機動戦士ガンダム 地獄の底のお姫様 ―木星帝国の王女は、地球を焼かないと決めた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
地球から届く通信は、もうニュースじゃなく、悲鳴の断片だった。
U.C.0153。ギロチン。前近代的な死の象徴が、最先端のモビルスーツと一緒に地球を蹂躙してる。カガチが木星から持ち出した毒は、サイド2の『ザンスカール帝国』って苗床で、想像を超える狂い咲きを見せてた。マリアが掲げた“母性による救済”は、今や反対者を断頭台に送る“女王の狂気”に変わってる。優しさの皮を被った、いちばん残酷な狂気だ。
あの日、リングの中で「もう祈りたくない」と泣いていた小さな声を、わたしは覚えてる。あの子は救済の道具にされた犠牲者だった。なのに今、その名を掲げた国が、人の首を刎ねて回ってる。……救ってあげたかった。手を掴みたかった。でも届かなかった。あの一瞬の「あと少し」が、こんな地獄になって地球に降り注いでる。全部、わたしが取りこぼしたツケだ。
「テテニス様! 第2シャフトの冷却材が漏出! 事故じゃありません、テロです! ザンスカールのシンパの仕業です!」
報告する若い士官の目に、わたしはかつて父を崇拝した民と同じ“熱”を見た。カガチが木星に植えた選民思想の苗木は、ジュドーたちが去った後のこの星でも、静かに根を広げてた。憎しみは、こんなにも簡単に受け継がれる。愛や優しさを一つ根付かせるのに何年もかかるのに、憎しみは一晩で燃え広がる。……不公平だ。ほんとうに。
地球では、リガ・ミリティアのまだ13歳の少年ウッソ・エヴィンが、かつてのトビアみたいに、巨大な力に翻弄されながら剣を振るってるという。……わたしも、トビアも、ウッソも。誰も望んで戦士になったわけじゃない。ただ、守りたいものがあった。それだけなのに。どうして子供ばっかりが、大人の狂気の尻拭いをさせられるんだろう。13歳。わたしが檻の中で膝を抱えてた歳と、そう変わらない。
「消えなさい! 偽りの救済に酔いしれる、亡霊たち!」
ザンスカールへ合流しようと蜂起した急進派を、わたしはビーム・サーベルで切り裂く。超重力下の戦闘は、一瞬のミスが原子レベルの圧縮を意味する。わたしはサイコミュで敵のマリアへの盲信を読み取って、その心の隙間に冷たい一撃を叩き込んだ。刃を振るうたびに、自分の中の何かが少しずつ削れていく気がする。それでも、止める。ここで止めなきゃ、この毒はもっと地球へ流れ込む。
「ごめんなさい。でも、その祈りは誰の腹も満たさない。マリアも、あなたたちも、カガチって男に利用されてるだけなのよ」
1機、また1機と、闇に火花が散る。でもわたしがどれだけここで戦っても、地球に吹く狂風は止められない。あの少年が、ウッソが、今この瞬間も、エンジェル・ハイロウを止めようと、たった独りで戦ってるかもしれないのに。わたしはこの木星の底から、一歩も動けない。数億キロの距離が、こんなに憎いと思ったことはない。ごめんね。あなたの分まで戦えなくて、ごめん。
「トビア……わたし、何もできなかった。あなたの平和を、守れなかった」。爆発する敵機の光の中に、あのリンゴの幻影を見た気がした。……その時、サイコミュに地球圏から一条の思念が届いた。ウッソのでも、狂ったマリアのでもない。トビアの――でも確かに、あの日から20年の時を経て“年老いた”トビアの、落ち着いた声。数億キロの彼方から、まっすぐわたしの心に、こう告げた。「よう、木星のお姫様。久しぶりだな。……あんたに、どうしても会わせたい人がいるんだ」。