頭頂部に何か固いものが当たった感覚で目が覚めました。頭の位置はそのままに、目だけ動かして上の方を見てみると、ヒナタさんのアゴが見えました。
‥‥どうやら、頭を動かした時に、頭頂部がヒナタさんのアゴにクリーンヒットしてしまったようです。
【篠宮 マコト】
「あっ。ご、ごめんなさい‥‥!」
反射的に謝罪します。ヒナタさんはアゴを擦りながら、「痛ててっ‥‥」と小さくつぶやきます。
【南雲 ヒナタ】
「だ、大丈夫だよ。この程度、痛みには入らない。どちらかというと、びっくりしたって感じだから‥‥。おはよう、篠宮さん」
ヒナタさんはニコリと笑いかけてくれました。結局あのまま、狭いベッドで向き合ったまま2人とも眠りに落ちてしまったようです。私より少し背の高いヒナタさんの体に、私がすっぽりと埋まっている状態です。
私の頭頂部がヒナタさんのアゴにぶつかるくらい密着していたようで‥‥改めて、色々と距離が近い事を意識してしまいます。握られた手も昨日と同じ状態で維持されて、私たちはなおも、繋がっていました。確かな安心感を、そこに感じます。
【篠宮 マコト】
「き、昨日は、その‥‥少しわがままを言ってしまいました。ごめんなさい。こんな、添い寝までさせてしまって‥‥」
改めて昨晩の自分の奇行を思い出し、顔が熱を帯びていくのを感じます。目を合わせるのが恥ずかしくなって、思わず彼女の胸に顔を埋めます。‥‥こっちはこっちで恥ずかしい気がしますが。
【南雲 ヒナタ】
「大丈夫だよ。僕らはルームメイトなんだから。お互い助け合っていこう」
ヒナタさんは私の頭を軽く撫でます。いよいよホントに恥ずかしくなってきましたが、私が壁側に寝ているので逃げる隙間がありません。
思わず頭を振って恥ずかしさを誤魔化そうとしましたが‥‥
【南雲 ヒナタ】
「あいたっ」
‥‥またも、ヒナタさんのアゴを危うく砕いてしまうところでした。
───────
起き上がってスマホで時間を確認してみると、もう12時前でした。随分と長く眠っていたようです。寝すぎて逆に少しばかり眠気に襲われている感じがしますが‥‥それでも、気分はスッキリとしました。
2人とも洗面台で顔を洗って、拘束時間が終わるのを待っています。
【南雲 ヒナタ】
「‥‥もう大丈夫そうだね、篠宮さん」
【篠宮 マコト】
「‥‥はい。おかげでなんとか、気持ちを切り替えられそうです。‥‥ありがとうございました」
ヒナタさんが支えてくれて、私は心の平穏を取り戻すことが出来ました。もう大丈夫です。
いざ自分の気持ちが落ち着くと‥‥今度は、他の人の様子が気になります。
事件発生から今日で2日。まだ心の傷が癒えていない人もいるはずです。‥‥一度、皆さんの様子を見に行く必要がありそうですね。
頭の中で計画を練っていると、見計らったように監房のロックが解錠されました。カチャリ、という音と共に自動でカンヌキが外れていきます。
【篠宮 マコト】
「ヒナタさん。私、これから皆さんの様子を見に行ってきます。‥‥まだ、立ち直れていない人もいるかもしれませんから‥‥今度は、私がなんとかする番です」
椅子に腰掛けていたヒナタさんは、私の宣言を聞くとゆっくり頷いて微笑みます。
【南雲 ヒナタ】
「‥‥篠宮さんは、強いね。他のみんなの事も気にかけてあげるなんて」
【篠宮 マコト】
「私も、ヒナタさんに助けてもらいましたから。同じ事を、他の皆さんにしたいと思うんです」
【南雲 ヒナタ】
「いいことだと思うよ。‥‥僕は、少しやっておきたいことがあるから、ここに残るね。いってらっしゃい」
手を振るヒナタさんに見送られて、私は監房を後にしました。‥‥皆さん、どこにいるんでしょうか。牢屋敷とその周辺を、一旦見回ることにしましょう。
【音楽室】(9月12日解禁)
【美術室】(9月19日解禁)
【図書室】(9月26日解禁)
(9月26日解禁)
【朝雛 チサ】
「アキラねえ‥‥いや、アキラさん! アタイの‥‥師匠になってください!」
【早瀬 アキラ】
「‥‥は?」
医務室の外扉を経由して、私は牢屋敷裏手の畑に来ていました。
