機動戦士ガンダム 地獄の底のお姫様 ―木星帝国の王女は、地球を焼かないと決めた―   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

16 / 16
神の雷の、残り火

「これ、食べなさい。生き残った奴の義務よ」

 

戦闘の後、ハンガーの下でルー・ルカが、布に包んだ不格好な塊を差し出した。憧れのシーブックが焼くような、白くてふわふわのパンじゃない。ジュドーが温室の芋の粉を混ぜて、この鉄の檻の中で何度も失敗して、やっと焼いた、岩みたいに硬い黒パン。

 

受け取ったそれは、ずしりと重かった。手のひらにのせただけで分かる。ふわふわなんかじゃない。石を渡されたのかと思うくらい、みっしり詰まってる。表面はところどころ黒く焦げて、ひび割れて、正直、食べ物としては最低の見た目だ。……でも、まだほんのり温かかった。焼きたてなんだ。この鉄と油の匂いしかしない檻の中で、誰かがわたしのために、火加減と格闘してくれた。それだけで、鼻の奥がつんとする。

 

「ジュドーの奴、また火力を間違えて焦がしたけどね。でもこれが、わたしたちが木星で焼いた最初のパンよ。記念すべき失敗作」

 

わたしは両手で受け取って、思い切り齧りついた。硬い。喉を焼くような土の香り。洗練された地球の食事とは程遠い、生きるための野性味。決しておいしいとは言えない。歯が負けそうなくらい硬くて、飲み込むのにも苦労する。

 

……なのに。噛むたびに、温かい熱が胃の奥から全身に染み渡る。

 

あの日トビアがくれたリンゴの甘さ。シーブックが守った日常の匂い。それはもう、遠い地球の幻じゃない。不器用で、焦げてて、泥臭くても――今この手にあるこの硬いパンこそが、わたしたちが地獄の底で掴み取った“最初の現実”だ。木星で、土から育てて、木星で焼いた。誰かの憎悪じゃなくて、誰かの手間と優しさでできてる。そんな食べ物、この星にはずっと、なかったのに。

 

「……おいしい。ほんとうに、おいしいわ、ルー」

 

頬を涙が伝う。

 

「泣くほどまずいってこと?」

 

ルーはからかったけど、その目も少し潤んでた。乱暴な言い方しかできないのは、たぶんこの人も、照れてるんだ。わたしと、同じで。

 

父が遺した神の雷。地球を焼くはずだったその火は、今、わたしの涙とこの泥臭いパンの温もりの前で、やっと完全に消えたのかもしれない。憎悪じゃない。このささやかな温もりを守ること。それが、わたしの戦いの意味だ。焼くための火じゃなくて、パンを焼くための火。同じ火でも、こんなに違う。

 

背後に立ったジュドーが、わたしの肩にそっと手を置いた。

 

「あんたの選んだ道は、あの親父さんの帝国よりずっと厳しいぜ。奇跡も神の雷も起きやしない。ただ地道に土を耕して、パンを焼くだけだ。だがな――そいつが一番難しくて、一番尊い戦いなんだ」

 

その言葉が、硬いパンと一緒に、じんわり胸に落ちていく。派手な勝利も、劇的な救済もない。ただ明日も誰かがパンを齧れるように、今日も土を耕す。そんな地味な戦いを、この英雄は選んで、木星の底まで来てくれたんだ。……わたしも、そっち側でいい。ううん、そっち側がいい。

 

その時、ルーの握った古い無線機が、突然けたたましい雑音を吐いた。「なにこれ……アナハイムの暗号通信を傍受してる……」。断片的にしか聞こえない。でも砂嵐の向こうから、三つの単語だけが、はっきり耳に届いた。「マリア」。「エンジェル・ハイロウ」。そして――「量産」。……わたしはパンを握る手に、力を込めた。父の神の雷の残り火は、消えた。でも、あの氷水は。その灰の中から、もっと静かで、もっと恐ろしい次の火種を、とっくに育て始めてた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

キラ・ヤマトになってしまった…(作者:星乃 望夢)(原作:機動戦士ガンダムSEED)

なお、准将みたいに頑張らないと世界が簡単に破滅しそうな戦略兵器がポコポコ簡単に撃たれるマッポーめいた終わらない明日へ目指して「それでもっ、守りたい世界があるんだぁぁぁ!!!!」しないとならない模様。▼将来別嬪なお姫さまが嫁になったり、カッコいいロボットに乗ってオレTUEEEEE!!!!出来るイケメン主人公ではあるが、絶対に転生したくない主人公の1人である。▼…


総合評価:22443/評価:8.44/連載:117話/更新日時:2026年06月19日(金) 18:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>