個性:奇跡を起こす程度の能力 作:弱小妖怪
また、今話の祝詞は創作祝詞ですので、詳しい方がいらっしゃれば過誤等指摘してくださると助かります。
「 掛け巻くも畏き 乾を司り坐す八坂大神 坤を領き坐す洩矢大神の大前に 守矢の社に仕へ奉る 東風谷早苗 恐み恐みも白さく 」
さて、祓詞を唱えて神饌や玉串、参列者を祓い清め。
斎主としての一拝の後に本殿の御扉を開け。
献饌も終え、私は祝詞の奏上を始めた。
「 天地の恵みによりて 春深み 遅桜の今を盛りと咲き匂ふ 此の麗しき時に 」
そうしていると、私のことを見守ってくださる神奈子様、諏訪子様の御気配に、ふと、昔のことが思い出された。
「 世の人等 皆等しく 新しき年度を迎え奉るにあたりて 」
──守矢の愛しき祝子よ。東風谷早苗の名を冠し、されど東風谷早苗ならざる奇跡の寵児よ。私達は外の世界を遥か昔に見限った。故にお前に信仰を強制する謂れはなく、道を定める由もない。……だから、好きに生きていいのよ?
──そうそう。勿論信仰してくれたら嬉しいけどね、早苗が幸せになるのが一番だよ。
守矢神社の
「 今日の生日の足日に 大神の御恵を仰ぎ奉りて 」
然もありなん。畢竟、私は影法師。理由はよく分かっていないけれど、”個性”の性質によって遠い遠い御先祖様に引かれてしまうらしい。神様曰く、あらゆる価値観にバイアスが掛かってしまうとか何とか。
とは言え、影響下から逸脱することも十分に可能らしい。だから、信仰に囚われず、自由にしろと言いたかったのだろうけど。
「 豊葦原の瑞穂の国の 豊かなるを祈る祭りは 既に厳かに仕へ奉りしが 」
私は、荘厳で恰好良くて美人で、けれど本物の家族のようにフランクに接してくれる神奈子様も。普段はちょっぴりだらしないけれど、愛情たっぷりに気に掛けてくれる諏訪子様のことも大好きなのだ。
だからこそ御二方を信仰するし、こんな頓智気な祭りだって開いている。
「 此処に 神の御前に伺候ふ者等が 」
実のところ、守矢神社には春祭りが二つある。
一つは伝統的な祈年祭──その年の五穀豊穣を祈願する祭りであり。
もう一つが卯月祭り──いっぱい祭りを開けばいっぱい信者が増えるだろうという短絡的思考の元生み出された、新年度を寿ぎ、新生活の安泰を祈る祭りである
「 日々に携はる 生業の道 学びの業 家の務めの 新しき門出にあたりて 心新たに 怠る事無く 励み勤しましめ給ひ 」
これは守矢神社の信仰獲得戦略の一環であり、結果もそれなりに出ている。
まあ信仰が私の方に向いているのはちょっぴり微妙な心境にさせられるけれど、私への信仰は私が信仰する御二方への信仰と同義だから……まあよし。
「 新たなる 務めの処 学び舎 暮らしの場においても 災ひ無く 過ち無く 関はる人等と共に 睦び和らぎて 」
とどのつまり、何が言いたいのかといえば。
「 思ひ立つ事の 滞り無く 成就ひ行く 末永く守り導き恵み給へ 」
私は純粋に神奈子様と諏訪子様のことが大好きだから、少しでも力になりたくてこういう生き方を選んでいるだけで。
そこに御先祖様が云々とかは関係ない。
何ならそれが生きる理由の全てを担っていると言っても過言ではない節もある。
……昔にそう伝えたら、「呼吸を詰め過ぎだ。息抜きを覚えろ」と叱られてしまったけれど。
「 更に白さく 」
……もしかすると、それなのだろうか。私に雄英高校のヒーロー科に通うよう仰られた理由は。
「 宴をことさらに好ませ給ふ 大神の 御心を和らげ奉らんと 」
まだ入学してから一か月。たった一か月なのに、友人の存在は決して無視できない程度には心の裡で膨らんでしまった。
