皆さんで集まっての食事を復活させるとの事で、私とヒナタさんは少し早めに食堂に到着していました。案の定チサさんが一番乗りだったようで、珍しくお行儀よくイスに座って料理の提供を待っています。
時折待ちきれないのか、左右に揺れている様子が見受けられましたが、初日のように暴走することはありません。‥‥アキラさんを師匠と仰ぐようになって、姿勢が変わったのでしょうか。
その後、続々と他の面々も食堂に集いました。7時10分を少し過ぎた頃、宣言通りに厨房の扉が開かれ、アキラさんとカナデさんが出てきました。カナデさんはパンの乗ったトレーを持ち、アキラさんが重そうなスープジャーを運んでいます。
【朝雛 チサ】
「ご飯ッ!」
【早瀬 アキラ】
「まだだ、朝雛。お前は最後に取れ。見境無く取ったら、他のやつの分がなくなる」
【朝雛 チサ】
「はい、師匠ッ!」
【リヴィア・ローゼンタール】
「‥‥師匠? ‥‥私に隠れて、何か面白いことをしているようですわね、アキラ」
【早瀬 アキラ】
「んなッ‥‥朝雛、あんまりその呼び方使うんじゃねえ‥‥! 特にコイツの前では‥‥!」
あの時畑にいた面々以外は、チサさんが師匠とアキラさんを呼んだことに疑問を抱いたようです。とりわけリヴィアさんは過敏に反応したようで、からかうような反応を見せました。
気を取り直してスープジャーを大机に置いたアキラさんの号令に従って、皆さん自分の分を取り分けていきます。チサさんは素直に従って、最後に残った分をほとんどかっさらっていきました。‥‥初日から考えると、本当に大きな成長ですね。
以前のようにパンを数個とスープをよそって席につきます。パンをちぎってみると、焼きたてで、湯気がホワンと上がりました。ひとくち食べてみると、あの日食べたのと同じ風味が広がります。完全再現といって差し支えないレベルです。
【鳳月 カナデ】
「気に入っていただけましたか?」
私の横にカナデさんが座りました。離れたところに座っているミトさんの方に視線を一瞬送りましたが、すぐに首を振ると焼きたてのパンをちぎります。‥‥やはり、昨日の事を気にしているのでしょうか。
気を取り直したカナデさんは、私と同じようにパンを一欠片口に放り込むと、仕事の出来に満足したのか、静かに頷きます。
【篠宮 マコト】
「ええ。とても美味しいです。あの日食べたのと、遜色ない‥‥いえ、全く同じといっていいくらいのクオリティです」
リクアさんの話では、確かベーキングパウダーを勘で配合したと語っていたはずです。おそらく目分量だったのでしょう。それにも関わらず、今回のパンはあの時と全く同じ味と食感です。
【鳳月 カナデ】
「‥‥実は、リクアさんが亡くなる前に、彼女がパンを作っているところを拝見させてもらったんです。そこでやり方は一通り覚えました」
【篠宮 マコト】
「み、見ただけで、ですか‥‥?」
【鳳月 カナデ】
「ええ。一応レシピが残っていたので、それを元に調理してみました。料理は普段しないのですが‥‥うまく作れていたようで何よりです」
これが料理を普段しない人の作ったパン‥‥驚きが隠せませんでした。一度調理の過程を見たのと、レシピだけでここまで再現し切るとは‥‥カナデさん、料理人の道でも食べていけるのではないでしょうか。
久しぶりの朝食会は和気あいあいとした雰囲気に包まれていました。リクアさんの語ったように、やはり暖かく美味しい食事というのは、私たちの気持ちを一致団結させる最初の一歩になるようです。
裁判後の暗い雰囲気が、少しずつ薄れていくのを肌で感じます。
あっという間に私はパンとスープを完食しました。チサさんがほんの少し残したおかわりを少々頂いて、お腹はすっかり満たされました。生きよう、という活力が満ちていくのを感じます。
【早瀬 アキラ】
「‥‥全員、少しいいか」
アキラさんが立ち上がりました。全員が座っているなか、一番背の高い彼女が立つとよく目立ちます。自然と皆さんの視線がアキラさんに注がれます。
【早瀬 アキラ】
「‥‥あまり、思い出したくはないだろうが‥‥。件の事件から数日が経過した。全員‥‥思うところはあるだろう」
アキラさんは俯きながら話をします。皆さん事件のことを少し思い出したのか、同じように顔を伏せている人も見受けられました。
【早瀬 アキラ】
「だが‥‥いつまでも落ち込んでいるわけにもいかねえ。‥‥真壁は、俺たちが一致団結して初めて、ここから出る算段を立てられると主張していた」
【早瀬 アキラ】
「なら、俺たちは‥‥真壁のその考えを引き継いでいくべきじゃないか?」
【倉科 ミオリ】
「その通りですッ! あたしたちがずっとクヨクヨしていたら、リクアさんが安心できません!」
【倉科 ミオリ】
