静寂が裁判所内を支配しています。しばらく、誰も口を開こうとしません。
カタカタと歯のあたる音が聞こえるくらい狼狽し、震えている人。やるせなく空を仰ぐ人。消えていった処刑台の方をジッと見つめ神妙な面持ちを浮かべる人。
反応は人それぞれでしたが、誰もが目の前で起こった‥‥起こってしまった現実を受け止めきれていないようです。
そんな痛いほどの沈黙を破ったのは、ゴクチョーさんでした。
【ゴクチョー】
「無事に終わって良かったですね。また殺人事件が置きたら、魔女裁判を開きます」
【ゴクチョー】
「それまでは、今までどおりに囚人として慎ましく生活をしてください」
【ゴクチョー】
「これにて、閉廷とします。やれやれ、おつかれさまでした‥‥」
裁判が、終わりました。
あまりにもあっけなく、終わりました。
ゴクチョーさんは気だるそうに飛び立つと、さっさとどこかへ消え失せてしまいました。引き止められて面倒なことになる前に退散したかったのでしょう。
【リヴィア・ローゼンタール】
「‥‥行きましょう、アキラ」
お互いに様子を窺い合っていた私たちの中で真っ先に動き出したのは、リヴィアさんでした。捜査の時と同様、彼女はアキラさんを伴って裁判所を後にしようとします。
あれだけの光景を見せられてもなお、彼女は同様の色をほぼ見せていません。ほんの僅かに汗をかいているように見て取れる以外、普段となんら変わりない様子で振る舞っていました。
【早瀬 アキラ】
「‥‥チッ。相変わらずだな」
手を引っ張られたアキラさんは不満げながらも、リヴィアさんの後を追います。アキラさんの方は、少し顔が青ざめていました。普段頼りがいのある彼女でも、流石に目の前で処刑を見せられては心痛を感じざるをえないようです。
なおのこと、リヴィアさんの異質さが目立ちました。まるで‥‥“死”そのものに慣れている。だからこそ、捜査の時も、そして今も、こうして1人先陣を切って動けるのではないか‥‥そう邪推してしまいました。
リヴィアさんの退出を皮切りに、他の少女たちも重い足取りで裁判所を後にします。
冤罪であわや投票直前まで追いつめられたミトさんは、人一倍疲れたのかフラフラとおぼつかない足取りでした。それを近くにいたカナデさんが支えています。
いつもは騒がしいミオリさんも、流石に言葉を失っているようで、誰にも話しかけること無く姿を消します。
エリスさんは案の定大泣きしていましたが、突然地面を蹴ったかと思うと走って部屋を出ていきました。出ていってからもしばらくの間、彼女の泣き声が裁判所にこだまします。
続けて、さめざめと涙を流し、呆然と立ち尽くして動いていなかったチサさんを、セリナさんがおぶって裁判所を後にします。
セリナさんもまた、泣いていましたが、声を上げることはありません。チサさんに涙を見せまいと、そう思っているのでしょうか‥‥。
こうして少女の大半が裁判所からいなくなりました。残ったのは‥‥3人。
【南雲 ヒナタ】
「‥‥‥‥‥‥」
【黒部 ナノカ】
「‥‥‥‥‥‥」
ヒナタさんに、ナノカさん。そして、私。お互いに動くタイミングを見失ったのか、私たちはその場に立ち尽くしていました。
その3人が共通して目を向けているのが‥‥ついさっきまで処刑台が会った場所。シヅハさんが最期に遺した、あの獣のような慟哭がまだ耳にこびりついて離れません。
【南雲 ヒナタ】
「‥‥篠宮さん」
沈黙を破ったのはヒナタさんでした。私の方へと歩み寄ってきます。
【南雲 ヒナタ】
「ありがとう。君の尽力のおかげで‥‥“真実”が明かされた」
【篠宮 マコト】
「ありがとう、だなんて‥‥感謝される事をした覚えはありません。だって、私が“真実”を暴いたから‥‥」
