機動戦士ガンダム 地獄の底のお姫様 ―木星帝国の王女は、地球を焼かないと決めた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙が、燃えていた。
U.C.0133、地球成層圏。薄い大気のベールを巡って、木星帝国100年の野望が崩れていく。モニターを埋めるのは、最後の1機になったディビニダドの断末魔。父の思念が、サイコミュ越しに脳を直接焼く。
眼下では、大気との摩擦でディビニダドの装甲が真っ赤に灼けていく。流れ星みたいだ、と場違いなことを思った。木星の底で、窓のない部屋で育ったわたしは、流れ星なんて本物を見たことがない。生まれて初めて見る流れ星が、実の父の燃える姿だなんて。……笑えない冗談だ。ほんとに。
「テテニス……貴様は、どこまで私を拒む!」
「……拒んでない。あなたの孤独を、地球に押しつけるのを止めてるだけ。お父様。あなたの抱えてた途方もない孤独、わたしは誰より知ってる。だってわたしも、同じ孤独の底で生まれたんだから」
父の憎悪が、一瞬揺らいだ。わたしは認証コードを流し込み続ける。父の神経と直結した回路に、耐えがたいノイズの嵐を送り込む。手が震える。この一手が父を殺すと、わたしは知っている。知っていて、やめない。やめられない。
ボロボロのX3が突撃する。ムラマサ・ブラスターの14本の刃が展開し、父の潜む中枢を貫いた。
「あ、ああ……暖かい……なぜ、これほど……暖かいのだ……」
父の思念が、ほんの一瞬だけ。まだわたしが小さくて、父がまだ人間だった頃――絵本を読んでくれた、あの穏やかな色を取り戻した気がした。低い声で、たどたどしく、それでも一生懸命に。あの頃の父は、確かにわたしの手を握ってくれていた。その手が、いつから兵器の設計図を描く手に変わってしまったんだろう。成層圏の熱の中で。焼こうとした地球の温度を、最期に感じたんだろうか。……だとしたら。ほんの少しだけ、救われる。わたしが、じゃない。あなたが、よ。お父様。
爆光。網膜を焼く白。木星帝国初代総統クラックス・ドゥガチ、戦死。
胸に残ったのは、勝利でも復讐でもなくて、ただ苦い鉄の味だけ。実の父を、この手で。……それでもわたしは、あの暖かさを守る道を選んだ。正しかったのかは、今も分からない。たぶん、一生分からない。それでも、抱えて生きていくしかない。それが、引き金を引いた者の責任だから。
「さよなら、お父様」
ヘッドセットを外して、わたしは誓った。木星の残された民を率いて、父の罪も、わたしが継いだ血の罪も、生涯かけて贖う。テテニス・ドゥガチとして。……ベルナデットって名前は、この戦いが終わるまで、そっと胸にしまっておこう。あの子がくれた、わたしだけの宝物。今はまだ、取り出せない。取り出したら、きっと泣いてしまうから。
でも端末には、あの最後のポッドの追跡結果が届いてた。着弾座標――木星圏、第13工廠。わたしがブラウ・ブロに触れて、“検体番号1”の真実を知った、あの場所。そこには今、氷水フォンセ・カガチが、父の最後の遺産を受け取るために待ってる。……父は地球で待ってたんじゃない。カガチは地球へ向かったんじゃない。ぜんぶ、わたしを木星の深淵へ引き戻すための、壮大な囮だった。父の本当の遺言は、まだ始まってすらいなかったのだ。