日常パート その1
看守さんとゴクチョーさんがラウンジを去った後、私たちの間には何とも言えない沈黙が広がっていました。
誰しもが自分の置かれた状況を現実として認識し得ない。まるで夢でも見ているのではないだろうかと、その場から動けないように見て取れます。
【朝雛 チサ】
「‥‥‥‥‥‥」
【倉科 ミオリ】
「‥‥‥‥‥‥」
ゴクチョーさんが現れる前は比較的賑やかにしていた2人も、置かれた状況を察したのか黙り込んでしまいました。特にチサさんについては、一度看守さんに文字通り歯向かおうとしていたのですから無理もありません。
もし彼女があのまま看守さんを攻撃をしていようものなら‥‥恐らく、構えられた剣が彼女を刺し貫いていたでしょう。
その気配を今になって察知したのか、チサさんはやや狼狽しているように見えました。
件の看守さんはゴクチョーさんが通気口へ消えた後もなお、剣を構える姿勢を解いていませんでした。未だ警戒状態にあるのでしょう。
しかしやがて、私たち全員に抵抗の意思がないとみなしたのか、柄にかけた手を離すと、そのままどこかへフラフラと立ち去っていきました。
看守さんがいなくなったことで、周囲の緊張が少し緩みました。皆さん一様にため息を付き、ソファに腰掛ける人もいます。
それでもなお、皆さん、周囲の様子をうかがって動こうとしません。当然です。囚人間でいずれ《殺人事件》が起こるなどと言われては、自分以外の人間に恐怖や警戒心を抱くのはごく自然なことです。
ある種、一触即発の状態。それが数十秒ほど続いた後‥‥。
【真壁 リクア】
「みんな、聞いてくれ」
モニター付近を陣取っていたリクアさんが口を開きました。手には支給されたスマホが握られており、何かを確認していたようです。
【真壁 リクア】
「規則のⅤによると、今は先ほどの監房で過ごさないといけない時間のようだ」
【真壁 リクア】
「あの謎のフクロウの説明のために例外的にラウンジに呼び出されたようだが、説明が終わった以上、房に戻らなければ懲罰の対象になる可能性がある」
【真壁 リクア】
「17時になれば、自由時間として移動の自由が与えられるようだ。今後の私たちの方針について、そこで話し合いたいと思う。どうだろうか?」
リクアさんは全員に視線を飛ばし、同意を求めようとします。
しかし、誰も口を開こうとはしませんでした。緊張か、警戒か。この状況で正面に立ち、周囲を導こうとする姿勢を取るリクアさんの存在は、他の人達の目には奇異の存在として映っているのかも知れません。
【真壁 リクア】
「‥‥まあ、この状況だ。即座に意思決定をするのは酷だろう。私自身まだ状況が飲み込めていない」
【真壁 リクア】
「いずれにおいても、このままラウンジに残り続けるのは得策とは言えない。全員一度監房に戻るべきだ。さあ」
リクアさんは喋りながらズカズカと私たちの間を縫うように歩みを進め、ラウンジを後にします。
【リヴィア・ローゼンタール】
「そうですわね。一度状況を整理したいですし、わたくしもこれで一旦失礼いたしますわ」
次いでリヴィアさんが退出しました。2人が部屋を出たのをきっかけに、動く様子のなかった他の少女たちも動き出します。
1人、また1人と部屋を出ていきます。
ある人は緊張で引きつった表情を矯正しようと顔をグニグニといじくり、ある人は真っ青な顔で俯き、ある人は冷静になろうと努めて背筋をピン、と伸ばし直すなど、その様子は様々でした。
【南雲 ヒナタ】
「えっと‥‥篠宮さん、だよね。僕たちも戻ろう。みんなもう出ていってしまったよ」
【篠宮 マコト】
「え、あ。は、はい。そうですね。私たちも戻りましょう」
