それは‥‥単なる偶然の出来事でした‥‥。少し気分が悪くなったので、医務室で薬を頂こうと思っていたら‥‥シャワールームに入っていく、泥まみれの真壁さんの姿を見かけました。
右手には大きな絆創膏が張られていて‥‥作業をしている時になにかあったんだと直感しました。彼女は、これまで誰にも見せていなかった、苦しそうな表情をしていました‥‥。
その時、以前シャワールームで朝雛さんと星谷さんたちのじゃれ合いが、外だと全く聞こえなかったことを思い出しました。
シャワールームは防音。‥‥今なら、何をしても気づかれることはない。私の中の《影》‥‥いえ、《闇》はそう囁きました。
計画をその場で立てた私は‥‥まず物置に石鹸を取りに行きました。‥‥真壁さんが石鹸で滑って転んで、そのまま溺死したように見せかけるためです。
そうして偽装工作の準備を終えた私は‥‥真壁さんに気づかれないように、彼女の背後を取りました。
偶然にも、彼女は髪の毛が詰まっていた一番奥のシャワーブースにいました。‥‥チャンスだと思いました。
シャワーの音と、こびりついた泥を取るのに気を取られていたせいか、真壁さんが私の接近に気がつくことはありませんでした。
そしてそのまま‥‥私は魔法を発動しました。《影操作》の魔法‥‥牢屋敷中に照明が置かれた今となっては、私が魔法を使うことが出来る唯一の場所こそがシャワールームでした。
もがき続ける真壁さんを‥‥私の魔法は抑え続けました。影越しに押さえつけるので、水がかかる距離に立たずにすむし、何よりも‥‥彼女のもがく振動もこちらには伝わりません。
私はただ、魔法を使ってその場に立ち尽くすだけ‥‥それだけのはずでした。
ですが‥‥一向に水が溜まる気配はありません。‥‥いつのまにか、髪の毛が掃除されていたなんて‥‥掃除班だったのに、他のところを掃除していたのが仇になりましたね。
なので仕方なく‥‥傍にあったシャワーカーテンを引きちぎって、栓の代わりにしました。
カーテンを詰める時にほんの一瞬、真壁さんの顔を上げましたが‥‥その時点で彼女は既に気を失っていたのか、あるいは死んでいたのか‥‥彼女が抵抗することはもうありませんでした。
そのまま3分ほど彼女の顔を溜めた水に押し付けて‥‥私は彼女を溺死させました。
最後に石鹸を置いて、詰めたシャワーカーテンを回収しておしまい‥‥誰にも気づかれることなんてなかったはずだったのに‥‥。
‥‥回収の時に見た真壁さんの顔を見て動揺した私は、彼女の死体を元に戻すことも、証拠を容易に処分できる焼却炉の存在も忘れて、そのままシャワールームを飛び出していました。
そのままの勢いで医務室に飛び込んだ私が息を整えていると‥‥そこに不運にも南雲さんがやってきてしまいました。
‥‥その時の私は、どんな表情をしていたんでしょうね。心配したのか、あるいは何かを察し取られたのか‥‥そこから南雲さんは、ずっと私の側にいました。
‥‥動かぬ証拠である、シャワーカーテンの入ったウエストポーチと一緒に。
結局のところ、私は証拠を処分できず‥‥そして、今に至ります。
これが‥‥私の起こした事件の全容です。
‥‥やはり、私に光の当たる表舞台なんて似合いませんね。
“殺人者”という役すら‥‥私は満足に演じきれなかったのだから。
──────────
常盤シヅハさんが、真壁リクアさんを殺した犯人でした。
当然ながら、彼女が犯人として最も多く票を集めました。
誰もが顔を俯け、苦々しい顔をしています。ミステリ小説のように、謎が解かれた快感などは当然ありもせず。そこに残るのは、重々しい空気と‥‥新たな“死の匂い”。
【篠宮 マコト】
「なんで‥‥なんでリクアさんを殺したんですか‥‥?」
【篠宮 マコト】
「彼女は私たちのために懸命に動いてくれていました。先陣を切って、私たちの事を思って‥‥そんな彼女を、一体なぜ!?」
彼女を糾弾しようとする私の声は、少しずつ大きくなっていきました。
どんなことであれ、人が何かの行動を起こすには当然、“動機”が存在します。ましてや、人が人を殺すともなれば、そこには大きな動機が存在しているはず。
