機動戦士ガンダム 地獄の底のお姫様 ―木星帝国の王女は、地球を焼かないと決めた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「お父様……どうして、こうなっちゃったの」
U.C.0133、地球周回軌道。目の前には、父の狂気を数千倍に増幅して核の火を抱いた鋼鉄の怪物――ディビニダドの群れ。9機。それぞれが地球の生態系を殺せる破滅を抱えてる。
青い星が、すぐそこにある。手を伸ばせば触れられそうなくらい近くで、雲が渦を巻いて、海が光を跳ね返してる。禁書の写真で何百回も見た、あの色。本物は、写真よりずっと生々しくて、ずっと脆そうだった。こんなに薄い大気のベール一枚で、あの暖かさは守られてるんだ。……その薄皮に、父は核の雨を降らせようとしてる。
サイコミュ越しに流れ込む、人間の限界を超えた純度の憎悪。父は地球を愛しすぎて、拒まれて、「自分のものにならないなら焼く」って子供の結論に退行した。……悲しい人だ。ほんとに。憎めたら、どんなに楽だろう。でもわたしには、その憎悪の奥にある、凍えるみたいな寂しさが、感応で全部伝わってきてしまう。それがいちばん、つらい。
「地球はこんなに暖かいのよ! どうして知ろうとしなかったの! 一度でもリンゴを齧ってれば、よかったのに!」
叫びは届かない。でも、トビアのX3が動いた。
「腹が減ったら食う! 悲しけりゃ泣く! 好きな奴は守る! そんな当たり前を、あんたたちは忘れちまったんだ!」
木星の底じゃ許されなかった、当たり前の衝動。それが父の完璧な破壊の論理を、少しずつ削っていく。……ああ、そうか。あの子は難しい理屈なんて何も言ってない。ただ「当たり前」を、まっすぐ叩きつけてるだけ。なのに、それが父の百年分の理屈より、ずっと強い。
1機が爆発に包まれた。でも核爆発じゃない。臨界の寸前、トビアとキンケドゥが起爆装置を正確に貫いたのだ。真空に、断末魔の高周波だけが響く。狙って、殺さないために撃つ。それがどれだけ難しいことか、コクピットの中のわたしには痛いほど分かる。
「ベルナデット、見ているか! これが貴様の道か! 暴力と破壊! わたしと何も変わらんではないか!」
違う。ぜんぜん違う。彼らは壊すために戦ってない。明日また誰かがリンゴを食べられるように、盾になろうとしてるだけ。破壊と防御は、似てるようで正反対の極にあるんだ。……そんなことも分からないの、お父様。あなたは天才だったはずでしょう。なのに、いちばん簡単な、いちばん大事なことだけ、最後まで分からずじまいなんだ。
わたしはバタラのサイコミュを最大解放した。父が鉄壁の暗号で作ったサイコミュの温室。その鍵穴に、わたしは自分の認証コードって毒を内側から流し込む。皮肉なものだ。父がわたしを「最高の受信機」に仕立てたせいで、わたしは父のシステムを、誰よりも深く抉じ開けられる。あなたの作った鍵が、あなたの喉元を裂くのよ、お父様。制御が一瞬乱れる。そのコンマ数秒を、英雄たちは見逃さなかった。怪物が次々、火を灯せないまま砕けていく。
銀色の巨体が崩れていく。でも最後の1機が四散する刹那、残骸から小型ポッドが1基、地球へ射出された。父の断末魔が嗤う。「娘よ……神の雷は2本ある。1本は今、わたしと燃え尽きた。だが、もう1本は……既にお前の“故郷”へ帰り着いた頃だ」。……故郷。木星。ポッドの進路を、わたしのサイコミュが追う。行き先は地球じゃなかった。わたしが生まれて、育って、命がけで逃げ出した、あの鉄の檻へ――まっすぐに。