【篠宮 マコト】
「いえ、私は焼却炉室に行ってみようと思います。何か生活の役に立つものがあるかもしれません」
【真壁 リクア】
「そうか。じゃあ私は倉庫に向かうよ。気が向いたら来てくれ」
リクアさんは踵を返すと、玄関から屋外の方へと向かっていきました。
【篠宮 マコト】
「では‥‥焼却炉室に向かうとしましょう」
私は焼却炉に向かうため、地下へ向かう階段の方へと歩みを進めました。
地下へ向かう階段を降りた私は、そのまま正面にある扉を開けます。その先には長い廊下が待ち受けていました。照明が少なく、暗い廊下を私はオズオズと進みます。
長年ろくに掃除もされず放置されていたのか、ジメジメとした廊下には苔が生えており、時折そのにおいが鼻をつきます。
しばし歩いて突き当たりを左に曲がると、また扉がありました。金属製の重い扉を開けると「ギィィ」と扉はきしみながら音を立てて開きました。
【三条 エリス】
「ひぃぃぃぃぃっ!」
【篠宮 マコト】
「ひゃああああああっ!」
扉を開くとそこにはエリスさんがいました。私の突然の来訪に驚いたのか、はたまた扉の音に驚いたのか悲鳴をあげて驚きます。
それにつられたのか、あるいは彼女の魔法により恐怖心が共鳴されたのか、私も素っ頓狂な声を上げてしまいました。
【三条 エリス】
「ま、ままままマコトさんでしたかっ! ごごごごめんなさい、驚いちゃって!」
【篠宮 マコト】
「い、いいいいいいえっ! 私こそっ、その、ノックもなしにごめんなさい!」
これは明らかに魔法の共鳴でしょう。私の中に、普段通りのテンションの自分と、テンパっている自分の2人が同時に存在しているような感覚です。口をついて出る言葉は全て、テンパっている自分のテンションに誘導されるようにどもっています。
【篠宮 マコト】
「い、いいいい一旦落ち着きましょう。ね?」
【三条 エリス】
「そ、そそそそうですね。一旦‥‥ゆっくり落ち着いてー、あたし‥‥」
エリスさんは何度か深呼吸を繰り返します。やや大振りに手を上げては下げてと繰り返して、肺を空気に送り込んでいます。
【三条 エリス】
「し、失礼しました、篠宮さま。少々取り乱してしまいました‥‥」
【篠宮 マコト】
「いえ、こちらこそ急に押し入っちゃって驚かしてしまいました」
水飲み鳥か、あるいは赤ベコか。私たちはお互いにペコペコとしばらく頭を下げ合いました。傍から見れば、そこそこシュールな光景だったと思います。
お互いにもう一度深呼吸をして文字通り一息ついた私たちは、改めて室内を探索します。
エリスさんもどうやら特に意味もなくこの部屋にたどり着いたようで、辺りを不思議そうに見回していました。
焼却炉室は周囲の壁が嫌に緑色に染まっています。
【篠宮 マコト】
「なんだか変な色の壁ですね‥‥苔のせいでこうなっているのでしょうか」
道中の苔が生えた壁が頭によぎりました。この部屋も同じ理由で緑色の壁をしているのかもしれません。
【三条 エリス】
「いえ‥‥苔も一応生えているようですが、壁自体が緑色に塗られているようです」
エリスさんは人差し指で壁をスーッとなぞりました。彼女の指に苔が付着しています。そして指でなぞった部分を見ると、そこは相変わらず緑に染まっていました。
なんのためかは分かりませんが、この部屋の壁は緑色に塗られているようです。
続けて私は部屋の中央にある小さな窯に注目します。
【篠宮 マコト】
(これが焼却炉‥‥なのでしょうか)
生まれてこの方、焼却炉なんてものは見たことがないので、いまいち確信が持てません。
業務用冷蔵庫を横にして置いたような大きさのそれは、小さな小窓のような扉が取り付けられています。箱に繋がるように太いダクトが天井の方へと繋がっています。排気を外に逃がすためのものでしょうか。その他には横に配電盤と思しきものが取り付けられています。
【篠宮 マコト】
(中はどうなっているのでしょう‥‥)
気になって小さな扉を開けます。中には私たちが捨てた服に加え、燃え尽きた繊維状の何かが無数に落ちていました。
【三条 エリス】
「これ、洋服‥‥の燃え跡のようです。一部燃え残っているものもあります」