しかし、それが理解できない私は‥‥ただ、シヅハさんに向かって声を荒らげてその理由を問うしか取りうる術がありません。
【常盤 シヅハ】
「‥‥‥‥‥」
一瞬の沈黙。そしてこちらに目線をやったシヅハさんは‥‥すぐに顔を伏せました。
【常盤 シヅハ】
「‥‥“黙秘”します」
【篠宮 マコト】
「なっ‥‥!」
【常盤 シヅハ】
「私がその問いに答える義務はありません。常盤シヅハは、真壁リクアを殺した。‥‥そして、その事実が解き明かされた。それで十分ではないですか」
シヅハさんは静かに唇を噛み、フードを目深に被り直します。まるで‥‥私たちから注がれる目線から、逃げるように。
【常盤 シヅハ】
「もう、終わりでいいでしょう。
シヅハさんはとうとう私たちに背を向けると、そのまま縮こまって目線すら合わせようとしません。まるで全てを拒否しているようです。
【篠宮 マコト】
「シヅハさん‥‥」
彼女に聞きたいことは山程残っています。それでも、今の彼女はきっとどんな言葉も受け付けないでしょう。夜闇のような彼女の囚人服の黒に、言葉が全て吸い込まれるような‥‥そんな錯覚を感じました。
【ゴクチョー】
「あっ。もうよろしいですか? 時間も押してますし、そろそろ進めたいんですが‥‥」
空気を読まずに‥‥いえ、処刑されるシヅハさん自身が終わりを望んでいる今は、むしろ空気を読んだと言えばいいのでしょうか。いずれにしても、ゴクチョーさんは無神経かつ無遠慮で、興味なさげな声色で私たちの間に割って入ります。
直後、各所からピロン、と音が鳴りました。皆さんのスマホの通知音のようです。
周りがスマホを取り出すのに合わせて、私もスマホをポケットから取り出します。そして直後‥‥目を疑いました。
スマホには、大きな丸いボタンが表示されていました。その中心には《処刑》の2文字。これが意味することは‥‥。
そんな私の疑惑は、ゴクチョーさんの説明によってすぐに裏付けされてしまいます。
【ゴクチョー】
「各自のスマホにボタンが表示されていると思うので、全員がそれを押したら処刑執行スタートします」
【篠宮 マコト】
「え、わ、私たちが押すんですか‥‥?」
【ゴクチョー】
「ええ。そのように決まっていますので、お願いします~。ここでは、何度かポチポチと押してもらうことになっていますので‥‥」
【篠宮 マコト】
(私たちの手で‥‥シヅハさんを処刑台に送る‥‥。私たちが決めたのだから当然だ、と)
【篠宮 マコト】
(‥‥おそらく、そのようなロジックなのでしょうね)
死刑執行の際、刑務官たちは3人で同時にボタンを押すと聞いたことがあります。当たりのボタンは3つに1つ。そのような措置が取られているのは、自分が押したボタンが執行のボタンか、そうでないかを明確に判断させないため。
すなわち、“自分が殺した”という責め苦を少しでも減らそうとするための配慮だそうです。
それに相当する処刑ボタンを私たちに押させる‥‥明確に《処刑》と書かれたそれは、私たち全員が”当たりのボタン”を押したことを否応なしに理解させられます。死刑執行ボタンのロジックの、まさしく正反対を行く方法です。
私たちにストレスを加える目的が潜んでいることは、誰の目から見ても明らかでした。
“魔女裁判で犯人を、処刑されるべき魔女を選出したのはお前たちだ”
“処刑ボタンを押したお前が殺したんだ”
きっと管理者はそんな闇のように深くて暗い、苦い思いを私たちに味あわせようと‥‥そんな考えでこのような人の心を外れた行為をさせているのでしょう。
青ざめた顔で。諦めたような顔で。泣きそうな顔で。何も見たくないと、いっそ目を瞑って。周囲の少女たちは、ボタンを押しています。
激しい動悸に襲われながら、私もまた‥‥ボタンの上に、手を‥‥。
【ゴクチョー】
「はい! ではこれより、魔女の処刑を執行します~」
ゴクチョーさんの宣言と共に、何かの仕掛けが作動しはじめました。どこからか歯車の回転音が聞こえ、中央の台座がわずかに揺れています。直後、中央にあった台座が下降していき、入れ替わる形で新たな台座が現れました。
大掛かりな仕掛けと共に現れた台座に、私たちは一様に唖然とし、言葉を失っていました。
【篠宮 マコト】
(あれが‥‥処刑台?)
