機動戦士ガンダム 木星の深淵 シロッコの亡霊とジュドー・アーシタ 王女ベルナデットの木星戦記   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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ディビニダドの断末魔

宇宙世紀0133年。地球の周回軌道上は、もはや静寂の場所ではなかった。

真空を切り裂くメガ粒子の閃光。ミノフスキー粒子の霧に溺れながら、鉄と血の匂いが漂ってくるような錯覚に陥る。

私はマザー・バンガードのブリッジから、その凄惨な景色を見つめていた。

 

目の前に立ち塞がるのは、父クラックス・ドゥガチ。

正確には、父の狂気を数千倍に増幅し、核の火を抱かせた鋼鉄の怪物――モビルアーマー、ディビニダドの群れだった。

 

「お父様……どうして……!」

 

私の呟きは、誰に届くこともなく機密室の壁に吸い込まれる。

サイコミュ・レセプターを通じて流れ込んでくるのは、一人の人間が保持できる限界を超えた、純粋なまでの憎悪だ。

それは、かつてシャリア・ブルが説いた「理解し合うための力」の、最悪の成れの果てだった。

父は地球を愛しすぎた。愛し、拒絶され、その果てに「自分が所有できないのなら、いっそ焼き尽くしてやる」という、あまりにも身勝手でストーカー的な稚拙さにまで退行してしまったのだ。

 

「全艦、対空戦闘用意! ディビニダドの核ミサイルを一発たりとも地球へ落とすな!」

 

ベラ・ロナ艦長の鋭い号令が飛ぶ。

キンケドゥ・ナウのクロスボーン・ガンダムX1が、ビーム・ザンバーを振りかざして敵陣へ突っ込む。

トビア・アロナクスのX3が、その後に続く。

彼らが守ろうとしているのは、私が初めて口にした「リンゴ」を育んだ大地。

私が生まれて初めて「生命」の味を知った、あの暖かい星。

 

「地球は、お父様が思っているような、汚れた猿の檻なんかじゃない……。お父様、地球はこんなに暖かいのよ! どうしてこれを知ろうとしなかったのッ!」

 

私は通信回路を開き、叫んだ。

たとえ、それが父の狂った耳に届かなくても。

ディビニダドの超大型メガ粒子砲が発射され、宇宙を白く染め上げる。

その閃光の中に、父の歪んだ精神波が混ざり合っていた。

 

「黙れ、テテニス! 偽りの光に絆された出来損ないの娘が! 地球など、この私の孤独を嘲笑うための鏡に過ぎん。焼き払ってやる……すべて、灰にしてやるのだ!」

 

父の声は、もはや人間のそれではない。

木星の超重力下で歪んだ脳が、サイコミュを通じてディビニダドという機械の心臓と直結している。

九機のディビニダドが展開し、それぞれのハッチから、地球の生態系を数万年単位で死滅させるための核の雨が放たれようとしていた。

 

「させない……っ!」

 

トビアの声が通信機から弾ける。

X3の腕部が、ディビニダドの装甲を突き破る。

彼の戦いには、父のような衒学的な理屈はない。

「お腹が空いたら何かを食べる」「悲しければ泣く」「好きな人を守る」。

そんな、木星(じごく)の底では許されなかった、あまりにも当たり前の「人間」としての衝動が、父の構築した冷徹な論理を粉砕していく。

 

ドォォォォォン!

 

一機のディビニダドが、爆発に包まれた。

核爆発ではない。内部の核融合炉が臨界に達する前に、トビアが、そしてキンケドゥが、その「心臓」を貫いたのだ。

真空の宇宙(そら)に、断末魔のような高周波のノイズが響き渡る。

それは機械の悲鳴か、あるいは父の魂が千切れ飛ぶ音か。

 

「ベルナデット、見ているか! これが、君が選んだ連中の答えだ! 暴力と破壊! 私と何も変わらんではないか!」

 

父の哄笑が、私の脳を焼く。

私は歯を食いしばった。

父様、あなたは間違っている。

彼らは破壊のために戦っているのではない。

明日、また誰かがリンゴを食べられるように。

誰かが、重力のある地面で安心して眠れるように。

そのための「盾」になろうとしているのだ。

 

「お父様……。私は、お父様を愛していました。でも……さようなら」

 

私は、手元のコンソールを操作した。

マザー・バンガードに蓄積された、木星帝国の通信プロトコルの脆弱性を突く。

父が、自分以外の誰も入れないように作り上げた、サイコミュの「温室」。

その窓を、内側から粉々に叩き割る。

 

「なんだ……これは!? テテニス、貴様、何を……!」

 

父のプレッシャーが揺らぐ。

ディビニダドの制御系にノイズが走る。

その一瞬の隙を、英雄たちは逃さなかった。

 

キンケドゥのX1が、ディビニダドの巨大な頭部をブランド・マーカーで穿つ。

トビアのX3が、最後の一機へと肉薄する。

 

爆光。

地球の輪郭を背に、銀色の巨体が崩壊していく。

木星の「聖者」が夢見た、地球への復讐劇。

その幕は、皮肉にも、彼が最も愛し、そして最も理解しようとしなかった娘の手によって下されようとしていた。

 

ディビニダドの残骸が、地球の重力に引かれ、大気圏で燃え尽きていく。

それは神の雷などではなく、ただの燃えカスに過ぎなかった。

 

私は、ブリッジの床に崩れ落ちた。

全身の毛穴から冷たい汗が噴き出し、視界が涙で歪む。

お父様。

あなたは、ただ寂しかっただけなのね。

でも、その寂しさを癒すために、世界を道連れにすることだけは、許せなかった。

 

宇宙世紀0133年。

木星戦役の絶頂。

ディビニダドの断末魔は、新しい時代の産声にはならなかった。

ただ、一人の少女の心に、消えない「鉄の味」を刻みつけただけだった。

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