スケベがオラリオを救いに行くらしい。   作:竹馬噺

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 タイトル変えたンゴ。


三話【スケベなんだよなぁ】

 

 大通りの真昼時の喧騒は色めく様で、賑わいに視界は塗られてしまった。

 様々な店が呼び込みをする声と、飯屋から漂ってくる美味そうな匂い。そして何より──美女が行き交う素晴らしい景色には脱帽ものだった。

 

「70、44、1、52、5、16、23、33……馬鹿なッ、92、90、88、91だとっ!?」

 

 ディーは馬車の中から景色を眺め、思わず戦慄する。

 見よ、あのエッチなる肌面積率を。

 あれでは、下着でグズグズしていたアスフィがうぶな処女の様ではないか。

 

「──今、とてつもなく侮辱された気がするのですが?」

 

 後ろから不機嫌そうな少女──アスフィの声が聞こえてくる。そんな事はない、素晴らしい個性だと思っただけだ。

 

「気にすんなアスフィ、歩みは人それぞれだ」

「まず、あの踊り子から目を離して言いましょうか」

 

 それは無理な相談である。

 なんせ彼女は何がとは言わないが、99なのだ。

 露出多めのアマゾネスと違い、ただのヒューマンなのに99なのだ。

 セッ◯スが服を着ずに歩いている様なものだ。

 意味わからん、なぜ捕まっていない?

 

「なんだ、あの……なんだあれ?ひ、ヒモ?ヒモなのかっ?あのヒモみてぇなのが服だとでもいうのかっ!?あれがオラリオ最新の流行なのか!?」

「違います」

 

 お姉さんの勇姿に、エロよりも先に尊敬が来てしまう。

 何が凄いって、あのヒモが肌色な事だ。裸と変わらないという領域を飛び越え、裸にしか見えない領域に辿り着いている。

 

「さすがオラリオ、ずいぶん未来を見てやがる…………あっ、憲兵!エッチなお姉さんが憲兵にっ!」

「当然の結末ですね」

「ああっ!お姉さんがゴツい色黒男性二人組にムリヤリ連れて──行かれない!?ナンパされているッ!!」

「当然の結ま──嘘でしょう!?」

 

 嘘じゃない、マジだ。

 憲兵はお姉さんの肩に手を置き、和やかに談笑をしている。

 遠目に見ても連行の際の緊迫感は見られず、それどころか憲兵の口はだらしなく緩んでいる。

 お姉さんはその後、憲兵二人を逆両手に花をして人混みの中に消えていった。

 私は喰われるのではない、こちらからご馳走してやるのだ。そう言わんばかりに。

 

「いやァ、いいの見れたぜ……これが、オラリオ」

「違いますからね?」

 

 いや、違わないでほしい。あれが正しくあれ。

 

「アテル、今の」

『……ん、【項目:スケベなんだよなぁ】で記録している……』

「グゥーッド」

 

 ディーに返事をしたのは、アテルと呼ばれる宙に浮遊する黒色の装丁の本。

 血管の様な筋が赤く脈打つ悍ましい表紙に反し、大人しい少女の様な声音で、とても眠たげな話し方をしている。

 

「あのお姉さんは後でゆっくり見返すとして……ホントいい時に起きてくれて助かったわ」

『当然……私は、相棒』

 

 アテルは喜ぶ様に、少しパタパタと表紙を開閉させた。

 自らをディーの相棒を名乗るアテルは、意思ある特殊な魔道具だ。

 様々な【来訪者】の知識を蓄えているだけではなく、光景を記録保存し、紙面に浮かばせる事が出来る力には幾度となく助けられている。

 おかげさまで、一人寝の夜のお供に困る事は一度も無かった。

 二人のやり取りを見て、アスフィは呆れる様にため息を吐いた。

 

「まったく……初めてのオラリオなのに、見るところがそれで良いんですか?」

「馬車の移動風景じゃ限界があるからなァ……本番はまたにする予定だ」

『一応……風景全体の記録も取っている』

「おっ、よしよし。いい子だ」

 

 ディーはそう言うと、アテルを抱っこして再び外へ目を向ける。一応、それなりに真面目に観察ぜねばならないだろう。

 ディーはヘルメス・ファミリアのアジトから出たあと、再び馬車に揺られていた。

 オラリオを出るわけではなく、オラリオ内を移動するだけの馬車移動。馬車での移動が珍しくない程にオラリオが広いと聞いた時には流石に驚いた。

 依頼主のアストレア・ファミリアはオラリオの北区に拠点(ホーム)を構えており、ヘルメス・ファミリアのアジトとは真反対に位置していて、どうせ馬車で行くならと気楽に都市観光と洒落込んでいたのだ。

 初めて訪れたオラリオは、どこを見ても誰を見ても新鮮で心が躍る。

 

 曰く、英雄の都。

 曰く、世界の中心。

 曰く、世界都市。

 

 今までオラリオと殆ど関わらずに生きてきたが、名前と逸話は良く知っていた。まさか、全く誇張の無い表現だとは思わなかったが。

 巨大な迷宮に蓋をする様に築かれたオラリオは、様々な人種、物、神が入り乱れていた。統一感なんてものは一つも見当たらず、今までの旅の記憶を攫っても比類するものは一つも思い浮かばなかった。

