機動戦士ガンダム 地獄の底のお姫様 ―木星帝国の王女は、地球を焼かないと決めた―   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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隣の恒星への、切符

「こんな狭い檻は、もう捨てちまうことにした」

 

U.C.0147。エンジェル・ハイロウがマリアを乗せて地球圏へ去った後。木星に残ったのは、削り取られたような静寂と、冷えきった鉄の味だけ。そんなある日、ジュドーがわたしを農耕区の地下に呼んだ。そこにあったのは、彼が極秘で建造してた巨大な船体。一つの生態系を、一つの希望を、そっくり宇宙へ放り出す、究極の脱出装置。移民船だ。

 

「プロキシマ・ケンタウリ。隣の恒星だ。地球から4光年ちょっと。そこまで行けば、地球への執着も、木星のプレッシャーも、連邦もジオンも、全部過去にできる。人類が太陽系って揺りかごから、本当に巣立つんだ。テテニス、あんたも来い。木星の王女なんかじゃなく、ベルナデットに戻れる場所へ」

 

ベルナデット。その名前を呼ばれた瞬間、視界が熱く歪んだ。

 

トビアが愛してくれたわたし。リンゴの甘さに泣いたわたし。この檻を捨てて、優しい人たちと新しい星へ行けるなら。もう誰も殺さなくていいなら。父の罪を背負わなくていいなら。……どんなに、救われるだろう。喉元まで「はい」が出かかった。

 

「……行けません、ジュドー」

 

でも、口から出たのは正反対の言葉だった。

 

「わたしは、この星を汚した男の娘です。カガチが、マリアが、地球を傷つけに旅立ったのに、その責任の根っこにいるわたしが、一人だけ楽園へ逃げるなんて、できない。ここにはまだ、絶望の底で鉄の粉を吸いながら、それでも生きてる民がいる。その最後の一人が希望を掴むまで、わたしはここを離れられない」

 

ジュドーはしばらく黙って、それから、ふっと笑った。

 

「頑固なところは、ドゥガチに似ちまったな。だが、その瞳はあいつとは違う。あいつの瞳はいつも過去を見てた。あんたの瞳は、ちゃんと明日を見てる。……分かったよ。お節介なじいさんの出番は、ここまでだ」

 

巨大な移民船が、青白いプラズマの尾を引いて、木星の超重力に抗って上っていく。宇宙世紀って閉じた円環を断ち切る、魂の移住。……さよなら、ジュドー。ルー。シャングリラの亡霊たち。わたしは独り、木星の底に残った。

 

「聞こえる、木星の民よ。その絶望を燃料にして、自分の手で土を耕せ。わたしは最後の一人が希望を掴むまで、この地獄を絶対に去らない。約束する」。全区画への通信を終えた、わたしのすぐ背後で。ぎぃ、と音がした。封鎖したはずの第13工廠の扉が、内側からゆっくり軋んで開いていく。誰も乗ってないはずのブラウ・ブロが――シロッコの意志を宿したそれが、たった一人残ることを選んだわたしを、まるで祝福するみたいに、あるいは迎えに来たみたいに、独りでに目を覚ましてた。……ほんと、しつこい亡霊。

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