夢想少女ノ魔女裁判   作:タイホくん

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日常パート その8

 

 

 

 

 

 

 

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───同日 某時刻 牢屋敷内 音楽室───

 

(推奨BGM「野花」♪11)

 

 マップを頼りに、私は2階にある音楽室を訪れました。

 

 階段を登って左手に曲がったところにあった部屋にまだ入ったことがなく、扉を開けてみると、一目でそこが音楽室だと分かりました。

 

 室内にはグランドピアノを中心にフルートなどの木管楽器やトランペットなどの金管楽器、バイオリン、チェロに加えギターなどの弦楽器、あとは大太鼓などの打楽器がありました。エレキギターなど電気を必要とする楽器のたぐいは置かれていないようです。

 部屋の壁は、謎の小さな穴があいた壁で覆われています。中学校の音楽室もこんな感じの壁でした。確か防音用の壁だったはずです。

 

 音楽室には先客がいました。部屋の隅。譜面台の上に置いた楽譜を見つめ、その人は音を奏でています。

 

 「ラ~♪」

 

 ミトさんでした。私の入室に気づくこと無く、歌い続けています。彼女はただ楽譜に書いてある音をなぞることに集中しているのか、歌詞の無い歌を奏で続けています。

 邪魔するのもいけないと思い、私は周囲の楽器を静かに見て回っていました。

 

 時たまチラリとミトさんの方も観察してみます。

 昨日ラウンジでビクビクしていたミトさんとは違い、歌っている彼女の姿はどこか芯の通った印象を受けます。歌うことに集中しているからでしょうか。

 

 ドレス風の彼女の囚人服姿も相まってどこか荘厳というか美麗というか、なんにせよ得も知れぬ感覚を覚えます。素人ながら、かなりの腕前の持ち主だと伺いしれます。

 

 「ラ~‥‥。‥‥誰?」

 

コト

 「あ、え、えっと」

 

 私の視線に気がついたのか、ミトさんは歌うのをやめ、怪訝そうな顔でこちらを見つめます。

 

コト

 「ご、ごめんなさい。盗み聴きするつもりはなかったんです」

 

 「そういう意味じゃなくて‥‥《名前》。まだ顔と名前が一致していない」

 

コト

 「あ、ああ。そういう意味ですね。私は篠宮マコトです」

 

 「篠宮、マコト‥‥ね。分かった。忘れないように努力する‥‥」

 

コト

 「わ、忘れられるとちょっと悲しいですね‥‥」

 

 「‥‥私、友達いなかったから。人の名前を覚えるってことに慣れていない‥‥」

 

 ミトさんは俯いてしまいました。意図せず彼女の苦い記憶を呼び起こしてしまったかもしれません。

 

 「まあいいや。私は歌うから。盗み聴きは全く気にしてないし、むしろ聴いてくれて嬉しかった」

 

 「聴いてもらえないのは、とっても悲しいから‥‥。続きを聴きたかったら、聴いていって‥‥」

 

 ミトさんはそう言ってまた歌い始めました。

 喋っているときは、言葉を選ばずに言えばどこか陰鬱な印象を受けていた彼女ですが、やはり歌っているときは一本芯の通った雰囲気に印象が変わります。

 音楽が彼女の一種のアイデンティティになっているのでしょう。

 

 「ラ~♪ ラ~♪」

 

 ミトさんは目を閉じて歌うことに神経を集中させています。とてもきれいな歌声なので、せっかくならと私は近くにあった椅子に腰掛け、その歌声を鑑賞することにしました。

 

 大体5分が経った頃でしょうか。背後から新しい気配がしました。

 振り返るとカナデさんがいました。口元に人差し指を立てています。

 ミトさんはまだ歌うのに気を取られているのか、カナデさんの入室には気がついていません。

 

ナデ

 「素敵な歌声が聞こえたので。お隣、失礼しますね」

 

 カナデさんは小声でそう言うと、ニコリと笑って私の隣に座りました。

 そう言えば音楽室に入った時に、扉を閉めた記憶がありません。ミトさんの歌声が外に漏れて、それをカナデさんは聴いたのでしょう。

 

