日常パート その1
【篠宮 マコト】
(‥‥‥‥‥‥)
【篠宮 マコト】
(もう朝、ですか‥‥)
鈍痛というのに相応しい頭の痛みと共に、私は目を覚まします。
地獄のようなあの裁判から一夜が開けました。閉廷後、他の皆さんがどこで何をしていたのか、私は知りません。
身も心もただただ疲れ果てた私は、裁判所でのヒナタさんとの会話の後、真っ先に監房に戻ってそのまま泥のように眠っていました。
今日1日、ベッドの中でずっと眠り続けよう。眠れなくても目を閉じて横になり続けよう。そう思っていた私でしたが‥‥どういうわけか、自然と7時前には目が覚めてしまいました。
きっとこの数日、毎日決まった時間に起きて、決まった時間に全員で朝食を摂る習慣を遵守していたからでしょう。
その決まりを作ったリクアさんはもう‥‥この世にはいません。
そして、リクアさんを殺したシヅハさんも、また‥‥。
厳密には彼女は死んでおらず、“なれはて”と化して、地下奥深くで今も苦しみ続けています。
死よりも恐ろしく、苦しい思いを、私がこうして寝そべっている間にもシヅハさんは味わっていると考えると、こうして動けずにいる自分のことが不甲斐なく思えます。
【南雲 ヒナタ】
「‥‥大丈夫かい、篠宮さん」
頭上からヒナタさんの心配する声が聞こえました。彼女は下段に降りてくると、ベッドに腰掛ける私に視線を合わせるためにそっと片膝をつきます。
【篠宮 マコト】
「‥‥大丈夫なわけ、ないじゃないですか」
裁判で積極的に発言をし、シヅハさんが犯人であると暴いたのは間違いなく私です。全員処刑という“最悪の結末”を回避するため‥‥そんなある種の大義名分を掲げ、私は容赦なく《真実》を暴いてしまいました。
その結果もたらされた、“最善の結末”こそが、あのシヅハさんの処刑‥‥本当にそう言っていいのでしょうか。
──分かっています。真実を暴いて、事件の真犯人を探すこと意外、私たちに取りうる手段がなかったことなんて。
──分かっています。ヒナタさんが昨日語ってくれたように、魔女化によって抑えきれない殺意を抱いたとしても、殺人は殺人。その罪は償うべきであるということだって。
それでも‥‥私には、あの結末を受け入れることが出来ません。あの結末を“最善の結末”などと形容して、責任を逃れようとしている自分を‥‥受け入れることが出来ません。
ふと見下ろした自分の手は、情けなく震えていました。スマホに現れた処刑ボタン。ただ、その画面を何度か叩いただけだというのに。
普通のスマホの操作と何ら変わりない、ありふれた動きだったというのに。その感覚が、指から消えてなくなりません。
頭から、シヅハさんの慟哭が離れません。人間性を失って、獣とさえ聞き間違えるほど、醜く酷い叫び声が今も頭の中に響き続けています。響く叫び声は、何度も私の頭蓋骨に反射して消えることがありません。
『私を見ないで』を叫び続けたシヅハさんの声を、皮肉にも私は忘れることが出来ないのです。そんな鬱屈とした感情は、頭痛という形で私に物理的な苦しみをもたらしています。
そして、何よりも‥‥。
──これ‥‥よ‥‥1人目‥‥すね!
──《全員殺す》‥‥‥‥いですけど、‥‥‥‥張りましょうね!
