数日前の探索以降、一度も訪れていなかった美術室になんとなくやってきました。私の読みが正しいなら、おそらくあの人が‥‥。
【倉科 ミオリ】
「ひょ、ひょえ~! きょ、距離が近すぎますよぉ!」
案の定、奇声が美術室の方から轟いています。そんなに大したことはないだろうと思いながら、そっと中を覗いてみると、ミオリさんが何やら縦方向にクネクネしていました。
美術室によくある四角いイスに座っていて、セリナさんが背中側からミオリさんに覆いかぶさっています。
【星谷 セリナ】
「はえー。よーくできてんねえ」
【倉科 ミオリ】
「お褒めいただけるのは嬉しいですが、なんでわざわざ覆いかぶさるんですかぁ~」
ミオリさんは今度は横方向にウネウネしだします。セリナさんはお構い無しに机の上に置かれた何かを観察しているようです。
【篠宮 マコト】
「あ、あの。おふたりとも一体何を‥‥」
【倉科 ミオリ】
「あ、マコト殿! 助けてくだされ~!」
【倉科 ミオリ】
「セリナさんがくっついて離れてくれないのです~! あ、役得と言えば役得なのですが‥‥」
【倉科 ミオリ】
「でもあまりにも距離が近すぎます~! 色々な私のポリシーに反するのです! 手を貸してくだされ~!」
上下左右にウゴウゴとしながらミオリさんはこちらに目線だけ動かして助けを求めます。頭の部分までガッチリホールドされているので、ミオリさんは身動きが取れないようです。
【篠宮 マコト】
「あ、あのセリナさん、ミオリさんが離れてほしいって言ってますよ‥‥」
【星谷 セリナ】
「えぇ~。収まりいいから、もうちょいこのままでいたいんだけど~」
【倉科 ミオリ】
「私は抱き枕じゃありません~!」
口を尖らせながらセリナさんは離れようとしません。ミオリさんはいよいよ逃げ場がなくなってしまって、あちらこちらにグニャグニャしていますが、セリナさんが離れる様子はありません。
【倉科 ミオリ】
「お、オタクに優しすぎるギャルというのも、中々考えものですな‥‥心臓に悪い‥‥」
ミオリさんはとうとう机に突っ伏してしまいました。セリナさんもそのまま倒れ込んで、ミオリさんが「グェ」と潰れたカエルのような声を上げます。
2人が共倒れになったことで、影に隠れていた机の上の“何か”の姿があらわになります。これは‥‥フィギュアでしょうか。
【篠宮 マコト】
「このフィギュア‥‥ミオリさんが作ったんですか?」
【倉科 ミオリ】
「お、おお‥‥よくぞお気づきで。そうです、そちらは拙者渾身の自信作‥‥蓮見レイア様の御尊像でございます。ぬいを見つけた喜びそのままに作ってみせましたぞ‥‥」
セリナさんの体重がかかっているせいで肺に圧力がかかっているのでしょう。ミオリさんは自身満々に紹介しているつもりなのでしょうが、声すら潰れてしまっています。
【倉科 ミオリ】
「‥‥セリナさん。流石に重いんでちょっと、どいてくださいませぬか‥‥? 《本気》と書いて《マジ》のお願いです‥‥」
【星谷 セリナ】
「乙女に体重のこというなんて、オタクちゃんデリカシーの欠片もな~い。ひ~ど~い~」
【倉科 ミオリ】
「そ、そのような意味では‥‥!」
【星谷 セリナ】
「へへ。冗談だっつーの」
セリナさんはケタケタと笑うと、ようやくミオリさんを解放しました。突っ伏していたミオリさんは、ほんの少し名残惜しそうにしていましたが、フウとため息を1つ吐くと、改めてフィギュアを私たちの前に示します。
【倉科 ミオリ】
「改めまして‥‥こちら、我が最推しが1人、蓮見レイア様のフィギュアでございます」
【倉科 ミオリ】
「元からある程度の造形は作ってあったのですが、此度のぬい救出にモチベを刺激されて、一気に作り上げましたぞ」
