 

 同じ男に、こちらの想定を越えられた。

 

 「戦わずに、戦場を閉じる男だ。装置も持たずに、こちらの判断を縛る男だ。——魔術師、と呼ぶ者が出るだろうな」

 

 彼は、椅子の背に身を預けた。

 

 「だが、魔術ではない。人間の判断と訓練と準備の積み重ねだ。その精度が、こちらの想像を超えているだけだ」

 

 キルヒアイスは、それ以上、何も言わなかった。

 

 窓の外の光が、机の上の報告書を照らしていた。ラインハルトは、その光の中で、まだ見ぬ敵将のことを考えていた。

 

---

 

百三十九

 

宇宙暦七九六年七月三日 イゼルローン要塞宙域・駐留艦隊旗艦

 

 ロイエンタールは、報告書の最後の一行を、書き終えようとしていた。

 

 戦況の経過は、すでに記し終えていた。トゥールハンマーの無力化。叛乱軍の撤退。自艦隊の損耗の軽微。残るのは、敵将に関する評価の一行だった。

 

 彼は、端末の前で、指を止めた。

 

 公式の報告書に記す呼称は、決まっている。「叛乱軍の指揮官」。それが、帝国軍の文書における、敵将の標準的な呼び方だった。

 

 ロイエンタールは、その一行を打ち込んだ。

 

 「本作戦における叛乱軍の指揮官の用兵は、極めて高度であった」

 

 打ち込んだ後、彼は、一瞬、画面を見つめた。

 

 その一瞬の間に、別の呼び方が、彼の頭の中をよぎった。攻撃命令を発する寸前で、要塞司令部の通信に遮られた、あの瞬間に呼んだ名。

 

 ヤン。

 

 彼は、その名を、報告書には書かなかった。書く必要のないことだった。公式の文書に、指揮官個人の名を、敵将への私的な認識とともに記すことは、彼の職務ではない。

 

 ロイエンタールは、報告書を保存した。画面の中の「叛乱軍の指揮官」という文字列は、淡々としていた。そこには、彼が心の中で抱いた認識の何も、残っていなかった。

 

 彼は、端末を閉じた。

 

 艦橋の外には、イゼルローン要塞の巨大な球体が見えていた。主砲を一年間失った要塞。だが、その威容は、変わらずそこにあった。

 

 ロイエンタールは、しばらく、その要塞を見ていた。それから、艦橋を出た。彼の表情からは、何も読み取れなかった。

 

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百四十

 

宇宙暦七九六年七月四日 オーディン・ブラウンシュヴァイク公爵邸

 

 給仕が、銀の盆に乗せたグラスを運んできた。

 

 フレーゲル男爵は、そのグラスを手に取り、一口飲んでから、口を開いた。

 

 「ローエングラム伯は、辺境の防衛に失敗した」

 

 部屋の中には、数人の貴族がいた。彼らは、ブラウンシュヴァイク公爵を囲むように座っていた。

 

 「金髪の孺子が派遣した艦隊が、要塞の主砲を一年も使えなくした。これは、あの男の戦略の失敗だ。リヒテンラーデ侯と結んで権勢を振るっているが、辺境一つ守れぬのが、あの男の実力よ」

 

 フレーゲルの声には、隠しきれない満足があった。

 

 ブラウンシュヴァイク公爵は、グラスを片手に、しばらく黙っていた。それから、ゆっくりと言った。

 

 「フレーゲル。今は、その時期ではない」

 

 フレーゲルは、公爵の方を見た。

 

 「しかし、伯父上——」

 

 「あの男の失態を、声高に唱えたところで、何が変わる。要塞の主砲が戻るわけでもない。叛乱軍が引いた以上、帝国の体面は保たれている。今、ローエングラム伯を攻撃すれば、かえって我々が、帝国の危機に乗じて内輪揉めをしている、と見られる」

 

 ブラウンシュヴァイク公爵は、グラスを置いた。

 

 「機を待て。あの男の足元が、本当に揺らぐ時が来る。その時まで、力を蓄えておくのだ」

 

 フレーゲルは、不満げな表情を浮かべたが、それ以上は言わなかった。

 

 部屋の中の貴族たちは、互いに視線を交わした。そこにあるのは、まだ組織だった決意ではなかった。だが、宮廷の表側とは別の場所で、小さな不満が、同じ方向を向き始めていた。