畑、といっても事件の後そのまま放置された状態で、まだおよそ畑と呼べる状態にはありません。リクアさんが遺していった、彼女の足跡の1つ‥‥もしかしたら、誰かが様子を見に来ているかもしれないと思い、訪れました。
そしてそこで‥‥奇妙な光景に遭遇してしまいました。
チサさんが土下座して、アキラさんに教えを請おうとしていたのです。いつもの彼女らしくなく「アキラさん」などと口にし、何やら必死な様子です。当のアキラさんは当然困惑しているようで、顔が引きつっているのが見えます。
【早瀬 アキラ】
「同室だってのに、わざわざこんなところに呼び出して何かと思ったら“師匠”って‥‥一体何のつもりだ?」
【朝雛 チサ】
「師匠は師匠だいッ! アタイを‥‥弟子にしてくれえええッ!」
【早瀬 アキラ】
「だーかーら、何の師匠と弟子だよ‥‥」
【早瀬 アキラ】
「‥‥とりあえず頭上げろ。お前に土下座されると、こっちが悪者みたいに見えるじゃねえか」
珍しく慌てている様子のアキラさんは、チサさんに顔を上げるように求めますが、チサさんは認めるまでテコでも動かないつもりか、ピクリともしません。
その様子をじっと見つめていた私の視線に気がついたのか、アキラさんは更に慌てだします。先ほどよりも声を潜めて、チサさんに「顔を上げろ」と何度も呼びかけますが、チサさんは微動だにしません。
【早瀬 アキラ】
「チッ‥‥。分かった、師匠にでもなんでもなってやるから。とりあえず顔を上げてくれ‥‥!」
【朝雛 チサ】
「ほんとかッ!」
頭を上げた勢いでそのまま、ぴょんと文字通りチサさんは跳ね上がりました。アキラさんは困ったと言いたげな表情で頭をかきむしります。
‥‥チサさん、何やら訳ありの様子です。気になった私は、そのまま2人の輪に加わります。
【篠宮 マコト】
「あのー‥‥これは一体、どういう状況で‥‥?」
【早瀬 アキラ】
「分かんねえよ‥‥俺が聞きたいくらいだ」
【早瀬 アキラ】
「今朝、12時にここに来るように言われて、約束通り来てやったら‥‥」
【早瀬 アキラ】
「‥‥いきなりさっきみたいに土下座されて、『師匠になってくれ』だなんて言い出しやがって‥‥」
【早瀬 アキラ】
「おい、朝雛ァ。一体どういう了見だ?」
アキラさんは低い声でチサさんを問いつめます。物怖じすることなく、一歩踏み出したチサさんは、その内に秘めた強い決意を表明し始めます。
【朝雛 チサ】
「アタイ‥‥強くなりたいんだッ!」
【早瀬 アキラ】
「つ、強く‥‥?」
握りこぶしをズイ、とアキラさんに突きつけたチサさんは続けます。
【朝雛 チサ】
「この間の事件‥‥アタイがここで鍬をすっ飛ばしたから起きたんじゃないかって‥‥今でもそう考えちゃうんだ」
【朝雛 チサ】
「セリねえもマコねえも、アタイは悪くない。いつかどこかで、事件は起きていた、って言ってくれたけど‥‥それでも、アタイのせいだったんじゃないかって、思っちゃうんだ」
チサさんは少し俯いてしまいました。
‥‥チサさんは悪くない。私とセリナさんが彼女に投げかけた言葉は、彼女を励ますための嘘などではなく、本心です。
今彼女が指摘したように、魔女化が進行していたシヅハさんは、いずれどこかのタイミングで事件を起こしていたでしょう。そのタイミングが、たまたま一連の畑での出来事の直後だったのです。
リクアさんがシャワールームに向かうきっかけを作ったのは、確かにチサさんではありますが、それを持って彼女に責任があるという結論になるはずがありません。
それでも‥‥チサさんはやはり責任を感じているようです。アキラさんを畑に呼び出して、話をしようとしたのも‥‥ここが事件の始まるきっかけとなった場所だからなのかもしれません。
【朝雛 チサ】
「アタイ‥‥もう誰かが死ぬところなんて見たくない! 誰かが誰かを殺すところも‥‥処刑だって、もう見たくない!」
【朝雛 チサ】
「そのために‥‥アタイは強くなりたいんだ! だから‥‥アタイたちの中で一番強そうな、アキラねえに師匠になってほしいんだ!」
【朝雛 チサ】