忙しさも比例して膨らんでいるけれど、たくさんの未知を知り、色んな楽しいことを経験できた。
「 丹精込めて醸みし 豊御酒に 百味の御食を備へ奉り 」
思えば、そもそも私は人間として未熟だったのだ。
友はおらず、大人の庇護下にいたのもニ年だけ。関わる人間は信者のみ。
「 此の御祭りの後には 咲き誇る桜の 御蔭にて 」
人の世から疎外され、十年近い歳月を単に風祝として──現人神として生きてきた。
神に仕える巫女としてはそれで十分でも、人として生き方を選択するにはあまりに無知蒙昧で──心配されるのも、妥当というか。
「 神も人も 隔て無く 睦び楽しむ直会の宴を 開き奉れば 」
……どうやら、今の私の生きる理由は信仰が全てではないらしい。透ちゃんは大切だし、私を受け入れてくれたクラスの皆だってそう。不可逆の変化だ。きっと、今更昔の自分に戻ることも出来やしない。
──けれど、それはそれとして、やっぱり私は守矢神社の風祝でありたいわけだけども。
私の血には、どうしようもなく信仰が流れているってやつだ。
「 今日の此の祈りを うち笑み給ひて 平らけく 安らけく 聞こし食せと 」
だからこの命も御二方のために使い果たすことを許して欲しいのに。
「 恐み恐みも白す 」
──────。
穏やかな春風が拝殿を吹き抜けて、鈴がちりんと音を立てるだけ。
神奈子様も諏訪子様も、そこはかとなく頑固だと思う。
さて、玉串を捧げて拝礼すれば、お次は宴である。神奈子様曰く、「最近は友達感覚……あー、厳格に本殿に籠っているより卑近に親しまれる方が信仰されやすいんだよ」とのことで、幻想郷の何かにつけては宴会を開く文化も参考にし、宴……を目指した宴会未満食事会未満な何かを執り行うことにしていたのだ。
本当は宴を開きたいのだけれども、一人でそれだけの食事を用意するなんて絶対無理。
実態としては直会に近いのかもしれない。仕出し弁当を用意するお金もないから、何故か信者がたくさん奉納してくれるお蔭で倉庫に積まれているお酒を空けるだけだけども。
……車で来たとかでお酒も飲めない人からすると遅咲きの桜を眺めながら信者同士で交流するだけの場であり、食事要素さえも消え失せているのは深堀しないで欲しい。
一応、ほら。弁当を持参している人と……営業許可を取ってまでこんな山中に屋台を開く剛毅な人が一人いるし。
「それじゃあ、段取りはこのくらいで……山蔵さん、あとは任せても構いませんか?」
「ええ、ええ。勿論です。儂のような老人が早苗様の時間を奪うわけにはいきませんしな」
「ありがとうございます。お話とかあれば、また後程に」
視線でちらりと境内の隅の方を指し示してやれば、玉串拝礼の後に拝殿から追い出した結果、固まって縮こまっているクラスメイトと序に先生が。
乾杯の挨拶も終わったし、予め用意しておいたおむすびとお茶を社務所に取りに戻り、盆を携えて彼女らの元に向かう。
「東風谷、さっきの何!? 急にぐわーって!」
「ぐわあ? とりあえず、お昼にしませんか? 軽食ですけど無いよりはマシですし」
「……たしかにお腹減ったかも。ありがたくいただきます」
「先生はお酒飲みます? 日本酒と米焼酎ばかりですが」
「遠慮しておくのさ。お酒には強くなくてね」
「俺も遠慮しておこう」
おー、何となく意外。大人は酒を飲む機会があれば絶対に逃さないものだと思っていたのに。
「それで皆さんは楽しんでますか? 想像とは違ったんじゃないかと思いますが……って、顔逸らされた!?」
いや何ですかその微妙な反応は!
