ある日から、秘密の日記が手元にあった。
ある日から、日記に“俺”を書き連ねた。
ある日から、自分を表す言葉が“俺”に変わった。
『この日記に、俺の記憶を書き込んでおくことにした。母さんは居なかった。家は無かった。俺が心配する必要はもうどこにもない。だから、これからは加奈として、新しい人生を幸せに生きていこうと思う』
何度も夢を見た。
俺が正彦だった時の夢を、幸せを祈っていた夢を。
それを幾度も殴り書いて、幾度も俺を白紙に刻み付けて。
『前世でこんなに大変な思いをしたんだから、幸せにならなきゃならない』
幸せのための努力を、怠ったことは無いはずだった。
誰からも嫌われたくなかった。誰かに嫌われる人生は幸せではないと父から学んだ。
誰からも頼られたかった。多くの人に頼られる人はかっこいいとあの人から学んだ。
金持ちになりたかった。金がないと幸せにはなれないのだと、前世の母から学んだ。
『楽に生きたい』
加賀正彦は必死に努力したんだから。
加賀正彦は必死に働いたんだから。
ならもういいんじゃないか。
だって神様は、俺に二度目のチャンスをくれたのだから。
『世界一、幸せに』
じゃあ、なんで。
事実が覆ったあの日に。
それを捨てたんだろうか?
◆◆◆
目の前に、俺が軽い気持ちで与えた参謀という称号を、誇らしげに名乗る男がいた。
随分と懐かしくて、思いだすのに少しだけ時間がかかっちゃったくらい昔のことだ。
あの頃は、優斗君と恋人になるなんて想像してもいなかったものだけれど。
「……今のセリフ。ピラミッドの上で言ってれば様になってたかもね」
「え、なんで突然ピラミッド?」
「嘘でしょ元ネタを知らずに使ってたの?『お前はもう死んでいる』とか知らない?『我が生涯に一片の悔い無し』とか知らない?」
「……え、えーと」
「おのれ貴様、さてはにわかか!?ええい者ども出合え出合え!にわかによる安易なセリフ流用は極刑である!打ち首獄門、あるいは島流し!」
「罰が重い!?」
まあ俺も前世じゃお金が無いせいで碌に本を買えなかったから、友達のを借りたり、学校の図書室で借りたりした漫画を読んで覚えただけなんだけどね!
ちなみにレンタル店は返し忘れが怖くて一回も使っておりません。
友達が青い顔をして延滞料金の計算をしてた光景が忘れられないぜ……!
「さては優斗君、普段からクラスで話題になってる漫画だけ読んで、サブカル文化をコミュニケーションの道具にしているタイプの人間だね……!」
「いやそりゃまあ、クラスで話題になってる漫画は友達に勧められたりするから読む機会は多いけども。というか加奈も友達とそういう話題ですごく盛り上がってるじゃん。僕が知らない話題ですごく盛り上がってるじゃん」
「そりゃあ俺は最近のサブカルだけじゃなく、過去に名作と呼ばれた作品は大体読んでるからな!優斗君とは歴が違うのだよ歴が。というわけで、俺がそういうの使う分にはいいの。優斗君はちゃんと知るまで使っちゃダメ」
「なんかズルくない?」
「ズルくないでーす。こういうのは才色兼備なイケメンは使っちゃダメなんでーす」
あと、優斗君が語録みたいなのを使うとこ見るのは、なんかこう、嫌だし……!
なんにせよ、これでひとまずは場の空気をいつもの俺のノリに戻せたはずだ。
俺だってもうそろそろ学習したとも、あの突然のキスシーンから……!
優斗君のペースに乗せたら、負けるのは俺だってなぁ!!