現れた処刑台はおよそ処刑台とは思えないような見た目をしていました。中央の台座には拘束用と思しき手錠と足枷。金属で出来ていて、台座にしっかりと固定されています。
問題になるのは‥‥。
【南雲 ヒナタ】
「あれは‥‥“スポットライト”‥‥?」
円形の台座には、格子状の金属の骨組みが立てられていて、そこに無数のスポットライトが取り付けられています。文化祭で野外に設置される簡易の舞台を、そのまま持ってきたと形容すればいいのでしょうか。
到底、《処刑》という言葉とは結びつかないような処刑台に、皆さん困惑の表情を浮かべます。
【常盤 シヅハ】
「‥‥ま、待ってください。あ、あれが《処刑台》だって言うんですか?」
しかしそんな中、シヅハさんだけは狼狽していました。遠目に見ても分かるくらいの大粒の脂汗をかき、声も震えています。
【ゴクチョー】
「ええ、そうですが。‥‥何か問題でも?」
ゴクチョーさんは我関せずといった様子で、看守に指示を出しています。
【常盤 シヅハ】
「しょ、処刑って専用の部屋で、誰にも見られず、粛々と行われるんじゃないんですか!?」
【ゴクチョー】
「はい? 何を勘違いしているのか理解しかねますが‥‥この広間は裁判所であり、処刑場でもあります。裁判の途中でも説明したではありませんか」
───────
【ゴクチョー】
「あー、揺れてるついでに説明しておきますと‥‥“この監獄島”では、皆さんの証言台を自由に動かすことが出来るようになっているんですよ」
【ゴクチョー】
「処刑台の種類によっては、証言台が邪魔になるくらいに大きなものがあったりしますので‥‥証言台を動かせるようにしておかないと何かと不便なんです」
───────
【常盤 シヅハ】
「そ、そんなのは説明とは言いません! こ、こんな、沢山の目の前に立たされるなんて‥‥! 卑怯です! 騙しましたね!」
【ゴクチョー】
「卑怯? 騙す? あなたが勘違いしただけではありませんか」
【ゴクチョー】
「それに古来より、魔女の処刑は“民衆の前”で行われるものです。そうでなければ‥‥《魔女の処刑》とは呼べませんから」
気がつけば、シヅハさんの背後には看守さんが立っていました。複数あるその腕でシヅハさんはガッチリと拘束され、身動きを封じます。シヅハさんはなんとか脱出しようと身を捩り必死に抵抗しますが、それも虚しくステージ上へと引きずられていきます。
【ゴクチョー】
「あ、他の人たちは動かないでくださいね。邪魔や介入をすれば、看守がその者も同様に断罪します」
【常盤 シヅハ】
「い、嫌です! や、やめて‥‥! あそこは‥‥あそこに立たされるのだけは、嫌だ‥‥!」
悲痛な叫びを看守さんが聞き入れることもなく。シヅハさんはゆっくりと、しかし着実にステージへと連行されていきます。その様子を、私たちは鎮痛な面持ちで見守る他ありません。介入してしまえば、私たちも殺されてしまうから‥‥。
【常盤 シヅハ】
「やめて‥‥! 本当に、やめてッ‥‥くださいッ‥‥! やめないと、言うのなら‥‥」
思い出したかのようにシヅハさんは、身体を拘束する腕の間から手を伸ばすと、近くにいた私たち“全員の”影を捉え、それを操り始めました。
一瞬なぜ彼女が魔法を発動できたのかと驚きました。しかし、よく考えれば、裁判場はこの裁判が開廷されるまで開かれていませんでした。したがって、照明が設置されていません。シヅハさんが魔法を発動できる条件が偶然にも整っている状態でした。
けれども、それ以上に驚くべき事は‥‥。
【星谷 セリナ】
「な、なあ‥‥シヅハっち、なんかおかしくね? 確かあの子、影は3つまでしか操れないって言ってたんじゃ‥‥」
【朝雛 チサ】
「あ、アタイたち全員分の影が奪われてるぞ!」
シヅハさんは、彼女が宣言していた数以上の影を操り、看守さんに抵抗を見せています。この現象は‥‥
【篠宮 マコト】
(魔法が‥‥進化している?)
