夢想少女ノ魔女裁判   作:タイホくん

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日常パート その4

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

(推奨BGM「ボクとワタシの」♪10)

 

 その後、食事を終えた人から順々に食堂を退出していく流れに自然となりました。

 先ほどの一件でまだいまいち気分の悪かった私は、そのまま食堂の席に座りっぱなしでした。

 

 私の他に食堂に残っているのは、リヴィアさん、アキラさん、ミオリさん、そしてセリナさんの4人です。

 リヴィアさんはどこから持ってきたのか、食後の紅茶を飲んでいました。

 

キラ

 「‥‥なんで俺が紅茶を注いでるんだ」

 

 その紅茶はなぜかアキラさんが作っています。リヴィアさんは文句を垂れるアキラさんのことを気にすること無く、紅茶を口に運びます。

 

ヴィア・ーゼンタール

 「なぜって‥‥あなたがたまたま近くにいたからですわ。それに‥‥あなたはとってもおいしい紅茶を淹れてくれる。そんな予感がしたからですわ」

 

キラ

 「ご指名いただきどうもありがとうございますー。‥‥チッ」

 

 舌打ちをしながらもアキラさんはおかわりの紅茶をリヴィアさんのティーカップに注いでいきます。

 

オリ

 「‥‥やはりあの2人。“いい”ですね」

 

 その様子をミオリさんは机の下から観察していました。傍から見れば不審者です。やはりこの人は、他の人と比べてどこか様子がおかしいですね。

 

オリ

 「尊き関係性を前にして、様子がおかしいのは至極当たり前のことです。それがオタクという生き物ですから。ささ、よければそなたもこちらへ」

 

 ‥‥ナチュラルに心を読まれた気がします。

 

 どうやらミオリさんは勝手に私のことを”同士”か何かと勘違いしているようです。いつのまにオタク認定されてしまったのでしょうか‥‥。

 いえ、人類皆何かしらのオタクだと考えれば、広義の意味では間違っていないのかもしれませんが。

 

 それとなーくミオリさんから離れた私は、セリナさんの方へと向かいました。彼女は余っていたプレートを手に取ると、残った料理をプレートに盛り付けていきます。

 

コト

 「セリナさん、何をしているんですか? ‥‥まさか、このまずい料理をおかわりするつもりで?」

 

リナ

 「ん? いやいや違げーし。これはねー、チサっちの分」

 

コト

 「チサさんの、ですか?」

 

 セリナさんはプレートに食事を盛り付けながら続けます。

 

リナ

 「そーそー。まだ食べたりなさそうにしてたし、残ってるのもったいねーから、あーしが回収して懲罰房のチサっちに届けてやるの。名案っしょ」

 

 セリナさんはドヤ顔でピースサインを掲げます。

 

オリ

 「‥‥聖母か?」

 

 いつの間にか背後にやってきていたミオリさんが呟きます。‥‥本当に様子のおかしい人です。

 

リナ

 「あーしはただの女子高生だし。聖母でもなんでもねーから」

 

 最後にスープをお椀に注いだセリナさんはプレートとお椀をトレーにのせました。

 

リナ

 「にしても13人分ってなると結構な量だなー。チサっちよく1人で食べきったな、まじで」

 

 セリナさんはまじまじと大皿を見つめます。

 

 大皿は銀色で長方形をしており、よくホテルのバイキングで置かれているようなタイプのものです。それが、コーンビーフと謎の緑のペースト、ゼリー用に2つずつ。スープジャーとビスケットが置かれていたお皿を含めて全部で8つの大皿があります。

 

 これを私たちが駆けつけるまでのおよそ3分‥‥厳密にはチサさんがここに来るまでに1分かかるとして、約2分で平らげたということになります。

 

コト

 「人知を超えた速さで食べ尽くしたようですね、チサさん‥‥」

 

リナ

 「“人知を超えた”って、大げさっしょ。チサっちが単に食いしん坊ってだけなんじゃね?」

 

 ‥‥それにしても、あまりにも食べるスピードが早すぎます。本当にただ、彼女が食いしん坊なだけだからなのでしょうか。

 セリナさんに否定されかけた私の言葉は、思わぬ人から肯定されます。

 