「それでは判決終わり!閉廷!よーしお腹が減ってきたなぁ!」
「ちょっと逃げ方が雑過ぎない!?もう少し自然に行かない!?」
「こういう時の優斗君は強いって知ってるんだよ!勝てない戦いに挑むは愚策!」
「何の勝負してんのさ」
「何のって、そりゃあ」
自分が悪く思われるのは別にいい、誰からも好かれる人なんて存在しないから。
失望されるのも、よくはないけどまだマシだ、頑張れば取り戻せる可能性もあるから。
努力すればどうにかなる問題ならば幾らでもやってやる、我慢するのには慣れている。
「……そりゃあ」
過去の自分が、嘘だと思われるのが怖かった。
今まで築いてきた朝宮加奈と言う人間が、別の何かに置き換わってしまうのが嫌だった。
自分でも訳が分からない涙の理由を、誰かに勝手に決められてしまうのが不快だった。
「……別に、何でもないよ。ほら、早く行こ!」
混乱したまま考えようとするから、訳の分からないことが思い浮かぶ。
何で泣いてたのかも、なんで逃げたいのかも、いまいちよく分からない。
もう少しちゃんと誤魔化せばいいのに、考えれば考える程ドツボにハマる。
初めて味わうような混乱で、脳味噌が沸騰しそうなくらいの焦りに頭が支配される。
「加奈」
「話は、あっちでしようよ。皆で楽しく、ご飯でも食べながらさ。こんなシリアスな会話、私には似合わないでしょ?大丈夫だよ、もう大丈夫だから。ほんとに、ただ偶然、涙が出ただけだってば。何も、心配なんてしなくていいんだよ。心配なんて、してほしくないんだよ」
「君と。二人で話がしたいんだ」
それでも、ここで退いたら、何かが壊れてしまいそうな気がした。
今まで必死に覆い隠してきた物が、決壊してしまうような気がした。
自分でもよく分からない何かを、滑稽なまでに必死になって隠そうとしている。
無様で、愚かで、酷い姿だ。君に見られたくなんて無かった。
「……後で幾らでも話せるよ」
「今じゃなきゃダメだ。加奈は頭がいいから、一回逃がしちゃうとすぐに言い訳を考え付くからね。ずっと一緒にいれば流石に学ぶさ」
「なら、学んでよ。今、誰とも話したくないんだよ」
自分の口から、酷く冷たい言葉が出ている。
すぐにでも口を止めるべきだ、頭を下げるべきだ、悪いのは俺だ。
醜い姿が見えて、身勝手な声が聞こえて、気色悪さが胃からこみ上げてくる。
今の私はきっと、酷い顔をしている。
「やだね。そうやって不貞腐れたら、僕が言うこと聞くと思ったのなら大間違いだ。加奈をこのまま置いていくような奴なら、僕は加奈の隣にいる資格なんて無い。例え君が許せても、僕が僕を許さない。だから、やだ」
「子供みたいなこと、言わないでよ。時には泣いてる子を放っておくことも、大事なんだよ?」
「知ってるよ。けど残念。僕が世界で一番大好きな人に、こういう時にどうすればいいかを教わってるんだ。僕は絶対どこにも行かないし、泣いてる理由を話してくれなきゃ、梃子でも動いてやれないな。さっさと話した方が楽だよ?」
「私が何で泣こうと。私の、勝手でしょ」
「なら。僕がこうやって君の隣にいるのも、僕の勝手だ」
「屁理屈め」
「君が言うか?言っとくけどね。僕は加奈と違って、加奈以外にはこんなこと言わないからね。嫌われるかもしれないリスクを背負ってまで、こんな接し方するもんか。僕は加奈みたいに強くも無いし、優しくも無いし、分け隔てないわけじゃない」
「……ならなんで、私にだけこんなにしつこいの」
「好きだからに決まってるだろ。僕が君と一緒にいる理由なんて、好きだから以外にあるもんか。友達としても、恩人としても、男としても。誰よりも君を好きでありたいし、僕のことを誰よりも好きになっててもらいたいから」
随分と恥ずかしいことを、微塵も迷いなく言い切りながら。
真っすぐに、正直に、目を逸らすことすら許さずに、向かい合う。
その言葉は、私の心を酷くかき乱す癖に、頭の靄は少しずつ晴れていく。
「バカみたいだ。惚れる相手くらい選びなよ。奏ちゃんとか、五里羅さんとか。私なんかより可愛い子も、綺麗な子も、優しい子も、周りに沢山いたのにさ」
「これ以上ないくらい選んでるつもりなんだけど。加奈、知らなかったの?僕の家、金持ちだよ。他の人より大きな家に住んでて、他の親よりお金を稼いでる父親がいて。その分苦労もあるかもしれないけど、それ以上の恩恵を受けてきた」
「……優斗君がそんなこと言うの、初めて聞いたね?」
「かっこ悪いだろ。加奈の前ではずっとかっこ付けたかったし、自分だけの力で、加奈に好きになってほしかったから。けど、加奈が可愛いのと同じくらい、僕の家が金持ちなのも事実だし。そのおかげで、色んな人に出会えた」