 それからさらに2、3分ほどして、ミトさんは満足げな様子で一度歌を止めました。私の方に目をやると1人増えていたのに驚いたのか、目を丸くしています。

 

 「あなたは‥‥鳳月カナデ。‥‥だったよね」

 

ナデ

 「ご、ごめんなさい。勝手に聴かれて嫌でしたか?」

 

 「‥‥大丈夫。音楽は聴いてもらわないと意味がないから」

 

 ミトさんは先ほどと同様、勝手に歌を聴いたことを咎めませんでした。しかし、今気になるのはそれよりも‥‥

 

コト

 「ミトさん、さっき人の名前を覚えるのは苦手って言ってましたよね? カナデさんの事は覚えていたんですね」

 

 「‥‥いや違う。彼女のことは《覚えた》んじゃなくて、《前から知っていた》」

 

コト

 「前から、ですか? それはどういう‥‥」

 

 「篠宮さん、知らないの‥‥? 鳳月さんは、有名な中学生ピアニスト。音楽界ではかなり有名だよ。とても高い実力の持ち主っだって」

 

 「たくさん賞をもらってるし、コンサートだって開いている‥‥」

 

コト

 「そ、そうなんですか?」

 

 隣に座っている人が有名人と知り、思わずドギマギしてしまいます。

 

ナデ

 「あ、あはは‥‥恐縮です‥‥。私自身、まだまだだと思っているのですが‥‥」

 

 カナデさんはややギクシャクとした様子で謙遜します。実力ある有名人は向上心も高いようです。

 

ナデ

 「そ、それよりも、まさか監禁された場所に音楽室があるだなんて。驚きましたよ」

 

 カナデさんは立ち上がると室内の楽器を見て回ります。気のせいかもしれませんが、私にはその行動が話題を逸らすためのものに見えました。

 

ナデ

 「こんな立派なグランドピアノまで用意されているなんて。これならここから出るまでの間も練習ができそうです」

 

 カナデさんは鍵盤を1つ叩きます。ピアノのきれいな音が響きます。

 

 「‥‥音が少しズレている」

 

ナデ

 「そうですね。長い間調律されていなかったのでしょう。後で調律の器具を探して直してあげる必要がありますね」

 

 ミトさんの指摘にカナデさんが同意します。私には普通の音に聞こえたのですが‥‥どうやら音楽をやっている人にしか分からない世界のようです。

 

ナデ

 「この際です。他の鍵盤の音も確認しておいたほうがいいですね」

 

 カナデさんはそう言うと、近くにあった椅子を手繰り寄せて座ります。そして鍵盤に指をかけると、演奏を始めました。楽譜もなしに彼女はスラスラと音を奏でていきます。

 その調べは素人の耳でも素晴らしいものだと判別できるくらい、とても綺麗なものでした。

 

 

 

───────

 

 

 

ナデ

 「‥‥全体的に少しずつズレていますね。大規模な補修が必要そうです」

 

 カナデさんは一仕事終えてフウ、と軽くため息を付くとピアノの鍵盤蓋を閉じました。

 

コト

 「すごく素敵な演奏でした。思わず聞き惚れてしまいました」

 

ナデ

 「ありがとうございます。やはり褒められるのは嬉しいものですね」

 

 「すごかった‥‥。これがプロの技‥‥」

 

 ミトさんも賛辞の言葉を送っています。

 

ナデ

 「白川さんの歌も、とても素敵でした。いつか一緒に音楽を作りたいですね」

 

 「ありがとう‥‥。‥‥こんなふうに誰かに褒めてもらったことないから、嬉しい‥‥」

 

ナデ

 「あら。声楽教室には通っていなかったんですか? てっきりプロの方に指導を受けて、舞台も何度か経験しているものだと思ったのですが」

 

 「私の歌は完全に独学‥‥。歌いたい時に歌って、楽しむ。私にはそれくらいしかやり方がなかったから‥‥」

 

ナデ

 「そ、そうなんですね‥‥」

 