ミオリさんが示したフィギュアは、昨日食堂で発見した有名アイドルのぬいぐるみと同一人物をモデルにしたもののようです。決め顔でこちらに手を差し伸べているポーズが印象的です。まだ色は塗っていないようで、フィギュア全体が灰色ですが、それでも作り込みがものすごいということは感じ取れます。
【星谷 セリナ】
「いや、ほんとすげーよオタクちゃん。一線級の造形師になれるレベルだって」
【倉科 ミオリ】
「いやはや、照れますなあ‥‥。一線級には程遠いとは思いますが‥‥趣味を極めてこそオタクですし‥‥いずれは、《超ホニャララ級のなんとやら》と呼ばれてみたいものです」
セリナさんに褒められてミオリさんは体をウニョウニョと波打たせながら、頬を緩ませます。
‥‥そろそろ擬音のレパートリーも尽きてきましたね。
【篠宮 マコト】
「‥‥そういえば、1つ気になったのですが」
フィギュアをマジマジと見ていて、ふと思うところがありました。ミオリさんに質問を投げてみます。
【篠宮 マコト】
「このフィギュア‥‥多分粘土で出来ていますよね? この手の粘土を使って何か作るときって‥‥温めて粘土を固める必要があるはずです」
【篠宮 マコト】
「けれど、この美術室には温めるもの‥‥オーブンの類はありませんよね?」
【星谷 セリナ】
「あ‥‥確かに言われてみればそーだな。‥‥厨房のオーブンを使ったとか?」
【篠宮 マコト】
「そんなことしたら、粘土のにおいが移っちゃいますよ‥‥」
【星谷 セリナ】
「た、確かに‥‥じゃあ、オタクちゃん、一体どうやってこの御尊像を‥‥?」
私たちの疑問にセリナさんは鼻を鳴らして答えます。
【倉科 ミオリ】
「さすがですな、マコト殿。細かいところが気になるのが、探偵役の悪いクセ。警視庁の和製シャーロック・ホームズもよく言ったセリフですな」
‥‥何かの作品の受け売りでしょうか?
ミオリさんはフィギュアを机の上に戻すと、おもむろにポケットを広げます。そしてチョイチョイ私たちの事を手招きしています。
【倉科 ミオリ】
「‥‥ココ。手を突っ込んでくだされ」
ミオリさんはニタリと笑うと、ポケットの中を指さします。いきなり言われたもので抵抗を覚えましたが、セリナさんが臆することなく手を突っ込んでいたので、私もポケットの中に手を突っ込みます。
【星谷 セリナ】
「‥‥猫型ロボットのポケットの中ってこんな感じなんだなー」
セリナさんがポツリと感想を呟きます。
肝心のポケットの中は何もない空洞でした。ぬいぐるみ1つを除いて、全て没収されていたと語っていましたし、今はしまうものがないということでしょう。
【倉科 ミオリ】
「あー、おふたりとも。違います。そちらではなくて、この左の穴の方です」
ミオリさんはポケットに両手を突っ込むと、私たちの手を導きます。どうやらポケットの中にさらにポケットがあるようで、その中の1つに誘導されていきます。
直後‥‥手の周りの空気が生暖かくなりました。
【星谷 セリナ】
「うわ! ‥‥ちょっときしょい。オタクちゃんこれ、内蔵とかじゃないよな‥‥?」
口には出しませんでしたが、私も絶妙な気色悪さを感じていました。ちょうど人肌くらいの暖かさの空間に手が突っ込まれている状態です。周囲には相変わらず何もなく空洞のようですので、セリナさんが言うように内蔵を触っていることはないのでしょうが‥‥。
【倉科 ミオリ】
「ふふふ‥‥これが、拙者のポケットのもう1つの能力‥‥《温度調節機能》でございます。ポケットの中の温度を自由自在に操れるのですよ」
ミオリさんは再び私たちの手を掴むと、また別のポケットに導いていきます。今度は異常に冷たい感覚に襲われます。
【篠宮 マコト】
「つ、冷たっ!」
思わず声が上がりました。ポケットの中には‥‥何やら固いもの‥‥プラスチックのボトルでしょうか?