私の後ろから覗き込んできたエリスさんが推理します。よく見ると、奥の方に燃え残った服が見えます。
【三条 エリス】
「ずいぶんと凝ったデザインの服のようです。なんでこんなものが燃やされているのでしょうか?」
エリスさんは深く考え込み始めます。私もそれに影響されたのか、つい思考を巡らせてしまいます。
燃えた服‥‥妙に凝ったデザイン‥‥そこから導き出される答えは。
【篠宮 マコト】
「これ、私たちより前にいた囚人たちが着ていた服なのではないでしょうか」
見たことのないデザイン。しかしながら嫌に凝っているそれは、私たちに支給された囚人服とどこか共通点があるように思われます。
【三条 エリス】
「あ。そういえば、私たち規則で囚人服を捨てるように指示されていますね。なるほど、かつてここで過ごしていた方たちのお召し物の燃え残りですか」
【篠宮 マコト】
「ええ。今日は水曜日。まだ焼却炉は稼働していないはずです。ですから、これはかつての囚人たちが着ていたものなのでしょう」
【篠宮 マコト】
「デザインも見たことのないもの、です、し‥‥」
【篠宮 マコト】
「‥‥ッ!?」
突然、微弱な頭痛が私を襲いました。頭の血管がキュっと締め付けられるような、嫌な痛みです。
【三条 エリス】
「だ、だだだ大丈夫ですか、篠宮さま!?」
突然言葉をつまらせた私に、エリスさんはまたも動揺しています。痛み自体は消え去りましたが、その残滓が私の頭に残り続けています。
エリスさんの魔法に感情が影響される余裕がないくらい、私の神経はこの謎の頭痛に注がれていきます。
【篠宮 マコト】
(なぜ突然、こんな頭痛が‥‥?)
たんなる体調不良。その一言で片付けることもできるような痛みです。ですが‥‥なぜかそうではない、この頭痛にはもっと深い意味があると私の直感が告げています。
私はふと、開けっ放しにしていた焼却炉の中を見ます。脱ぎ捨てられた私たちの服と、そして燃え残った服の繊維‥‥ダメです。なぜかこの中身を見ると、また頭が締め付けられるような気がします。
私は音を立てて、勢いよく扉をバタンと閉めました。エリスさんが驚いて肩をビクリとさせます。
【篠宮 マコト】
「──燃やさないと」
【三条 エリス】
「‥‥え?」
ふらりと立ち上がると、私は焼却炉横の操作盤へと向かい、そこにある一番大きなボタンに手をかけます。
【三条 エリス】
「し、ししし篠宮さま、一体何を?」
エリスさんが慌てて私の肩を叩きます。
【篠宮 マコト】
「何をって‥‥。‥‥あれ。なんで‥‥?」
肩を叩かれた衝撃で、私は我に返ります。今の行動は‥‥ほとんど無意識によるものでした。自分で何をしたのか、分かっていても理解はできません。立ち上がり、焼却炉の手動の起動スイッチに手をかけた。この行動自体は覚えています。
けれども‥‥私はその行動をまるで俯瞰して見ているように‥‥換言すれば、その行動を自分事と捉えずに見ていました。
【篠宮 マコト】
「な、なぜでしょう。なぜか‥‥燃やさないと、と思ったんです。あはは、おかしいですね」
誤魔化すように、私はエリスさんに向かって覇気のない笑いを飛ばします。エリスさんの顔はすっかり困惑しきっていました。
【三条 エリス】
「ま、まあ。この中にあるのは、一応ゴミという扱いになっているものだけですし‥‥燃やしちゃっても問題はないとは思います」
【篠宮 マコト】
「そ、そうですよね? 汚物は消毒だ~みたいな、そんな気分になっちゃったのかもしれないです」
もちろんそんな訳はありません。ですが、ひとまずこの場を収めるため。何よりも自分の心を一旦この話とは別の方向へと逸らすために、思ってもいない言葉をあえて口に出しました。
【篠宮 マコト】
「じゃ、じゃあ私はこれで失礼します。これ以上ここを探してもなにもないでしょうしね!」
私は足早に焼却炉室を後にしました。‥‥背後から注がれるエリスさんの視線を無視して。
【三条 エリス】
「篠宮さま‥‥なんでこの焼却炉のスイッチの入れ方をご存知だったのでしょうか‥‥?」
エリスさんの静かな疑問の声は、逃げるようにその場を去った私に届くことはありませんでした。