 大国の首都の様な壮大さとも、芸術都市の様な秀麗さとも、殺戮闘国の様な熱気とも違う、全てを高次元で内包するが故の『混沌』がオラリオにはあった。

 

「にしても、やっぱり多いな──冒険者」

「迷宮と並ぶオラリオの名物ですからね」

『まるで……人が……ゴミ……むにゃ』

 

 ディーの独り言の様な言葉に反応したアスフィ自身も、冒険者の一人だ。

 先ほどから剣や盾、斧に弓、大きな背嚢を背負った人物が群れをなして歩いている様子を何度も目にしたが、市民が彼等に向ける感情は『冒険者が歩いている』程度のもので、恐怖や畏怖、気負いの感情がまるで見当たらない。オラリオは暴力を持つ者への基本的な認識や距離感が、他所とは明らかに違うと感じた。

 

 オラリオ特有の職業である冒険者。

 

 彼らは迷宮に潜り、貴重な素材や怪物を倒して魔石を得るのを生業としていて、総じて一定以上の暴力を有している。

 冒険者が迷宮に何を求めるかは人それぞれだが、やはり寝物語で聞く様な英雄に憧れる者が多いらしい。

 彼らは怪物がひしめく迷宮へと潜り、戦い、栄光を掴むために進み続ける。その過程で得た経験値(エクセリア)で自身に刻まれる恩恵を強化していき、やがて一騎当千の英雄と成り上がる。

 その鍵を握るのは、恩恵を飛躍的に強化するランクアップ。

 恩恵にはLvがあり、皆最初はLv.1から始まってランクアップと共にLv.を上昇させる。

 ランクアップの強化は絶大で、レベル差を覆す事は非常に困難だ。

 恩恵の基本である力、耐久、器用、敏捷、魔力の各項目の数値がどれほど高まっていても、これが覆る事はない。

 【勇者(ブレイバー)】【九魔姫(ナイン・ヘル)】【猛者】【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)……オラリオで英雄と呼ばれる冒険者は総じてランクアップを繰り返すことでLvを高めていて、多くの冒険者達は彼らの後に続かんと冒険を繰り返す。

 だが、咲ける花となるのはいつだって一握りだ。

 冒険者の大抵は過酷な現実という壁と非才な己の情けなさに腐るか、腐る前に怪物の餌となって消えていってしまう。

 数多の試練を乗り越えて、冒険の果てに此処を夢叶う舞台とするか、或いは、憧憬を供養する墓場とするかは、結局の所、全て自分次第だろう。

 

「……俺の夢も、叶うのかね」

「……ディー?」

「ん〜?なんでもねェ」

 

 ディーは景色から視線を外し、積まれている木箱に座り直す。

 すぐにアスフィと目があったので、パチリと目配せすると、冷めた視線が帰ってきた。

 照れ屋さん、発見。お話しよう。聞きたいこともあるのだ。

 

「なぁアスフィ、リュー・……リュカオンってどんな奴なんだ?」

「リュー・リオンですよ。ュカは何処から来たんですか……て、知らないんですか?」

「おう」

 

 アスフィが意外そうな表情で見つめてきたので、ディーはこくりと頷く。

 残念ながら、今日が初耳だ。

 

「ヘルメスに聞いても、『カワイイ子だよ!ディーと相性良いと思うな!』しか言わなかったからな。カワイイしか分かってねぇ」

「ふーむ、オラリオで有名でも、都市外全体が知ってるのわけではないという事ですね……」

「そうそう、俺が知ってるのはアストレア・ファミリアという母体だけだな」

 

 あれは確か、半年前だったか。

 

『アストレア・ファミリアが『静寂』を打ち倒した!』

 

 そう、宗主国(ラキア)がオラリオに忍ばせている間諜が興奮気味に報告してきた様子は、今でもはっきりと思い出せる。

 

「ラキアにいた時、噂や報告でよく聞いたぞ。そうだなァ──」

 

 ディーはそう言うと、思い出す様に口を開いた。

 

 アストレア・ファミリアの名が広く知れ渡ったのは、冒険者達とオラリオ陥落を目論む闇派閥が総力を掛けて争った死の七日間──【正邪決戦】での出来事が要因だった。

 手段を選ばず抗争を激化させる闇派閥との一大決戦は、現在最強の都市派閥であるロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアがなす術もなく一蹴されるという絶望から始まった。

 仕掛け人(フィクサー)は闇派閥が引き入れた、とある邪神。

 彼が用意したのは、まさしく最悪の敵だった。

 去り行く時代の後ろ髪、かつて語られた頂点達の残響──ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの生き残り、【静寂】と【悪食】。

 その最強の片割れ、【静寂】とアストレア・ファミリアは激突。派閥の団員総出の総力戦だった。

 彼女達は互いに一歩も譲らない死闘を繰り広げ──果てに、星の乙女達は【静寂】を打ち倒すに至ったのだ。

 

 

「──これが俺の知るアストレア・ファミリアについての情報だな」

 

 あとは治安維持の為に、市街で憲兵をしているくらいだろうか?

