Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌 作:りー037
【時刻:神代の終焉――紀元前2600年代】
【場所:絶対魔獣戦線・最前線跡地の血霧の中】
神代の大地に、重く、息苦しい沈黙が降り注いでいた。
つい先刻まで、数万という単位の魔獣たちがひしめき合い、大地を震わせていた絶対の死地。それが今や、原型を留める死骸すら一つとして存在しない、ただ血と臓物が均等に撒き散らされただけの「赤い泥濘」へと変貌していた。
その暴力の震源地たる男は、血の海の中心に立ち、ただ退屈そうに己の掌を眺めていた。
「…………貴様、何者だ」
赤い霧を裂くように、凛とした、しかし極限の緊張を孕んだ声が響いた。
源氏の武将、牛若丸。
彼女の足は、震えていた。英霊としての本能が、平安の世で数多の悪鬼羅刹を屠ってきた彼女の魂が、目の前の存在を「絶対に触れてはならない致命の災厄」であると全力で警鐘を鳴らしている。
踏み込めば死ぬ。言葉を交わせば死ぬ。ただそこに存在しているだけで、魂そのものが両断されかねないという、理不尽極まりない存在の格差。
だが、牛若丸は一歩も引かなかった。
恐怖を強靭な意志力で圧し殺し、手にした愛刀『薄緑』の柄を、指の関節が白く変色するほどに強く握り締める。
それは、武将としての矜持であり、主を護る刃としての責務であった。目の前の異常事態(イレギュラー)が、人類の脅威となるのか否か。それを確かめずして、背を向けることなど断じてできない。
その声を受け、血だまりの真ん中に立つ白い和装の男――両面宿儺は、ゆっくりと、ひどく緩慢な動作でこちらを振り返った。
視線が、交差する。
牛若丸の心臓が、早鐘のように激しく跳ねた。
男の顔に浮かんでいるのは、怒りでも、殺意でもなかった。
ただただ、果てしなく深い「無関心」と「傲慢」。己が絶対の頂点にいることを疑わず、眼下の羽虫が何を喚こうとも痛痒すら感じない。
彼の真紅の瞳は、牛若丸という英霊を、ただの「少しばかり言葉を喋る路傍の石」程度にしか認識していなかった。
「……五月蝿いな」
宿儺の唇から紡がれたのは、ひどく低く、鼓膜の奥を直接撫で上げるような重低音だった。
「……邪魔をするな。同じことを二度言わせる気か」
それは、警告ですらなかった。
圧倒的強者から発せられたただの事実の陳述。もし次の瞬間に彼女が消えていなければ、息をするのと同じように、無意識の内に踏み潰す。その絶対的な暴力の予告に、牛若丸の全身から嫌な脂汗が噴き出す。
(――ああ、なるほど。理解した。理解してしまった)
牛若丸は、薄く笑みを浮かべた。自嘲ではない。武将としての覚悟が定まった、凄絶な笑みだ。
この男は、対話など成立する次元にいない。
人の法も、神の理も通じない。己の「快」と「不快」のみを基準とし、世界そのものを己の身の丈で削り取って消費する、究極のエゴイズムの権化。
人を害する存在。人理の敵。ならば。
「……退くわけにはいかぬ。貴様が人理を害する災厄であるならば――私が此処で、斬り伏せる!」
ダンッ、と。
牛若丸は重心を極限まで低く落とし、血に濡れた大地を強く蹴りつけた。
刀の切先が、宿儺の眉間を真っ直ぐに捉える。英霊としての霊格を極限まで引き上げ、魔力を放出する。
その、決して折れぬ刃のような彼女の意志を感じ取った瞬間。
無関心だった宿儺の真紅の瞳に、ほんのわずかな――だが、確かな「興味」の光が宿った。
圧倒的な力量差を前にしても膝を屈しない、強き意志。
それはかつて、己の命を削ってでも宿儺に挑みかかってきた術師たちや、最後まで折れずに己を打ち破った小僧の残滓を、ほんの少しだけ思い出させるものだった。
「……そうか」
宿儺は、昏い歓喜を孕んだ笑みを浮かべた。
「であれば――」
牛若丸が、神速の踏み込みで間合いを詰めようとした、まさにその刹那。
宿儺は、右手の二本の指を揃え、ただ軽く、横に引いた。
――ッ!!