「アタイを‥‥強くしてくれッ!」
チサさんは真っ直ぐな目で、アキラさんの事を見つめます。言動が粗暴でありながら、なんだかんだで面倒見の良いアキラさんが‥‥断るはずがありませんでした。
【早瀬 アキラ】
「‥‥分かったよ。お前の言い分は分かった」
【早瀬 アキラ】
「俺が師匠になってお前を強くして、それで満足だって言うなら‥‥付き合ってやるよ」
【朝雛 チサ】
「ほんとかッ!」
【早瀬 アキラ】
「‥‥ああ」
アキラさんはチサさんの願いを承諾しました。観念して認めたというより、チサさんの願いを叶えてあげたい、というアキラさんの優しさ故の承諾でしょう。
最初は不満げなアキラさんでしたが、今はチサさんの想いを受け入れたのか、一転して真剣な眼差しです。
【早瀬 アキラ】
「しかし、強くなるって言っても‥‥一体お前はどうしたいんだ? 具体的なイメージを共有してもらわねえと、俺も指導のしようがない」
【朝雛 チサ】
「えっ! あー。うーんとねえ‥‥えーっとねえ‥‥」
アキラさんに尋ねられたチサさんは、ぎょっと体を跳ねさせると、頭を抱えて悩み始めました。イノシシの被り物がワサワサと揺れて、毛が逆だっています。
【早瀬 アキラ】
「考えてなかったのかよ‥‥」
【朝雛 チサ】
「だって‥‥とにかく、強くならないとって考えてたから‥‥具体的に、って言われてもわかんないぞ‥‥」
【朝雛 チサ】
「あっ! でもね‥‥アタイ、1つだけ目標があるぞ!」
目をグルグルとさせていたチサさんでしたが、パッと顔を上げるとズズイとアキラさんの方へとにじり寄ります。思わずアキラさんは一歩後ろに下がりました。彼女が気圧されるなんて、ここに来て初めて見る光景かもしれません。
【朝雛 チサ】
「アタイ‥‥アキラねえみたいに、でっかくなりたい!」
【早瀬 アキラ】
「お、俺みたいに‥‥か?」
【朝雛 チサ】
「うん! こないだ畑で作業してる時‥‥アキラねえ、筋肉すごかった! アタイもあんなふうになりたい!」
【朝雛 チサ】
「それが‥‥きっと強くなる第一歩だと思うから!」
【早瀬 アキラ】
「お、俺みたいに‥‥か」
思いがけず褒められたことに照れてしまったのか、アキラさんはプイと顔をそらします。‥‥ほんの少し赤くなっているように見えるのは、気のせいでしょうか。
‥‥あ、こっちを見て睨んでいます。図星のようですね。
アキラさんは何度も頭を掻きむしって葛藤しているようでしたが、やがて自分の頬をパン、と両手で叩きました。決意を固めたようです。
【早瀬 アキラ】
「‥‥分かった。お望み通りの結果になるかは分かんねえが‥‥俺が普段やっている筋トレメニューを教えてやる。‥‥それでいいか?」
【朝雛 チサ】
「もちろんッ! ありがとう、ししょー!」
【早瀬 アキラ】
「だーっ! その師匠ってのはやめろ! むず痒くなるッ!」
【朝雛 チサ】
「ししょー! ししょー!」
チサさんはアキラさんに飛びつきました。振りほどこうとアキラさんはブンブンと身を捩りますがとても離れそうにありません。応援を求められた私が引っ張って、何とか引き剥がすことが出来ました。
【三条 エリス】
「あ、ああああああああのッ! 私も仲間に入れてくださいませんかッ!」
チサさんを引き剥がすや否や、今度は背後からどもった叫び声がしました。振り返ると案の定、エリスさんがいました。いつもよりもリボンやら何やら装飾が乱れているように見えます。
【三条 エリス】
「わ、私も、強くなりたいです! 完璧で瀟洒な従者になるために‥‥私も強くなりたいですッ!」
両手で作った握りこぶしを胸の前でブンブンとして、エリスさんも決意を示します。
アキラさんが思わず「増えた‥‥」と呆気にとられた顔で呟いているのが聞こえました。彼女らしからぬ、魂の抜けかけたような表情です。
エリスさんの決意もまた固いようで、返事がもらえるまでそこから動かないつもりなのか、目を閉じてブンブンと拳を振っています。断る余地がないと思い至ったのか、アキラさんはため息を1つ吐くと、エリスさんの請願を受け入れます。