皆さんの様子を観察するのに夢中になっていたら、いつのまにかヒナタさんと私以外全員退出してしまっていました。このままでは懲罰房に連れて行かれることになります。
さり気なく差し出されたヒナタさんの手に引かれるまま私は監房へと戻るのでした。
私たちは他の11人に遅れを取る形で監房へと戻りました。全員が部屋に入ると鍵がロックされるようになっているのか、扉を閉じた瞬間「カチャリ」と小さな音がして鍵がかけられました。
【南雲 ヒナタ】
「出るときにも思っていたけど、見かけによらずオートロックなんだね。てっきり看守が1つ1つ鍵をかけて周るものだと思っていた」
ヒナタさんは鉄格子の扉をガチャガチャと動かして目を丸くしています。確かに、モニターといい、オートロックといい、思っていたよりもこの施設は見かけによらず現代の科学技術が取り込まれているようです。
【篠宮 マコト】
「さっきのフクロウ‥‥ゴクチョーさんが、私たちは“国の検査”に引っかかったからここにつれてこられた、って話していました」
【篠宮 マコト】
「もしかしたら、この牢屋敷は国ぐるみで運営されているのかもしれません」
【南雲 ヒナタ】
「‥‥そう考えるのが自然だろうね。一度に13人もの少女誘拐が発生するんだ。騒ぎが起こらないほうが不自然だ」
【南雲 ヒナタ】
「それも、それが今回で3回目に至っている可能性がある。さすがに警察が気づかないわけがないだろう」
ヒナタさんは部屋に備え付けられた椅子に腰掛けると、机に肘をついて天井をぼーっと眺めています。
【篠宮 マコト】
「誘拐事件が3回‥‥? なぜそんな事がわかるのですか?」
私がヒナタさんに疑問を投げかけると、彼女は両手の指を立てて数字を作り出す。
【南雲 ヒナタ】
「今回この牢屋敷に集められた少女たちは全部で13人。そして篠宮さんの囚人番号が27番から始まっている」
【篠宮 マコト】
(囚人番号‥‥監房の出入り口のあたりに掲示されていましたね)
【南雲 ヒナタ】
「毎回13人さらわれてきているとした場合、合計で39人」
【南雲 ヒナタ】
「囚人番号は1~13、14~26、そして27~39となる。つまり、ちょうど僕たちが3組目ってわけだ」
【篠宮 マコト】
「番号の連続性を考えれば、そうなりますね。だとしたら、私たちが3組目の“幽閉”の被害者ということに‥‥」
自分で呟いた言葉に、背筋に冷たいものが走りました。幽閉‥‥この言葉が持つ響きは、どこか人間扱いされていないような、不吉なものを含んでいます。
【篠宮 マコト】
「‥‥3回も、同じことを繰り返しているなんて。じゃあ、前の2組はどうなったのでしょう」
問いながら、私はベッドの縁に腰を下ろします。鉄製のフレームが軽く軋む音が、部屋の静寂に響きました。
【南雲 ヒナタ】
「それは僕にも分からない。けど、少なくとも“出ていった”形跡はなかった。囚人番号の掲示は続き番号だったから、どこかでリセットされた形跡もない」
ヒナタさんは腕を組み、天井を仰ぎました。長い沈黙が2人の間を流れます。換気口から微かに風が吹き抜け、蛍光灯の唸る音がその静けさを埋めているようでした。
【篠宮 マコト】
「‥‥怖いですね」
【南雲 ヒナタ】
「確かにそうだね。けれども恐怖しているだけではだめだ。どうにかしてここから出ないと。そうでないと‥‥」
ヒナタさんは私の言葉に最初は力強く返答してくれました。けれども、その言葉にはどこか陰が見えるように思えます。こんなところに閉じ込められては、気分が落ち込むのも当然でしょう。
【篠宮 マコト】
「そういえば、ゴクチョーさんは、私たちが《魔女》になる因子を持っている‥‥そう言っていましたね。あれは一体どういうことなのでしょう?」
