機動戦士ガンダム 地獄の底のお姫様 ―木星帝国の王女は、地球を焼かないと決めた―   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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鉄の檻を壊す指先

「準備はいい、マーサ? わたしが演壇に上がった瞬間、第3排気ダクトのロックを解除して」

 

国家反逆罪だ。エアロックからの空気投棄なんて、普通は区画ごと全員あの世行き。マーサの顔から血の気が引いていく。

 

「そ、そんな……テテニス様、それは……」

 

「大丈夫。投棄するのは無人ブロックだけ。気流はわたしが全部、サイコミュで掌握する。……誰も死なせない。約束するから」

 

検体番号1だっていう真実は、わたしを絶望させた。でも同時に、力もくれた。わたしのサイコミュは、この帝国の誰よりも鋭い。ミノフスキー粒子の流れごと、旧式ダクトの制御系を掴める。粒子の一つ一つが、指先に応えてくる。……皮肉なものだ。父がわたしに仕込んだ力で、父から逃げるんだから。

 

「今よ、マーサ!」

 

偽装事故で、監視兵の意識が一瞬逸れる。その一瞬で、わたしは刺繍だらけのドレスを引き裂いた。10キロの鉛のバラストを、力いっぱい床に叩きつける。――王女って身分を、脱ぎ捨てる音だ。下には、盗んでおいた作業員のノーマルスーツ。

 

「お父様。わたしは、あなたの道具じゃない」

 

マイクは通ってない。でも声はサイコミュで、父の脳に直接届いたはず。父の顔が、初めて憎悪じゃない色に歪んだ。驚愕。そして、裏切られた者の怒り。

 

「テテニス! 貴様、このわたしの愛を裏切るのか!」

 

「……愛じゃないでしょ。それ、呪いよ。地球を愛せなかったから焼こうとして、わたしを愛せなかったから道具にした。手に入らないものを壊すことでしか持てないと思い込んでる、子供の独占欲。……ぜんぜん、愛じゃない」

 

わたしは緊急レバーを、力いっぱい叩いた。減圧の暴風。3倍の重力すら一瞬忘れる勢い。でもわたしのサイコミュは、気流を完璧に制御してた。人のいる区画は封鎖して、無人ブロックの空気だけを宇宙へ。誰も、死なせない。それがわたしの反逆の、最初のルールだ。

 

暴風に乗って、ヘリウム輸送船のコンテナに飛び移る。サイコミュでクランプを外すと、鉄塊が重力圏から解き放たれた。追撃のバタラ3機は、木星の磁気圏と放射線帯に阻まれて追ってこられない。わたしを苦しめてきた木星の自然が、初めて味方をしてくれた。

 

遠ざかる縞模様。10キロのバラストを捨てた体は、驚くほど軽い。生まれて初めての“身軽さ”。……自由って、こんなに心細いんだ。知らなかった。

 

――と、暗いコンテナの隅で、何かが鈍く光った。わたしより先に、ここに潜んでた奴がいる。震える手で拾い上げると、それは冷えきった認識票だった。刻まれた名前を見て、逃亡の高揚もいっぺんに凍りつく。フォンセ・カガチ。わたしが偶然選んだはずのコンテナ。完璧だったはずの計画。……ぜんぶ、最初からあの氷水の掌の上? わたし、檻を壊したつもりで、もっと大きな檻の、隣の部屋に移されただけなの? ……冗談じゃない。ほんと、冗談じゃないわよ。

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