キラ

 「いや、今の指摘は正しい。朝雛は文字通り“人知を超える速さ”でそこにあった料理を食い尽くしたんだ」

 

 アキラさんが会話に加わってきました。彼女はチサさんを追いかけてその一部始終を見ていました。チサさんの食事の様子も一部とはいえ目撃していたのでしょう。

 

キラ

 「俺が朝雛を追いかけて食堂にたどり着いた時、あいつはまるで吸い込むかのように大皿の料理に食らいついていた」

 

キラ

 「一切咀嚼することなく、スルスルと料理はあいつの口の中に消えていく‥‥」

 

キラ

 「だから思わず聞いたんだ。『それがお前の《魔法》なのか』ってな」

 

コト

 「《魔法》‥‥」

 

キラ

 「そしたらあっさり答えてくれたよ。朝雛は《暴食》の魔法の持ち主らしい」

 

リナ

 「ぼーしょく?」

 

キラ

 「本人曰く『なんでも好きなだけ、無限に、超高速で食べることができる魔法』だそうだ。鉄なんかも噛み砕いて食うことができるらしい」

 

オリ

 「お、お腹こわしちゃいますよ!?」

 

キラ

 「ところが本当らしい。実際朝雛は、料理を全部平らげた後、皿まで食いだそうとしたからな。流石にそこで制止したが‥‥俺が何も言わなければあのまま食い尽くしていただろうな」

 

オリ

 「ひょえー。“なんでも食べちゃう(意味深)”なんてもんじゃないレベルなんですなー。流石に推しに物理的にマジの意味で食われるのは‥‥流石にあたしはそこまで上級者ではござりませんな」

 

キラ

 「何の話をしてるんだお前‥‥。まあ、ともかく、あいつの異常な食事スピードは魔法由来のものだそうだ。あの食欲も、もしかしたらあいつの魔法が作用しているのかもしれないな」

 

 魔法‥‥そうです。私たちは魔女候補。当然何かしらの魔法は持っていてしかるべきです。私が魔法を持っているのですから、他の人達も魔法を持っているはずです。

 チサさんの魔法は暴食だった‥‥今後のためにも一応覚えておいたほうが良さそうですね。

 

 

─人物データ「朝雛チサ」の情報を更新した─

 

・朝雛チサ(あさひな ちさ)

囚人番号35番。13歳。【暴食】の魔法を持つ少女。魔法のおかげで何でも食べることができる。

 

 

コト

 「私たちは《魔女候補》だからここに集められた、ということでしたよね? ということは私たち全員、魔法を扱うことができるということなのでしょうか」

 

キラ

 「そうなるだろうな。俺もまあ‥‥一応魔法がないわけではない」

 

 アキラさんはややためらいがちに自分も魔法を持っていると告げました。

 

リナ

 「お、なになに。教えて~」

 

キラ

 「‥‥俺の魔法は、そんないいもんじゃねえ。それに見せモンでもねえ」

 

 アキラさんはそっぽを向いてしまいました。

 

キラ

 「それに‥‥お前らを信用していないってわけじゃないが、殺人が起こりうるかも知れないって今の状況で、手の内の1つである魔法を明かすのは得策とは言えねえ」

 

キラ

 「悪いが、今は何も言えないな」

 

 アキラさんの意見はもっともでした。

 魔女化に伴う殺人衝動は不可避のもの。そしてこのような居住環境ではストレスの蓄積は避けられず、将来的に誰かが魔女化する可能性は、現状それなりにあると言えるでしょう。

 

 もし殺人事件が起こり、魔女裁判が開かれた場合、魔法を周囲に知られているのといないのでは、立ち回り方が色々と変わってきます。魔法を開示したくないのも当然です。

 

ヴィア・ーゼンタール

 「あら、魔法の話でしたら、わたくしも混ぜてくださいな」

 

 すると背後から突然、リヴィアさんの声がしました。ついさっきまで、少し離れたテーブルで紅茶を飲んでいたはずでは‥‥?