「今こそ、改めて協力し合うべきなのです!」
アキラさんの意見にミオリさんが同調しました。何人かの人は頷いて賛同の意を示しているように見えます。
【リヴィア・ローゼンタール】
「けれど‥‥一体、どのように一致団結するつもりなのかしら?」
【リヴィア・ローゼンタール】
「わたくしたちは、初対面でこの牢屋敷に集められて‥‥それからまだ1週間しか経っていません。まだお互いのこともよく知らないのが現状ですわ」
私たちがここに集められたのは、確か‥‥4月7日だったと記憶しています。そして今日は4月13日。今日でちょうど1週間です。
事件が起きるまでの4日間はともかく、それ以降の3日間は皆さん塞ぎ込んでいたでしょうから、交流はストップしていたと言えます。実質的に私たちが交流していた期間は、1週間にも満たないと計算できます。
【朝雛 チサ】
「じゃあさ! みんなでパーティを開くってのはどうだ?」
突然チサさんが机をバンと叩くと立ち上がりました。皆さんの目が今度はチサさんの方に注がれます。
【早瀬 アキラ】
「パーティ‥‥か」
【三条 エリス】
「よ、要するに、レクリエーション、あるいはアイスブレイクということですね」
【朝雛 チサ】
「レクイエムだかアイスクリームだか何だか分からんが、そういうことだ!」
‥‥絶対分かってないですよね。
チサさんの提案にアキラさんは腕を組んで考えていましたが、カナデさんやミオリさんが賛同の声をあげます。
【鳳月 カナデ】
「私は、賛成です。正直、まだあまりお話出来ていない人もいますし、この機会に交流を深めるのは良いことなのではないでしょうか」
【倉科 ミオリ】
「その通りです! 美少女たちのお戯れ‥‥じゃなくて、皆さんで何か1つの事を成し遂げるという成功体験が、最終目標たるここからの脱出に繋がるのではないでしょうか!」
‥‥一瞬本音が見えた気がしますが、ミオリさんの意見は的を射ていました。
いきなり脱出計画の実行という、大きな目標に向かうのではなく、1つの小さな目標を達成していくのが、一見遠回りに見えても最短のルートになり得る。‥‥そんな気がします。
【星谷 セリナ】
「んー。でも、んなチンタラしてて大丈夫なんかなー? パーティ開くのは、楽しそうでいいと思うよ?」
【星谷 セリナ】
「けど‥‥脱出するってホンシツからはちょっと遠ざかるっつーか‥‥。まあ、あーしが早くこっから出たいってだけなんだけどな‥‥」
【黒部 ナノカ】
「星谷セリナの言うとおりよ」
【黒部 ナノカ】
「‥‥酷な事を言わせてもらうと、次、いつ私たちの中から殺人衝動に取り憑かれる人が出てくるか分からないわ」
【黒部 ナノカ】
「常盤シヅハの犯行動機は、強い光に照らされた篠宮マコトの姿を見たから‥‥」
【黒部 ナノカ】
「‥‥一見すれば動機になりえないような出来事でも、当人からすればトラウマを刺激される可能性が潜んでいる」
【黒部 ナノカ】
「私たちは、いつ爆発するかも分からない爆弾を抱えながら生きているの」
【黒部 ナノカ】
「なら‥‥それが爆発する前にここから出るほうが、賢い選択と言えるのではないかしら」
前回同様、リクアさんの意見に異を唱えた2人からの主張です。彼女たちは、前回も脱出計画を急ぐべきであると述べていました。行動理念に脱出するということが、深く刻み込まれているのでしょう。そんな2人の意見もまた、的を射ていました。
とりわけ、殺人衝動がいつ再び発生するか分からない、というナノカさんの意見には納得がいきます。
‥‥現に、シヅハさんの動機が発生したのは、私が光を照射されたからでした。いつどこで、どんな形で動機が発生するか、誰にも分かりません。
そんな状況で、脱出に向けての準備を置いて、パーティを開催する。呑気な行動だという批判を受けるのもまた、至極当然でした。
2人の意見を受けて、周囲の空気は硬直状態になりました。この先の舵取りをどのようなものにするか。皆さん決断しきれないようです。そんな中声を上げたのは‥‥またもチサさんでした。
【朝雛 チサ】
「ぱ、パーティ、開かないほうがいいのか‥‥? アタイ、また余計なこと、しちゃったかな‥‥」
チサさんは目に涙を浮かべています。以前の事件の事があってか、チサさんは自分が何か行動することで、事態が悪い方に向くことを恐れているのかもしれません。
潤む瞳でチサさんは周囲の様子を伺っています。周りからの返答が怖いのでしょう。その視線は、反対の意を示したセリナさんやナノカさんの方にも向けられます。
【星谷 セリナ】
「うっ‥‥チサっち、そんな視線を向けられたら心が痛むって‥‥」
【黒部 ナノカ】
「‥‥何だか申し訳ない気持ちになるわね。‥‥けど、脱出というホンシツを見失ってはいけない。そこだけは譲れないわ」