恋人だった頃に、何度かそういう類の話は聞いたことはあった。
社交界だの、お見合いだの、俺と付き合う前は親に言われて、何度もそういう場所に連れていかれたことがあって、随分と苦労したと。
その頃の俺にとっては、お金持ちのイベントだなって認識しか無かったが。
「加奈と出会わなくても。きっと僕は幸せにはなれてたと思う。親の言うことに従って、加奈が言うような良い人を選んで。それでも僕は、きっと幸せに生きられたんだろう。それを窮屈だって言う気は無いし、不幸だなんて口が裂けても言えないだろうし」
「……アハハ。羨ましいね。自慢?」
「自慢だよ。そんな良い人生を捨ててでも、選びたかった人生があるんだっていう自慢だ」
その次に言う言葉なんて、簡単に想像が付いてしまう。
ずっと一緒に、ずっと並んで歩いてたんだから、そりゃそうだ。
予想する言葉は酷く眩しくて、耳を塞ぎたくなるのに、塞げない。
「加奈を幸せにしたい。二人で幸せになりたい。辛いことは二人で乗り越えたいし、足が動かなくなるくらいよぼよぼになった時でも、同じ部屋で、同じ景色を見ていたい。最後に死ぬとき、僕の目に映るのは君であってほしいし。君の目に映るのは、僕であってほしい」
「……我儘だね。自分一人で幸せになることすら、すっごく難しいのにさ」
「知ってる。そうなるために努力する人を見てきた。誰かを蹴落としてでも、裏切ってでも、それを得るために必死に手を伸ばす人を見てきた。それを初めから持ってるのがどれだけ恵まれてて、どれだけ幸運かも。それ以上を求めるのが、どれだけ我儘なのかも」
「それなら、諦めなよ。満足しときなよ。私は、君のことなんて好きじゃなかった。君が持ってる幸せを、君の家が持ってるお金を目当てに、好意を利用しただけだ。きっと、君が見てきた人と同じことをする。蹴落として、裏切って。自分だけの幸せを求める」
今までやってきたことも、誰かを助けてきたことも、全部自分のためだった。
最初から見返りを求めて、善意に見せかけた汚い欲で、自分をよく見せるために振舞って。
自分の都合で優斗君よりも奏ちゃんを優先して、その癖彼との交流は断ちたくなくて。
何がしたかったんだろう、何を求めていたんだろう?決まってるだろう、そんなもの。
「楽に生きたいよ」
なんでこんなに、生きるのって難しいんだろう。
なんでこんなに、幸せになるのって大変なんだろう。
前世の妹が好きになった人は、私を幸せにしてくれるはずの人で。
俺の妹が幸せになるには、私の幸せを諦めなきゃならなくって。
「なんで、正解が無いんだろう」
ただ、良い人であればいいと思ってた。
ただ、求められることをこなせばいいんだと思ってた。
俺をいい奴だと言ってくれたあの人の言う通りにすればいいと思ってた。
私を好きだと言ってくれた優斗君の理想の彼女でいればいいと思ってた。
「奏ちゃんを不幸にしたくない。優斗君を悲しませたくない。碧海を失望させたくない。五里羅さんの親友でいたい。私が良い人なら、全部どうにかなると思ってたのに。私が諦めれば、全部それで済むと思ってたのに。なんで今更、涙なんて出るんだろう。なんで今更、あんな言葉で」
意味が分からないのに、なんでこんなに涙が出るんだろう。
泣いてる意味すら知らないのに、なんでこんなにも心が締め付けられるんだろう。
もういいだろ、もう止まれ、いい加減うんざりするんだよ、ふざけるな。
「もう、いいよ。もう、諦めてよ。私のこと嫌いになってよ。奏ちゃんのこと好きになってよ。それで済む、それでもう、悩まなくていいんだよ。なんでよりによって奏ちゃんで、なんで優斗君なんだよ。なんで、幸せになってほしい人の幸せを、俺の幸せが邪魔するんだよ」
ダメだ。もうダメだ。もう、止まらない。
ずっと抑えてたはずなのに、ずっと黙ってきたはずなのに、全部無駄になった。
失望された。溜息吐かれる。怖い。しんどい。嫌だ。なのに、もうダメだ。
『あなたが言う前世なんて、とっとと忘れちゃいなさい』
「今更忘れられるわけなんかないじゃんか!」
疲れた。しんどい。嫌だ。忘れたい。忘れられない。
甘い物食べたい。寝たい。逃げたい。幸せになってほしい。
幸せってなんだっけ。もういいよ、もうやめよう。
「もう、どっか行ってよ……!」
全部、全部、目を逸らして。
全部、全部、蓋をして。
この涙も、この心も、ひきさかれるような痛さも。
全部忘れて、全部隠して、そのための時間が欲しいから。
「元の、私に、戻るから。だから、お願いだから」
かっこ悪い私を、見ないで。
「僕、エプロンが性癖なんだよね」
「……ほへ?」
ん、あれ、なんか今私、聞き間違えたか?