【早瀬 アキラ】
「‥‥わーったよ。こうなったら、1人くらい増えても関係ねえ。‥‥三条のことも鍛えてやるよ」
【三条 エリス】
「ほ、本当ですかッ!? う、嬉しいです!」
エリスさんはピョンピョンと飛び跳ねます。中途半端につけたリボンがジャンプの振動で外れそうになっていますが、構わず飛び跳ね続けています。
魔法の影響か、彼女は文字通り周囲に嬉しい感情を振りまいているようで、私までなんだか嬉しくなってきました。
【早瀬 アキラ】
「全く‥‥人の気も知らないで」
アキラさんは呆れた様子でため息をつきましたが、何だか嬉しそうです。きっと、彼女にもエリスさんの嬉しい感情が伝わっているのでしょう。
【早瀬 アキラ】
「‥‥よし。お前ら、やるって言ったからにはとことんやってやるからな。覚悟しとけよ」
【三条 エリス】
「は、ははははいッ!」
【朝雛 チサ】
「もちろんだぞッ!」
アキラ師匠の号令に、2人は元気よく答えます。その後、3人はトレーニング器具がなくてもできる自重トレーニングを中心に、筋トレを始めました。
────────
【早瀬 アキラ】
「よしッ。次は腕立て10回×3セット。インターバルは30秒だ。構えろッ!」
【朝雛 チサ】
「さーいえっさー!」
【三条 エリス】
「承知しましたあああッ!」
せっかくなので、私は端の方で3人のトレーニングの様子を見学させてもらうことにしました。やると決めたアキラさんは、本気で2人を指導しているようで、中々なスパルタコーチのようです。
アキラさんは流石に普段からやり慣れているだけあって、綺麗なフォームでほとんど息を切らさずにトレーニングをこなしています。
チサさんは体力だけはあるようですが、まだフォームがブレブレなようで、素人目線でも正しいやり方で行えているとは言えないように見て取れます。
エリスさんは意外にも運動神経が高いようで、本人は自信なさげですが、動きにくそうなメイド服にも関わらず、俊敏に腕立て伏せをしています。スピードだけ見れば、アキラさんよりも若干早いくらいです。
その後、背筋やスクワットなど、一通りのトレーニングを終えた3人は、木陰で休憩を取ります。
【早瀬 アキラ】
「朝雛、お前はまだ基礎のフォームがなってねえ。トレーニングの効率低下に繋がる。次回はみっちり絞ってやるから、そのつもりでいろ」
【朝雛 チサ】
「わかったぞ!」
【早瀬 アキラ】
「三条、お前は‥‥正直、教えることがねえ。‥‥もしかして、経験者か?」
【三条 エリス】
「い、いいいいえっ! この手のトレーニングは全くの未経験です!」
【早瀬 アキラ】
「‥‥才能、ってやつかね」
アキラさんは厨房から持ってきたボトルで水分補給をします。2人もまた同じように、水分補給をしてトレーニングの熱を逃がすように努めます。
私は医務室から持ってきたうちわで、皆さんのことを仰いでいました。
チサさんが力任せに動いていたせいか、特に汗を多くかいているようです。アキラさんも少し汗をかいているように見える一方、エリスさんはほとんど汗をかいていません。アキラさんが指摘するように、本当に才能があるのかもしれません。
【早瀬 アキラ】
「よしっ。休憩終わり。続きいくぞ」
【朝雛 チサ】
「よーしっ! ‥‥せっかくだし、マコねえもやってかないか?」
【三条 エリス】
「い、一緒に体を動かしましょう! 気分転換になりますよ!」
突然のお誘いに、私は困惑しました。一瞬断ろうとも思いましたが‥‥。
チサさんとエリスさんが、曇りなき眼でこちらを見てくるものですから、なんだか断りにくくて‥‥私も参加することにしました。
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【篠宮 マコト】
(か、体の節々が‥‥痛いッ‥‥!)
想像以上のハードトレーニングのせいで、終了後まもなく筋肉痛が飛来しました。
‥‥次回、もし誘われたら断るべきかもしれません。自分の決断を後悔しながら、節々の痛みを庇いつつ、他の皆さんのところへ向かうことにしました。