ようこそ名を消した男がいる教室へ 作:217円
数日後、高度育成高等学校。校門前にて
「ここです、青龍。」
黄麟の一声と共に、黒塗りのリムジンが停車する。どうやらご到着の様だ。
……ここが高度育成高等学校か、資料は軽く目を通したけど、随分とデカイな。
「この車を降りれば、既に高度育成高等学校の敷地内です。」
車内の窓から外を覗いてみれば、自分と同じ制服を着た生徒達が校門を潜っている姿が見える。この人達みんなこの学校の生徒なのか……
「送迎ありがとうごさいます。それでは、俺はこれで。」
「あ、その前に、少々お待ちを。」
早速車から降りようとすると、運転席にいる黄麟から待ったが掛かった。何だってんだ?
「忘れ物はない筈ですが……前貰った端末も鞄もしっかり持ってますよ。」
「いえ、そうではありません。私とした事が……これを渡し忘れていました。どうぞ、我らへの連絡用です。」
黄麟から手渡されたのは、何処にでも有るような黒いスマートフォンだった。あ、そう言えば確かに連絡用の端末は貰ってなかったな。
「ありがとうございます。今後はこれで例の『監視役』に電話する形で?」
「ええ、お願いします。……では、どうぞ行ってらっしゃいませ。」
黄麟に一言礼を言うと、今度こそ俺は車のドアを開き、学校の敷地内へと足を踏み入れる。
学校……か。
桜が舞い、肩に付いた花弁を払いながら、奇妙な感覚を胸に抱く。決して嫌な感覚ではない、何処か心が躍るような熱くも苦しみはない、奇妙な感覚。
そうだった。俺、今まで学校とか通った事ないんだった。
一応エージェントとして全く無知でいる訳にはいかないし、一派からはある程度の教養は習ったけど、背丈や年齢が同じ位の人達と学校って存在に通うなんて……数日前まで任務三昧の毎日を送っていた俺には正直思いもしなかった。
思い返して見れば10歳からエージェントとしての仕事を初め、来る日も来る日も破壊と暴力の日々、正直俺もエージェントとしての日々には疲れた。
この任務が終われば、俺は晴れて引退だ。そうなったら俺は大道寺の首輪も外れ、無事カタギの仲間入りって事になる。そしてこの学校の生徒で居る間は、俺はそのカタギの人達と一緒に過ごす事になる。……きっと勉強以外にも得られる物は沢山あるだろう。
任務の期間は今日から卒業するまでの三年間。この学校の簡単な内部情報を一派に教えるだけの仕事だ。『力仕事』みたいな失敗のリスクも特にない。
……確かに任務も大事だけど、俺もここに居る間は羽目を外して良いのかな。
校門を潜り、徒然なるままに足を進める。すると何やら生徒達が掲示板らしき物の前に集まっているのが見えた。覗いてみると、クラス分けが張り出されているみたいだ。
「えっと…… 俺の学籍番号は……お、あった。」
学校から支給された端末で学生証を確認しながら、張り紙を見てみると、割りと直ぐに自分が何処のクラスなのか分かった。
えーっと、俺はDクラスか。
◇
「Dクラス、ここか……」
無駄に長い廊下を渡り、やっと1-Dの教室へと到着した。ここに来てから思っていたが、やっぱり校舎が広い。幸い遅刻はしなかったが、ここまで付くのに割りと時間を食ってしまった。……迷子になりかけたし。
流石に初日からコレじゃ先が思いやられるな。……でも、まぁそこは慣れるしかないか。恐るべし巨大迷宮。
しかしここが教室か……この部屋の中にこれから俺と一緒にいるクラスメイトがいる。つまり俺と同年代のカタギの奴ら。カタギと話すなんて、いつぶりだろうか。
恐る恐る教室のドアを開くと、壁越しに籠っていたクラスメイト達の声が、クリアになって耳に入る。
ここが……俺の教室。……一年後、この教室は俺にとってどんな場所になっているのかな。
気が早すぎるだろう事を思いつつ、教室へ入ってみれば、黒板の代わりだろうホワイトボードに学籍番号が羅列されている小さな紙が張られていた。なにやら席順の様だ。
「また学籍番号か……俺の席は一番窓際、後ろから……二番目か。」
張り紙にあった通りの席へ、俺は向かう。その時偶然にも教室の隅に設置されていた魚眼型のレンズと目が合った。
ここにも監視カメラか……随分多いな。
この教室だけでも10台以上、見渡してみれば死角が無い様に様々な角度に設置されている。