音が、消えた。
牛若丸の背筋が、一瞬にして氷柱を打ち込まれたかのように凍りつく。
思考ではない。理屈でもない。視覚や聴覚、そして魔力感知すらも、彼女には何も捉えることができなかった。
だが、平安の世から死線を潜り抜け続けてきた「経験」。そして、天才的な『武の勘(直感)』だけが、今、自身の首と胴体の間に、絶対的な『死の断層』が引かれたことを悟ったのだ。
対象に向けて放たれる、不可視の斬撃――『解』。
(来る――!!)
踏み込もうとしていた足の筋肉を、常軌を逸した力で制動する。関節が悲鳴を上げ、筋繊維が断裂するのも構わず、彼女は前傾姿勢から一転して、全力のバックステップへと強引に移行した。
だが、それだけでは躱せない。不可視の刃は、既に彼女の鼻先まで到達している。
真っ向から刀で受けることは、しない。
その選択をした瞬間に、刀ごと自身の身体が両断されるという確信があったからだ。
牛若丸は、手にした刀の刀身を斜めに寝かせ、迫り来る「見えない何か」の軌道に沿わせるようにして、極限のタイミングで刃を滑らせた。
ギィィィィィィィィィンッッ!!!
火花が散った。
見えないはずの空間で、鋼と呪力が激突する甲高い金属音が弾け飛ぶ。
薄緑の刀身が限界までひしゃげ、牛若丸の細腕の骨がミシミシと悲鳴を上げる。
斬撃そのものを防いだのではない。「斬る」という事象のベクトルを、刀の斜面の角度と後退の速度を完璧に同期させることで、かろうじて逸ら(パリィ)したのだ。
ズガァァァァァンッ!!
牛若丸の真横を通り過ぎた不可視の斬撃が、後方の赤い霧を真っ二つに裂き、遥か遠方の古代樹を数十本まとめて切断して爆発を起こす。
「ハァッ……、ハァッ……!」
十数メートル後方へ吹き飛ばされるようにして着地した牛若丸は、地面に片膝をつき、荒い呼吸を繰り返した。
手にした刀は無事だ。自身の体も、両断されてはいない。
ただ、彼女の白い頬に一筋の赤い線が走り、ツゥ……と、一滴の鮮血が血だまりへとこぼれ落ちた。
凌いだ。
ほんの数秒先の生存を、彼女は己の武の技量のみで勝ち取ったのだ。
だが、安堵など微塵もない。牛若丸は直ぐさま姿勢を立て直し、さらなる警戒心を全開にして、眼前のバケモノを睨み据えた。
「…………ほう」
一方の宿儺は、ほんのわずかに目を見張り、自身の指先と、生き延びた牛若丸とを交互に見比べていた。
先ほどまでただの路傍の石を見るようだった彼の真紅の瞳に、明確な「賞賛」の色が浮かび上がる。
初見で。しかも、不可視である『解』の軌道を、魔力感知ではなく純粋な「武の技量」のみで逸らし、致命傷を避けた。
「ククッ……ハハハハハ!」
赤い霧の中で、呪いの王の愉快そうな笑い声が響き渡った。
「すまんすまん、侮っていた。まさか初見で捌き切るとはな。今の一撃で、その細い首を転がしてやるつもりだったのだが」
宿儺は、肩を揺らして笑いながら、ゆっくりと一歩、前へ出た。
――ドォォォォン……ッ!!
その一歩が踏み出された瞬間、大気に満ちていた真エーテルが、宿儺から放たれる圧倒的な『呪力』の圧力によって完全に押し潰された。
先ほどまでの退屈しのぎではない。彼の中で、明確に「闘争のスイッチ」が切り替わった音。
「少しは骨のある小娘らしい。良いぞ。……次は、本気でやってやる」
宿儺が、右腕を高く掲げた。
指先が、再び牛若丸の死角を捉える。
次はない。次は絶対に防げない。英霊としての本能が、今度こそ完全に死の結末を叩きつけてくる。
牛若丸は、覚悟を決めた。この命を散らしてでも、最後の一太刀をあの男の首元へ届かせるために、全身の霊核を暴走寸前まで駆動させる。
宿儺の指が、無慈悲に振り下ろされようとした――まさにその時だった。
GRRRRAAAAAAッッ!!!