ヒナタさんの声を聞きながらも、私は視線を処刑台の方から動かすことができませんでした。誰が犯人か暴かなければ、全員が殺される。そんな最悪の結末を回避するために、必死に食らいついてなんとか犯人を見抜いてみせました。
けれども、その結果もたらされたのは、あの惨たらしい《処刑》。私は‥‥自分が正しいことをしたのか、分からなくなっていました。
【南雲 ヒナタ】
「‥‥いや。それでも僕は君に感謝を述べるよ。明かされるべき“真実”を‥‥君が明かしてくれた」
ヒナタさんは柔和な声色で私に語りかけます。視線はあいませんが、それでもヒナタさんは続けます。
【南雲 ヒナタ】
「例え、魔女因子によって殺人衝動が刺激されようとも‥‥殺人は殺人だ。その罪は“償わなければならない”。そのために‥‥真実が必要なんだ」
【篠宮 マコト】
「罪を、“償う”‥‥」
ヒナタさんの発する言葉に、ほんの少しの、負の感情を感じ取った‥‥そんな気がしました。
怒り、悲しみ、憤り、あるいは‥‥絶望。その“負”の感情が一体どのようなものなのか。その感情の種類や性質までは感じ取れませんでした。
けれども、“真実“に”罪“、そして”償い“という言葉に、彼女の譲れない思いが宿っていることだけは、確かに理解できます。
【南雲 ヒナタ】
「“真実”を見つけられなければ、事件の影で何が起こったのかを知ることができない」
【南雲 ヒナタ】
「何が起こったのかを知ることができなければ、犯人が誰か分からない」
【南雲 ヒナタ】
「犯人が誰か分からなければ‥‥罪は償われない」
【南雲 ヒナタ】
「だから、全ての“真実”は明らかにされるべきだ。それを‥‥君がやってくれた。本当に感謝している」
視界の端で、ヒナタさんが拳を強く握っているのが見えました。少しだけ目線をそちらにやると、歯噛みしているのが目に入ります。
【南雲 ヒナタ】
「本当ならば、僕が積極的に発言するべきだった。それなのに、僕は‥‥」
【篠宮 マコト】
「けれども‥‥私は、彼女の‥‥シヅハさんの明かされたくない《真実》にまで踏み込んでしまいました‥‥! それは‥‥許される所業なのでしょうか」
処刑の時。私は‥‥いえ、私たちは確かにシヅハさんの“禁忌”に踏み込みました。
『私を見ないで』‥‥私が“事件の顛末”を暴いた結果、彼女の明かされたくない《真実》まで同時に明かしてしまったのではないか。そう思えてならないのです。
【南雲 ヒナタ】
「許されるよ。いや、許されないといけないんだ。だってそうしなければ、“真実”は明かされなかったんだから」
【南雲 ヒナタ】
「罪を負うべき人間の所在が明らかにされないまま事件が終わるだなんて‥‥そんなことは間違っている」
【南雲 ヒナタ】
「確かに‥‥僕もこうして誰かの罪を暴くまで知らなかった。《真実》を明らかにすることに、こんなに痛みが伴うなんて‥‥」
【南雲 ヒナタ】
「暴く方も、暴かれる方も痛い。それでも、僕たちは痛みを乗り越えて、前に進まないと行けないんだ」
ヒナタさんは握った拳を胸に当てました。それは決意を示すためなのでしょうか。それとも、痛みを誤魔化すためなのでしょうか。彼女の表情からは、その真意は読み取れません。
【篠宮 マコト】
「ヒナタさんは‥‥強いですね。私には‥‥乗り越えるなんてできません。いつまでも、この事件を‥‥シヅハさんとリクアさんの事を引きずってしまいそうです」
私もまた、拳を握りました。乗り越えることができないという、無力感。
《真実》を明らかにしても、結局待つのは苦しい結末。そんな負の思いを乗り越えるだなんて、私にはできません。
【南雲 ヒナタ】
「‥‥それでいい。引きずることもまた、前に進むやり方の1つだ」
ヒナタさんは私の手を取りました。彼女の体温が、強く握られた私の手の内側にまでじんわりと広がっていくように感じられます。
【南雲 ヒナタ】
