機動戦士ガンダム 木星の深淵 シロッコの亡霊とジュドー・アーシタ 王女ベルナデットの木星戦記   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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さよなら、私のお父様

宇宙が燃えていた。

U.C.0133、地球成層圏。大気という名の薄いベールを巡り、木星帝国(ジュピター・エンパイア)の野望が音を立てて崩壊していく。

マザー・バンガードのブリッジを襲う衝撃は、もはや加速Gによる不快感を超え、私の存在そのものを宇宙の塵へと分解しようとしているようだった。

 

「テテニス……! 貴様は、どこまで私を拒むというのか!」

 

全天周囲モニターを埋め尽くすのは、最後の一機となったディビニダドの、醜悪なまでの断末魔。

父、クラックス・ドゥガチの思念が、サイコミュのインターフェースを通じて私の脳髄を直接灼く。それはもはや言葉ではない。木星の超重力下で80年かけて濃縮された、ドロドロとした孤独の澱だ。

 

「……お父様。私は、あなたを拒んでいるのではありません。あなたの『孤独』を、地球に押し付けるのを止めているだけです」

 

私の指先は、コンソールの冷たいチタン合金に食い込んでいた。

父が誇ったディビニダドのサイコミュ規格は、シャリア・ブルの「感応」を「支配」へと履き違えた歪な進化の果てだった。私はそのシステム内部へ、王女の認証コードという名の毒を流し込み続けている。父の神経と直結した機体各部のフィードバック回路に、耐え難いノイズの嵐を送り込む。

 

「熱源、さらに接近! トビアのX3、ディビニダドに肉薄します!」

 

オペレーターの叫びが聞こえる。

モニターの隅で、ボロボロになったクロスボーン・ガンダムX3が、青白い炎を吹き出しながら突撃していくのが見えた。

トビア。

地球の風を、リンゴの甘さを教えてくれた少年。

彼が振るうムラマサ・ブラスターの輝きは、木星の鉛色の空しか知らない私にとって、神の雷よりも遥かに神々しい光だった。

 

「トビア……お願い……!」

 

祈りは、言葉にならずに熱い呼気となって消える。

その時、ディビニダドの巨大なモノアイが、最後の一撃を放とうと赤く明滅した。地球を、人類を、そして自分を拒んだ娘を道連れにするための、最悪の情熱。

 

「焼き尽くしてやる……! 私が愛せなかったものは、誰にも愛させはせん!」

 

「違う、お父様! あなたは愛し方を忘れただけだ!」

 

トビアの声が、全通信チャンネルをジャックした。

X3がディビニダドの懐に飛び込む。

超重力下での活動を前提とした帝国の重装甲さえも、若きニュータイプの「生きたい」という意志の前には、薄い氷細工に過ぎなかった。

ムラマサ・ブラスターの14本のビーム刃が、ディビニダドの胸部、父が潜む中枢ブロックを貫く。

 

「あ、あああ……っ! 暖かい……。なぜ、これほど……暖かいのだ……」

 

父の思念が、一瞬だけ、かつて私に絵本を読んでくれた時の穏やかな色を取り戻した気がした。

地球の成層圏で摩擦熱に焼かれる機体の中で、父は最期に、自分が焼き尽くそうとした「地球の温度」を感じたのだろうか。

だが、その慈悲は一瞬だった。

 

「お父様っ!」

 

爆光。

網膜を灼くような白。

ディビニダドの巨体が、内部に溜め込まれた核の炎と共に四散する。

父の狂気も、孤独も、木星の民が抱き続けた暗い情念も、すべてがその輝きの中に飲み込まれていった。

 

宇宙に、鼓膜を突き破るような沈黙が訪れた。

木星帝国、総統クラックス・ドゥガチ、戦死。

歴史という名の冷徹なアーカイブには、そう刻まれるだろう。

だが、私の胸の中に残ったのは、ただの「鉄の味」だった。

父を殺した。

この手を血で汚してでも、私は私の愛した「暖かさ」を守る道を選んだ。

 

「……終わったのね」

 

私は、ヘッドセットをゆっくりと外した。

汗で張り付いた髪が冷たい。

ブリッジの空気は、戦闘の余熱とオゾン臭、そして誰かの啜り泣く声で満ちていた。

モニターに映るのは、傷ついたマザー・バンガードの巨体と、その向こうで変わらず青く輝く地球。

 

「ベルナデット、聞こえるか? ……僕だよ、トビアだ」

 

通信機の向こうから、息絶え絶えの声が届く。

「……ええ。聞こえるわ、トビア」

 

「勝ったんだ。僕たちは……守り抜いたんだ」

 

彼の声は震えていた。

勝った。

だが、その代償に私は、たった一人の肉親と、帰るべき故郷を失った。

これからの私は、帝国の王女でもなければ、ただの密航者ベルナデットでもない。

木星の残された民を率い、犯した罪を、流れた血を、生涯をかけて贖い続ける「テテニス・ドゥガチ」として生きていかなければならない。

 

私は、ブリッジの窓から地球を見つめた。

あんなに近くに見えるのに、今の私には、あの緑の大地を踏む資格がないように思えた。

木星という名の鉄の檻を壊した指先は、今度は自分自身を縛る茨の冠を編み始める。

 

「さよなら、私のお父様」

 

私は、宇宙の塵となった父の魂に向かって、最期の別れを告げた。

木星戦役、終結。

だが、これはハッピーエンドではない。

泥濘の中を歩み始める、再建という名の苦難の第一歩。

 

私はトビアの名前を心の中で何度も呼びながら、震える手で次の命令を待った。

宇宙世紀0133年。

一人の少女が、自らの手で「神」を殺し、一人の指導者へと脱皮した日。

地球の影が、私のドレスを優しく、そして残酷に包み込んでいた。

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