機動戦士ガンダム 地獄の底のお姫様 ―木星帝国の王女は、地球を焼かないと決めた―   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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酸素と狂気の配給日

「15パーセント……。また下がってる」

 

生命維持モニターの数字を、指でなぞる。木星の暮らしって、要はこの数字とのにらめっこだ。下がれば、その分だけ命が安くなる。今日の配給は規定の6割。残り4割は「帝国の防衛」に消えた。要するに、父の道楽に。

 

ドーム広場に、数千の民がひしめいていた。みんな土色の顔で、目が落ち窪んで、3倍の重力に喘いでる。子供の背は曲がって、老人は立つのもやっと。これが父の言う「守るべき民」の、本当の姿だ。

 

「わが民よ! 貴様たちの肺が焼けるこの苦しみ、元凶は誰だ! 青い空の下で眠りこける、地球人どもだ!」

 

真っ赤な嘘だ。酸素プラントのバルブを絞ったのは父自身のくせに。でも、飢えて窒息しかけてる人に、冷静な判断なんてできない。「地球人を殺せ」――怨嗟のうねりが、天井を震わせる。父はそれを、満足げに見下ろしていた。

 

父が手を挙げる。すると広場の一角――老人と病人ばかりの区画が、隔壁でぶつっと仕切られた。あれは治療じゃない。間引きだ。酸素を食う者を減らして、ついでに見せしめにする。

 

「王女テテニス・ドゥガチ。帝国の良心たるあなたが、彼らに慈悲を与えるのです」

 

背後から、カガチがわたしの手に冷たい金属を握らせた。隔壁の向こうの生命維持装置を、まとめて止めるトリガー。

 

「さあ。あなたの指ひとつで、彼らは苦しみから解放されます。それは慈悲でしょう?」

 

隔壁が閉じきる直前、一人の老人がわたしを見上げた。恨みも怒りもない。ただ「早く楽にしてくれ」って顔で。声にならない声で、確かにこう言った。――ありがとう、と。

 

その時、天井のダクトが吹き飛んだ。突入してきたレジスタンスの作業艇。……でも、これもカガチの筋書きだ。わたしに初めての殺人をさせるために、わざわざ手引きした囮。

 

「慈悲を、彼らにも分け与えなさい。木星の王女として」

 

視界が真っ赤になる。3倍の重力が、腕を鉛みたいに重くする。逃げ場はない。引かなきゃ、次はわたしがあの隔壁の向こう側だ。

 

わたしは、引き金を引いた。

 

静かに、稼働音が止まった。老人の絶望も、突入してきた誰かの希望も、わたしの指ひとつで、全部ゼロになった。……手が、震えてた。

 

本当のことを知るのは、ずっと後だ。この日、わたしが最初に殺したあの反乱分子こそ、シャリア・ブルの遺した“検体番号1”の座標を知る、最後の生き証人だった。カガチはそれを知ってて、わたしに引かせた。真実への鍵を、わたし自身の手で葬らせるために。……ほんと、最低。あの氷水は、いつだってわたしの一歩先で、逃げ道を全部凍らせてる。でも――と、わたしは血の気の引いた唇を噛んだ。座標は消えた。それでも、あの人の声は、まだわたしの中で生きてる。まだ、終わってない。

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