【三章開始】いずれ神成る恋物語-天使と悪魔とラブコメ生活- 作:ビスマルク
人間同士の戦いの跡とは思えない痕跡がそこには残っていた。周囲のビルはあちこちに大穴が空いており、窓ガラスの多くは割れるか罅が入っている。道路はコンクリートが砕かれ、大きなクレーターに異形から姿を戻った少年が気を失っている。
「あれがドッペル……。あれが、沢渡リョウ……。エル様が、選んだ男……」
悪魔と契約し、自身の“欲望”で身体を強化した少年。悪魔に誑かされ、その力によって肉体を変異させた少年。二人の殴り合いが終わった後も私はそこで立ち尽くしていた。
私にとって沢渡リョウとは、エル・ライトガーデンという神童を誑かさす男に過ぎなかった。幼い頃から憧れ、いつか追いつくのを諦めてしまったあの方を弱くする弱所でしかないと。“愛”を得る為に仕方ないと思いつつ、いつも苦々しく思っていたことは確かだ。
その少年がこれまで何体も上級悪魔を倒してきた正体不明の悪魔契約者だとは考えもしなかった。沢渡リョウは既にこの場から走り去った。倒れている少年を頼んで先に進んだ。
エル様の栄光の道を邪魔するとるに足らない人間、そのはずなのに私は彼が行く戦場についていくことも出来ない。
「違った、邪魔をしてたのは私だった……」
あの方のことを想い、その言葉に嘘偽りが一切なかった。どこまでも自分と相手に真っ直ぐでそれを曲げることが出来ない少年。それが沢渡リョウなのだとこの短時間で分からされた。
「私は、刺したのに。それについて何も言わなかった」
異形になった少年を攻撃したのは罪滅ぼしの気持ちから。エル様の想いを守る為に、沢渡リョウを犠牲にしないためにドッペルを殺すことを私は決めて実行した。そのドッペルこそがエル様の想い人である可能性を全く考えないで。結果として私はあの方を壊しかけた。あの人間を慕う大勢を苦しませ悲しませた。
ここで会えたのは偶然。『炎天渇奪』の邪魔をしなくてはいけないとずっと身を潜めていたら偶然見つけることが出来た。急いでいたようだからせめて、再び立ち上がったあの人間の手伝いをしようと思い異形化した少年が絶対に避けられないタイミングで“炎槍”を放ち貫こうとした。
「私が邪魔したせいで、痛い思いをしたのに」
傷つけたことではなく、男同士の決闘に横槍を入れた事だけをひたすらに怒っていた。同じ少女を好きになった男同士として決着をつけると言って殴り合いを続けた。殴り合い、それが成立していたのは沢渡リョウがそうしていただけだということに今更ながら気付いた。
「ドッペルとしての経験とあの身体能力なら振り回すだけの腕なんて余裕で躱せるはず」
私でも出来ると断言出来る。同時にあの大振りを食らえば痛いでは済まないということも。上級悪魔を何体も相手にして来たドッペルがそんなことに気付かないはずもない。あれは沢渡リョウが望んだことで、それを分かっていたから隣にいた部下の悪魔も邪魔をしなかったのだ。
(私は結局邪魔でしかなくて、何の役にも立つことは出来なかった)
乾いた笑みが浮かび、空虚な笑い声が喉から出てくる。自分が情けなくて恥ずかしくて、今にも消えてしまいたい。
憧れたと言いつつ私はエル様はを見ていなかった。エル様を追いかけ続けていたのはシルフィ様だけだった。エル様は、ずっと対等な存在がいなかったのだと今更ながらに思い知った。
その孤独をどうやって埋めてきたのか、幼い頃のたった一日の思い出があの方を支えていた。その一日に縋るしかないくらいあの方は普通だったのに、それに気づかなかった自分が憎い。
「――――あー、誰か、そこにいんのか……?」
「え……?」
弱々しく聞こえてきた声は真新しいクレーターの真ん中から。要するに、先程まで異形化していた少年の声だった。竜崎と呼ばれていた彼は大の字で倒れている。未だに異形化していた痕跡が残っているが大部分はもう人間の状態だ。
沢渡リョウにあの少年のことを任されたことを今更思い出しすぐに駆け寄る。どうやら怪我自体はそう大したことはなさそうだ。悪魔の力が流れ込んでいるせいなのか怪我の治りが早い。
「アンタは……さっき炎の槍を投げてきた天使?ってやつだよな」
「……ええ、私は中級天使のヒャン・フレイムです。先程は、申し訳ありませんでした」
「別に構わねぇよ。アンタの仕事だったんだろ。さっきまでの俺は明らかに正気じゃなかったししょうがねぇよ」
そう言ってカラカラと笑う。顔が真っ赤に腫れあがっているのにどこか表情が晴れ晴れしている。まるで憑き物が落ちたようなそんな顔。
「……俺ぁ、ライトガーデンが好きだった。一目惚れだったんだ。初めて、あんなに綺麗な物を見た気がして、自分の物にしたかった」