遠く、原生林の奥深くから、空気を震わせるような巨大な魔獣たちの咆哮が轟いた。
先ほどの殺戮の匂いを嗅ぎつけたのか、あるいは神霊からの命令を受けたのか、追加の魔獣の群れがこちらに向かって突進してくる地響きだった。
「…………」
ピタリ、と。
宿儺の動きが止まった。
高く掲げられていた指が、ひどく面倒くさそうに、だらりと下ろされる。
先ほどまで彼から発せられていた、周囲を焼き尽くさんばかりの濃密な闘争の気配(呪力)が、まるで嘘のようにスッと霧散していく。
「……チッ。興醒めだな」
宿儺は、つまらなそうに舌打ちをした。
有象無象の魔獣など、彼にとっては歩きながら薙ぎ払える程度のゴミでしかない。
それをせっかく見つけた「少しは遊べそうな玩具(牛若丸)」との一対一の余韻に、大量の羽虫に台無しにされるのは不愉快極まりないものだった。
だが、肉体と術式の最終調整(ウォーミングアップ)は、先ほどの万の軍勢の解体と、今の『解』の一振りで完全に終わっている。
これ以上は、面倒なだけだ。この死臭に塗れた場所に留まる意味はない。
「運が良かったな、小娘」
宿儺は、牛若丸に向かってニヤリと笑いかけた。
それは、獲物を逃がした悔しさなど微塵もない、ただ気まぐれに遊びを中断しただけの、果てしなく自由で傲慢な王の顔だった。
「俺は、もう少し骨のある『神』とやらを始末しに行く。……貴様はそこで、せいぜい獣と泥遊びでもしているがいい」
言い捨てるや否や。
ダンッ!! という爆音と共に、宿儺の姿が掻き消えた。
彼の極限にまで鍛え上げられた肉体が、空界踏破によって空間の面を蹴り、赤い霧を突き破って、複数の神の気配が集中する原生林の奥地へと跳躍したのだ。
後には、暴風が吹き荒れたような赤い霧の残滓と、絶対的な静寂だけが残された。
「……っ、ぁ…………」
カラン、と。
牛若丸の手から『薄緑』が滑り落ち、彼女はそのまま、糸が切れた人形のように血の泥濘へと両膝をついた。
全身の毛穴から冷や汗が噴き出し、心臓が破裂しそうなほどに激しく脈打っている。
生き延びた。あの理不尽な死の権化の気まぐれによって、自分は今、生かされたのだ。
「牛若丸殿ォォォッ!!」
赤い霧の向こうから、血相を変えた弁慶が巨大な薙刀を振り回しながら駆け寄ってくる。
その足音と、彼の焦燥に満ちた大声を聞きながら、牛若丸は荒い呼吸を繰り返し、ただ深く、生の実感を噛み締めるように大地を睨み据えていた。
【時刻:神代の終焉――紀元前2600年代】
【場所:神代の原生林・深部】
生い茂る古代樹の隙間から、薄暗い緑の影が落ちる。
道なき道を、白い和装の男――両面宿儺は、さして急ぐ様子もなく歩いていた。
背後に残してきた血みどろの戦場や、恐怖に顔を歪めていた小柄な武将のことなど、既に彼の意識からは完全に切り離されている。あの場での攻防は、術式出力と肉体の連動を確かめるための「最終的な擦り合わせ」に過ぎない。
数万の獣を解体し、英霊の一撃を躱させたことで、準備は完全に終わった。
時折、巨木の陰や茂みの中から、彼の放つ匂いを嗅ぎつけた魔獣たちが涎を垂らして飛び出してくる。だが、宿儺が歩みを止めることはない。
視線を向けることすらしない。ただ、指先を軽く振るうだけ。
それだけで、飛びかかってきた巨獣の胴体は空中で二つに分かち割られ、ドサリと無残な肉塊となって地に落ちる。足元を汚さぬよう、宿儺は転がった頭部を無造作に蹴り飛ばし、ただ真っ直ぐに、複数固まっている「神の気配」の震源地へと向かっていた。
――やがて。
宿儺の鋭敏な知覚が、前方から急速に接近してくる「妙な気配」を捉えた。
「ニャァッハッハッハッハッ!!」
突如として、甲高く響き渡る謎の高笑い。
バキバキと太い木の枝を乱暴に蹴り折る音と共に、頭上から派手な影が降ってきた。
「そこ行く見慣れない不審者、ストーップ! この神聖なる密林を勝手に歩き回るたぁ、いい度胸だニャ!」
ズダンッ、と大袈裟な着地音を響かせ、宿儺の数メートル先に『それ』は降り立った。
「泣く子も黙る密林の守護者、そして大いなる獣の如き包容力! ジャガー・アイは誤魔化せない! 人呼んで、ジャガーマンとは私のことだニャ!!」