「証拠品も、そして人も‥‥見る角度によって、その見え方は大きく変わる」
【南雲 ヒナタ】
「今回の事件では、篠宮さんが証拠を色々な角度から検討したからこそ、隠された“真実”が明らかになったんだ」
【南雲 ヒナタ】
「同じように、事件の裏には《辛い出来事》が隠れているかもしれない。‥‥けれど、それもまた見る角度の問題だ。辛いならば‥‥見なくたっていい」
ヒナタさんは強く私の手を握ります。つられるように、私へ語りかける言葉も上がり調子に大きくなっていきます。
【南雲 ヒナタ】
「僕たちは‥‥“真実”を見つめるんだ」
【南雲 ヒナタ】
「物事を見る角度を誤ることなく、真実だけを見つめ続ければ‥‥きっと前に進める。‥‥今回の事件を通じて、僕はそう思ったよ」
真実を、見据える‥‥裁判中のどこかでも、彼女はそう私に語りかけました。それに今も‥‥彼女は頻繁に“真実”という言葉を用いています。
‥‥彼女の言う、真実とは一体何なのでしょう。事件のトリック? それとも犯行計画? あるいは‥‥動機?
きっとヒナタさんの中には明確に”真実”という言葉の基準が定まっているのでしょう。
だからこそ、彼女は今回の事件を乗り越えようと‥‥歩みを止めること無く、前に進もうとしているはずです。
では、私の中の《真実》とは、一体‥‥? 私は‥‥私は何を見据えて歩いていけばいいんでしょう。
そもそも‥‥シヅハさんとリクアさんの存在を、引きずり続けることしかできそうにない私は、前に進めるのでしょうか?
私は目線をヒナタさんの方へと向けます。固く閉じられた私の拳を握る彼女の顔は、わずかに怯えの色がにじみ出ているように見て取れました。
彼女もきっと怖いんです。いきなりこんなところに拉致されて、突然殺人事件が起きて、仲間の1人が処刑されて‥‥動揺しないほうがおかしいんです。
ヒナタさんは見たくないものは見なくてもいいと話してくれました。きっとそれもまた‥‥生きるための手段だからでしょう。
けれども、ヒナタさんは。それでも、“真実”を見つめて生きていくと。彼女はそんな決意を私に示してくれました。私にはない強さを‥‥彼女は持っているのでしょう。
私も‥‥彼女のように強くなれるのでしょうか。
ヒナタさんの手に包まれた私の拳は、緊張のせいか、あるいは恐怖のせいか、強く握られたままです。当分の間、その拳を開くことは‥‥できそうにありませんでした。
───────
マコトとヒナタが去った裁判所で、その少女は1人たたずんでいた。処刑台を挟んで反対側。彼女もまた、《真実》について思いを巡らせていた。
【???】
(“真実”を見つめる‥‥真実だけを見つめ続ければ、前に進める‥‥)
少女は顔を伏せた。髪に結った黒いリボンが、静かに揺れる。
【???】
(なら‥‥真実を‥‥《本当の自分》を隠している私は‥‥どこにも行けない、のかな‥‥)
少女はリボンに触れる。ざわつく心が、ほんの少し落ち着いたように感じられた。
【???】
(それでも‥‥私は、帰らないといけないの。もし私が、前に進めないとしても‥‥それでも、絶対に帰ってみせる)
静かな決意を胸に、少女は裁判所を後にする。
【???】
「‥‥待っててね。ナノちゃん」
小さく発せられた彼女の《真実》は、誰の耳にも届くことはなかった。
ここまで読んでくださり、まことにありがとうございました。
高評価、お気に入り登録、感想等いただけると、今後の制作のモチベーションになります。
何卒よろしくお願いいたします。
以下、作者後書き
(ページ最下部にアンケートを設けてありますので、よろしければご回答ください)
1話、ようやく完結でございます。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。小あとがきをば。