頭によぎったのは、魔女図鑑に書かれた一節。
『強いストレスを受けると、魔女因子が活性化』
シヅハさんの中の魔女因子が、処刑されるという耐え難いストレスで活性化して、魔法の効力を高めている‥‥そのように説明すれば、今の現象にも納得がいきます。
私がそうやって思考を巡らせている間にも、シヅハさんは10以上の影を操って看守さんの連行に抗い続けています。しかし、片手に携えた剣でいとも簡単にいなされています。
次第に2人の攻防は沈静化していき‥‥やがて、シヅハさんがへたり込んでしまいました。
ムチのように大きくしなっていた影はヘタリと垂れ下がってしまい、周囲に黒い絨毯のように広がってしまっています。
必死の抵抗も虚しくやがてステージにたどり着いたシヅハさんは、台座に取り付けられた手錠と足枷を強制的に装着されていきます。拘束が終わると、看守さんは速やかにその場を離れていきました。
拘束されたシヅハさんは、尚も脱走を試みます。しかし完全に固定された手錠と足枷から逃れられる術など存在するはずもなく。体力が先に尽きてしまい、その場にうなだれてしまいました。
次の瞬間――
【篠宮 マコト】
「きゃあっ!」
眼の前に閃光が走りました。一瞬怯んだ私が、目を開けると‥‥ステージにつけられたスポットライトが点灯していました。通常ののよりも明るいもののようで、普通のライトの数倍、いえ数十倍は明るい光がシヅハさんを照らしつけています。
【常盤 シヅハ】
「やめて! これを‥‥これを消して!」
ある程度の距離がある私たちでさえ眩しいと感じるスポットライト。そんなものを、ステージの真下で受けるシヅハさんの視界は眩しいなんてものじゃすまないのでしょう。
目を瞑ったまま天井を指差し、ライトを消すように要求します。
【朝雛 チサ】
「な、なあ。ホントにこんなのが処刑だって言うのか‥‥?」
確かにあのレベルの光を照射されることは苦痛でしょう。しかし、およそ処刑とは言えない構図に、チサさんが困惑の声を上げます。
【リヴィア・ローゼンタール】
「確かに、わたくしたちの目から見れば、処刑とは言い難い光景ですわね。ですが‥‥どうやら、当人の視線からは違って見えているようです」
リヴィアさんはゆっくりと、シヅハさんの方を指さします。見ると、彼女の爪が急速に伸び始めています。
その様相はもはや“爪”を飛び越えて“カギ爪”と読んだほうがふさわしいくらいに大きくて、禍々しくて。人間性の喪失が始まっている事は誰の目から見ても明らかでした。
【早瀬 アキラ】
「『魔女に耐え難い苦痛を与える』のが処刑の目的とされていたはずだ。つまり‥‥常盤にとって、あれが耐え難い苦痛であるからこそ、こんな処刑方法が選ばれているに違いない」
【鳳月 カナデ】
「し、しかし、スポットライトを当てられることが苦痛になるとは‥‥一体どういうことなのでしょう?」
私たちは困惑し、周囲を見回します。すると、ゴクチョーさんが何やらカチャカチャとスイッチを羽を使っていじくっている様子が見えました。
【ゴクチョー】
「‥‥はあ、また故障ですか。困ったものですねぇ。ま、長い時間照らしていたほうが色々と好都合ですし、別にいいでしょう」
誰にも聞かせるつもりはなかったであろう、その小さな独り言を私は確かに拾いました。そして、同時に‥‥ようやく察しが付きました。
私はシヅハさんの方に再び顔を向けます。彼女は脱げかけているフードを、必死に頭を振ってなんとか被り直そうとしています。手錠をかけられた彼女に、もはやフードを目深に被り直す手段はそれしかありません。
必死に頭を動かすシヅハさん。その時、偶然にも私と目があってしまいました。瞬間、彼女は小さく縮こまる姿勢を取ります。取り付けられた手錠と足枷がぶつかり、ジャラリと金属のぶつかる音が鳴ります。