唐突になんか凄いことをカミングアウトされた気がする。
エプロ、え?エプロン?
「あ、正確に言えば、加奈のエプロン姿がだよ?いやまあそれに引っ張られて、他の女の子のエプロン姿にちょっとだけいいな、って思う時はあるけど。加奈のエプロン姿が始まりだし、今でもそれこそが至高だから。家庭科の授業の時にめっちゃくちゃチラ見してるし、加奈が作ってくれたお弁当を食べてる時も加奈のエプロン姿が度々頭を掠めてたから」
「ごめんちょっと待って続けないで!?」
「あと加奈がエプロン着てる時に、普段とは違う髪のくくり方してるのがなんかとてもグッと来てたりした。施設の子供たちがお腹を空かせて厨房を覗いた時、他の大人達が忙しそうに動いててそれに気づかない中、一人だけ仕方なさそうに笑って『少しだけだぞ?』って言いながら唐揚げをつまませてたところに溢れんばかりの可愛さを感じてだね?」
「だね?じゃないよ少し待とうか!え、なに?なんで急に性癖を語りだした!?」
なんか色々吹っ飛んでしまったんだが?
え、てかもしかして誕生日プレゼントに高いエプロン送ってくれたのそういう理由?
孤児院にいた頃に、髪括るゴムが切れた時にわざわざ可愛い髪留めくれたのってそういう?
「ずっと隠していたんだけどさ。僕が加奈に惚れた切っ掛けって、多分加奈のエプロンが姿がぶっ刺さったからなんだと思う。なんなら今でも同棲して毎日見れる日々を夢見てたりしてる。改めて言うよ、加奈。僕は、加奈のエプロン姿が一番性癖なんだ」
「そ、そうなんだ……。初めて知った……」
「失望しちゃった?」
「い、いや。別にそんなことはないけどさ。性癖なんて人それぞれだし……?」
「そっか!ならよかった~!すっごく怖かったんだよね。引かれるかもしれないって思って、ずっと隠してたんだ。けど、加奈なら受け入れてくれるって信じてた。そうだよね、加奈なら、この程度で引くなんてこと、するわけないよね……!」
「ごめん引くには引いたかも」
「カハァッ!?」
「あーいや、引きはしたけどそこまでではないから!こう、イケメンなせいで余計にギャップがあると言うかね!?まだ性癖としては弱いから!まだ全然健全だから!」
しまった、思わず言ってしまった本音で優斗君に膝を突かせてしまった……!
いやけどこれに関しては優斗君が悪くないか?俺別に悪くなくないか!?
いきなりこんなことカミングアウトされたらぽろっと本音出るくらいしょうがなくない!?
「というか、ほんとなんでそんなこと……」
「いやほら、不公平だと思ったからさ。加奈だけがかっこ悪いところ見せて、僕だけはそれを隠してるなんて。自分だけかっこ付けようなんて、対等じゃないって、そう思ったから」
「それで出てくる出力が性癖語りになるのなかなかぶっ飛んでるね?」
「加奈も度々ぶっ飛んだことするからお似合いじゃない?」
「反論したいけど反論のための証拠が見つからない……!」
「けどほら。これでかっこ悪いところ勝負だと僕の勝ちでは?」
「勝負してたっけ私達」
「君がさっき言ってたことじゃん!」
「別にかっこ悪いところ勝負とか言ってないからね!?」
ぜぇ、はぁ、と。
すらすら出てくるツッコミの言葉を吐き切って、お互い息を切らした後に。
「「……ぷっ、くくっ。あはははははは!」」
昔みたいに、一緒に笑って、笑いすぎて涙が出てくる。
なんで俺、元恋人の性癖を突然聞かされることになってるんだ?
