藤原佐為の碁 ~転生したら神童ヒカルになってた件~   作:梅酒24

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第二局:VS塔矢行洋 前半

――碁会所。

静かなはずの空間に、張り詰めた空気が流れていた。

目の前には、あの少年。

塔矢アキラ。

(……また、この子と向き合うことになるとは)

ヒカルの中にいる私は、その気配を強く感じ取っていた。

「進藤……お前、プロを目指していないのか?」

アキラの声は、低く、まっすぐだった。

迷いがない。

(やはり……この子は本気だ)

だが――

ヒカルは、少しだけ間を置いてから口を開く。

「なあ……プロってさ」

軽い調子。

しかし、その奥に何かを隠している。

「どれくらい稼げるんだ?」

(……ヒカル?)

予想外の返答に、私は戸惑う。

だがアキラは、眉をひそめながらも答える。

「タイトルによるが……」

そして語り出す。

名人戦、本因坊、棋聖――

それぞれのタイトルと、その賞金額。

具体的な数字。

現実。

(……なるほど)

それは確かに、大きな金だ。

だが――

「ふーん」

ヒカルは、軽く頷く。

「じゃあさ」

その次の一言。

「ぱぱっとタイトル取って、稼いでやるよ」

――その瞬間。

空気が、凍りついた。

(……ヒカル……!それは……!)

あまりにも軽い言葉。

あまりにも無遠慮な一撃。

そして――

アキラの表情が、変わる。

「……なんだと?」

声が低くなる。

怒りが、滲む。

「お前……」

一歩、踏み出す。

「プロがどんな思いでそこにいるか……」

言葉が、鋭くなる。

「分かっているのか!?」

(……来る……!)

怒り。

純粋で、真っ直ぐな怒り。

「何年も……何十年も……!」

アキラの声が、強くなる。

「努力して!競い合って!命を削って!」

一歩、さらに近づく。

「やっと立てる場所なんだぞ!!」

(……ああ……)

私は理解している。

この子にとって碁は、すべてだ。

遊びではない。

誇りであり、人生そのもの。

「それを……」

アキラの目が、ヒカルを射抜く。

「“ぱぱっと取る”だと……?」

怒りが、爆発する。

「ふざけるな!!」

碁会所の空気が震える。

(ヒカル……どうする……!)

だが――

ヒカルは、引かなかった。

むしろ。

一歩、踏み出す。

「……じゃあ聞くけどさ」

声は低い。

だが、その奥には――

別の感情があった。

(……これは……)

怒りではない。

もっと重い。

「お前にさ」

ヒカルが、アキラを睨む。

「俺の人生、分かるのかよ」

空気が変わる。

「……何?」

アキラが眉をひそめる。

「俺の両親さ」

ヒカルの声が、震える。

だが、止まらない。

「事故で……植物状態なんだよ」

――沈黙。

(……ヒカル……)

初めて知る、重さ。

アキラの表情が揺らぐ。

「……え……?」

「金がいるんだよ」

ヒカルは、吐き出すように言う。

「とんでもない額のな」

拳を握る。

「だから稼ぐって言ってんだろ」

(……)

その言葉は、あまりにも現実的で。

あまりにも重い。

「賞金の使い道なんてさ」

ヒカルの声が、さらに強くなる。

「人それぞれだろ?」

一歩、踏み込む。

「お前に――」

真正面から。

「俺の人生、否定する権利があんのかよ!!」

沈黙。

碁会所の空気が、完全に止まる。

(……なんという……)

私は、言葉を失う。

どちらも、正しい。

アキラは、碁に命を懸けている。

ヒカルは、現実に追い詰められている。

(……これは……)

勝ち負けではない。

価値観の衝突。

「……俺は……」

アキラが、口を開く。

だが、その声はさっきほど強くない。

揺れている。

(……アキラ……)

彼もまた、迷っている。

だが――

それでも。

「それでも……!」

再び、顔を上げる。

「碁を……そんな風に使うのは……」

言葉を探す。

「……許せない」

絞り出すように。

(……ああ……)

この子は、折れない。

「……勝手にしろよ」

ヒカルが、吐き捨てる。

だがその声には、苛立ちと――

わずかな、悲しみが混じっていた。

二人は、睨み合う。

火花のように。

(……ヒカル……アキラ……)

私は、その間に立つことができない。

ただ見ているだけ。

(碁とは……)

こんなにも人を熱くし。

こんなにも、すれ違わせるものなのか。

だが――

同時に思う。

(この二人は……)

いずれ、また向き合う。

盤上で。

言葉ではなく、石で。

(その時こそ……)

本当の意味で、ぶつかるのだろう。

それが――

碁というものなのだから。

 

***

 

――張り詰めた空気。

「やめなさい!」

碁会所のスタッフが、慌てて二人の間に割って入る。

「ここは対局の場ですよ!」

(……止められましたか)

ヒカルと塔矢アキラ。

ぶつかり合ったままの熱が、まだ空気に残っている。

だが――

その空気を、さらに塗り替える存在が現れた。

「騒がしいと思えば……」

静かな声。

だが、それだけで場が引き締まる。

(……この気配……)

振り向いた瞬間、私は息を呑む。

塔矢行洋。

日本最強。

頂点に立つ棋士。

「君が……」

ゆっくりと、ヒカルを見据える。

「アキラに二度も勝ったという子か」

(……来た……)

その視線だけで、空気が重くなる。

圧。

まるで、見えない盤面に既に打ち込まれているかのような感覚。

(この方が……現代の頂点……)

私は、自然と息を整えていた。

ヒカルは少し戸惑いながらも答える。

「あ、ああ……まあな」

軽く返しているようで、その実、緊張している。

(無理もありません……この方は……)

常人とは次元が違う。

「少し、話をしよう」

行洋は穏やかに言う。

そして、いくつかのやり取り。

ヒカルの受け答え。

その端々から、行洋は何かを感じ取っている。

(見ている……すべてを……)

ただの会話ではない。

すでに“読み”が始まっている。

やがて。

「……よければ」

行洋が静かに言う。

「一局、打ってもらえないか」

(……!)