つられて、他の皆さんも再び処刑台の方に目をやりました。彼女はますます小さくなり、必死に姿を隠そうとしています。
【常盤 シヅハ】
「や、止めてください‥‥お願いです‥‥。‥‥お願いですから、この光を消してください‥‥」
小さく縮こまった彼女は、ガタガタと身震いし始めました。その振動に揺らされて再び手錠と足枷が、今度はカタカタと震えた音を立てます。
【篠宮 マコト】
(やはり‥‥彼女は、“光”を‥‥そして、私たちの“目”を‥‥)
私の最終結論は、直後に飛び出したシヅハさんの叫びによって肯定されてしまいます。
【常盤 シヅハ】
「お願いだから‥‥照らさないで‥‥そんな目を向けないで‥‥」
【常盤 シヅハ】
「私を──見ないでえええええええッ!」
シヅハさんは‥‥誰かに見られることが。光の下にさらされることが、嫌だったのです。
彼女の心の奥深くに閉じ込めた“トラウマ”。シヅハさんに目を向けてしまった私たちは‥‥その禁忌へと、踏み込んでしまったのです。
───────
──演じることが好きだった。
──人から自分の演技を見てもらうことが好きだった。
──すごいね。上手だね。
──そう両親から向けてもらった“目”が。期待を向ける“光”が。
──私の背中を、いつも後押ししてくれていた。
かつての常盤シヅハは、とある劇団に所属する役者の卵だった。何人もの有名な子役を排出していた劇団は、日々多くの子どもたちが切磋琢磨して上に、上に行こうと必死にあがいていた。
周りに振り落とされまいと、シヅハは必死で食らいついた。学校が終わればすぐに稽古場に向かって。寝る間も惜しんで台本を頭に叩き込んで。鏡の前で何度も作り笑いをして。しまいには自分の本当の笑顔が分からなくなっても、演技を続けた。
気がつけば、楽しかったはずの演技は“義務”へと変貌していった。シヅハの中で生まれたそんな“ズレ”は、最悪の結果として表舞台に上がってしまう。
一世一代の大舞台でミスをした。演技の最中、ほんの少し躓いただけのささいなミス。いくらでも取り返しはついたはずだった。しかし、その瞬間途端に怖くなってしまった。
ミスをした自分に向けられた“目”が。ミスした自分を否応なしに照らす“光”が。
自分を鼓舞し、演技への道へと背中を押してくれたはずの、味方だったはずの“目”と“光”が、牙を剥いて自分に襲いかかってきた。常盤シヅハはそんな錯覚に襲われてしまった。
動けなかった。アドリブすら、できなかった。小さく縮こまって、声も出なかった。幕が急遽閉じられ、照明も落とされた。見られなくなった彼女は、安心感を覚えてしまった。
《表舞台に立ちたい》と願った少女が、《表舞台を拒絶》した瞬間だった。
以来、彼女は裏方へと周った。“目”が怖くても。“光”が怖くても。それでも、演劇にかける情熱だけは捨てきれなかった。だから裏方に回った。光の当たらない“
そんな屈折した思いは、魔法として表出した。
気がつけば影を操れるようになっていた。裏方のためにもたらされる、舞台裏の僅かな光。それによって形作られる影。シヅハは、そんな影に自分を重ねていた。
影を操って、裏方の仕事をこなす。それだけで彼女は満足だった。満足だと、”思うようにした”。
私の立つべき場所は、光の当たる表舞台ではない。僅かな光の中、細々と存在し続けられる影の中こそが、私の立つべき場所だと。
光を支えることが、影の役割だと。そう言い聞かせた。
──光の下を、私は歩いてはいけない。私なんかがそこにいたら、きっと全部台無しになってしまうから。
───────
【常盤 シヅハ】
「支えたかった‥‥裏方として、
シヅハさんはポツリポツリと、自身の感情を吐露していきます。
【常盤 シヅハ】
「だけど‥‥突然、彼女の事が憎くて‥‥憎くて仕方が無くなったんです! あの時の‥‥あの時の光が‥‥!」
【篠宮 マコト】
(あの時の、光。‥‥もしかして‥‥!)