そういえば廊下もそうだった。迷子になった時に偶然見つけたけど、幾ら国立と言ってもこの数の多さで防犯だけが用途というのは少し苦しい。……となると一番考えられる用途はやはり『監視役』の仕業か? いや、こんな台数を俺一人の為だけに設置するか? それともこの学校の創設者である鬼島による物か? 何はともあれこれは一派に報告だな。
しかし、黄麟さんが言っていた『監視役』ってのはどんな人なんだ? 話では『黄麟より真っ直ぐでサバサバしている人』だって聞いてるけど……実際に話だけでは解らない。もし小心者で俺を24時間体勢で監視ししないと気が済まない奴だったら? それによってこのカメラの数が何なのか変わってくる。
いや、流石に色々考えすぎか。
どっしりと自分の席である椅子に腰を落とす。この学校について色々知りたい事はあるけど、今考えても仕方ない。
この学校について内部情報を調べて一派に逐一報告する。これが今回俺に課せられた任務だ。といってもカルト村とか犯罪組織とかではなく、幾ら鬼島が設立したとは言え、今どれほどの関係性が有るのかも解らない、ただの国立の高校。『監視役』云々は別として、そんなに肩肘張らなくても良い仕事だ。一派もきっと今回の任務は『カタギとして生きる為の予行練習』云々として引退する俺に任せたのだろう。
それに3年間の制約付きとはいえ、折角の娑婆だ。しかも高校生としての身分付きで。任務のついでとは言え、この空気をゆっくり吸うのも悪くはないだろう。
すると、黒いスーツを着た女性教師が入って来た。どうやらこのクラスの担任の様だ。
「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝だ。普段は日本史を担当している。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前たち全員と学ぶことになると思う、よろしく。今から一時間後に入学式が体育館で行われるが、その前にこの学校のルールについて書かれた資料を配らせてもらう。以前入学案内と一緒に配布してあるがな。」
茶柱佐枝。どうやらこの女子が私達のクラスの担任らしい。しかしこの先生、胸元開きすぎだろ。思わず目がそっちに行ってしまう。うん……開いているのは自信の現れかと思ったけど、確かに大きいな……
「施設内では機械にこのカードを通すか、提示することで使用可能だ。使い方はシンプルだから迷うことはないだろう。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員に平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある。これ以上の説明は不要だろう。」
端末に表示された10万という数値にクラスのほぼ全員が喜びの声を上げる。流石国立の学校と言った所か。随分リッチな学校と思ったがまさか10万とは。でもこれって国の税金から出た者だろ? 大人たちが苦労して支払った税金を子供たちの小遣いにするのは、少しいたたまれない気持ちになる。まぁ俺、生まれてから戸籍無いし、税金納めてないけど。
「ポイントの支給額が多いことに驚いたか? この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちにはそれだけの価値と可能性があると言うことだ。だが無理矢理カツアゲするような真似だけはするなよ。学校はいじめ問題にだけは敏感だからな。こちらからは以上だ、質問があれば受け付けるが何かあるか?」
しかし、ポイントが金の代わりとは何か胡散臭いな。電子マネー化が進んでいるとはいえ、何か気味悪い。このポイントの事も、カメラの事も気になる事は山積みだけど、今は取り敢えず様子を見よう。流石に大道寺とは気付かれないと思うけど、下手に絡むと変に疑われる可能性もある。
「それでは君達のこれからの学園生活に期待する。」
茶柱先生はそう説明を締めると速足に教室を去ってしまった。ここからは生徒同士の時間と言う事だろう。
そんな事を考えてると、少し離れた席で一人の男子生徒が立ち上がった。
「みんな、折角同じクラスになったんだ。これから自己紹介をしないかい? 僕は平田洋介。基本的に運動が好きでサッカー部に入ろうと思ってるよ。これから宜しく」
