機動戦士ガンダム 地獄の底のお姫様 ―木星帝国の王女は、地球を焼かないと決めた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「黙れ、この人殺しの娘が!」――群衆の端から、銃弾が1発、放たれた。
U.C.0136。地球の青を背にしてから3年。わたしは自分の意志で、テテニス・ドゥガチとして木星に帰ってきた。タラップの下で迎えたのは、着飾った侍女じゃない。煤で汚れた、疲れ果てた民たちだ。憎悪と絶望と、ほんの少しの期待が混ざった目。
銃弾は頬の数センチ横を掠めて、壁にめり込んだ。護衛が銃口を群衆へ向ける。一触即発。……でもわたしは、あえて一歩前に出た。膝が震えてるのを、ドレスの裾で隠して。
「撃ちたいなら撃ちなさい。わたしは確かにクラックス・ドゥガチを殺した。この手で、実の父を。でも――彼が愛したのは木星の民じゃない。自分の孤独と、拒まれた地球への執着だけ。あなたたちは、地球を焼くための燃料に過ぎなかった。わたしはそれを止めた。あなたたちを、燃料にさせないために」
殺気が、潮みたいに引いていく。民衆はわたしの中に父の幻影を見たのか、それとも父とは真逆の意志を見たのか。……どっちでもいい。帝国は崩壊して、配給は麻痺してる。わたしが背負ったのは玉座じゃない。茨の冠だ。
その夜、端末に戦後処理の通知が届いた。共に戦った人たちのその後。わたしはそこに、一つの名前を見つけた。――キンケドゥ・ナウ、除籍。
彼は本名のシーブック・アノーに戻って、愛する人の隣で、パンを焼く日常に帰ったのだ。右腕の傷だけを、過去の証にして。……彼はもう、戦わない。それこそが、彼が死線をくぐって勝ち取りたかった、たった一つの真実だった。
武器を捨てて、誰かの隣でパンを焼く。そのささやかな日常のために、あの人は戦ってきた。……いいなあ。わたしも全部投げ出して、ベルナデットに戻れたら、どんなに楽だろう。喉元まで、その誘惑が出かかる。
でも、だめ。わたしはドゥガチの娘だ。この地獄を生んだ男の血を継ぐ者。わたしが逃げれば、木星はただの墓標になる。
「始めましょう。木星を、ただの墓標にしないために」。わたしは茨の冠を、深く被り直した。その時、側近が青ざめて駆け込んできた。「テテニス様! 封鎖したはずの第13工廠が……ブラウ・ブロが、あの亡霊機が、独りでに起動しています! 誰も乗ってないのに……いえ、乗ってるんです。“検体番号1”を名乗る、声だけの何かが。そしてそれは、しきりにあなたの名を呼んでいます」。……カガチの待つ工廠で。父の遺した亡霊が、目を覚ました。ほんと、休ませてくれない。