心覚えは1つしかありませんでした。私は、思わずシヅハさんに問いかけます。
【篠宮 マコト】
「もしかして‥‥今朝、私が光を浴びせられたこと‥‥それが動機だって言うんですか!?」
歯を食いしばり必死に苦痛に耐えていたシヅハさんですが、私の問いを聞くと、ためらいながらもゆっくりと口を開きます。
【常盤 シヅハ】
「そ、そうです‥‥。あの時‥‥かつての私の姿を、あなたに重ねて見てしまいました‥‥。舞台で失敗して、強い光を浴びせられた‥‥あの日の私を‥‥!」
【常盤 シヅハ】
「そこから‥‥真壁さんに対する感情が、急におかしくなってしまったんです! 彼女のリーダーシップが、突然強い光に‥‥強すぎる光に見えてしまった!」
【常盤 シヅハ】
「強い光は消さないといけない‥‥そんな衝動に駆られてしまった‥‥! 止めることが‥‥できなかったんです‥‥」
強いストレスによる魔女化の進行‥‥それに伴う、殺人衝動。彼女の眼の前で起こった出来事は、ただ私が強い光を照射されたことだけ。例えそれだけのことでも、彼女にとっては耐え難いストレスであり、そして‥‥殺人を犯すきっかけになってしまう。
【篠宮 マコト】
(これが、魔女化‥‥これが、魔女因子‥‥だというのですか?)
常識から明らかに外れた動機。それでもシヅハさんは殺人を犯した。止めることができなかった。私たちの中に渦巻く魔女因子の恐ろしさに、足元が崩れていく錯覚を感じます。
──そんな時でした。
【ゴクチョー】
「あっ。ようやく直ったようですね。やれやれ‥‥」
スイッチをいじっていたゴクチョーさんが、いきなり取り付けられたボタンを押しました。
【常盤 シヅハ】
「──ッ!?」
その瞬間、シヅハさんの背中に赤色の細い光が2、3本照射されます。何事かと思った次の瞬間。
【常盤 シヅハ】
「があッ‥‥! あ、熱いッ‥‥!」
シヅハさんの背中が燃え始めました。
【南雲 ヒナタ】
「‥‥レーザーポインターか!」
強い光を発射するレーザーポインター。一箇所に当て続けると、紙を燃やすまでのエネルギーが生じると聞いたことがあります。それに類する光が、今シヅハさんに向けて照射されているようです。
【ゴクチョー】
「ああ、ついでに‥‥もう少し普通のライトも増やしておきましょうかね」
とどめと言わんばかりに、ゴクチョーさんは追加のスポットライトをシヅハさんに浴びせます。強い光で、シヅハさんの体が照らされます。
【常盤 シヅハ】
「があああッ!」
背中から広がった炎はシヅハさんの体中へと広がっていき、やがて全身を包み込みます。普通なら、まず間違いなく死に至るはずです。
しかし、魔女化が進み不死性を獲得したシヅハさんの体は、破壊と再生を繰り返し、その生命の灯火を強制的に燃やし続けています。
【常盤 シヅハ】
「やめて‥‥見ないで‥‥見ないでえええエエエェェェッ!」
あまりの光景に、私たちは目を離すことができませんでした。絶句し、全身の筋肉が緊張し、身動き1つ取ることができません。そんな私たちの目線を受けてか、シヅハさんはより一層苦しみます。
次第にその姿は人間の姿を失い、声も異形のそれへと変貌し始めていました。それはもはや、シヅハさんの声ではなく‥‥まるで、獣のような咆哮でした。
【篠宮 マコト】
(これが‥‥これが”真実”を解き明かした結果、なのですか‥‥?)