 

 窓の外には、オーディンの貴族街の、整然とした街並みが広がっていた。その街並みは、長い年月、変わらずそこにあった。貴族たちは、それが、これからも変わらずあり続けると信じていた。

 

---

 

百四十一

 

宇宙暦七九六年七月七日 オーディン・国務尚書官邸

 

 リヒテンラーデ侯爵は、机の上の二通の人事案を、並べて見ていた。

 

 シュトックハウゼンとゼークトの更迭は、すでに決定していた。両者は、それぞれ別の報告書を提出し、その中で相手の責任を強調していた。だが、リヒテンラーデにとって、どちらの責任がより重いかは、本質的な問題ではなかった。

 

 要塞主砲を一年失った。

 

 その結果に対して、誰かが責任を取らねばならない。それだけのことだった。

 

 問題は、後任だった。

 

 リヒテンラーデは、一通目の人事案を手に取った。駐留艦隊司令官の後任。

 

 その名には、フォン・ベルガー大将、とあった。

 

 ベルガーのことは、知っていた。名ばかりの貧乏貴族の出だ。家格は低い。先祖が辺境で小さな領地を与えられた、それだけの家柄。本人は、その出自にもかかわらず、実力で大将まで昇進した。艦隊運用の手腕は、軍内部でも高く評価されている。政治的な野心は、ほとんど聞かない。ただ、軍務に忠実な男だった。

 

 要塞主砲を一年失った今、イゼルローン回廊の帝国側の防衛は、駐留艦隊だけが頼りだった。その駐留艦隊を、家格だけの凡庸な貴族に委ねるわけにはいかない。

 

 ベルガーは、その条件を満たす。実力で選ぶなら、彼以外にいない。

 

 だが、リヒテンラーデは、二通目の人事案を手に取った。要塞司令官の後任。

 

 その名には、フォン・ファルケンベルク大将、とあった。

 

 ファルケンベルクは、門閥貴族の名門の出だった。その家柄は、ベルガーとは比べものにならない。本人も、それなりに有能ではある。だが、リヒテンラーデが彼を要塞司令官に推すのは、その有能さのためだけではなかった。

 

 門閥貴族の不満を、宥める必要があった。ローエングラム伯が派遣した艦隊が要塞主砲を失わせた——この一件で、門閥貴族は、リヒテンラーデとローエングラム伯の連携に、攻撃の材料を見出そうとしている。ここで、門閥貴族の名門を要塞司令官に据えれば、貴族たちの顔は立つ。彼らの不満は、いくらか和らぐ。

 

 軍事の要は、実力者に。政治の看板は、名門に。

 

 リヒテンラーデは、二通の人事案を、机の上に並べた。

 

 ふと、一つの懸念が、彼の頭をよぎった。

 

 ベルガーは、貧乏貴族の出だ。ファルケンベルクは、名門の出だ。この二人は、着任して初めて顔を合わせることになる。家格を重んじるファルケンベルクが、ベルガーをどう扱うか。

 

 要塞司令官と駐留艦隊司令官は、同格だ。どちらが上位でもない。要塞防衛と艦隊運用は、緊密に連携してこそ機能する。だが、その連携は、二人の関係が円滑であってこそだ。

 

 リヒテンラーデは、その思考を、途中で止めた。

 

 今は、そこまで気にかけている余裕はなかった。

 

 宮廷の奥には、別の不安があった。公の議題にはまだ上がらないが、玉座の周辺に漂い始めている不安。健康、継承、誰もまだ正面から口にしたがらない空白。

 

 辺境の人事の、二人の将官の相性まで、完璧に見極めている余裕は、今の彼にはなかった。

 

 リヒテンラーデは、二通の人事案に署名した。

 

 フォン・ベルガー大将を、イゼルローン要塞駐留艦隊司令官に。フォン・ファルケンベルク大将を、イゼルローン要塞司令官に。

 

 署名を終えると、彼は、窓の外を見た。オーディンの街は、夏の光の中にあった。その光景は、いつもと変わらなかった。

 

 だが、リヒテンラーデは、その変わらなさの中に、何か、底の見えない不安を感じていた。彼は、その不安の正体を、まだ言葉にしなかった。

 

