【篠宮 マコト】
「いえ、私は物置に行ってみようと思います。何か生活の役に立つものがあるかもしれません」
【真壁 リクア】
「そうか。じゃあ私は倉庫に向かうよ。気が向いたら来てくれ」
リクアさんは踵を返すと、玄関から屋外の方へと向かっていきました。
【篠宮 マコト】
「では‥‥物置に向かうとしましょう」
私は物置に向かうため、ラウンジの方へと進みました。
私は医務室の隣にある物置を訪れました。
昨日サンルームに向かう時に通り過ぎてしまい、以降探索でも訪れていなかったので、一度どのようなところか見ておく必要があると思ったからです。
リクアさんの言う生活環境改善計画は、とにかく物資の量が物を言うはずです。どのような備品が用意されているかを把握することは、この牢屋敷に過ごす者の1人として重要なことだと思い立っての行動です。
と、言ったものの‥‥。
【篠宮 マコト】
(‥‥大して目立つ物はなさそうですね)
周囲にある箱なんかを開けてガサゴソとあさってみますが、恐らく表の大きな倉庫から移されてきたであろう食料品類が入った箱が数点ある程度で、大した収穫は無さそうです。
強いて言うなら、石鹸の入った箱が空になりかけている程度でしょうか。ここに来て気づいたことはそれくらいで、“石鹸を補充しておいたほうが良さそう”程度の感想しか出てきませんでした。
それどころか、掃除が行き届いていないのか、箱を開けるたびにホコリがブワッと辺りに撒き散らされ、目やら鼻やらが痒くなってしまいました。こんな環境で長時間過ごし続けたらホコリアレルギーになってしまいそうです。
どうしたものかと手前のほうだけでなく、奥の方の箱も開けて探索しようと思ったその時。
【黒部 ナノカ】
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
【篠宮 マコト】
「う、うわああっ!」
ナノカさんがいました。無言で箱と箱の間に挟まって体育座りでじっとしています。
【篠宮 マコト】
「ナノカ、さん? ここで何を‥‥」
【黒部 ナノカ】
「あ‥‥篠宮マコト。‥‥ごめんなさい。驚かせてしまったわね」
ナノカさんは体育座りのまま、顔を上げます。その目には薄っすらと涙が浮かんでいるようでした。
【篠宮 マコト】
「わ、私は、大丈夫です。それよりも、ナノカさんこそ大丈夫ですか?」
【黒部 ナノカ】
「グスッ‥‥。‥‥うん。私は、大丈夫」
やや言葉をつまらせながらナノカさんは答えます。目に浮かべた涙を私に見られて誤魔化しきれないと感じたのか、取り繕うこと無くポロポロと数滴涙がこぼれ落ちていきます。
【篠宮 マコト】
「‥‥もしかして、昨日話してた“女の子”の事ですか?」
【黒部 ナノカ】
「‥‥え、ええ。やっぱりこういう物がいっぱいあるところを見ると、思い出してしまうわ。‥‥その子の事を」
ナノカさんは昔を懐かしむように柔和な表情を浮かべて、天を仰ぎます。
【黒部 ナノカ】
「‥‥昔、その子と喧嘩をしたことがあるの」
【黒部 ナノカ】
「どっちが始めたかも、なんで喧嘩しちゃったかも忘れてしまったのだけど。お互いに怒りをぶつけ合って」
【黒部 ナノカ】
「‥‥そしたらその子は、突然どこかに飛び出してしまったの。私、慌てて探して回った。街中、日が暮れるまで」
【黒部 ナノカ】
「とうとう見つからなくて、大人に相談しようと思った時、庭の物置でグスグスと泣く声がした。そうして扉を開けてみたら‥‥その子がいた」
【黒部 ナノカ】
「『どうして早く見つけてくれないの!』って泣きじゃくっちゃって‥‥」
【黒部 ナノカ】