皆さんが処刑されないよう、必死に犯人を探し出そうと奔走しました。その結果‥‥シヅハさんは、私たちの眼前で苦しみ、慟哭の声をあげています。これが‥‥私たちの望んだ結末だというのですか‥‥?
【篠宮 マコト】
「ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥‥」
気がつけば、私は小さな声でシヅハさんに謝罪の言葉を述べていました。しかし、それが当のシヅハさんに届くはずもなく。
【常盤 シヅハ】
「ミナイデエエエエエエエエエエエッ!」
裁判所中に響き渡るシヅハさんの咆哮が、私の言葉を‥‥全て、かき消しています。
【篠宮 マコト】
(私は‥‥私は‥‥!)
それでも私は、シヅハさんに向けて謝罪の言葉を呟き続けるしかありませんでした。
───────
【ゴクチョー】
「‥‥無事に魔女のなれはてになったようですね。ということで、彼女は永遠の牢獄に閉じ込めます」
ゴクチョーさんが宣言すると、再び機械の作動音がなりました。ゆっくりと処刑台が下降を始め、シヅハさんの姿が少しずつ消えていきます。
地下に完全に処刑台が引きずり込まれたあとも、しばらくの間異形の咆哮が聞こえていましたが、床が閉じられたことで、完全に無音となりました。
“見られること”がトラウマであったシヅハさんにとって‥‥処刑台が地下に向かったことは、まだ救いであったかもしれません。そう考えなければ、私は正気を保っていられませんでした。
気がつけば、中央の処刑台は元あった台座に戻っていました。まるで、処刑なんて行われていなかったように。何もそこにはなかったかのように。そんな風に思えました。
──これで、ようやく1人目‥‥ですね!
──《全員殺す》‥‥まだまだ目標は遠いですけど、一緒に頑張りましょうね!
【篠宮 マコト】
(ええ‥‥そうですね。──さん)
頭の中に響いた声に、私はなんと返したのでしょう。気がついた瞬間には、全てが霞のように消え失せていました。
なんで‥‥こんな時に、またこの声が‥‥?
謎の声が、私の疑問に答えることはありませんでした。
以下、作者・イラスト担当後書き
ようやっと1人目の処刑が終わりました‥‥。ほんとに押せる処刑ボタンのお披露目から実に4か月以上‥‥長かったです。
今回を逃せば、当面の間シヅハさんについて語る機会はないでしょうから、ここいらで少しだけ裏話でもしましょうか‥‥。
当作品は、まずキャラクターたちの魔法を考えるところから作品づくりをスタートしました。当初は天気操作の魔法なんかがありましたね‥‥。その魔法は転じて、空気圧縮の魔法に変わったわけですが。
こんな魔法あったらおもろいな程度の雰囲気で、実はその魔法をどうトリックに活かして事件を起こそうか、という点については一切考えずに魔法を考案したりしています。
なので、後半戦の事件についてはかなりもがき苦しみながら考えることになるのですがね‥‥。
トラウマとかを考案しやすい魔法を作り出して、そこから肉付けしていく形を取ったことになります。
魔法を考案したあとは、トラウマを中心にうっすらとキャラ付けを行っていきます。
そして、なんとなくで事件の犯人と被害者を配置していきます。その後、事件のうっすらとした概要の決定、キャラのさらなる肉付け、名前の決定‥‥という順番でキャラの設定を行いました。
(事件さえもふんわりしているので、実は2話以降は結構内容が変わっている事件が多いです。もっとも、プロットまでちゃんと考えているのは3話までですが‥‥。また、1話は実は当初案からほぼ変化はなかったりします)
そして、影操作と空気圧縮、すなわちシヅハさんとリクアさんは偶然にも、最後に余った一番最初の事件の枠に収まることになりました。
この時点では、まだガバガバなトラウマを考えているのみで、一部キャラのトラウマはその後変更が加えられていたりします。