---

 

百四十二

 

宇宙暦七九六年七月八日 ハイネセン・統合作戦本部・本部長執務室

 

 シトレ元帥は、ヤンの提出した戦況報告書を、机の上に置いていた。

 

 「よくやった、と言うべきなんだろうな」

 

 シトレは、報告書に目を落としたまま言った。

 

 ヤンは、机の前に立っていた。

 

 「結果として、トゥールハンマーを一年無力化できました。味方の損失は、ほとんどありませんでした」

 

 「ほとんど、か」

 

 シトレは、顔を上げた。

 

 ヤンは、すぐには答えなかった。報告書の末尾には、「カール・シュナイダー技術中佐は、九十分の経過後、解除コードを入力せずに自決したと推定される」と書かれている。その一行のことを、シトレもヤンも、知っていた。

 

 「一人、死にました」

 

 ヤンは、静かに言った。

 

 「同盟軍の戦死者ではありません。要塞内部で、誰にも知られないまま死んだ協力者です。私は、彼の顔を知りません。名前と、彼が残した言葉と、彼の選択が成立する作戦の組み立て方を、知っているだけです」

 

 シトレは、しばらく黙ってから言った。

 

 「彼のことは、機密扱いで保管されている。彼の家族にも、同盟側からは何も伝えられない。それが、彼自身の意志だった」

 

 「承知しています」

 

 二人の間に、短い沈黙が流れた。

 

 シトレは、別の書類を手に取った。

 

 「中将昇進の件だ。正式な辞令は、近く届く。トゥールハンマー一年無力化、味方の損失の最小化、艦隊戦を回避しての撤退完遂——この戦功に対して、軍は中将への昇進を決定した」

 

 ヤンは、頷いた。彼の表情には、特に喜びの色はなかった。

 

 「ありがとうございます」

 

 「礼を言われることでもない。当然の評価だ」

 

 シトレは、書類を置いた。そして、少し間を置いてから、別の話を始めた。

 

 「もう一つ、伝えておくことがある。トリューニヒト国防委員長が、記者会見を開いた。トゥールハンマー無力化を、同盟の偉大な戦果として喧伝している。市民は沸いているそうだ」

 

 ヤンの表情が、わずかに曇った。

 

 「私の名も、出ているのですか」

 

 「出ている。『魔術師ヤン』という呼び名まで、すでに広まり始めている」

 

 シトレは、ヤンの表情を見て、軽く息を吐いた。

 

 「君を巻き込みたくはないが、巻き込まれるのを完全に防ぐことは、私にもできない。君の戦果が大きすぎる。大きな戦果は、政治に利用される。それが、この国の仕組みだ」

 

 ヤンは、何も言わなかった。

 

 シトレは、立ち上がった。

 

 「それから——これは、まだ正式な話ではない」

 

 彼は、窓の方へ歩きながら言った。

 

 「作戦本部の一部に、強硬論が出始めている。フォーク准将を中心とした連中だ。『トゥールハンマーを無力化できたのだから、次は駐留艦隊を叩けば、軍事バランスは一気に均衡する』——そういう声が、紙になる前の段階で漂い始めている」

 

 ヤンは、シトレの背中を見た。

 

 「私の戦果が、です」

 

 「そうだ。君が要塞主砲を無力化したという事実が、『次もできる』という期待を生んでいる。皮肉なものだな。君は、できるだけ犠牲を少なくしようとした。その結果が、もっと大きな作戦への期待になっている」

 

 シトレは、振り返らずに言った。

 

 「今日のところは、これで終わりだ。下がっていい」

 

 ヤンは、姿勢を正した。

 

 「失礼します」

 

 彼は、執務室を出た。

 

 扉が閉まった後、ヤンは、廊下で、一瞬立ち止まった。それから、自分の執務室の方へ、歩き始めた。

 

 彼の机の上には、飲みかけの紅茶のカップが、置いたままになっていた。執務室に戻り、彼はそのカップに手を伸ばした。紅茶は、すっかり冷めていた。

 

---

 

百四十三

 

宇宙暦七九六年七月十二日 ハイネセン・ヤンの執務室

 

 辞令は、四日後に届いた。

 

 ヤンは、その封書を、机の上で開いた。

 