着ぐるみのような奇妙な獣の皮を被り、巨大な肉球のついた武器(?)を肩に担いで、ビシッと謎のポーズを決める女。
顔の半分を覆う被り物の下から覗くのは、どこか抜けたような表情。
「…………」
宿儺は、完全に足を止め、目の前の存在を無言で見下ろした。
大気から伝わってくる霊基の密度は、先ほどの冥界の女神(エレシュキガル)と同等。間違いなく『神霊』のクラスに位置する存在だ。だが、その言動から滲み出る果てしない「小物感」と「ふざけた空気」が、神の威厳を完全に台無しにしている。
生前でも幾度か目にしてきた、自分の物差しでは絶対に会話が成立しないタイプの阿呆。普段であれば、視界に入った瞬間にサイコロステーキにして蹴り散らしている手合いだ。
しかし、宿儺はすぐに指を振るうことはせず、微かに眉を顰めた。
(……なんだ、この下らない既視感は)
彼の魂の底で、奇妙なノイズが走った。
先ほど、冥界の底で不器用な女神と対峙した際に感じた、あの名状しがたい残滓。 目の前の珍妙な神の波長に呼応するように、一つの影が浮かび上がってきたのだ。
騒々しく喚き散らす女の影。
それが誰なのか、何処での出来事なのか、宿儺には分からない。記憶はすっぽりと抜け落ちている。ただ、目の前の阿呆の波長が、その「欠落した記憶の中にある鬱陶しい影」とピタリと重なり合うという、ひどく不快で奇妙な感覚だけがそこにあった。
「無視するなニャ! 恐れ慄いて声も出ないかニャ?」
腰に手を当ててふんぞり返るジャガーマンを見つめながら、宿儺は小さく息を吐き、頭の奥で蠢くノイズを思考から切り捨てた。
「……貴様、三女神同盟の一柱か」
面倒くさそうに問いを投げる。
すると、ジャガーマンは「ギクッ」と分かりやすく肩を揺らし、両手で大きくバッテンを作った。
「ち、違うニャ! 私、同盟とかそういうキナ臭いのはノーサンキューの、ただのフリーランス神霊だニャ! 同盟のヤバい女神様は、この先の祭壇にいるククルン……あっ」
自ら口を滑らせたジャガーマンは、慌てて両手で口を塞いだが、既に遅い。
探す手間が省けた。どうやら一発目で「当たり」を引いたらしい。
「その神の元へ案内しろ」
宿儺は、一切の感情を排した冷たい声で命じた。
断れば一秒後に肉片にする。それが伝わるだけの威圧を乗せた声。だが、ジャガーマンは、武器を構えてギリッと牙を剥いた。
「にゃ、ニャめるな! ジャガーは義理と人情の獣! いくらククルンが、笑顔でルチャ・リブレの関節技を決めてくるからって……仲間を売ることなんて、絶対にできないニャアァァッ!」
ダンッ、とジャガーマンが踏み込もうとした瞬間。
――ヒュンッ。
宿儺の指先が、極めて無造作に動いた。
不可視の飛ぶ斬撃、『解』。
「にょわぁぁぁッ!?」
無造作に放たれた見えない刃を、ジャガーマンは野性の勘と理不尽な身体能力だけで、間一髪、首を捻って躱した。パラリ、と彼女の着ぐるみの前髪部分が数本切り落とされ、宙を舞う。
「あ、危なぁぁい!? 今の絶対、当たったら真っ二つになるヤツだったニャ!!」
ギャーギャーと叫びながら文句を垂れるジャガーマン。だが、彼女が斬撃に気を取られたその一瞬の隙に。
「――よそ見をするな」
「えッ」
ジャガーマンの背後に、既に宿儺は音もなく回り込んでいた。
振り向く暇も与えない。和服の袖を翻し、宿儺の右拳がジャガーマンの背骨を砕くべく、無慈悲に振り抜かれる。
しかし、密林の神霊の反応速度も並ではない。ジャガーマンは前方に身を投げ出すようにして拳を回避し、そのままバネのように跳ね起きて、上空数十メートルへと高々と跳躍した。
「ニャーッハッハッハ! 惜しかったニャ! ジャガーの跳躍力を侮――」
「随分と、大きい的だな」
地上で見上げる宿儺の両手が、既に影絵の印――「鳥」の形を組んでいた。彼の足元に広がる濃い影が、ボコボコと沸き立つ。
「――『鵺』」
影の中から、巨大な怪鳥が顕現した。
骨の面を被り、両翼にバチバチと凄まじい紫電を纏った式神。空中に逃れ、回避行動が難しい位置とタイミング。ジャガーマンの頭上へと、瞬きする間に到達する。
「……にゃ?」
ジャガーマンが見上げた先。巨大な翼から、極大の雷撃が雨あられのように降り注いだ。
バリバリバリバリドガァァァァァンッッ!!!