ただ、シヅハさんだけについては、実は既にこの時点で元俳優志望の黒子という設定はほぼかたまっていました。
原作1話の犯人が売れっ子俳優なのに対し、本作1話の犯人が俳優の夢を諦めた黒子という構図は、偶然にも原作との対比という形を取ることになってしまったのです。
ともすれば、犯人としての立ち振舞も可能な限り、レイアさんとの差別化を図ろうと画策しました。原作ではずっと表情を崩さずにエマさんと対峙していたレイアさんに対し、シヅハさんは割とあからさまに表情を崩し、犯人であることがモロバレなムーブでマコトさんと対峙します。反論ショーダウンの時の表情の崩れ方が一番わかり易いですね。
レイアさんは最後まで一流の俳優として、自分が濡れ衣を着せられただけの無辜の人間であるよう振る舞い続けたのに、二流以下の俳優であったシヅハさんはそんな取り繕った振る舞いができなかった‥‥という構図に仕立て上げたつもりです。作者の思うような描写になっているかは分かりません。
処刑についても同様です。レイアさんが見られない処刑なのに対し、シヅハさんはみんなから見られる処刑にしてみました。お互い逆ならよかったのにね。
処刑・トラウマとも良きものを描いていただきました。トラウマの方は理想的すぎてひょえ~となりましたもの。
さて、最後にエピローグをお届けして、1話は終了です。あまりにも時間がかかりすぎて申し訳ありません。
では。
・イラスト担当後書き
常盤シヅハ
一番初めにデザインが完成したという点で思い入れのある子です。元々の依頼ではローファーとスカートの学生服という指定があったものの、名前の響きや黒衣のイメージを取り入れたいという意図から和服風衣装へと変化していきました。
ラフの時はもう少し気が弱そうな感じだったのですが、本文に合わせていつの間にか強気な表情も見せるようになりました。反論決闘(ショーダウン)の際に使われている差分の表情は描いていて楽しかったです。
メカクレキャラということで、前髪の表現にはこだわっています。他キャラは目が若干透けるような表現を使っていますが、シヅハさんの前髪だけは基本的にすかしていません。鉄壁の前髪です。
真壁リクア
意外とデザイン自体は苦労しなかった記憶があります。いい子。ただ、カラーリングがものすごく難航しています。科学者モチーフで白衣を着せたいが、色はあんまり白が目立ち過ぎない方がいい(!?)とかいう超絶難しいお題をもらい、頭を悩ませました。途中で落書き気分で試した白黒半分ずつの色味で何となくしっくり来たので半分この服を着てもらっています。裾はあんまりきっちりしすぎるとゴシックな雰囲気との相性が良くなかったので、破かせてもらいました。ごめんね。
本編では尊大な物言いの彼女ですが、実はネクタイではなくリボンなのが可愛いポイントだと思っています。ボーダー柄のハイソックスも結構可愛いと思っているのですが、スチルでは裸足なので実はあんまり目立っていないのがちょっとだけ心残りです。ちなみに腰に下げている試験管の中に何が入ってるかは不明です。危ないものでは無いでしょう。多分。(←実験中のハイドロキシアセアニリドホスホモノエステラーゼ溶液だったら嬉しいですねby作者)
彼女たちは本編は当分お休みになりそうですが、機会があればラフ公開やオフショットなんかを描いてあげたいですね。
制作裏話
ここを逃すと世に出す機会がなさそうなので、ロゴデザインについて少し書こうかなと思います。
ロゴデザインは全て手描きで作成しています。現在のデザインに落ち着くまで微調整含めて10案くらい作ったように思います。原作と被らないようにしつつもゴシックで、そしてタイトルの「夢想」という単語に合うようなちょっとした揺らぎを感じられるデザインを目指しました。
ロゴには文章担当の要望で法曹三者が身に着けているバッジにまつわるモチーフが散りばめられています。もしよければ探してみてください。