 カナデさんの言葉がミトさんの暗部に触れてしまったのか、ミトさんは俯いてしまいました。ぎこちない空気が私たちの間を流れます。

 

 「‥‥鳳月さんは、よく舞台で演奏するの?」

 

 沈黙を破ったのはミトさん自身でした。カナデさんに質問を投げかけます。

 

ナデ

 「え? ええ。月に1回は舞台で演奏を披露させていただく機会があります」

 

 「‥‥舞台からの景色って、どんな感じなの?」

 

ナデ

 「景色、ですか‥‥」

 

 カナデさんは少し考えるように視線を落としました。

 

ナデ

 「あそこからは‥‥お客さんたちの顔がよく見えます。笑っている人、泣いている人‥‥」

 

ナデ

 「ときには興味がないのに無理やり連れてこられたのか、あくびをしている人の顔も見えます」

 

ナデ

 「でも、そういった顔は‥‥私にはいつも遠いものに感じられるんです」

 

 カナデさんは鍵盤の上にそっと指を置きます。

 

ナデ

 「みなさんがこちらを見ているのに、まるでガラス越しに演奏しているような、そんな感覚が‥‥」

 

 「でも、あなたは見てもらえている‥‥。褒めてもらえている。認めてもらえている‥‥」

 

ナデ

 「見てもらえている‥‥そうですね。確かに、みなさんがこちらを見てくれています」

 

 カナデさんは少し笑みを浮かべます。けれども、その笑みはどこか力の抜けたものでした。

 

ナデ

 「‥‥でも、いつも思うんです。見られるほどに、何かが遠くなっていくようで」

 

 「‥‥そうなんだ。それが“そっち側”の景色、なんだね」

 

 ミトさんはぽつりと呟くと、譜面台の楽譜を閉じ、元あった棚へと戻します。そしてフラフラとした足取りで出入り口の方へと向かっていきます。

 その時、一言。カナデさんと私のそばに来た時彼女はこう呟きました。

 

 「‥‥羨ましい。舞台に立てるあなたが」

 

 ミトさんは羨望とも嫉妬とも、そして悲しみとも取れる瞳でカナデさんの方を見ます。

 

 「‥‥ごめん。少しひどい物言いだった。‥‥忘れて」

 

 ミトさんは視線を落とします。

 

 「私はもう消えるから‥‥調律、頑張って。篠宮さんも、変な空気にしちゃってごめんね」

 

 その言葉を最後に、ミトさんは‥‥文字通り姿を消しました。スーッと周囲の景色に溶け込むように、彼女の姿が消えていきます。

 直後、タタタと足音だけが聞こえたかと思うと、その足音は遠くへと消えていきました。

 

コト

 (い、今のは‥‥彼女の魔法?)

 

 魔法以外の手段では説明のつかない現象でした。確証は持てませんがおそらくミトさんの魔法は《透明化》‥‥といったところでしょうか。気まずくなって思わず魔法を発動し、そのまま立ち去ったということでしょう。

 

 カナデさんもまた、透明になって消えたミトさんに驚き、目を白黒とさせていました。が、その直後には苦虫を噛み潰したような表情になって、ミトさんが消えていったであろう扉の方を見つめていました。

 

ナデ

 「‥‥外から見れば、私はそう映るのでしょうね。けれども、私は‥‥」

 

 カナデさんは側に私がいることを忘れたように1人そう言葉を漏らします。ですがすぐに私の存在を思い出したのか、ハッとすると一歩後ろへと引き下がります。

 

ナデ

 「い‥‥今のは忘れてください。わ、私はピアノの調律をしますので‥‥篠宮さんはどうぞご自由になさってください」

 

 カナデさんはそう言って部屋の探索を始めました。調律用の道具がないのか探そうとしているのでしょう。

 

 このような気まずい空気の中、ふたりきりで過ごすのは少々居たたまれないと思ったわたしは‥‥そそくさと音楽室を後にしました。

 

──人物データ「白川ミト」の情報を更新した──

 

・白川ミト(しらかわ みと)

囚人番号31番。15歳。体を透明にできる魔法を使用できる可能性がある。

 

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