 

キラ

 「‥‥!? お、おま‥‥」

 

 アキラさんも目を白黒とさせています。突然の出来事に驚いているのでしょう。

 

リナ

 「お。お嬢サマ、もしかして瞬間移動とかそういう系の魔法持ってんの?」

 

 一方セリナさんは突如現れたリヴィアさんを気に留めることなく、魔法について聞き出そうとします。

 

ヴィア・ーゼンタール

 「うーん‥‥当たらずとも遠からず、といったところでしょうか。3割正解ですね」

 

 リヴィアさんはニヤリと笑うと、ドレスについている懐中時計を手に取ります。

 

ヴィア・ーゼンタール

 「わたくしの魔法は《時間停止》。文字通り、わたくし以外の全ての時間を停止させる魔法ですわ」

 

オリ

 「時間停止‥‥つまり、《世界》を我が物にできる魔法、ということですな!?」

 

ヴィア・ーゼンタール

 「大げさな物言いをすればそうなりますわね」

 

リナ

 「えーっと、つまりお嬢サマは時間停止している間にこっちに歩いてきたってことになるわけ? だから瞬間移動したように見えた、みてーな」

 

ヴィア・ーゼンタール

 「ええ、そのとおりですわ」

 

 時間停止‥‥かなり応用がききそうな魔法です。

 

キラ

 「‥‥そんな簡単に、手の内を見せるべきではないと思うんだがな」

 

 アキラさんはなぜかリヴィアさんの方を睨みつけます。自分の魔法が開示されたわけでもないのに、まるで自分の魔法が知られたかのような面持ちです。

 

ヴィア・ーゼンタール

 「あら? 減るものでもないし、別に構わないでしょう?」

 

ヴィア・ーゼンタール

 「それに、隠していてもいずれ皆さんに誰がどの魔法を持っているかはバレてしまいますわ。それならいっそ、最初から開示しておいたほうがよいのではなくて?」

 

ヴィア・ーゼンタール

 「加えて、隠し事はわたくしたち同士の間で軋轢を生みかねませんわ」

 

キラ

 「んなことは分かってるんだよ。そうじゃなくて、俺は‥‥チッ」

 

 アキラさんはリヴィアさんに反論しようとしますが、歯切れが悪くて反論になっていません。リヴィアさんの魔法について何か知っていることがあるのでしょうか。

 

ヴィア・ーゼンタール

 「それにあなた、さっき朝雛さんの魔法を本人の許諾なしに勝手に篠宮さん達にお話されたでしょう?」

 

ヴィア・ーゼンタール

 「あなたの理論で行けば、あなたは勝手に朝雛さんの手の内を明かしたことになると思うのですが?」

 

キラ

 「‥‥チッ。確かにそれもそうだ。反論のしようがねえ」

 

 アキラさんは額に手を当てると、ため息をつきます。

 

キラ

 「分かった。ここで俺が何も言わないのはフェアじゃないな。‥‥話してやるよ。俺の魔法」

 

 アキラさんはそう言うと、右手の手袋を外しました。

 

キラ

 「少し離れとけ。あと、目を閉じておくことをおすすめする」

 

 何をするのかと気になった私はアドバイスを聞き逃して、つい手元をじっと見てしまいました。

 すると、彼女は突然親指を咥えると、付け根のあたりに思いっきり噛みつきました。当然のように鮮血が吹き出します。

 

コト

 「な、何を!?」

 

キラ

 「慌てんな。こっからだ」

 

 アキラさんは怪我をしていない左手を流れ出る血の方にかざします。すると、血が一瞬で硬化し、1つの塊になりました。

 

キラ

 「これが俺の魔法。名付けるなら《血液操作》といったところだ。自分の血でも他人の血でも簡単に塊に変える事ができる。ただし、今みたいに体の外に出た血だけだ。内部にある血を操ることはできねえ」

 

 アキラさんは固まった血を手のひらの上に置いてみせました。

 

キラ

 「ついでに、一度固まった血は自由に形を変えることができる。その気になれば‥‥凶器だって作れるかもな」

 

 アキラさんはやや俯きながら続けます。

 

キラ

 「以上だ。これでフェアだろう。何度も実演するもんじゃないから、もし俺の魔法を他のやつが知りたがっていたら教えてやってくれ」

 