「それから私は、こういう奥まった倉庫みたいなところを見かけると‥‥あの子の事を思い出すようになったの」
【黒部 ナノカ】
「もしかしたら、影で泣いてるかもしれないって考えるようになってしまって」
ナノカさんはまた涙を薄っすらと浮かべます。その女の子の事を思い出すと、どうにも涙が止まらなくなってしまうようです。
【黒部 ナノカ】
「‥‥駄目ね。私がしっかりしないといけないのに。泣いてたらどうしようって心配する側の私が泣いてちゃ、世話無いわね‥‥」
ナノカさんは声こそ上げませんが、大粒の涙をポロポロと流し続けます。手で拭ったりしないものですから、流れ落ちた涙が床に1つ、また1つと小さなシミを作っていきます。
【黒部 ナノカ】
「会いたい‥‥会いたいよ‥‥」
ナノカさんは膝に顔を埋めて泣き続けます。
【篠宮 マコト】
「‥‥泣いていいと思います」
それだけ言って、私は彼女の隣に腰を下ろしました。
【篠宮 マコト】
「突然こんなところに連れてこられて‥‥大切な人とも離れ離れにされて。不安にならないほうがおかしいです。泣かないほうがおかしいです」
【篠宮 マコト】
「だから、今は思いっきり泣きましょう。泣いて、泣いて」
【篠宮 マコト】
「動くのはそれからでも遅くありません。なにも焦る必要はないです」
【黒部 ナノカ】
「篠宮マコト‥‥」
ナノカさんは膝に顔を伏せたまま、それでも顔の片側だけ軽く上げると私と目が合います。直後、再び膝に顔を埋め、彼女は続けます。
【黒部 ナノカ】
「あはっ。これじゃまるであの日の再現みたい‥‥」
【黒部 ナノカ】
「私があの子であなたが私で‥‥あの子があの日見た光景は、きっとこんな感じだったんでしょうね」
ナノカさんは泣きながら笑っていました。その言葉に含まれる感情はとても複雑に絡み合って。けれども、軸に据えられたのはやはり“あの子”。その存在が、彼女を繋ぎ止めているのでしょう。
ポロポロと涙を流すナノカさんの背中に私は手を添えようとして‥‥やっぱり辞めておきました。何も言わず、何もせず。ただ彼女の側にいることが、一番良い励まし方のような‥‥そんな気がしました。
【黒部 ナノカ】
「‥‥‥‥‥‥。‥‥落ち込むのはここまでにするわ。ありがとう、篠宮マコト」
数分ほどしゃくり泣いていたナノカさんですが、スッと立ち上がりました。涙の痕こそ残っていますが、その顔は晴れやかでした。
【篠宮 マコト】
「もう大丈夫ですか?」
【黒部 ナノカ】
「ええ。あなたのおかげで、あの日のこともう一度思い出せた」
【黒部 ナノカ】
「‥‥きっとあの子は私がいなくなって、また1人で‥‥どこかで泣いているはず」
【黒部 ナノカ】
「だから、私がもう一度あの子の泣いている部屋の扉を開けてあげないといけないの。‥‥ここから無事に帰って」
【黒部 ナノカ】
「だから落ち込むのはもう終わり。あなたが側についてくれたから思い出せたわ。私の原点を」
ナノカさんはすっかり立ち直ったようです。もしかしたら心のどこかでまだ無理をしているのかもしれませんが、決意を固めここから出るんだという意思を持ち直したことだけは疑う余地はありませんでした。
ナノカさんは軽く手を振ると、そのまま去っていきました。
私はふと、先ほどまでナノカさんが座り込んでいた場所に目をやります。彼女が流した涙の跡がまだ床に僅かに残っています。
私にはその涙の跡が、誰かもう1人‥‥ナノカさんの奥に潜む、“あの子”の涙のようにも見えました。
以下、作者後書き
最近公式からナノカさんの情報がいっぱい出てきて戦々恐々としております。
いつ公式設定とムジュンが生じるかと考えると怖くてたまりません‥‥。