話題を変えるために、私は別の話題をヒナタさんに投げかけました。
《魔法》。そして《魔女》‥‥それは本来、“架空の物語の世界の中”にしか存在しない代物です。それを扱う者がいるというのは、通常考えられない話です。
【南雲 ヒナタ】
「言葉通りの意味だろう。僕たちは魔法が扱えて、やがて魔女になる。僕も一応、魔法がないわけではない。‥‥篠宮さんはどうかな?」
ヒナタさんはうっすらと笑みを浮かべながらこちらを見ています。その表情から感情を読み取ることはできず、どこか薄ら寒い感覚を覚えます。
【篠宮 マコト】
「わ、私の魔法は‥‥」
私は少し逡巡しました。先ほどのゴクチョーさんの言葉が頭をよぎります。
───────
【ゴクチョー】
「魔女になりつつある者は、抑えきれない殺意や妄想につかれてしまいます。面倒なことに、いずれ囚人間で殺人事件が起こるんですよ」
───────
【篠宮 マコト】
(‥‥このまま本当に私の魔法を教えてもいいのでしょうか)
殺人事件などそう簡単に起こるわけがない。私はそう思っています。人間にはみな良識があって、規範に反する行為など起こるわけがない。
けれども、本当にそうなのでしょうか?
“魔女になりつつある者は、抑えきれない殺意や妄想につかれてしまう”という言葉が事実なのであれば、この場での魔法の開示はある程度のリスクを伴います。
すなわち、魔法を使っての殺人が行われた場合、現場の状況によっては私の魔法が使われた、と濡れ衣を着せられる事もあるというわけです。
もっとも、私の魔法はそんなことに使えるものとは言えないですが‥‥。
悩んでいたその時、ポケットに入っていたスマホの通知音が響きました。それと同時に扉が解錠された音が聞こえました。
『みなさん、夕食の時間です。速やかに食堂へ集まってください』
【南雲 ヒナタ】
「もうこんな時間か」
ヒナタさんも同じくスマホで通知の内容を確認していたようで、ポケットにスマホをしまうと、立ち上がりました。
【南雲 ヒナタ】
「さっきの魔法の話については忘れて。デリケートな話だったと思う。ごめん」
ヒナタさんは頭を下げ謝罪の言葉を述べました。
【篠宮 マコト】
「き、気にしないでください。それよりもほら、早く食堂に行きましょう。私たち、ここに連れてこられてから何も食べていないですし」
先ほどとは違い、今度は私がヒナタさんに手を差し出します。ヒナタさんがやったことを真似しているだけですが、それでも手を繋げば自然と相手と心がつながる。そんな気がしたからです。
ヒナタさんは私の手を取ると、微笑を浮かべました。
【南雲 ヒナタ】
「ありがとう。言われてみれば、僕もお腹がすいた。早速食堂に‥‥」
ヒナタさんが喋っているその時。廊下の方が騒がしくなりました。
【???】
「ちょ、お前。待て! んな走ったら危ねえだろ!」
【???】
「ごはん‥‥ごはああああんッ!」
粗暴な雰囲気の声が、やんちゃそうな声の持ち主を止めようとしている様子が聞こえました。
しかし、静止しきれなかったのか、続けてドタドタと廊下を何かが走り抜けていきます。
【篠宮 マコト】
「今のは‥‥チサさん、でしたっけ。何やらすごい勢いで走っていったようですけど‥‥」
【南雲 ヒナタ】
「あー‥‥。‥‥なんだか嫌な予感がするね」
ヒナタさんは遠い目をしていました。チサさんは先ほどラウンジでもひたすら果物を貪っていました。相当食いしん坊なのでしょう。
そんな彼女が食事の時間がきたと知らされたのであれば‥‥結果は容易に想像がつきそうです。
一抹の不安を抱えつつ、私たちは監房を後にしました。