機動戦士ガンダム 地獄の底のお姫様 ―木星帝国の王女は、地球を焼かないと決めた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「申告は“医療用ナノマシンと農業資材”のはずよね。……なのに出てきたのが、これ?」
U.C.0136。月のフォン・ブラウンから来た貨物船。アナハイム・エレクトロニクスのロゴ入りコンテナを、王女権限でこじ開けたわたしの目の前に現れたのは、新型サイコフレームの試作パーツと、高出力ミノフスキー・ドライブの実験データ。しかも、サイド2のザンスカール系列の企業コードつき。
アナハイムは昔から“両陣営に武器を売る死の商人”だ。連邦にもジオンにも、地球にも宇宙にも。戦争そのものを商品にしてきた。でも今のこいつらは、それ以上に悪質だ。
「あのタヌキども、地球を戦場にするのに飽きたら、今度は木星を実験台にする気? 地球圏じゃ倫理的にできない試験を、この鉄の箱でやろうって腹よ」
ルーが吐き捨てる。ジュドーは土のついた掌をじっと見て、低く言った。
「カガチはかつてドゥガチの側近だった男だ。木星の100年の怨念を“宗教”に変えて、また地球を焼くつもりだ。だが今度は、親父さんみたいな力ずくじゃない。もっと静かで、抗いがたい方法でな。そしてアナハイムは、そのカガチの狂気を利用して、新しいおもちゃを作らせてる。エンジェル・ハイロウの雛形をな」
エンジェル・ハイロウ。その名前を聞いた瞬間、氷みたいなプレッシャーが背筋を駆け上がった。
「……それって。シャリア・ブルが夢見た“人が分かり合う力”を、シロッコの支配の毒を通して、カガチの手で“全人類を強制的に眠らせる兵器”に、作り変えようとしてる……」
父は地球を焼こうとした。分かりやすい破滅だ。でもカガチは違う。地球を殺すんじゃない。生きたまま“去勢”しようとしてる。争う意志も、抗う心も、前に進む力も根こそぎ奪って、永遠の微睡みに閉じ込める。死ぬより、ずっと恐ろしい。救済って名前を騙った、地獄だ。
その時、爆音。コンテナを奪還しようと、正体不明のMS部隊が襲撃してきた。アナハイムが木星残党に流した試験機、デスフィズ。ザンスカールの影を宿した、禍々しい姿。わたしはバタラで応戦し、王女権限でドックを封鎖、重力発生装置を最大にして貨物船を重力の底に叩き落とす。証拠は、渡さない。
逃げ遅れた最後の1機のコクピットから、アナハイムのエージェントの嘲笑が漏れた。「テテニス・ドゥガチ。君がどれだけ抗おうと、木星の毒はもう地球に届いている。“マリア”という少女を、我々がどう仕立て上げるか、せいぜい楽しみにしていろ」。……爆発。残骸が重力の底に沈む光の中で、わたしは理解した。次の戦場は、もう木星じゃない。あの青い星――地球そのものだ。そしてわたしはまだ、その“マリア”っていう少女が、後の宇宙世紀にどれほど巨大な災厄をもたらすことになるのか、これっぽっちも知らなかった。