「……ん、
どうやら寝てる間にHRが終了していたようだ。
急遽提出物が配られるだのなんだのしてないことを願おう。
丸まった背中をバキバキ言わせながら伸びていると、クラスメイトのリュウキに声をかけられた。
「なぁリツ、お前もカラオケ行かねえ?」
「カラオケ?あ~……」
2つ返事でOKしようとしたところで、そういえば今日は一緒に帰る日だったと思いだした。よくやった俺、偉い。
「悪い、今日はパス。また誘ってくれ」
「ちぇ、残念。まいいや、また明日な!」
「はいはい、また明日~っと」
明日の科目とカバンの中身を合わせて、明日使わないものは置いていくし、明日使うのも置いていく。
置き勉禁止じゃなくて良かった~。
と、ポケットのスマホが震える。内容はメッセージ。
「……早いだろ」
「若葉睦」とかかれたトーク画面には、「まってる」という言葉とともに、俺の学校の正門が写った写真が貼付してあった。
……というのは表の顔。
ホントの俺は、日夜、テレビに呼ばれる人気急上昇の俳優、
「……リツ、こっち」
これが妄想なら、今頃、こんな国民的美少女、若葉睦と一緒に帰るなんてこと、出来るわけないんだよな~。
「リツ、にやけすぎ。いいことあった?」
「いいや、むっちゃんと帰れるのがうれしくて」
「……大げさ」
「むっちゃんから連絡してくれて嬉しかったよ、今日からずっと一緒に帰ろうね」
「……やだ」
いやぁ、名前を呼ばれるだけでこの高揚感。
本名で呼ばれてしまったら俺はもう死んでしまうんじゃないかな。
「リツ、ちょっと怖い」
「何でさ。むっちゃんと帰れるなんてこんなご褒美、嬉しくない人間はいないよ?」
「距離が近い。あと、「むっちゃん」って呼ぶの、恥ずかしいからダメ」
「……わかったよ、睦」
むっちゃん……睦の明確な拒絶のサインは、「ダメ」とはっきり言うこと。
過去に2度地雷を踏んだ俺が言うんだ、間違いない。
なるべく睦と呼ぶようにしよう、そう思っていると、袖を引っ張られて足を止める。
「……今日は家、来るの?」
「ん~……睦は、俺が行って迷惑じゃない?」
「リツなら、いつ来ても、いい……」
わお、家に御呼ばれ。
しかもいつでも来ていいってことは実質婿入りでは?
若葉立夏なんてめちゃくちゃ夏生まれっぽいしかっこいいじゃん。
まあ今は春だし俺は冬生まれなんですけど。
「じゃ、お邪魔しようかな。まぁでも、その前に付き合ってよ」
「付き合う?」
「俺の用事にさ」
摘ままれている手を握って歩く。
むっちゃんの顔が赤いのはきっと気のせい。
だって赤面むっちゃんなんて可愛すぎて卒倒しないわけないから。
「……ここは?」
「庶民の味方、100円ショップだよ」
やってきたのは某ダ〇ソー。
「何があるの?」
「割と何でも」
新生活を始めるにあたって、大体の食器やカトラリー、掃除用具なんかは100均で揃う。
さすがに家電はないにしろ、これだけそろえば生活もできるというものだ、進んだなぁ。
「何を買うの?」
「芝居の小道具。今度の撮影パートにライブシーンがあってさ」
「……楽器は、ない?」
「残念ながらね。俺が買いに来たのはこっち」
いわゆるUOと呼ばれるものと、推しうちわと呼ばれるもの。
某キャ〇ドゥにもあったりするし、サブカルがだいぶ浸透してきたんだろう。
「……これ、たまにお客さんが回してる」
「……ムジカにもUO持ちいるんだな……」
「祥が最近、制御型のリングライトだけでやりたいって」
「俺もムジカの世界観にUOは違う気もするなぁ」
機密事項じゃないのかと思いながら、睦とともに100均を練り歩く。
不意に、睦の足が止まった。
「……立夏」
「……え、聞こえなかったからもっかい呼んで」
「聞こえてるなら呼ばない」
「え~?……で、どしたの」
「あれも、100円?」
睦が指をさしたのは、ペアのマグカップ。
手に取ってみると、ちゃんと重い。陶器か。
値段シールが貼ってあるわけじゃない。
「そうだね、シールも貼ってないし。どうして?」
「立夏と、お揃いしたい」
「買ってくるから待ってて」
今までの買い物全部放り出してマグカップを爆速でレジに通す。
今の速度であれば100メートルは2秒で行けたな。
最近の100均はセルフレジが浸透してて助かる、人と会話するのめんどくさいし。
あ、もちろんむっちゃんとの会話はご褒美だよ。間違いない。
「買ってきたよ」
「……早いね」
「お揃いって聞いたらね。うれしいでしょ」
「……リツは、嬉しいの?」
何を当然のことを聞いているのだろう。
「嬉しいから嬉しいって言ってるのに。何か嫌だった?」
「ううん。リツは私といると、嬉しいんだって……思って」
「当たり前でしょ。むっちゃんと一緒にいられるんだから」
周りの目と、俺が呼びたかったからむっちゃんと呼んだけど、特に嫌がる様子もなかったから、さりげなく続けよう。
と、むっちゃんが床に置いたかごを指して言う。
「……リツの、お買い物。いいの?」
「まぁ、後でもいいよ。むっちゃんは欲しいもの、ない?」
とは言っても、むっちゃんは良い所の生まれで、欲しいものなんてないのかもしれない。
聞いた後にそう思ったけど、以外にもむっちゃんは目を輝かせた、ように見えた。
「……リツ、これ」
指さしたのはレジン液。
「レジン?なんか作るの?」
「……秘密」
「……じゃあ、聞かない。何色がいい?」
聞けば、かごにぽいぽいと放り込まれていく。
5色ほどと、UVライトを放り込むと、ようやく手が止まった。
と、こっちを見て、
「リツ、何色が好き?」
と聞いてきた。
「……赤、かな」
「赤……」
復唱、というより馴染ませるように呟いて、むっちゃんは赤いレジンをかごに入れた。
これは俺のために何か作ってくれるやつでは?
