機動戦士ガンダム 木星の深淵 シロッコの亡霊とジュドー・アーシタ 王女ベルナデットの木星戦記   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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ザンスカールの狂風

宇宙世紀0153年。

地球から届く通信は、もはやニュースではなく悲鳴の断片だった。

ギロチン。その前近代的な死の象徴が、最先端のモビルスーツと共に地球を蹂躙しているという。フォンセ・カガチが木星の泥濘から持ち出した毒は、サイド4の「ザンスカール帝国」という苗床で、想像を絶する狂い咲きを見せていた。

 

「……また、あの子たちが殺し合っている」

 

私は、木星の統治拠点となったジュピトリス級の観測デッキに立ち、遠い、あまりに遠い地球の瞬きを見つめていた。

手元の端末には、地球連邦軍の無力さと、抵抗勢力リガ・ミリティアの苦戦が記録されている。そこには13歳の少年が、かつてトビアがそうしたように、巨大な力に翻弄されながらも剣を振るっているという記述があった。

 

木星の重力は、今日も私の魂を圧搾する万力のようにのしかかる。

カガチが連れ去ったマリア。彼女が掲げた「母性による救済」は、いつの間にか反対する者を断頭台へ送る「女王の狂気」へと変質していた。

私が愛した地球が、私が守りたかった人々の温もりが、木星から来た猛毒(ザンスカール)によって侵食されていく。

 

「テテニス様、第2シャフトの冷却材が漏出。……いえ、これは事故ではありません。ザンスカールのシンパによるテロです」

 

背後で報告する若い士官の瞳に、私はかつての父、ドゥガチを崇拝していた民と同じ「熱」を見た。

選民思想。地球という寄生虫を排除し、宇宙(そら)に真の秩序をもたらすという誇り。カガチが植え付けたその苗木は、ジュドーたちが去った後の木星で、静かに、しかし確実に根を広げていたのだ。

 

「……まだ、終わっていない。父の呪いも、カガチの毒も」

 

私は、ベルナデットという名の遺言を胸の奥に閉じ込め、テテニス・ドゥガチとして鋼鉄の回廊を歩いた。

向かう先は、第7工廠。そこには、アナハイム・エレクトロニクスの汚い計算と、木星の執念が産み落とした「最後の亡霊」が眠っている。

 

バタラをベースに、ゾロアットの技術を逆説的に取り入れた試作機。

そのコクピットに滑り込むと、鼻を突くのはリサイクルされた酸素の乾いた匂いと、焦げた冷却水の金属臭。

シートから伝わる微振動が、まるで「お前もまた、戦いの実験場の一部だ」と嘲笑っているようだった。

 

「サイコミュ・リンク、深度30。インターフェース、プロトコル・ベルナデットを強制展開」

 

私の意識が、ミノフスキー粒子の霧を抜けて空間へと拡張される。

鼓膜を突き破る沈黙の向こう側から、地球で散っていく命の火花が、ノイズとなって脳髄を灼く。

 

「……っ、あ……あああああああッ!」

 

あまりの精神圧(プレッシャー)に、私は操縦桿を握る指先を血が滲むほどに食い込ませた。

サイコミュという名の怪物は、人の精神を食らって肥大する。

カガチはこれを使って、マリアの祈りを兵器に変えた。

ならば私は、この苦しみを、この無力さを、彼らを止めるための刃に変えるしかない。

 

「テテニス様! 出撃は許可されていません! 木星の防衛を放棄するおつもりか!」

 

迎撃に現れたのは、ザンスカールへと合流しようとする急進派の部隊だった。

彼らが駆る新型MSのモノアイが、闇の中で不気味に発光する。

その動きは、もはや木星の重力さえも味方につけたかのような、洗練された殺意に満ちていた。

 

「防衛……? 違うわ。私は、木星(ここ)がこれ以上、世界を殺すための毒を吐き出すのを止めたいだけよ!」

 

私はスロットルを最大まで叩き込んだ。

加速Gが私の骨を軋ませ、視界が加速の果てに白濁する。

私はバタラのビーム・サーベルを引き抜き、空間を切り裂いた。

 

「消えなさい! 偽りの救済に酔いしれる亡霊たち!」

 

光の刃が、敵機の装甲を紙細工のように切り裂く。

爆光。

木星の超重力下での戦闘は、一瞬の判断ミスが原子レベルまでの圧縮を意味する。

私は、サイコミュを通じて敵パイロットの「萌え」……女王マリアへの盲目的な思慕を読み取り、その心の隙間に冷徹な一撃を叩き込んだ。

 

「……ごめんなさい。でも、その祈りは誰の腹も満たさない」

 

一機、また一機と、木星の闇に火花が散る。

だが、私がどれだけここで戦おうとも、地球に吹く狂風を止めることはできない。

あの子――ウッソ・エヴィンという少年が、今この瞬間も、エンジェル・ハイロウという地獄の円環を止めようと、たった独りで戦っているかもしれないのだ。

 

「トビア……私は、何もできなかった」

 

地球の空を見上げ、祈ることしかできない自分の無力さに、私は自分の掌を爪が食い込むほどに握り締めた。

私がドレスを脱ぎ捨てて手に入れたのは、血に汚れた操縦桿と、消えない罪の味だけ。

 

「お父様……あなたが見たかった景色は、こんなにも残酷な色をしていたの?」

 

ドゥガチが執着した地球。

カガチが宗教に変えた木星。

その狭間で、一息の酸素さえ管理される日常を生きる人々。

私は、爆発する敵機の光の中に、かつてトビアが私に差し出してくれた、あの一個のリンゴの幻影を見た気がした。

 

あの甘さ。

あの瑞々しさ。

それこそが「生命」の味だった。

今の木星に、ザンスカールの狂気に、その味を知る者はいない。

 

「……まだよ。私は、まだ死ねない」

 

私は、バタラの機首を再び木星の居住区へと向けた。

地球へ行くことは叶わない。

ならば、私はこの「毒の源流」である木星で、最後まで抗い続ける。

カガチに魂を売った者たちを、一人ずつこの重力の底へと引きずり戻してやる。

 

「私は、テテニス・ドゥガチ。木星の罪を背負う、鋼鉄の聖母よ」

 

宇宙世紀0153年。

地球圏ではエンジェル・ハイロウが瓦解し、カガチの野望が炎の中に消えようとしていた。

だが、木星に残された私は、降り注ぐギロチンの音を幻聴しながら、終わりのない戦いの泥濘へと再び足を踏み入れた。

 

自分の無力さに爪を立てながら、私は遠い空に祈る。

どうか、あの少年が、トビアが愛した「暖かい地球」を守り抜いてくれますように。

そしていつか、この鉄の空の下に、本当のリンゴの実る日が来ることを。

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