機動戦士ガンダム 地獄の底のお姫様 ―木星帝国の王女は、地球を焼かないと決めた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
帝国の聖域、第13工廠。暗闇から浮かんだのは、巨大すぎる鉄の塊だった。
本来、わたしみたいな引きこもり王女が入れる場所じゃない。でも父は「帝国の力を見せれば、逃げる気も失せるだろう」と考えたらしい。……甘い。というか、大失敗だ、お父様。
そこに眠っていたのは、一年戦争でシャリア・ブルが乗ったとされる機体――ブラウ・ブロの雛形。いや、雛形なんて言葉じゃ足りない。あの伝説の機体を、木星の技術で“培養し直した”、生きた祭壇だった。回路が血管みたいに這って、冷却水が心臓みたいに脈打ってる。気持ち悪い。でも――何かが、いる。
「連邦もジオンも、サイコミュを感応の道具に貶めた。だがわが帝国は、脳波を“空間支配”へ転換する。これは、パイロットの神経を戦場そのものへ拡張する祭壇なのですよ」
技術将校が、わたしにヘッドギアを被せた。シロッコのバイオセンサーを改良した回路がびっしり。抵抗する間もなかった。
被せられた瞬間、視界が爆ぜた。
数十年分の怨念が、濁流みたいに流れ込んでくる。暗黒に消えた労働者の叫び。3倍の重力に潰された骨。窒息した子供の、最後の呼吸。この機体は、木星のぜんぶの死を、記録し続けてた。……重い。重すぎる。
でも、その奥に。他の怨念とは、明らかに質の違う、静かな意識がひとつ。
――誰の助けも届かない暗黒で、隣の体温だけを頼りに生きる時、人は初めて他者を理解しようと足掻く。その足掻きこそがニュータイプだと、わたしは信じている。
シャリア・ブルの声だ。死んでもまだ、この機体の中で考えてる。憎しみでも復讐でもなく、ただ静かに、人が分かり合える未来を信じてる。……こんな人が、いたんだ。この地獄に。
「助けて」――気づいたら、そう呟いてた。この檻を、この重力を、父の狂気を、カガチの計算を、全部壊してくれる誰かに。生まれて初めて口にした、剥き出しのわがままだった。
すると、その静けさの、さらに奥から。別の声が応えた。父でも、シャリア・ブルでもない。あの、金髪の男の声。
――壊したいのか。ならば教えてやろう。この機体の、本当の名を。
――“検体番号1”とは、シャリア・ブルのことではない。テテニス、それはお前のことだ。
全身の血が凍った。検体番号1。父がわたしを「最高の受信機」と呼んだ意味。わたしはただの弾頭ですらなかった。シャリア・ブルの優しさと、シロッコの支配。その両方を受け継ぐために、生まれる前から設計され、培養された、たった1個の実験体。わたしって存在まるごとが、木星帝国100年の狂気の集大成だったってわけ。……ひどい。ひどすぎる。わたし、人間ですらなかったの? ――ちがう、とシャリア・ブルの凪が、崩れかけた心をそっと支えた。お前が誰かを“助けて”と願った、その心こそが、お前が人間だという証だ。……勝手に、慰めないでよ。ばか。涙が、出るじゃない。