ある程度予想はしていたけれども、矢張り規模の小さな神社の春祭りだからナウい世代には受けが悪いか……っ。
いっそ舞いでも奉納してみようかな。それとも一曲吟じてみようか。私は詠って踊れる巫女さんだぞ。
「祭りは祭りでもがっつり神事だったからねー。本来の祭りは儀式なんだろうけど、一般人的には屋台を巡りながら遊ぶところって感じだから」
いやまあ分かってはいたけれども。
ほんの微かに信仰に興味を抱いてくれたんじゃないかという期待がありまして。それに、折角来てくれたのに退屈させたんじゃ申し訳なさもね。
特に今は雄英体育祭が迫っているのに、律儀に約束を守ってくれたわけだから。
「もう、何を仰るんですの。私はかなり楽しめましたわ」
しかし、絶望一転、その言葉に希望を見出し。
「知的好奇心が満たされるのを感じました」
「そっかあ、そっかー………………鬼ごっこでもします?」
「やけくそかッ!」
だって、ここで出来る遊びなんて”鬼ごっこ”か”かくれんぼ”か”かごめかごめ”くらいしかないもの。
「一応、屋台は一つだけありますけど……」
「祭りというより、居酒屋にありそうなラインナップだったのさ」
「それも守矢神社の特殊な需給が織りなす味ということで」
言ってて無理がある気がしてきた。祭りの屋台では蕎麦に鰻、団子や飴細工、かき氷なんかが定番だったろうか。胡瓜も人気と聞くけれど、時期的には二、三か月程早いし。
少なくとも燻製した鹿肉や芋けんぴ、塩ダレで食べる野菜スティックはちょっと違うかなあ。
……どうしてか、御手洗団子食べたくなってきましたね。春祭りも無事に終わったことだし、後で買いに行って晩酌でもしようかな。
さて、それからも暫くは和やかに話し続けていたのだけれども。
ちらりちらりと意味深な視線を向けられると何だか擽ったいというか……落ち着かないというか……。
「あのー、聞きたいことがあるなら遠慮なく言ってもらって構いませんよ? 特に先生方は要件があって訪れたようですし」
込み入った話はお腹が膨らんでからの方が円滑に進むだろうと後回しにしていたけど、おむすびも半分は消化されてしまったし、そろそろ向き合う頃合いだろう。
だから、そう口にしたら。
途端、鋭い声音が大気を割いた。
「なら、単刀直入に聞こう。お前は何者だ?」
先陣切るは、相澤先生。
眼力嶮しく、曖昧模糊とした質問を飛ばしてくる。
何者、何者か。
合理主義者の割には哲学的な問いだ。定番の解答は猫とか考える葦なのかしら。と言っても私は理系、哲学とかよくわかんない。
「私は東風谷早苗ですよ。守矢神社の風祝にして、雄英高校ヒーロー科一年A組の生徒。篤く信仰されたる奇跡の巫女であり、現代的な現人神。つまり、私は私です」
だから、莞爾と笑んでそう答える。
私が返す答えはいつだって同じだ。
万華鏡は覗き込む角度や距離によって姿を変えるだけだから、どう定義するかは相手次第。
透ちゃんは私の神性を受け入れつつも人として接すると定め、信者方も私の人間性は肯定しているけれど、あくまで人間的な神として扱っている。
人によっては赤の他人とも同級生とも同業者とも認識するだろうし──畢竟、どこまでも私は私でしかない。
相澤先生は黙りこくってしまったから、お茶を口に含んでほっと一息つく。
そうしていると、桜の花弁がひとひら湯飲みに落っこちてしまった。水面で揺蕩う様は風流かもしれないけれど、正直邪魔臭い。
いい感じに側面に張り付かせて摘まみ上げようと格闘していると、
「はぁ……」
唐突に、正面で溜息が溢れた。それどころか、先生はただでさえぼさぼさな髪をくしゃくしゃに掻き毟ると、おもむろに口を開き──
「東風谷、明日生徒指導室な」
「なにゆえ!?」
「乾杯の時に酒を飲んでただろ。未成年飲酒だ」
「う……っ。で、でもですね! 風祝として儀式を進行する都合上仕方ないと言いますか、神ですしお酒を嗜むのも当然と言いますか……そもそもこの個性社会で年齢なんかを基準に区切ること自体が愚かで旧態然とした悪法なわけですから、これも新しい風を吹かせるための革新……そう! 革新でして──」
「──反省文五枚」
「理不尽!」
「十枚」
「鬼!」
反省文十枚──つまり四千字も書けと? ただお酒を一杯飲んだだけなのに?
