盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~ 作:上山マヤ
「それでは、あの巨大に融合したモンスターを倒したのは、あなただと?」
王都の騒乱から数日後。
応接室のソファーで、魔法協会の使者が疑念と期待の入り混じった顔で身を乗り出していた。
「いかにも! このブルトン家当主、ジャック・ブルトンの画期的な成果で間違いない!」
ジャックは胸を張り、大げさな身振りで堂々と宣言した。
(おっさん、ノリノリだな……)
俺は部屋の隅で、お茶を濁しながらその様子を眺めていた。
「水晶花にマナを吸収させ、意図的な流動現象を引き起こしたのだ。賭けではあったがな」
「素晴らしい! その研究、ぜひとも我々魔法協会にも一枚噛ませて頂きたい!」
「やぶさかではない。しかし、これは非常に崇高な研究だ。さらに発展させるには、それなりの研究資金が必要になるが?」
「ええ、もちろん! 協会の方で十分に用意いたしましょう!」
(しっかり金取んのかよ。そして払うのかよ、魔法協会)
貴族のハッタリと商魂のたくましさに、俺は呆れを通り越して感心してしまった。
◇ ◇ ◇
使者が満足げに帰った後、俺はジャックに声をかけた。
「上手くいったみたいですね」
「全く、途中から自分が何をしゃべっているのか分からなくなったぞ」
ジャックはソファーに深く背を預け、ふうっと息を吐いた。
「しかし、本来ならラクン先生の偉大な名声となるはずなのだ。私の手柄にしてしまって気が引けるがな」 「その割には、ずいぶんノリノリに見えましたけど」
「すべては、ラクン先生が魔法協会の連中に目を付けられないためだからな」
ジャックが真面目な顔で答える。
水晶花を咲かせる技術。
そして、ラクンの歌の力。
それが公になれば、ラクンは魔法協会に"研究対象"として連れ去られ、自由を奪われかねない。
ルードのように。
「俺は決して、先生の手柄を横取りして私腹を肥やした訳じゃありませんからね!」
ジャックはラクンに向かって、空高く弁明した。
彼なりの、大人としての責任の取り方であり、優しさなのかもしれない。
「酒が、飲みたい」
いつの間にか足元にいたラクンが、服の裾を引いてポツリと要求する。
「ただちにご用意します! ルネぇ!」
「お任せください。極上のメスター酒です」
使用人のルネが、最初から用意していたかのようにグラスを持って現れた。
◇ ◇ ◇
屋敷の屋根の上。
見晴らしの良い屋根の頂上で、ユラは1人、夕焼けに染まる王都の街並みを眺めていた。
「高いところが好きなの?」
俺が声をかけながら隣に腰を下ろすと、彼女は少しだけ目を細めた。
「……そうかも」
「ケルー、我もー」
下からラクンが短い手を伸ばしてアピールしてくる。
俺はラクンの脇に手を入れ、ひょいっと抱きかかえて屋根に引き上げた。
「ラクンは高いところ、平気か?」
「少し、怖い」
ラクンは恐る恐る足を伸ばし、屋根の感触を確かめる。
「ちゃんと掴まってて。滑るから」
「おお……」
そう言って、ラクンは俺ではなく、隣にいたユラの手をギュッと両手で掴んだ。
(……俺じゃないんだ)
ちょっと寂しい気持ちになりつつも、2人が寄り添う姿を見て自然と頬が緩む。
「高いところから見る夕日も、悪くないな」
俺は空を見上げる。
これまでの旅で、地平線に沈む夕日を何度も一緒に見てきた。
荒野で、雪山で、そして王都で。
「……ユラの復讐は、これで果たせたと思う」
俺が静かに口にすると、ユラはピクリと肩を揺らした。
「ルードはユラが見つけて、ユラが追い詰めたんだ」
だから、もう彼女が手を汚す必要はどこにもない。
これで終わりにできる。
「ルードはもう、きっと何もできないよ」
「……そうね」
ユラが小さく頷く。
夕風に揺れる彼女の横顔は、憑き物が落ちたように穏やかで、綺麗だった。
(ルードは、間違いなくクソ野郎だった)
人の命を何とも思わず、自分の狂った思想のために世界を壊そうとした。
でも、あいつが言っていた"予定調和の世界"という言葉。
マナ結晶の恩恵による安定と停滞。
俺がこの異世界で感じていた"違和感"とは、少し違っていたかもしれない。
それでも、あんな思想の持ち主じゃなかったら……お互いの世界の見え方について、もっと普通に話し合えることもあったのかもしれない。
俺はこの世界のルールを、まだよく知らない。
だからこそ、自分で確かめに行くしかない。
「ラクンは、これからどうしたい?」
「我は、同胞を、探す」
ユラの手を握ったまま、ラクンが力強く答える。
ラクンはオークの女王とゴブリンの族長から、同胞を見つけたら支援するように言われていた。
それはラクンを旅立たせるための方便だったのかもしれない。
けれど、彼女にとっては使命となった。
「それじゃ、色んなところを旅しないとな」
「うむ!」
その時、懐のエナックが小さく光る。
メッセージの受信を知らせるサインだ。
「モーリンからだ」
「カホンのギルドマスター?」
「うん。調べて欲しいことがあるって」
画面には短いメッセージと、マップの座標が記されていた。
「王都での依頼?」
「いや、ここからずっと西の方だな。……なんか変わった村があるらしいんだ。そこを見てきてほしいって」
「……王都のことも、まだ全然回りきれてないのに」
ユラが呆れたように笑いながら、でもどこか楽しそうに尻尾を揺らす。
「ジャックの家なら、タダで、寝れるぞ」
ラクンが、この快適な居候生活を惜しむように呟く。
俺たちはその言葉に思わず声を出して笑った。
居心地のいい場所ができた。
頼れる仲間も、帰る家もある。
だからこそ、俺は自分の足で、もっと広い世界を見てみたいと思うんだ。
「それじゃ……準備しようか」
大きく伸びをする。
沈みゆく夕日に別れを告げる。
「ラクンが旅に出るって聞くと、ジャックが驚きそうね」
「過保護だからな、あのおっさんは」
「ぬい、持っていく」