 アキラさんはそう言うと、今度は噛みついた部分に魔法をかけます。すると、流れ出ていた血が止まりました。血液操作の魔法で止血したのでしょう。もっとも、噛みついた跡が残っていますが。

 

コト

 「な、なんだかすごく申し訳ない気持ちになってきました。まさか、披露するのに痛みを伴う魔法だとは‥‥」

 

キラ

 「気にすんな。痛いのには‥‥ある程度慣れている」

 

 アキラさんはまたも俯きがちに答えます。やはり、魔法にまつわる話はあまり話したくないようです。なおのこと、申し訳ない気持ちが膨らみます。

 

コト

 「‥‥アキラさん、右手をこちらに差し出してもらってもいいですか?」

 

キラ

 「? ああ」

 

 開示したくない魔法を、痛みを伴ってまで教えてくれたアキラさんに対し、私は悔悟の念でいっぱいでした。

 それなら、私にできることは‥‥これしかありません。

 

 ヒナタさんには伝えるのを渋ってしまいましたが、今はもうそんな子供じみたことをしている場合ではありません。

 

 私はアキラさんの歯型と血の跡が残る右手に手をかざします。手のひらの奥がじんわりと熱を帯び、光がにじみ出ます。光はやがて柔らかく傷口を包みこんでいきました。

 

オリ

 「こ、これは‥‥ヒーラー系の魔法ですな?」

 

 横から覗き込んでいたミオリさんが尋ねます。

 

コト

 「ええ。私の魔法は‥‥《治療》。傷を塞ぐことのできる魔法です」

 

 アキラさんが自分で噛みついた傷跡はすっかり塞がっていました。もう誰も、彼女がここに噛みついたなど気付かないレベルです。

 

キラ

 「これは‥‥中々のものだな。俺の魔法では、精々止血が限界で傷跡は残るんだが‥‥これは完全に塞がっている」

 

 アキラさんは信じられないと言った面持ちで自分の右手を凝視します。

 

キラ

 「感謝する、篠宮」

 

コト

 「いえ‥‥取るに足らない魔法です」

 

リナ

 「すげーじゃん、マコトちゃん。あーしの魔法なんかのほうが取るに足らない魔法だっつーの」

 

コト

 「セリナさんの魔法は‥‥一体どんな魔法なんですか?」

 

 つい話題を変えたくなって、セリナさんの言葉に乗っかりました。

 

 私の魔法は治療。怪我を治すだけの取るに足らない魔法です。それに瞬時に直せる怪我は精々、擦り傷や軽い刺し傷。今のアキラさんの噛んだ傷も治せるかどうかは五分五分でした。

 

 大きな傷や病気なんかは治せるとしても、膨大な時間を要します。肝心な時に役に立たない‥‥それが私の魔法なのですから。

 

リナ

 「よっしゃ、あーしの魔法も見したげるかんねー。いや、厳密には“見せる”ではないんだけども‥‥」

 

 セリナさんは手のひらをパン、とすると、目を閉じてなにやら念じ始めました。するとその瞬間、耳元がざわつき始めました。

 

リナ

 「どう? 聞こえてっかなー、おーい!」

 

 突然、耳元からセリナさんの声が聞こえました。しかし彼女は口を開いていませんし、そもそも私の耳元に立っていません。それなのに、耳元から彼女の声がします。これが彼女の魔法なのでしょうか。

 

リナ

 「どう? 聞こえた?」

 

オリ

 「こ、これはッ‥‥オタクに優しいギャルのASMR‥‥? さては、セリナさんの魔法はASMRなのですか!?」

 

リナ

 「オタクちゃん興奮しすぎー、ASMRなんて名前の魔法あるわけないっしょ」

 

リナ

 「あーしの魔法は《幻聴》。あーしが聞いたことのある人の声を再現して、耳元で再生することができる魔法ってわけ」

 

ヴィア・ーゼンタール

 「なるほど。それで先ほど、魔法を“見せる”のは厳密には違うとおっしゃったのですね」

 

リナ

 「ぴんぽんぴんぽーん。せいかーい。ご褒美にナデナデしちゃいまーす」

 