あんまり推奨されないのは知ってはいるけれど、公共地での個性使用と同じで程度問題──つまり時と場合さんは白の判決を下すはずだと主張すると、相澤先生はゆるりと頭を振って。
「……お前は社会生活を営むうえで必然的に身に付くはずの常識が致命的に欠如しているな。学力は良いんだから、そこを重点的に補っていくべきだ」
なんか、残念な子扱いされた!?
「透さん透さん。これはちょっと理不尽じゃないでしょうか」
「早苗ちゃん早苗ちゃん。ちょっと擁護の言葉が思い付かないかなあ」
それでもまだ一縷の望みが……!
「私が正しいと思う人手を挙げて! …………………………相澤先生派挙手」
……うん、まあ。何となく想像ついていた。
いじけて桜の花弁を空で躍らせていると、根津校長が。
「私からも一ついいかな。あの……言語化が難しいね。祝詞を唱え終わった後のあれは奇跡の具現と判断して構わないのさ?」
「あれ……? あー、はい。まあ、奇跡ですね。加護みたいなものです」
もっとも、正式な手順に則った儀式なだけで、そう長いこと詠唱しなかったから程度の低い奇跡だけども。
一応、気休め程度の効果はあるんじゃないだろうか。
「……で、質問はこれで終わりですか? 皆さんも、言いたいことがあるなら遠慮しなくても構わないんですよ?」
特にクラスメイト達。
現代人は宗教に対するアレルギーが強いから、直接目にしたら色々と思うところがあるんじゃないかなあと邪推している。
けれど、そんな浅見を叩き潰すように。
「ぶっちゃけカルチャーショックを受けたせいで上手く飲み込めないだけだから気にしなくていいよ。多分、ウチ以外もそうでしょ」
そう、毅然と言い放った。
それは神秘に殆ど触れていないが故──無知故の受容だろうけど、言葉として表出されたのだから甘んじてもいいだろう。
そんなこんなで用意した軽食も食べ終わると、これからどうするか問題が再発した。
八人分ともなると私が用意できるのはお酒だけで、炭火焼とかをするには肉も野菜も全く足りない。
だからとて代案を出すには人と遊んだ経験が乏し過ぎて、二進も三進もいかなくて。
そんな時、相澤先生により天啓が下された。
「東風谷、この前格闘技術を鍛えたいと言っていただろ。折角だから雄英体育祭に向けてのトレーニングに付き合ってやる。ああ、勿論お前らもな」
その言葉の裏には幾らかの思惑が見え隠れしていたけれど、退屈させたままで帰らせるのは忍びなかったのも事実。
修練をしたり信者たちの話を伺ったりしながら、日曜日の午後は過ぎていった。
この早苗さんと本家早苗さんではそれなりに違いが見受けられる。例えばこの早苗さんは起こす奇跡をある程度制御できるが、常識は無い。未成年飲酒は勿論違法。
──────
東風谷早苗怪し過ぎ問題も解決したので、次回から雄英体育祭編