チサさんの視線に2人の心が少し揺らいでいます。ますます固まっていく周囲の空気‥‥沈黙を今度こそ破ったのは、別の2人の声でした。
【リヴィア・ローゼンタール】
「‥‥何も、1つの事にこだわらなくてもよいのではなくて? パーティで親睦を深めつつ、脱出の手立てを立てる。それで良いのではないかしら?」
【南雲 ヒナタ】
「ローゼンタールさんの言う通りだ。パーティの計画を立てるとなると、また牢屋敷やこの島を見て回ることになる。その過程で、脱出に有用な情報が手に入るかもしれない」
【南雲 ヒナタ】
「片方だけを追求しすぎるのもよくないし‥‥折衷案という形を取るのが無難なんじゃないかな」
宙に漂っていた意見が、2人の言葉によってまとめられていきます。確かに、パーティの開催もここからの脱出も、どちらもさらなる牢屋敷内の探索は不可欠です。この2つは、目的は違えどたどる過程は似通っている‥‥そう言えるはずです。
【篠宮 マコト】
「私もそれが一番いいと思います。焦ることなく、でも確実に脱出の算段を立てられる方法ではないでしょうか」
【白川 ミト】
「‥‥私も賛成」
ここまで議論に加わっていなかった私とミトさんの賛同で、全体のムードの方向性が固まった気がします。パーティ開催派も脱出派もお互い落とし所を見つけたようです。
【早瀬 アキラ】
「‥‥まとめきれなくてすまない。だが、今の折衷案が今後の動き方としては、ベターだろう。他に意見のあるやつはいるか?」
自分のリーダーとしての力不足を悟ったのか、アキラさんは肩を落とします。初日でお互い動き方の分からない私たちをまとめ上げたリクアさんの力量を、改めて感じます。
アキラさんの問いかけに答える人はいませんでした。全員了承したということでしょう。
【早瀬 アキラ】
「よし、決まりだ。ということで、今後の俺たちは親睦会の開催に向けて準備をしつつ、脱出に向けての情報収集を行う。これでいくとしよう」
何人かが静かに頷きました。これで‥‥ようやく私たちは、また前に進むことが出来そうです。
【倉科 ミオリ】
「それでは! ここらでくじ引きといきましょうか!」
唐突にミオリさんが叫んだかと思うと、彼女は右手に細い紐で出来たくじを握りしめていました。いつの間にあんなものを‥‥?
【倉科 ミオリ】
「ひとまず、前回同様3グループに分かれられるように色を塗っておきました。皆さん引いてくだされ!」
【倉科 ミオリ】
「ここで決まったグループでパーティの準備といいますか‥‥出し物を決めるというのはいかがでしょうか?」
実に無難な提案でしたが、それ以上にいい案を出せる人間はいませんでした。誰かがフッとミオリさんの方に近づいたのをきっかけに、皆さんくじを1つずつ引いていきます。
私もくじを引くと、下の方に赤色が塗られていました。周囲を見渡すと、青と緑の紐が他にあるようです。
同じ色を引いた人同士で集まります。私と同じグループになったのは‥‥。
【白川 ミト】
「‥‥また同じグループだね」
【星谷 セリナ】
「あーしもじゃん! ‥‥ある意味運がいいのか?」
【リヴィア・ローゼンタール】
「わたくしだけ見事にアウェイというやつですわね。よろしくお願い致しますわ」
ミトさんにセリナさんに、リヴィアさん。4分の3が前回の掃除班と同じメンバーでした。代わり映えしませんが‥‥まあくじできまったことですし、仕方ありません。
他のグループはと見回してみると‥‥。
【倉科 ミオリ】
「ひょお~! イケメン女子のグループに混ざってしまいましたァ!」
【早瀬 アキラ】
「‥‥朝雛とは別ベクトルでやかましいやつと、一緒になっちまった‥‥」
【南雲 ヒナタ】
「あはは‥‥まあ、これも縁ということで‥‥」
【三条 エリス】
「わ、わわわ、私もイケメン扱いされてるんですかッ!?」
青グループはミオリさん、アキラさん、ヒナタさん、エリスさんが一緒になったようです。残る緑は‥‥。
【鳳月 カナデ】
「おふたりとも、ここまであまりお話してきませんでしたね。よろしくお願いします」
【黒部 ナノカ】
「やると決めたからには‥‥きちんとパーティの方もやりきるわ」
【朝雛 チサ】
「みんなで楽しくやろうなッ!」
緑グループはカナデさん、ナノカさん、チサさんが一緒になったようです。比較的しっかりしている2人でチサさんを抑え込めそうなので、ひとまず一安心といったところでしょうか。
くじ引きで決まったわりには、そこそこバランスのいい組み合わせになったようです。お互い顔合わせを終えた私たちは、しばらくの間お互いに談笑していました。
そうしている内に時間が過ぎていって、私たちは一旦拘束時間を過ごすために監房に戻ることになったのでした。