今回の章タイトルは「ワタシとボクの シンジツ」
隠しきれないモチーフは、魔法少女ノ魔女裁判 作中BGM「ボクとワタシの」と、ニューダンガンロンパV3 第1話「私と僕の学級裁判」からです。
カタカナ表記なのはまのさばのBGMから、私と僕、という順番はV3の方から拝借しています。
実は、1話執筆時点では作者はV3どころか無印すら未プレイで、後からタイトルの構図が被っていることに気がついたため、V3の方はあと付けの元ネタという意味の分からない現象が発生しています。
章タイトルに入っている上に、終盤やたらに「真実」という単語を用いていたことからお察しでしょうが、作品全体のテーマは一応「真実」と定めております。
書き手の技量次第で浅くも深くもなるテーマですし、ミステリではさんざん使い古されたテーマであることは重々承知の上で選んでおります。彼女たちの真実に対する答えがどうなるかは、正直作者もまだ分かんないです。共にこのライブ感を楽しんでいただければと思います。
日常パート、裁判パートの出来はいかがでしたでしょうか。全体的に原作よりも少し重めになっているような気がしなくもありません。
直近発売された原作の小説版からおおよその文字数を見積もると、日常パートが5万~6万文字程度、裁判パートが2万5千~3万文字程度のようです。
日常パートは若干上回っていそうですし、裁判パートもハズレ選択肢や証拠品等、システムメッセージ的なものを除いても、優に3万字は超えていそうな気がします。
少々長い気もしますが‥‥まあいいでしょう。
裁判パート用のハズレ選択肢とかのせいで、総文字数が1話時点で既に30万文字を超えていますが、実際上の文字数は20万文字くらいだと思います、多分。番外編の文字数とかも加わっているので、見かけ上の文字数が多くなっていますが、実はそこまで多くもないという。
けれども完結までこぎつけられたとしたら、総文字数とんでもないことになりそうですね‥‥単純計算で100万文字は余裕で超えますね。そこまでたどり着けたら嬉しいものですが。
(実を言うと、完全非公開投稿で裁判パートのテストプレイを行っているのですが、2話完結時点で既に総文字数が約81万文字に達しています。100万文字どころか200万文字すらあり得るかもしれませんね‥‥)
本作は、まのさばの世界観をベースに、ダンロンのミニゲームを加え、そこに逆裁スタイルの議論を組み込むという、裁判ゲー好きのための《お子様ランチ》のような作品を目指しております。
そのカロリーの高さ故、これからもそこそこの量のモノを供給することになるとは思いますが、こんな後書きまで読んでくださるそこのあなたならば、きっとついてきてくださると信じております。もっとも、私がエタってしまえばそこまでなのですが‥‥。頑張りますので応援よろしくお願いいたします。
更新するたびに最新話にしおりが挟み直されるのを見るのが一番のモチベーションだったりします。
もちろん感想や評価もお待ちしておりますよ!
Twitter(X)の方でも感想ツイートをくださると飛んで喜びます。ファンアートとかもくださいマジで、イラスト担当も喜びますから本当にお願いします。
ついでにこの下にあるアンケートも投票してくださると大変うれしいですとも。
さて、2話以降についてですが、上にも述べたようにエタることがなによりも怖いため、投稿間隔を毎週土曜日の週間投稿に変更いたします。
1話はさっさと裁判パートをお披露目したかったので、投稿を早めましたが、2話以降は延命を第一に投稿間隔を設定させていただきます。なにとぞご了承ください。
長々と失礼いたしました。今後もお付き合いくださると幸いです。
では。
第1話はいかがでしたか?
-
面白い
-
まあ面白い
-
普通
-
少しツマラナイ
-
ツマラナイ