【倉科 ミオリ】
「こちらには飲み物を入れて冷やしてあります。こんな風にポケットごとに温度を調節することが出来るのですよ」
あまりの冷たさに耐えられなくなった私たちは、ほぼ同時にポケットから手を抜きます。
【星谷 セリナ】
「なるほどなー。ポケットの温度を調節して、オーブン代わりに使ってたってわけね」
【倉科 ミオリ】
「正解ですぞ! あたしのポケットは何でも入るし、温度も自由自在!」
【倉科 ミオリ】
「炎天下の物販の列で、冷えた濡れタオルをいつでも用意できる! ポッケに手を突っ込めば冬空の下でもカイロいらず!」
【倉科 ミオリ】
「フィギュアづくりへの熱い情熱を力に変えれば‥‥ポケットを燃ゆるオーブンへと変貌させることすら可能なのです!」
ビシッとミオリさんは指を突きつけました。ここまで魔法の使用者と本人のキャラクターが噛み合うケースも中々ないのではないでしょうか。私たちの中で一番魔法を活用しているのは、彼女かもしれません。
‥‥念の為、彼女の魔法について追記しておいたほうが良さそうですね。
・倉科ミオリ(くらしな みおり)
囚人番号33番。14歳。【空間ポケット】の魔法を持つ少女。ポケットの中に何でも自由に出し入れできる魔法。
内部には更に複数のポケットがあり、ポケットごとに内部の温度を調節できる。
【篠宮 マコト】
「ミオリさんはすごいですね‥‥。そこまで情熱をかけて何かに夢中になれるんですから」
本心からの言葉でした。ここまでなにかに夢中になれるのは、それだけで十分才能です。少し彼女のことが羨ましいと思えてしまいました。
【倉科 ミオリ】
「い、いえいえ。あたしのオタ趣味は、なんといいますか、その‥‥大事なものを1つ1つ保存していく過程に過ぎませんから」
私の言葉にミオリさんは謙遜して、手をワタワタと振ります。
【倉科 ミオリ】
「あたしの“好き”って気持ちを、色々な形でモノにして‥‥それを保存していく。あたしは、自分の“好き”を全部守ってあげたいんです」
【倉科 ミオリ】
「好きなモノは壊れないように全部保存する。それがあたしのポリシーですので。このポケットは、そんなあたしの強い味方なんです」
ミオリさんは少ししおらしい表情でみぞおちの辺りを撫でます。彼女にとって、魔法は切っても切り離せない関係のようです。
【星谷 セリナ】
「やっぱたくましいな、オタクちゃん。あーしなんか、この魔法全然役に立ったことないもん」
【倉科 ミオリ】
「そ、そんなことはござりませんぞ! いつでも、推しの声を再現して再生することが出来るなんて‥‥素晴らしい魔法です!」
肩を落としたセリナさんをミオリさんが励まします。
【篠宮 マコト】
「そ、そうです! セリナさんの魔法があれば‥‥その、モノマネ大会とかで無双できます! 幻聴に合わせて口パクすれば‥‥それはもはや、《モノマネ》の魔法にもなり得るはずです!」
自分でもわけの分からない励まし方ですが、セリナさんの方を見据えて私も声を上げます。セリナさんは目を細めて笑うと、私たちを抱き寄せます。
【星谷 セリナ】
「サンキューな、2人とも‥‥。‥‥別に落ち込んだつもりはなかったんだけど、嬉しかった」
セリナさんはギュッと私たちを抱きしめます。そうしてしばらくしている内に‥‥段々とミオリさんの方に力が寄っていっている気がします。
【星谷 セリナ】
「うーん‥‥やっぱ絶妙にちょうどいい高さなんだよな、オタクちゃん」
調子を取り戻したセリナさんは再びミオリさんを背後から抱きしめます。
【倉科 ミオリ】
「ひゅ、ひゅい!?」
ミオリさんは素っ頓狂な叫び声を上げました。そのままされるがままにイスの方へ誘導されていきます。
【星谷 セリナ】
「励ましてもらっちゃったわけだし、お礼しないとねー」
【星谷 セリナ】
「前オタクちゃん、あーしの魔法をASMRって表現してたし‥‥せっかくならこのままの姿勢で生ASMRとしゃれこもうじゃありませんかっ!」
【倉科 ミオリ】
「だ、だから距離が近いですって! 助けてマコト殿~! オタクは、あくまでも観測者でないといけないのに~!」
ガッチリホールドされたミオリさんを救出することは難しそうです。このままここにいたら面倒なことになりそうだと思った私は、そそくさと出口に向かいます。
【倉科 ミオリ】
「あ、ちょっと待って! 行かないで! うっ。息直接耳にかけないでください、こそばゆい‥‥」
【星谷 セリナ】
「あ、マコトっちにも今度《お礼》、したげんかんなー! 楽しみにしとけよー」
【篠宮 マコト】
「え、遠慮しときまーす」
足早に私は美術室から去りました。ミオリさんの大きな悲鳴が背後から聞こえてきましたが、無視を決め込むことにしました。
【倉科 ミオリ】
「は、離してくださいいいィ‥‥!」