機動戦士ガンダム 木星の深淵 シロッコの亡霊とジュドー・アーシタ 王女ベルナデットの木星戦記   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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ベルナデットという名の遺言

宇宙世紀0136年。

木星のドックに撒かれたアナハイムの「毒」を重力の底へ沈めたのも束の間、木星圏の全周波数は、かつてないほどの殺意に塗り潰された。

父クラックス・ドゥガチが遺した最後にして最悪の遺産――地球を直接射抜く超長距離レーザー砲「神の雷」が、ついにその総身を現したのだ。

 

「テテニス様! 地球圏より緊急入電! 宇宙海賊を名乗る部隊が、神の雷の射線軸上へ強行突入を開始しました。……機体数は、わずか7機!」

 

側近の叫びが、凍りついた執務室に響く。

7機。あまりにも無謀で、あまりにも彼ららしい死地への跳躍。

その先頭に立つのが、かつて私を抱きしめてくれた少年、トビア・アロナクスであることを、私は確信していた。

 

「……トビア。君はまた、たった一人で世界を背負おうとするのね」

 

私は震える指で、隠し回線を開いた。

そこには、トビアが死闘の合間に送ってきた、断片的な通信記録が残っていた。

彼は、決戦を前にして、かつての騎士キンケドゥ・ナウに救援を求めたという。だが、帰ってきた答えは、あまりにも静かな拒絶だった。

 

『……すまない、トビア。俺はもう、キンケドゥ・ナウではない。シーブック・アノーという、ただのパン屋だ。俺には、守らなきゃならない女と、守り抜くと決めた日常がある。……だから、俺は行けない』

 

その記録を読み終えた時、私の頬を一筋の涙が伝った。

それは、裏切りへの怒りではない。

かつて戦士として爆散する運命にあった彼が、ついに「人間」として生きる権利を勝ち取ったことへの、深い安堵と祝福の涙だった。

彼はもう、戦場へは戻らない。その決意こそが、私たちが血を流して手に入れようとした「平和」の正体なのだから。

 

「テテニス! 泣いてる暇はないわよ。あいつらが命を燃やしてる間に、私たちはこの地獄の喉元を締め上げるわよ!」

 

ハッチを蹴破るようにして現れたのは、ルー・ルカだった。

彼女の背後には、ボロボロのガンプの整備を終えたジュドー・アーシタが立っている。

最強のニュータイプと呼ばれた男の瞳には、かつて木星へ旅立った時と同じ、激しい怒りと慈しみの火が灯っていた。

 

「テテニス、あんたが『ベルナデット』を殺してまでこの星に残ったのは、あいつらを見殺しにするためじゃないだろ」

 

「……ええ。分かっています、ジュドー。トビアが外から叩くなら、私はこの星の内側から、お父様の呪いを断ち切ります!」

 

私はバタラのコックピットに飛び乗り、サイコミュのインターフェースを最大出力で解放した。

ターゲットは、神の雷の管制システム。

アナハイムが供与した新型サイコ・フレームの残響を逆利用し、私は自分の意識を、木星圏を覆う通信網そのものへと拡張していく。

 

脳を圧搾する万力のようなプレッシャー。

木星帝国の残党たちが放つ、「地球を焼き尽くせ」という昏い情念が、ノイズとなって私を灼く。

 

「聞こえるか、トビア! 私はここよ! 木星の重力の底で、私は君と共に戦っているわ!」

 

叫びと共に、私の精神(こころ)が時空を超えて、地球圏の戦場へと共鳴した。

視界の端に、限界を超えて加速するX1の残像が見える。

ボロボロになり、今にも爆散しそうな機体の中で、トビアが歯を食いしばり、愛する人の名を呼ぶ声が聞こえる。

 

私は、神の雷の最終ロック解除コードを、内部から物理的に粉砕した。

「……消えなさい、お父様の亡霊たち! この星は、もう誰の実験場でもない!」

 

閃光。

地球を射抜くはずだったレーザーは、焦点距離を狂わされ、漆黒の宇宙(そら)に虚しく霧散した。

それと同時に、トビアたちが放った最後の一撃が、巨大な砲身を内部から焼き尽くしていく。

 

「……終わったのね」

 

私は、血の混じった涙を拭い、コックピットの中で力なく微笑んだ。

センサーには、激戦を終え、大破しながらも奇跡的に漂う7つの光点が映っていた。

彼らは生きている。

爆散の運命を拒絶し、泥にまみれて、明日を掴み取ったのだ。

 

私は、地球圏へ届くはずのない、たった一度きりの通信を放った。

 

「トビア……。ベルナデットという名の私は、今日、君と一緒に死にました。……でも、テテニスとして生きる私は、いつか君が作る『平和』という名のリンゴを、この星に実らせることを誓うわ。……さよなら、私の騎士(ナイト)」

 

それは、少女ベルナデットが、自分自身に捧げた最後の遺言。

 

宇宙世紀0136年。

「神の雷」は消滅し、鋼鉄の七人の英雄譚は幕を閉じた。

地球では、シーブックが焼きたてのパンの匂いに包まれ、平和を噛み締めているだろう。

そして木星では、一人の女性が「聖母」への道を歩み始めた。

 

……だが、私たちはまだ知らなかった。

この勝利によって得られた11年間の静寂の先に、フォンセ・カガチという名の、より深く、より狡猾な絶望が待ち受けていることを。

 

私はテテニスとして、茨の冠を載せ直す。

胸の奥に、トビアから貰った「生きたい」という熱量を、消えない火種として隠し持って。

 

宇宙世紀0136年。

再建の泥濘は、やがて来るザンスカールの風を孕みながら、さらに深く沈殿していく。

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