私は現場のシャワールームの近くにある物置を訪れました。なにか手がかりがあるのではないかと、直感したからです。
私は倉庫の中を見て回ります。辺りには段ボールがたくさん置かれていて、かなり埃っぽいです。あまり長居する場所じゃありません。素早く捜査を終わらせないといけません。
そんな風に考えていると‥‥段ボールの隙間に気配を感じました。‥‥誰か隠れている?
疑問に思って覗き込んでみると‥‥。
【三条 エリス】
「‥‥グスッ。‥‥あっ、マコトさん‥‥」
エリスさんがいました。座り込んで泣いています。ラウンジでも大泣きしていましたが、まだ悲しい気持ちが抑えられないようです。
【篠宮 マコト】
「だ、大丈夫ですか、エリスさん?」
【篠宮 マコト】
(‥‥エリスさんの事が心配です。今は、彼女の話を聞きましょう)
心配になった私は一旦調査のことは横において、エリスさんに声をかけます。
【三条 エリス】
「だ、大丈夫じゃありばぜんん‥‥」
泣きながら話すものですから、言葉の節々に濁音がついてしまっています。涙も鼻水も垂れ流しになっています。近くにトイレットペーパーの段ボールが開いているのが見えたので、1つ取り出すとエリスさんに差し出します。
【篠宮 マコト】
「トイレットペーパーで鼻をかむの、抵抗あるかもしれませんが‥‥よければ」
【三条 エリス】
「あ、あびがどうございまずうううぅ‥‥」
大きな音を立ててエリスさんは鼻をかみ始めました。
【篠宮 マコト】
「そ、それにしてもなんでこんなところに‥‥?」
【三条 エリス】
「うう‥‥あたし、ただでさえ感情の起伏が激しいのに‥‥魔法のせいでみなさんに迷惑かけちゃいますからぁ‥‥せめて目立たないところで泣こうかと‥‥」
鼻をかみながらエリスさんは答えます。確かに、今こうしている間にもエリスさんの悲しみの感情が伝わってきて、目頭が熱くなっています。
【三条 エリス】
「なんで‥‥なんでリクアさんは殺されちゃったんでしょうか‥‥あんなにみんなを引っ張っていたのに‥‥」
俯きながらエリスさんは呟きました。
【篠宮 マコト】
「確かに‥‥犯人の動機というのは考えていませんでした」
人を殺すというのには、当然理由が伴って然るべきです。たとえターゲットが定まっていない無差別殺人であろうと、その行動を起こす何かしらの理由は必ず存在します。
動機もなしに殺人事件が行われるはずがありません。けれども、その動機とは‥‥?
【篠宮 マコト】
「そういえば、私たちがここに閉じ込められた初日、確かこんな事を言ってましたよね」
───────
【ゴクチョー】
「――あっ、あと何個もすみません。最後に。みなさんに、もっとも大切なことを伝えておきます。魔女になりつつある者は、抑えきれない殺意や妄想につかれてしまいます。面倒なことに、いずれ囚人間で殺人事件が起こるんですよ。これが毎度のことなんですよねぇ‥‥」
───────
【三条 エリス】
「た、確かにそんな事を言っていたような気も‥‥」
【篠宮 マコト】
「つまり、犯人は今、魔女化が進行しつつある、ということですよね? 魔女化の原因は確か‥‥」
【三条 エリス】
「“強いストレス”や“トラウマに触れられる”‥‥だったでしょうか」
確か、このあたりの話は魔女図鑑にも書いてありましたね。だからリクアさんはストレスを緩和しようと生活環境を改善しようと計画したのです。
【篠宮 マコト】
「現状の牢屋敷の生活環境は、少しずつですが改善されつつありました。ストレスの方は線としては薄くなるはずです。と、いうことは‥‥」
【三条 エリス】
「“トラウマ”。‥‥犯人は、なにかトラウマを刺激されるような出来事を、最近受けた‥‥ということでしょうか」
【篠宮 マコト】
「そうなりますね‥‥」
しかし、その結果なぜ殺意がリクアさんに向いたのでしょうか‥‥。たまたま、そこにいたから殺した? それとも‥‥リクアさんにトラウマを刺激された‥‥?
ですが、直近彼女は誰かの恨みを買うような行動を起こしていません。それどころか、環境をよくしようと奔走していたくらいです。恨まれるような状況‥‥どこかにあったでしょうか。
【篠宮 マコト】
「‥‥分かりませんね。‥‥思えば、私たちはまだ知り合ったばかりです」
【篠宮 マコト】
「それぞれの過去に何があったかなんて知る由もないし、みすみす誰かに教えるようなものでもありません」
【篠宮 マコト】
「動機は‥‥正直分からない、というのが現状でしょうね」
どんな理由があるにせよ、殺人は許されることではありません。リクアさんと犯人との間に一体何があったのか‥‥それを知るためにも、犯人を私たちは暴き出す必要があるようです。
【篠宮 マコト】
「ともあれ、捜査をしないと裁判は戦えません。どうやらここには目ぼしいものはないようですし‥‥私は他をあたってみます」
エリスさんと話している間にも、私は周辺の観察を行っていました。が‥‥とりわけ目立った証拠はなさそうです。事件現場に近いとはいえ、何かあると考えたのは検討違いだったようです。
【三条 エリス】
「‥‥あ、あたし‥‥いえ、私もやります!」
突然エリスさんは立ち上がりました。目の下は泣き腫らして赤くなっていますが、その表情から悲しみの気持ちは消え去っていました。
【三条 エリス】
「私も、なんで真壁さまが殺されたか、知りたいです」
【三条 エリス】
「私たち、今日まで皆さん仲間だと思って過ごしてきました。そんな私たちの中から殺人者が出たなんて、信じたくありません‥‥」
【三条 エリス】
「殺した動機を聞いても納得できないかもしれません‥‥」
【三条 エリス】
「でも! それでも私は知りたいです。なんで真壁さまが殺されなければならなかったのか‥‥」
【三条 エリス】
「どんな感情を犯人さまは抱いていたのか‥‥真実を明らかにする以外にその方法はない‥‥そうなんですよね、篠宮さま?」
エリスさんの目は決意に満ちているように見えました。
【篠宮 マコト】
「ええ。きっと‥‥真実を見つければ、それは分かるはずです」
必ずしも”真実”を暴くことが良いことだとは正直思いません。《隠すべき真実》というものももしかしたら存在するかもしれない。私は内心そう思っていました。
ですが‥‥立ち上がろうとするエリスさんを前に、そのような《真実》をつきつけることは、できませんでした。
【三条 エリス】
「私、今からでも動きます。ご遺体を見るのは‥‥感情がおかしくなってしまいそうなので、なにか証拠が残っていないか、お屋敷の中を探してみます」
【三条 エリス】
「篠宮さま、ありがとうございました!」
エリスさんは丁寧にお辞儀をしました。彼女のやる気が魔法を通して伝わってきたのか、私も少しだけ元気が出ました。
【篠宮 マコト】
「あ、あのエリスさん、張り切ってるところ申し訳ないんですけど‥‥」
最後に1つ。私は彼女に伝えます。
【篠宮 マコト】
「鼻水、まだ垂れてますよ‥‥」
【三条 エリス】
「‥‥あっ!」
鼻をしっかりとかみ直した後、エリスさんは調査へと乗り出していきました。