「ギャアアアアアアアアアッ!?」
不可視の斬撃、神速の打撃、そして回避不能の空中からの雷撃。
一切の澱みない流麗な連撃に、密林の神霊は成す術もなく紫電に焼かれた。黒焦げになった着ぐるみの口から煙を吹き出しながら、ジャガーマンは錐揉み回転して地面へと激突する。
ズゥーン……。
地面にめり込んだジャガーマンは、全身をビリビリと痙攣させ、完全に白目を剥いていた。
宿儺はゆっくりと歩み寄り、微動だにしなくなった珍獣の首元へ、今度こそトドメを放つべく指を向けた。
「……義理と人情だったか。あの世で誇るがいい」
指先から呪力が立ち上る。その瞬間。
「あーんなーいーしーまーすぅぅぅぅぅ!!」
白目を剥いていたはずのジャガーマンが、バッ! と見事な土下座の体勢で地面に額を擦り付けた。
「案内します! 喜んで案内させていただきます! ククルンの祭壇でも、弱点でもなんでも教えちゃうニャ! だから命だけは! 命だけはご勘弁をォォォッ!!」
流れるような命乞い。先ほどの啖呵をたった十数秒で自らドブに捨てる、見事なまでの寝返りだった。
「…………」
あまりの変わり身の早さに、宿儺は振り下ろそうとした指をピタリと止めた。こんな阿呆を相手に呪力を消費するのすら馬鹿馬鹿しくなってきた。
「……チッ。手間が省けるならそれでいい」
宿儺は構えを解き、土下座するジャガーマンの襟首を掴むと、進行方向へ向かって雑に放り投げた。
「ひゃんっ!」
「さっさと歩け。妙な真似をすれば、次は首を飛ばすぞ」
地面を転がったジャガーマンだったが、殺されないと分かるや否や、瞬時にハイテンションに切り替わった。
「喜んでぇぇぇぇッ!!」
なぜかやる気満々で立ち上がり、尻尾を振りながらズンズンと森の奥へと歩き出す。このふざけた生物を構成する霊基は間違いなく神霊そのものであるはずなのだが、その生態は完全に三下のそれだった。
宿儺は呆れ半分に、その奇妙な案内人の背中を追って歩き始めた。
道中。先ほどの雰囲気などどこへやら、ジャガーマンはペラペラと軽快に喋り続けた。
「しかしお兄さん、すっごい殺気だけど、一体何が目的でこんなジャングルまで来たの? ウルクの王様の差し金かニャ?」
「俺の目的に、他者の差し金などない。この世界を歪めている神霊共を、遊びがてら始末しに来ただけだ」
宿儺の言葉に、ジャガーマンは「ひえっ」と首をすくめる。
「か、神様を遊びで始末……。とんでもないヤバい奴を引き当てちゃったニャ。でも、この先にいる神様は、さっきのジャガーみたいに手加減してくれニャいよ? 南米の主神、ケツァル・コアトル。太陽と嵐の神様だニャ」
「ほう、太陽か。それはいい。よく燃えそうだな」
宿儺は口角を歪め、昏い笑みをこぼす。
森の木々が、徐々にまばらになっていく。大気の質が、肌を刺すような熱を帯びたものへと明確に切り替わっていた。
視界が開ける。そこは、ジャングルの最深部に切り拓かれた巨大な空間。天を突くほどに巨大な石造りの祭壇が、強烈な太陽の光を浴びて神々しく鎮座していた。
そして、その祭壇の頂上から放たれる、圧倒的な熱量と神気。
いよいよ、この特異点に根を下ろす神との殺し合いが幕を開けようとしていた。