 一通り話し終えたディーがふう、と息を吐き、アスフィの表情を窺うと、彼女はうんうんと頷いていた。

 どうやら情報に齟齬はないらしい。

 

「なんだ、それなりに詳しいじゃないですか」

「詳しいんじゃァない、誰でも知れる表層的な情報を記憶しているだけだ……」

「いますよね、会話をややこしくする事を賢いって勘違いしてる人」

「いきなり刺すねぇ!?そんなに鼻についたか!?」

「冗談です」

 

 アスフィはくすりと花が綻ぶように笑う。くそ、記録したかった。

 

「ですが、そうですね……リュー・リオンについてですか」

 

 アスフィは顎に手を当てて、思案げに視線を彷徨わせてから口を開いた。

 

「公的には、アストレア・ファミリアに所属している冒険者として知られています。『疾風』という二つ名は都市全体に広まっていますね。派閥自体が正義を掲げて市街の治安維持の為に警邏活動を行っている影響もあって、市民達から多くの信頼と尊敬を集めている人物と言えるでしょう」

 

 次に、とアスフィは区切ると、先程よりも柔らかな表情に変わる。

 

「私個人の感想ですが……とても正義感が強く、実直で生真面目なエルフという印象です。どんなに辛い現実があっても、悩んだり、苦しみながらも答えを探すのを諦めない……そんな人です」

「へぇー、かなりの高評価じゃねぇか」

「共に戦い、死戦を乗り越えましたしね。戦友と思っています……個人的に気も合いますしね」

「俺におっぱい押し付けてお願いするくらいに?」

「…………」

 

 呼び出しの時の頼み方を思い出したのか、アスフィは少し頬を赤らめて目をそらした。かわいい。

 しかし、物珍しげに眺めていると、恥ずかしかったのか、んんっ!と咳払いをして元に戻してしまった。残念だ。

 

「別に、戦友だからと感情的な理由だけの行動ではありません。オラリオにとって重大な問題だと判断できたから、ああ(・・)したんです」

「そうは言っても、よくいる冒険者のうちの一人だろ?いくら戦闘力が高いとしても重大ってほどじゃ……」

「いいえ、重大です」

 

 アスフィはきっぱりと断じる。

 真剣な瞳と目が合い、思わず背筋が伸びる。

 

「大抗争から半年経った今でも、アストレア・ファミリアは今のオラリオにとって『正義』の象徴であり、悪から市民を守る『安寧』の証でもあります。そんな派閥の中心人物が崩れては、市民感情と治安の面で非常に不味いと、私とヘルメス様の意見が一致しています。しかも今は【来訪者】絡みの事件だけではなく、彼らと結びついた闇派閥が不穏な動きを見せていて、隙を晒すリスクが上がっています。そもそも、半年前からのグール対策で市民からの冒険者への感情がだんだんと悪化してきているこの状況下で、数少ない支持を得られる冒険者が──」

「──分かった、一旦止まれ。覚えられねぇ」

 

 ディーはまて、と手を突き出してアスフィの語りを止める。

 何故か説教を受けているような気がした上に、言った通り覚えられない。鼓膜を揺らした情報の殆どが、既に忘れられている。

 要は、リューとやらが大事って事だけ分かれば良いはずだ。

 

「他所から呼んでまでって事は、充分伝わったから。安心して任せやがれ」

「……はい、頼りにしています」

 

 アスフィはこくりと頷くが、その表情は何処か言いようのない不安を抱えている表情だった。

 まるで、流行に疎い父親が言った通りの物を買ってこれるかを疑う少女が如きの瞳である。

 失礼な。

 

「何だァ?アスフィちゃんはもしかして俺を信じられねぇのか?こ生意気な奴め。チューすんぞ」

「チューしたら馬車から投げます……いえ、そうではなくてですね。貴方の仕事に不安は無いんですけど、猛烈に拗れる気配がして不安というか、何というか……」

 

 うーん、とアスフィは唸る。

 一応ヘルメスからは相性が良いとのお墨付きをもらっているというのに、何が不安だというのだろうか。

 

「……ともかく、治療を確実にする事に集中してください。言っては悪いですが、その他は二の次でいいですから」

「あいよぉ」

 

 ディーは大人しく頷く。

 別に依頼の放棄をする気はないし、きっちりと要望に応えるつもりだ。ただ、場合によって喧嘩するかもしれないだけで。

 思っている事を察したのか、アスフィはもう、と溜息を吐くと、ディーの抱える黒本へと視線を向けた。

 

「アテルも……気が向いたらご主人のフォローをしてあげて下さいね。相棒なんでしょう?」

『………………すぅ』

「…………」

 

 寝ている。

 さっきから反応が無いと思っていたが、お眠の時間だったようだ。自分に似て欲求に素直なようで何よりである。

 アスフィはそのままじっとアテルを見つめると、不思議そうに首を傾げた。

 

「……人は脳を休めますが、本は寝て何を休めるのでしょうね?」

「んー……知らん」

 

 本々(ほんにん)に聞いてくれ。




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