勝手に期待しとこ。
「……これで、全部」
「ん、了解。レジ行こうか」
「……店員さん、いない」
「あぁ、セルフレジはこういうとこにしかないか」
むっちゃんが知らないことを知ってる、ちょっとだけうれしい。
「セルフ……自分でやるの?」
「そ、大体こういうとこは現金使えなかったりするんだけどね」
最近はセルフでも現金使用可能なのが増えてうれしいうれしい。
というか見える化とか言ってる時代にキャッシュレスは普通に見える化エアプだろ。
資料とかも紙にすべき、見える化を本当に推薦してるならな!!
「リツ、思想が強い。あと見える化ってそういう意味じゃない」
「なんだよむっちゃんつれないな」
「別に。事実を言ってるだけ」
むっちゃんの語気が強いのはうれしい。
誰かに本音を言える環境ではなかっただろうし、自分の一言がトリガーで大切な何かが崩壊した、なんて話も少し聞いた。
「リツ、にやけすぎ。怖い」
「むっちゃんが強く当たってくれるのがうれしくて」
マゾではない、決して。
むっちゃんにいじめられたいとかは思ってない、断じて。
俺の携帯から軽快な決済音が聞こえたところで……天才的なラップできたかもしれん。
まぁそれはそれとして、決済音に続けてスクラッチチャンス!と響く。
「むっちゃん、タップして」
「……こう?」
むっちゃんのめっちゃきれいな指が俺のスマホに当たる。
もうスマホ洗いません。というかどうやって洗うねんこんなの。
「……あたった?」
「え?」
画面にはあたり!3等!とある。
まぁこのキャンペーンだったらよく見る光景なのだが。
「ありがとむっちゃん」
「……私は、何も」
赤面むっちゃん、カメラを持ってくるべきだった。
100枚撮って99枚飾るのに。残り1枚はお守りで1枚...いや1体持っておこう。
お守りって神様の分霊体だから1体、2体って数えるらしいぞ。神様は1柱だってさ。
「さてと、せっかくだからむっちゃんの家寄ってから帰ろうかな」
「……ん」
品物を持参袋に詰めて持った反対の手を握られる。
夢か?いや夢じゃない。
指が絡んでる。ほんのりあったかい。
これが無料でレジ袋有料はおかしいだろ!!
「立夏。帰るよ」
「あ、え、うん」
「……いつも引っ張ってくれるのに。かわいいよ、立夏」
「……あう」
なっさけない声が出た。
責めのむっちゃんやばい、やっぱりいじめられたいかも。
「むっちゃんだってかわいいよ」
「ありがとう」
手を繋いで歩く様は、端から見たら仲睦まじいカップルにしか見えないのだろう。
ただ、それだけで俺はうれしい。
若葉睦という人間の世界に、加来立夏という人間がいるというだけで、うれしい。
多くは望まない。
「立夏」
「ん?」
「今度の主演ドラマ、楽しみにしてるね」
「……任せて。最高の作品にしてみせるよ」
俺の名前はリツ。日夜番組に呼ばれる超人気俳優。
でも、今は。
今だけは、加来立夏本人として、この幸福を味わっていたい。
――せめて夢ぐらい、幸福でいさせてくれ。
Q:最後に深刻そうなこと書けばいいと思ってない?
A:そのほうが雰囲気出るじゃん
Q:夢か?いや夢じゃないって言ってるじゃん
A:明晰夢だったら目ぐらい背けるだろ