一通り皆さんの様子を確認することが出来ました。皆さん反応は様々でしたが、自分なりに事件から立ち直ろうとしているようにうかがえました。この分ならば、きっとこの先も大丈夫なはずです。
1日ぶりにシャワーを浴びた私が監房に戻ってくると、ヒナタさんがイスに腰掛けていました。頬杖をついて考え事をしているようです。私が入ってきたのにも気づいていないようで、何やら深く物思いにふけっているみたいです。
声をかけようとも思いましたが、邪魔をするのもいけないと思い、物音を立てないようにそっと自分のベッドに腰掛けます。
ちょうどそのタイミングでスマホの通知音がなりました。取り出して確認してみると、全体チャットにアキラさんからのメッセージが届いていました。
【早瀬 アキラ】
『次の朝から炊事当番を復活させる。明日は一旦、俺と鳳月が調理を担当する。7時10分頃に出来上がるように調整するので、都合の合うやつは朝食会に参加してくれると助かる』
リクアさんが提案した炊事当番のルールを復活させる試みのようです。以前アキラさんが調理を担当していましたし、そのまま彼女が引き継ぐ形を取ったのでしょう。カナデさんがリクアさんの代理で入ったのは意外でした。彼女、料理もできたんですね‥‥。
メッセージを確認し終わりスマホをポケットにしまうと、ちょうどヒナタさんが立ち上がっていました。帽子を外して机の上に置き、寝る支度を始めているようです。
【南雲 ヒナタ】
「ああ、篠宮さん。帰っていたんだね。おかえり。みんなの様子はどうだった?」
ヒナタさんは私の帰宅に気がついていなかったようです。彼女は洗面台の方に行くと、歯ブラシを手に取ります。
【篠宮 マコト】
「皆さん概ね、元の生活に戻れているようです。‥‥どうやら私の心配は杞憂だったようですね」
【南雲 ヒナタ】
「‥‥杞憂だとしても、みんなの様子を確認しに行くその姿勢こそが重要だよ。‥‥やっぱり篠宮さんはえらいね」
歯磨きを終えると、ヒナタさんは再度イスに腰掛けます。そして、ため息を1つつきました。
【南雲 ヒナタ】
「僕は‥‥未だにどこかあの事件の事が頭に残っている感覚がするんだ‥‥情けない話だけどね」
ヒナタさんは目を伏せます。長い髪の毛が目元にかかって、その表情はよく見えません。
【篠宮 マコト】
「‥‥無理もありません。いきなり殺人事件が起こって、その犯人が目の前で処刑されたんですから。私もヒナタさんの助けがなければ、もっと精神的にまいっているでしょう」
ヒナタさんは立ち上がると、私の方に来てまた膝をつきます。
【南雲 ヒナタ】
「篠宮さんが元気なら、僕はそれで満足だ。‥‥今日は1人で寝られるかい?」
ヒナタさんは冗談交じりにニヤリと笑います。
【篠宮 マコト】
「こ、子供扱いしないでくださいッ! だ、大丈夫です」
【南雲 ヒナタ】
「はははっ。ならいいんだけど」
ヒナタさんはそう言いながらも、私の手を取ります。もう何度となく握った手を、私はゆっくりと握り返します。
【南雲 ヒナタ】
「おやすみ、篠宮さん」
【篠宮 マコト】
「あ、はい。おやすみなさい‥‥」
手を取っておやすみの挨拶をされるなんて、経験がなかったので少しどもってしまいました。ヒナタさんは立ち上がると、二段ベッドの上段へと向かいます。
立ち上がった時に見えた彼女の横顔が、どこか物憂げに見えたのは‥‥私の気のせいだったのでしょうか。
5分もしない内に、上段からは静かな寝息が聞こえ始めました。‥‥もう眠りに落ちたようです。ヒナタさんもまだ疲れているのでしょう。私も静かに目を閉じて、意識の幕をゆっくりと下ろします。
明日はアキラさんが朝食会を開いてくれます。‥‥少しずつ、日常を取り戻さないといけません。それが、私たちがもう一度スタートラインに立つために、欠かせない過程なのですから。
小さく静かな決意と共に、私は眠りにつきました。