というかなんでこうなったんだっけ?
全部が分からなくなって、もうここまで無茶苦茶だと笑ってしまって。
「ねぇ、加奈。僕、結構恥ずかしいこと話したよね?」
「まあ、そうだね。大分恥ずかしい話ではあったね」
「なら。加奈も少しくらい恥ずかしい話するのが筋ってもんでは?」
「優斗君が勝手に言ったのに!?」
「そっちが先に、勝手にかっこ悪いところ見せたじゃん。ま、僕はかっこ悪いなんて思ってないけど。むしろ可愛いと思ったけど。いや違うな、加奈が見せる姿は全部可愛いから、何をしても可愛くなってしまうのでは?やっぱり加奈は世界一可愛い……!」
「なんか急にバカになってない?若干恥ずかしくなってきたんだけど?」
「心のうちに閉じ込めてたものを解放するとこうなる」
「君いつも心の中でそんなこと思ってたんだ……」
「当たり前でしょ。ずっとそうだよ。ずっと、ずっと。きっと君が思ってる以上に君に惚れてるし。君が見せてきた以上に、僕ってバカで、かっこ悪くて、面倒で。君が、僕よりずっと凄いって思ってたか、追い付きたくてかっこつけてただけ」
「……ちょっと今顔見ないでくれる?見せられるもんじゃないから、目を閉じてて」
「え、加奈の顔は全部見ておきたいんだけど?どんな顔でもバッチ来いだけど?むしろ新しい顔を見れたら舞い上がるくらい喜ぶけど?」
「オッケー言い方変えるわ。俺が恥ずかしいから見るなバカ、見たら嫌いになるからね」
「はい」
本当に、恥ずかしいことを平然と口にするな、こいつ。
追い付かなきゃならないのはどう考えても私の方なのに、なんでそんなこと思うんだか。
理想の王子様だと思っていたのに、まったく勝手ながら、裏切られた気分だ、ほんと!
まったく、私がどんな想いで……!
「しょうがないなあ。それじゃあ、教えてあげましょう。私が長年秘密にしてた、すっご~く恥ずかしくて、馬鹿にされるようなこと。私が聞いたら笑っちゃうし、絶対信じられないようなこと。君が言ったんだから、心して聞くように」
「分かった!ところでもうそろそろ顔見ていい?」
「ダメ。見たら絶交だから。絶対見せないから。目を閉じたまま聞くように」
「僕は今、この世で最も恐ろしい拷問を受けている……!」
「やっすい拷問だなぁ」
まったく、本当に、なんでこうなってるんだろう。
なんでこの男は、私みたいなのに惚れてるんだろう。
いやさっき言ってたな、こいつ私のエプロン姿が好きなんだったな。
助けられたからとか、優しいからとかじゃなくて、こいつにとって、惚れた理由の中で一番大きかったのは、そういうくだらない、本当に個人的なことだったんだな。
「……一回しか聞かないから、目の代わりに耳をかっぽじってよく聞いておくように。多分今、私は過去一で混乱してるし、君のせいで判断能力が堕ちてるからね。優斗君がどうなっても、それは私のせいじゃないからね」
「オッケー、どんとこい。どんな責任でも被せられてあげる。濡れ衣だろうがなんでもござれ。僕の狙い通り、加奈って押し切られると弱くなる傾向があるね!」
「ムカついたからやっぱ黙っていい?」
「ごめん調子に乗りました許して……!」
まったく、まったく、まったく!
確かにお似合いだ、こんなバカな本性をずっと隠していたとか、私よりも大バカだ。
そんなバカに、なんだか知らないけどこんなことを話そうとしてる私も、大バカだ。
「それじゃあ、とりあえず」
多分、私は風邪でも引いてるんだろう。
顔がこんなに熱いんだから、脳が茹ってるんだろう。
だから、これから言うことは全部戯言ってことにしておこう。
「前世の妹が、今世の彼氏に告白したらしい話からしてあげようかな?」
ポカンとした彼の顔に、ちょっとだけすっきりした。
ざまぁみろ、バーカ。
五千文字くらいに収めるつもりだったのに長くなってしまった……!