機動戦士ガンダム 地獄の底のお姫様 ―木星帝国の王女は、地球を焼かないと決めた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「テテニス様。あなたは慈悲深すぎた。それが、あなたの敗因です」
U.C.0147。父が成層圏の炎に消えてから、11年。わたしはテテニス・ドゥガチとして、ひたすら土を耕し、パンを焼き、民の明日を守ってきた。……でもその静けさの水面下で、あの氷水が蒔いた“宗教”って毒が、音もなく芽吹いてた。第3居住区の礼拝堂は増築を重ねて、壮麗な伽藍になり、民は“マリア”という少女を、聖母として崇め始めてた。
「民が求めているのは、平等な貧しさなどではありません。“選ばれた者”としての誇りです。マリア様という光を得て、木星の民は初めて、地球という寄生虫を駆除する崇高な使命に目覚めたのですよ」
通信の向こうのカガチの声は、11年経っても、あの氷のままだった。通信が切れた直後、工廠から見たこともない形の機体が這い出す。禍々しい単眼。後のゾロアットに通じる影。カガチが秘密裏に作ってたサイコミュ試作機だ。
わたしはバタラで応戦した。でもカガチの部隊は、かつての帝国軍を超えて組織化されてて、信仰ゆえの迷いが一切ない。
「死は恐怖ではない! 宇宙の意志への回帰だ! マリア様のもとへ還るのだ!」
吐き気がした。シロッコが説いた“女性が統べる世界”を、カガチは男の征服欲の道具に書き換えてた。マリアを神輿に担いで、背後で冷徹に聖戦を企む。シロッコの理想の、最悪の完成形だ。
工廠の奥で、巨大な円環型の構造物が鼓動を始めてた。
「エンジェル・ハイロウのプロトタイプです。マリア様の祈りを全人類へ強制的に届ける。争いのない、静かな、永遠の眠りをもたらすギロチンですよ」
父は地球を焼こうとした。カガチは、地球を生きたまま去勢しようとしてる。わたしは全エネルギーをバイパスしたメガ粒子砲を構えて、鼓動する中枢に撃ち込んだ。爆発の連鎖が工廠を呑む。
でも爆光の向こうで、カガチの笑い声だけが、いつまでも残響みたいに聞こえてた。「これはまだ始まりに過ぎません、テテニス様。マリア様は既に地球へ旅立たれた。あなたは何も止められてはいない。ザンスカールの風は、もう止まりませんよ」。そしてその通信の最後に、もう一つの声が重なった。工廠の瓦礫の下から、目を覚ましたブラウ・ブロの亡霊が――シャリア・ブルの機体が、あの金髪の天才の声で、静かにわたしの名を呼んでた。「テテニス。まだ分からないのか。お前が壊すべきものは、工廠でもカガチでもない。お前自身だよ」。……うるさい。黙ってて。ばか。