 「ヤン・ウェンリー、中将への昇進を命ずる」

 

 文面は、簡潔だった。昇進の理由として、此度の戦功が、短い字句で記されていた。

 

 ヤンは、その文面を、一度、最後まで読んだ。

 

 中将。アスターテで准将から少将に昇進し、今度は中将になる。彼自身が望んだことではなかった。彼は、軍人としての出世に、ほとんど関心がなかった。歴史を学び、静かに暮らすことが、彼の本来の望みだった。だが、戦争は、彼にそれを許さなかった。

 

 彼は、辞令に記された戦功を、もう一度、目で追った。

 

 トゥールハンマー一年無力化。その背後には、シェーンコップ隊の白兵戦があった。ローゼンリッターの隊員たちは、一人も欠けずに帰還した。軽傷者だけだった。アッテンボロー別働隊も、損失はなかった。「接近しては距離を取り、接近しては距離を取る」戦法で、駐留艦隊主力を引きつけながら、被害を出さなかった。

 

 死者、重傷者なし。軽傷者のみ。

 

 その戦功の評価の中に、一人の男の死は、含まれていなかった。

 

 カール・シュナイダー。三年間、同盟軍の協力者として、要塞の内部で働き続けた男。反重力炉干渉爆薬という、存在しない兵器のハッタリで、九十分の手出し禁止を勝ち取り、その九十分が過ぎた後、解除コードを入力せずに、自決した——と、推定される男。

 

 ヤンは、その男の顔を知らない。

 

 自分は中将になった。だが、シュナイダーは、要塞の内部で、誰にも知られないまま死んだ。彼の名は、機密の中に封じられ、彼の家族にすら、真実は届かない。同盟の市民は、「魔術師ヤン」の戦果に沸いている。だが、その戦果を本当に支えた一人の男のことを、誰も知らない。

 

 ヤンは、辞令を、机の上に置いた。

 

 彼は、窓の外を見た。ハイネセンの空は、晴れていた。

 

 その時、シトレの言葉が、彼の頭の中に戻ってきた。

 

 ——次は駐留艦隊を叩けば、軍事バランスは一気に均衡する。

 

 まだ、紙になっていない声だ、とシトレは言った。だが、ヤンには、それが紙にならないまま消えるとは思えなかった。

 

 彼は、戦争の論理を、知っていた。一つの成功は、次の成功への期待を生む。小さな勝利は、より大きな勝利への要求を生む。

 

 トゥールハンマーが沈黙しているうちに、駐留艦隊を叩く。

 

 言葉にすれば、それだけだった。その短さが、かえって恐ろしかった。短い言葉ほど、会議室では扱いやすい。扱いやすい言葉ほど、人を動かしやすい。

 

 その作戦を実行する指揮官として、最も期待されるのは——「魔術師ヤン」だった。

 

 ヤンは、窓の外の空を見ながら、考えた。

 

 自分が犠牲を少なくしようとしたことが、もっと大きな作戦への期待を生んでいる。自分が「魔術師」と呼ばれることが、自分を、次の、もっと重い作戦へと縛りつけようとしている。

 

 駐留艦隊を叩く。それは、要塞機能を一人の死で奪った今回の作戦とは、まったく性質が異なる。今回、彼が守ろうとしたのは、一人でも多くの命だった。シュナイダー一人の死で、艦隊戦を回避し、何千、何万という将兵の死を避けた。だが、次の作戦は、その何千、何万の命を、今度は数として消す作戦になるかもしれない。

 

 ヤンは、その作戦を命じられた時に、断れるだろうか。

 

 中将に昇進した自分が。「魔術師」と呼ばれ始めた自分が。市民の期待を背負い始めた自分が。

 

 彼は、答えを持っていなかった。

 

 窓の外の空は、変わらず晴れていた。だが、ヤンは、その晴れた空の向こうに、まだ形を成していない、しかし確実に近づきつつある、次の戦いの影を見ていた。

 

 彼は、机の上の辞令に、もう一度、目を落とした。「ヤン・ウェンリー、中将への昇進を命ずる」。その一行は、栄誉の証であると同時に、彼にとっては、避けがたい次の戦いへの、招待状でもあった。

 

 ヤンは、辞令を、引き出しの中に、静かにしまった。




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