あの日、私の中で聞こえた“謎の声”が、徐々に薄れつつも、未だに私の頭の中に残り続けているのです。
声の主に心当たりはありません。“殺す”という言葉に相応しくない、柔和でどこか慈悲さえ感じさせるあの優しい声は、一度聞いたら忘れることはないでしょう。
けれども‥‥あの声に、嫌にデジャヴを覚えるのもまた事実なのです。私は、どこかであの声を聞いたことがある。その奇妙なしこりと言える感覚もまた、同時に存在しています。
私はきっと何かを忘れている。そんな自分の存在自体すら揺らがせる、あの謎の声の存在が、なおのこと私の心を摩耗させます。‥‥思い出さないといけないのに、一体、なんで‥‥。
思い出せないことへの焦燥感が。
自分自身の存在に対する猜疑心が。
シヅハさんとリクアさんに対する悔悟の念が。私を蝕んでいきます。
【南雲 ヒナタ】
「‥‥横、失礼するね」
片膝をついていたヒナタさんは立ち上がると、私の左隣に腰掛けました。
しばしの沈黙。聞こえるのは、酷く乱れた私の呼吸音と、静かに一定のリズムを刻むヒナタさんの呼吸音。彼女はどうやら‥‥《深呼吸》をしているようでした。
【南雲 ヒナタ】
「‥‥僕も同じだよ、篠宮さん。昨日の裁判での出来事が‥‥まだ頭の中から離れていないんだ」
呼吸のリズムを崩さないように。ヒナタさんはゆっくりと私に語りかけます。
【南雲 ヒナタ】
「‥‥痛みを乗り越えて、前に進むだなんて昨日は啖呵を切ったけど‥‥それでも、やっぱりまだ恐怖心が残っているのは事実だ」
4秒吸って、4秒止めて。8秒かけて吐き出して。リクアさんが語った深呼吸のリズムを、ヒナタさんは忠実に実践しています。
【南雲 ヒナタ】
「だから‥‥今、こうして深呼吸しているんだ。真壁さんが教えてくれたやり方で。‥‥こうすれば落ち着くし、何よりも‥‥“彼女”の事を思い出せるんだ」
ヒナタさんが僅かに動かした右手の小指が、私の左手の小指に当たりました。彼女の呼吸のリズムに合わせて、手や指も同じリズムを刻んでいるのを僅かな動きで感じ取ります。
【南雲 ヒナタ】
「‥‥篠宮さんも一緒にどうだい? ‥‥少しは気が休まると思うよ」
ヒナタさんはそう言うと、今度は少し大げさに呼吸をしてみせます。私もそれに合わせるように、呼吸をします。
4秒吸って、4秒止めて。8秒かけて吐き出す。ゆっくり、焦らず。同じ動きを何度か繰り返して。
触れ合う小指同士の動きが、自然と同期していくのを感じます。ヒナタさんと私は今、1つになっている。そんな風に思えました。
その一体感を少しでも感じたくて。私は1人ではないと言うことを確かめたくて。私は思わず、ヒナタさんの手を絡め取るようにキュッと握りしめました。ヒナタさんもまた、握られた私の手をゆっくりと握り返してくれました。
お互いの体温がじっくりと混ざり合って、1つに繋がっていくように感じられます。一体となって行われる深呼吸が、2人の血の流るリズムさえも結びつかせてくれるようで‥‥そうして、私はようやく落ちつきを取り戻せそうでした。
───────
そうしてしばらくの間、お互いに手を握ったまま時間が過ぎて。ほんの少し心が和らいだ気がしました。
頭の中から、まだ謎の声も、シヅハさんの慟哭も消し去ることは難しそうです。それでも‥‥私の頭の中に、新しくヒナタさんが入ってきてくれました。
彼女は私の隣にいてくれる。一度に2人もの仲間を失った喪失感に襲われていた私の心に、彼女が寄り添ってくれている。その安心感が、ざわついていた心を沈めてくれるようでした。
そうして意識がはっきりとしてくると‥‥ヒナタさんの手を握る自分の手が、じんわりと汗ばんでいることに気が付きました。
【篠宮 マコト】
「あ。ご、ごめんなさい! ‥‥手、気持ち悪かったですよね」
思わず私は手を離しました。ヒナタさんに不快な思いをさせてしまったかもしれません。
突然焦って手を離した私に、ヒナタさんは一瞬ぽかんと目を丸くしましたが、すぐにふふ、と微笑をこぼします。
【南雲 ヒナタ】
「全然気にしてないよ。‥‥むしろ、篠宮さんが僕の手を取ってくれて嬉しかった」
ヒナタさんはニコリと微笑みます。恥ずかしさやら何やらで目のやり場を失った私は‥‥思わずベッドから立ち上がると、空を仰ぎました。
間の悪いことに直後。グーと音がなりました。‥‥どうやら、私のお腹から聞こえてきた音のようです。
思えば、昨日は何も食べずに床につきました。お腹が空いていて当然です。恥ずかしさがピークに達して、顔が熱くなっていくのを感じます。
ヒナタさんはそんな私の羞恥心も知らずに、笑うのを堪えきれなかったのか軽く吹き出しました。
【南雲 ヒナタ】
「ははっ‥‥。‥‥やっぱり、こんな時でもお腹は空くものだね」
ヒナタさんは立ち上がると、恭しく手を差し出します。
【南雲 ヒナタ】
「とりあえず食堂に行こうか。他のみんながどうしているかも把握しておきたいし。‥‥行こう、篠宮さん」
手を差し出されて握り返さないわけにはいきません。差し出された右手を、私はまだ汗ばんでいる左手で握り返します。
ヒナタさんは‥‥まだ生きている。なら‥‥私は、この命を守りたい。そんな風に思いました。
ゆっくりと、ヒナタさんに手を引かれて。私たちは食堂へと向かうことになりました。
2話開始時点で気になっているキャラは誰ですか?
-
篠宮マコト
-
南雲ヒナタ
-
常盤シヅハ
-
真壁リクア
-
白川ミト
-
鳳月カナデ
-
倉科ミオリ
-
星谷セリナ
-
朝雛チサ
-
早瀬アキラ
-
リヴィア・ローゼンタール
-
黒部ナノカ(黒部ホノカ)
-
三条エリス
-
ゴクチョー
-
看守