 リヴィアさんの頭をセリナさんはナデナデします。何故かその様子をアキラさんがすごい剣幕で見ていましたが、下手に突っ込むと面倒くさくなりそうなので黙っておきました。

 

オリ

 「はあはあ‥‥セコムたまんねえ」

 

 ついでに相変わらず様子のおかしいミオリさんがその光景を舐め回すように見ていましたが、こちらも無視しておきます。

 

オリ

 「あ、それじゃあ、あたしが最後ですね」

 

 急に正気に戻ったミオリさんは、そう言うと机の上にある大皿を両手で掴みました。一体何をする気なのでしょう。

 

オリ

 「ご覧あれ。これが拙者の魔法でござーいっ!」

 

 ミオリさんは大皿を自分のみぞおちのあたりに持っていきます。すると、大皿がみるみる内に消えていきます。いえ、消えているというよりも“吸い込まれていく”と形容するほうが自然でしょう。

 

 大皿はあっという間にミオリさんの体に吸い込まれていき、やがてこつ然と消えてしまいました。

 

リナ

 「うお、すご。どうやったのオタクちゃん?」

 

オリ

 「ふふん。これがあたしの魔法です。名付けるなら四次元ポケ‥‥いや、これはまずいですね。うーむ‥‥さしずめ、《空間ポケット》と言ったところでしょうか」

 

コト

 「空間ポケット‥‥ですか」

 

オリ

 「ええ。なんでも無限に‥‥いえ、実際には容量の限界があるのですが、基本的にどんなものでもこの中に出し入れすることができちゃうのです。ほら、こんな感じで~」

 

 ミオリさんはみぞおちのあたりに両手を持っていくと、そのままなにもないところに手を突っ込みました。続けて両手を引っ張り上げると、その手には先ほどの大皿が掴まれていました。

 

オリ

 「こんな感じで、何でも自由に持ち運びできちゃうのですー」

 

リナ

 「すげー、物販とか遠征の時に無双できんじゃん」

 

オリ

 「よくぞお気づきで! そう! あたしの魔法はまさにオタク向き! この魔法があれば、ありとあらゆるリアイベに対応可能!」

 

オリ

 「さらにぬい活なんかも簡単にこなせちゃう! さながらこんな感じで‥‥」

 

 ミオリさんは再び空間ポケットに手を突っ込みます。しかし、様子が変です。ポケットの中身をガサゴソと探し回っていますが、目当てのものを発見できない雰囲気です。

 

オリ

 「あ、あれ‥‥おかしいですね。たしかここにしまっていたはずですが‥‥というか、どこにも何も入っていない‥‥?」

 

キラ

 「‥‥もしかして、俺たちが気を失っている間に、管理者が全部没収したんじゃないか?」

 

 アキラさんがポツリと呟きました。その言葉を聞いたミオリさんはピクリと動きを止めます。

 

オリ

 「そ、それです‥‥だって、どこにも何も入っていません」

 

オリ

 「思えば、あたしのポケットは常に容量ギリギリなのに、あんな大皿が入る時点でおかしいと気づくべきでした‥‥!」

 

 ミオリさんは体をワナワナと震わせます。

 

オリ

 「あ、あたしの推しグッズ、みんな盗られちゃいました‥‥」

 

オリ

 「う、うう‥‥こないだお迎えしたばかりの最推し蓮見レイア様のぬいが‥‥。あ、やべストレスマッハ。精神にクる‥‥」

 

リナ

 「あー、ちょ、ちょい待ちなってオタクちゃん。落ち着け落ち着け」

 

 セリナさんは慌ててミオリさんの背中をぽんぽんと叩きました。ミオリさんの肩は震え、今にも涙がこぼれそうです。

 

オリ

 「お、落ち着けるわけないでしょうがぁ‥‥! ぬいですよ!? しかも最推しの! あたしの生活の支柱が、精神の柱が‥‥ッ!」

 

 ミオリさんは両手で顔を覆いました。声が少し鼻にかかっていて、見ていて胸が締めつけられます。

 

リナ

 「うんうん。わかるわー。推しグッズは心の安定剤だし、奪われたらマジで世界終わる感じするよね」

 