「……………………」
「だから告白して、見事に振られちまった。好きな人がいるから無理ですって、はっきり言われてよ。ストーカーって言われるかもしれねぇけど、学校でずっと見てたんだ」
「それで、沢渡リョウを知ったと」
僅かに動かせる首を盾に動かすことで肯定する。同時に私と彼は似た者同士なのだと気付き憐憫の想いを持ってしまう。真っ直ぐ気持ちを伝えて、それでも諦められなかった彼と何も伝えず良かれと思ってあの方の大事な存在を傷つけた私が同じであるはずがないのに。
「最初は、ただの優男だと思った。でも意外と鍛えててよ、男女分け隔てなく仲良くして成績だって悪くねぇ。完璧ってわけじゃねぇが、それでもあの性格ならライトガーデンに好かれても仕方ないって思った。でも、アイツの周りには他にも女がいた。しかも明らかにアイツに好意を持ってる」
シルフィ様の事だろう。だが沢渡リョウの性格を考えれば他にも慕情を持つ人間はいるのかもしれない。ちゃんと見てきた竜崎が言うならきっとそれは正しい。
「それがどうしても許せなくて。周囲に当たるとか馬鹿みたいなことして。そんなことで振り向かれる事なんてありえないのに、俺は間違い続けた。結局俺はここに来るまで間違えばっかだった」
「……そうかもしれないわね。悪魔に魅入られたとはいえ、人を傷つけようとした」
「でもアイツは俺が正しいって言ったんだよ。間違っているのは自分で、俺の言葉の方が正しいって。そう言われて……救われた気分になっちまった」
分かる気がする。自分でも間違えたと怖くなる決断を正しいと断じられることがどれほど救われるか。気付けば竜崎の目からは涙が流れていた。
「俺は正しくてアイツは間違えで。それでもアイツは間違えを押し通そうとしてた。それだけ本気で好きなんだって言ってて、素直に負けたと思った。あんだけライトガーデンのことを強く想ってる奴になら負けてもしょうがないってそう思った」
しっかりと失恋できたとそう言って笑っている。失恋したことに対する痛みはあるのだろう。エル様を好きになる気持ちは分かる。だって綺麗で、可憐で、凄くて、それでいて優しいから。その想いが謝絶されたらショックだろう。そしてその結果間違いを犯したことを悔いてしまうのも分かる。
「それでも自分の中で区切りをつけられたのであればそれは幸いなのだと思う。私は私の間違いにどう向き合えばいいのか分からないから、少し羨ましいわ」
「それなら謝ればいいんじゃねぇか。許してもらえないかもしれないけどよ。俺も馬鹿みたいに絡んだ連中に謝らなきゃいけねぇからおんなじだよ」
「でも、許してもらえるとは思えないわ」
「許す許さないは相手が決めることだからな。でも、それは謝らない理由にはならないだろ」
確かにそうだと思う。必ず許してもらえると確信している謝罪に意味はない。許してもらえないかもしれないという恐怖を抱えて、それでもするからこそ謝罪の言葉には価値がある。
沢渡リョウに任された以上竜崎をこの場にはおいていけない。私は彼を抱えて羽を広げ沢渡リョウが目的地としていたショッピングモールへ向かう。せめてその決着を見ないといけないと思ったから。横抱きした竜崎が色々と叫んでいたが無視させてもらう。
ショッピングモールの中はところどころに炎が上がっており、悪魔の能力を感じる。間違いなくこの場は『炎天渇奪』の領域なのだと気を引き締める。結末を見届けるのと竜崎を守る、両方やらないといけないが覚悟は出来ている。
そのまま人のいないショッピングモールを進んでいき、大きな広間に出る。そこには太陽を小型化したかのような火球があり、そのすぐ傍に沢渡リョウがいた。
火球が弾けるように消えて、その中心から金色の美しい髪に
「リョウちゃん!!!」
彼女はそのままの勢いで沢渡リョウに抱き着こうとする。沢渡リョウもまた彼女を受け入れる為に両腕を広げて、二人は熱い抱擁を交わし―――――
「死ねやクソ悪魔がァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
「ぶげっ!?」
抱き着かれた勢いのまま沢渡リョウは抱えた金髪悪魔をバックドロップの要領で地面に叩きつけてその頭を地面にめり込ませていた。
横抱きしていた竜崎もまた私と同じ顔をしていただろう。あの、今は感動的な再開だったはずなのでは……?
ヒャンと竜崎が絡むと想像した人は誰かいるだろうか。
俺も予想してなかったゾ。
今回の曇らせは良かったか?
-
最高だった
-
良いと思う
-
もっと時間をかけて欲しい
-
絶望が足りてない
-
もっと序盤で見たかった