何だか女子達が騒がしい。やっぱり彼が顔が整ったイケメンだからだろうか。決して嫉妬なんてしていない。決して、絶対に。
その後何人かが自己紹介を済ませると、一人の女子生徒が立ち上がる。
「次は私だねっ。私は櫛田桔梗と言います。中学からの友達は一人も進学していないので1人ぼっちです。だから早く顔と名前を覚えて、友達になりたいと思っています。」
なにこの子可愛い。……めっちゃええ女やん。
櫛田桔梗。そう名乗った彼女は一言で例えるなら『美少女』という言葉だけで十分解るだろう。それくらい顔が整った女だ。だが周りを見てみれば皆櫛田と同じくらい容姿の整った、可愛らしい子ばかり。
それにあの胸の膨らみ……胸の揺れ……これが娑婆の女なのか……
思い返せば同年代の女と関わる機会なんて今までなかった。毎日戦いに駆り出され来る日も命懸けの任務ばかり。今のみたく学校に行く余裕もなく、常に俺を囲む者は年上の大人たちばかりだった。
その結果俺は年頃の15歳だというのに、録な遊びも知らず、恋も愛も女も知らない奴へと成り果てた。カタギになればこういった事も知っておいた方が良いだろうし、何より俺は女……いや、一人でも俺を愛してくれる人が欲しい。今まで全く無縁で物語の中でしか知らない本物の恋愛を知りたい。
その為にもこの自己紹介はきっと重要なイベントなのだろう。気合いを入れないと。あ、でも失敗しても笑いを取れればインパクトは残せるんじゃないかな。さっきやっていた池君って人が上手く周りを掴めていたし。
そんな事を考えていると俺の前の席の生徒が立ち上がった。考え事をしている間に、俺の順番はすぐもう近くに来ていたらしい。次は俺の番か。まぁあくまでこの自己紹介は挨拶みたいな物。仮に失敗しても池君みたく掴みが上手ければどうにかなる。それ程肩を張って考える事じゃ無い、気楽に行こう。
「それじゃあ次の人、良いかな。」
内心ビビりまくっている俺の気も知らず、無慈悲な平田の声が聞こえて来る。仕方ない、この際腹を括るしかないか。俺は緊張をどうにか殺しつつ、席から立つ。俺も男だ。
「えっと……青島龍我です。趣味は……えっと……格闘技です。皆さんと仲良くできたらと思います。よろしくお願いします。」
青島龍我ーー黄麟さんがこの学校に潜入するに当たって俺につけてくれた偽名だ。何とか噛まずに言えた事に安堵しつつ、名乗り慣れてない名を言ったむず痒さを感じる。
瞬間、周りから『格闘技ってスゲー』とか『結構カッコよくない?』とかチラホラと声が上がる。ぶっちゃけ趣味に関してはずっと戦っていた事もあって、特に趣味はない。けど無趣味というのもアレだし。パッと思い付いただけだ。でもこういった反応を返してくれると、悪い気はしない。どうやら上手く行ったようだ
でも俺のこの名前は偽名。きっと周りの奴らは自分の親に付けられた名を名乗れる。俺は生まれてから今までずっと『青龍』だった。何か嘘を吐いている様な気がして落ち着かない。
そんな事を思い、顔を顰めながら周りの生徒を見ていると、ある疑問が頭に過った。
綾小路篤臣の息子もこの学校にいるのか? 黄麟から聞くに俺と同じ学年で入学したみたいだけど、ひょっとしたら他のクラスか?
奴の息子に関しても一応俺は密命を受けている。……と言ってもこれは『暇があったら』の話。
綾小路篤臣の息子、綾小路清隆は見つけ次第……
「えー…えっと、綾小路清隆です。その、えー‥‥‥得意な事は特には有りませんが、皆と仲良くなれる様に頑張りますので…えー、よろしくお願いします。」
ーーー え?
一応主人公の腕っぷしは真島の兄さん位かな?
前話から予想より感想来いて嬉しかったです。
引き続き感想、評価等よろしくお願い致します。
青龍君の喧嘩の腕っぷしはどの位が良い?
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桐生ちゃん、冴島レベル
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真島の兄さんレベル
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秋山、八神レベル