リナ

 「でも、ほら、今はまだ“奪われた”って決まったわけじゃないじゃん? 管理者が預かってるだけかもよ」

 

 セリナさんはまるで子どもをあやすように、ゆっくりと言葉を選びながら話しかけます。声がやわらかく、けれど芯が通っています。

 

オリ

 「で、でも‥‥」

 

リナ

 「大丈夫。ぬい達だって、きっと無事だよ。ほら、オタクちゃんのポケット、まだ使えるんでしょ? 帰ってこれる場所があるんだから大丈夫だって」

 

 ミオリさんは顔を上げました。セリナさんは微笑を浮かべて、テーブルの上のスープ皿をそっと指でつつきます。

 

リナ

 「それに、さっき魔法見してくれた時、ちょっとワクワクしたよ。すげーなって思った」

 

リナ

 「推しグッズだけじゃなくて、あんたの“好き”がちゃんと形になってる魔法じゃん。そんなの、すっごく素敵だと思う」

 

 ミオリさんは、しばらくのあいだ唇を噛んで黙っていましたが、やがて小さく笑いました。

 

オリ

 「うう‥‥やはりオタクに優しいギャル超えてもはや聖母‥‥」

 

リナ

 「え? あーし? 優しいとかじゃなくて、泣かれると空気しんどいだけっしょ。ほら、泣き顔で推しの名前呼んでたら、ぬいも心配してるって」

 

オリ

「ぬ、ぬいが‥‥心配を‥‥?」

 

リナ

 「そ。ほら、“早く笑顔見せろよ”って。そう言ってる」

 

 セリナさんは、まるで本当にぬいぐるみの声を代弁するように、優しくウィンクしました。

 

 ミオリさんはしばらく呆然として、それから小さく吹き出しました。泣き笑いのような声が、食堂の静けさの中に響きます。

 

オリ

 「よーし! 分かりました! もう泣くのはやめます!」

 

オリ

 「管理者だって鬼じゃありません。きっとどこかに保存しておいてくれているはずです! きっと見つけ出してみせますよ!」

 

リナ

 「よっしゃ、それでこそオタクちゃん! 推しのために立ち上がる、それが真のヲタ魂ってやつ!」

 

 セリナさんの言葉で、ミオリさんはなんとか元気を取り戻しました。もしこの言葉がなければ、ミオリさんにいっきにストレスが掛かって危ない状況だったかもしれません。彼女がいて助かりました。

 

 そんな私の考えを察知したのか、セリナさんはこちらに向けてウィンクを飛ばしました。見かけによらずカンが鋭い人なのかもしれません。

 

 さて、一部とはいえ他の人の魔法が分かりました。魔女図鑑のデータを更新しておいたほうがいいでしょう。

 

 

─人物データ「リヴィア・ローゼンタール」の

情報を更新した─

 

・リヴィア・ローゼンタール

囚人番号37番。17歳。【時間停止】の魔法を持つ少女。魔法の発動中は自分以外の全てのモノの時間が止まる。

 

 

─人物データ「早瀬アキラ」の情報を更新した─

 

・早瀬アキラ(はやせ あきら)

囚人番号36番。16歳。【血液操作】の魔法を持つ少女。血液を硬化させたり、硬化させた血液の形を自由に変えたりすることができる。ただし、体内にある血液を硬化させることはできない。

 

 

─人物データ「篠宮マコト」の情報を更新した─

 

・篠宮マコト(しのみや まこと)

囚人番号27番。15歳。【治療】の魔法を持つ少女。怪我を一瞬で治すことができる魔法。

 

 

─人物データ「星谷セリナ」の情報を更新した─

 

・星谷セリナ(ほしたに せりな)

囚人番号34番。16歳。【幻聴】の魔法を持つ少女。聞いたことのある人の声を再現し、耳元で再生することができる。

 

 

─人物データ「倉科ミオリ」の情報を更新した─

 

・倉科ミオリ(くらしな みおり)

囚人番号33番。14歳。【空間ポケット】の魔法を持つ少女。ポケットの中に何でも自由に出し入れできる魔法。

 

 

リナ

 「いやーしかし、当たり前だけどみんな魔法持ってるんだなー。あーし今まで、自分以外で魔法持ってるってやつ見たことなかったもん」

 

オリ

 「それは恐らく、都市伝説のせいでしょうな」

 

 落ち着きを取り戻したミオリさんが応答します。

 

(推奨BGM「鉛の腱」♪7)

 

リナ

 「都市伝説?」

 

キラ

 「俺も知らねえな」

 

ヴィア・ーゼンタール

 「わたくしもですわね」

 

コト

 「確か、魔女因子を持つ女の子は15歳を迎えると牢屋敷に幽閉される‥‥って内容の都市伝説ですよね? 私も噂で聞いたことがあります」

 

オリ

 「いかにも。年頃の少女たちの間でまことしやかに囁かれる根拠のない噂話‥‥それが牢屋敷の存在です。ですが、まさか実在していたとは‥‥」

 

オリ 

 「恐らく少女たちの多くは、魔法が使えてもそれを周囲に隠していたのでしょうな。もし魔法が使えると知れれば、牢屋敷送りにされかねませんから」

 

キラ

 「けれども、実際には国がこっそりと俺たちに《検査》を施していたようだ。どのみち、隠していてもいずれバレてしまうってわけだな」

 

ヴィア・ーゼンタール

 「‥‥だとすると、少し奇妙な点がありますわね」

 

リナ

 「奇妙な点? あーしはなんもわかんねーけど」

 

ヴィア・ーゼンタール

 「“囚人番号”ですわ。噂が発生するレベルで少女誘拐が起こっているとしたら、囚人番号が3桁に達するくらいには誘拐されているのが自然です」

 

ヴィア・ーゼンタール

 「けれども、わたくしたちの囚人番号は2桁に留まっています。‥‥何か妙な印象を受けますわね」

 

 ヒナタさんと同様の推理を、リヴィアさんは披露します。それに対して私は、今思いついた別の仮説を提唱します。

 

コト

 「噂は噂に過ぎなかったということではないでしょうか」

 

コト

 「つまり、“検査自体”は事実でしたが、牢屋敷への幽閉は最近になって行われた‥‥」

 

コト

 「だから、囚人番号がまだ2桁になっている‥‥これならまだ辻褄が合わないわけではありません」

 

 2人が指摘する通り、こんな規模の少女誘拐が何度か起こっていれば、私たちがここに連れ去られる前に、既にニュースなんかで話題になっているはずです。

 ですが、そんな話を私たちは聞いたことがありません。ならば‥‥誘拐自体は最近始まった。そう考えるのが自然です。

 

ヴィア・ーゼンタール

 「‥‥いずれにしても、わたくしたちが幽閉されたという事実に変わりはありません。今後の身の振り方を考えるべきですわね」

 

キラ

 「‥‥ま、どっちにしても、今考えたって答えは出ねぇよ」

 

 アキラさんが机にもたれかかりながら呟きました。空気がふっと緩み、張り詰めていた議論の熱が静かに冷めていきます。

 

リナ

 「だねー。頭使うと腹減るわ。っても、さっきのアレまた食う気にはなれねーけど」

 

オリ

 「食事の話題は精神衛生上よろしくないですな‥‥」

 

 それぞれがため息をつきます。会話の糸が自然と途切れ、しばしの沈黙が広がります。

蛍光灯の低い唸り音と、どこからか響く換気の音だけが耳に残りました。

 

コト

 「‥‥とにかく、今は休んだほうがいいかもしれませんね」

 

ヴィア・ーゼンタール

 「ええ。あれこれ考えても、いずれまた何かしら“お知らせ”が来るでしょうし」

 

キラ

 「ああ。今は少しでも体力を温存しておくべきだ」

 

 誰からともなく動き出し、それぞれが自分の持ち場へ戻るように、散り散りに歩き出します。

 

 テーブルの上には、片付けきれなかった皿と、冷めた紅茶の跡。さっきまでそこにあった会話の余熱も、ゆっくりと消えていきました。

 

 私はひとまず、監房に戻ることにしました。自由時間はまだありますが、少し頭を使いました。牢屋敷内の探索をしたいところですが‥‥それは明日以降に回すべきでしょうね。

 

 私はおぼつかない足取りで食堂を後にしました。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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