来た。

ついに――

(ヒカル……)

私は、内側で強く息を吸う。

「……いいぜ」

ヒカルが応じる。

その言葉と同時に――

盤が、整えられる。

対局開始。

(……)

石を持つ。

その瞬間。

(……なんという……圧……!)

ぞくり、と背筋が震える。

盤の外からではない。

盤の“中”から、圧が来る。

(この方……すでに盤面を支配している……!)

まだ一手も打っていないというのに。

(これが……頂点……)

第一手。

私は、ゆっくりと打つ。

(……いつも通りに)

迷いはない。

私は――

本因坊秀策の碁を継ぐ者。

(“正しき形”を……)

静かに、構える。

行洋の応手。

一瞬の迷いもない。

(速い……!)

だが、それ以上に――

(深い……)

一手の裏に、幾重もの意味が重なっている。

序盤。

互いに、探る。

(この方は……)

私の石を観察している。

一手ごとに。

まるで、問いかけるように。

(どこまで読めるのか、と……)

(……ならば)

私は、あえて選ぶ。

“秀策の形”。

古典。

積み重ねられた完成形。

静かに、布石を広げる。

行洋の目が、わずかに細まる。

(……やはり)

その心の奥に、波が立つ。

(古い……?)

だが、それだけではない。

(しかし……完成されている……)

矛盾。

古いのに、崩れない。

(これは……ただの模倣ではない)

(感じる……)

私は、確信する。

この方は――

ただ強いのではない。

(すべてを受け入れた上で……選んでいる)

現代の手も。

古典の手も。

そのすべてを理解し、なお最善を選ぶ存在。

一手。

また一手。

静かに進む。

だが、その内側では――

激流。

(……すごい……!)

思わず、心が震える。

(これほどの相手と……打てるとは……!)

喜び。

純粋な、歓喜。

行洋もまた、感じていた。

(……この子……)

違和感。

ヒカルではない。

その奥にいる何か。

(この手……)

古い。

だが――

(隙がない)

完成されすぎている。

(まるで……)

遠い時代から、そのまま現れたかのような。

(面白い……)

行洋の内に、わずかな高揚が生まれる。

普段は決して表に出ない感情。

(これは……試す価値がある)

対局は、なおも続く。

互いに、踏み込まず。

だが、逃げもしない。

絶妙な距離。

(……まだ……序章……)

だが、確信している。

この一局は――

ただの対局では終わらない。

(ヒカル……)

そして私は、静かに思う。

(あなたは……とてつもない世界に足を踏み入れています)

盤上で交差するのは。

過去と現在。

そして――

頂点と、未踏。

静寂の中。

石音だけが響く。

だがその一音一音が――

世界を震わせていた。

***

――静寂が、崩れ始めていた。

最初は数人だった見物客が、いつの間にか増えている。

ざわ……ざわ……

「おい……見ろよ……」

「塔矢名人と……あの子供が……?」

「互角……なのか……?」

(……気配が増えている……)

私は盤から目を離さずに、それを感じ取る。

だが――当然だ。

(この局面……)

序盤。

まだ、ほんの入口。

それなのに――

(互角……)

一手一手が、均衡している。

対面。

塔矢行洋。

その表情は変わらない。

静か。

揺るがない。

だが――

(内側は……違う)

私は感じていた。

わずかな違和。

(……読んでいる……いや……測っている……)

私のすべてを。

(この子は……)

行洋の思考は、深く沈んでいた。

目の前の“進藤ヒカル”。

だが、その奥。

(誰だ……?)

一手ごとに確信が強まる。

(ただの子供ではない)

石の置き方。

間。

呼吸。

(古い……)

明らかに、現代のプロが選ばない筋。

(だが……)

破綻がない。

むしろ――

(完成されている)

違和感。

そして、興味。

ざわ……ざわ……

視線が集まる。

その中に――

塔矢アキラの姿。

(……父さん……)

息を呑む。

盤面を見る。

(……嘘だろ……)

理解できない。

(互角……?)

あの父と。

序盤で。

崩れない。

(進藤ヒカル……)

その存在が、遠のいていく。

(……こんな……)

(こんなところにいる人間じゃない……!)

(……そろそろ……)

私は、決断する。

序盤の終わり。

均衡の、最後の瞬間。

(攻める)

静かに。

だが、確実に。

一手を――打つ。

石音。

――コツン。

ざわ……っ

空気が、変わる。

「今の手……!」

「踏み込んだ……!」

(来たか……)

行洋の内で、何かが切り替わる。

(ここからが本番……)

(……鋭い)

その一手。

均衡を崩す楔。

(なるほど……)

行洋は理解する。

(アキラが……二度敗れた理由)

この踏み込み。

迷いのなさ。

(この子は……)

ただ守るだけではない。

(勝ちに来ている)

(……ならば)

行洋の意識が、さらに深く沈む。

(こちらも……同等として扱う)

もはや子供ではない。

格下でもない。

(同格……いや……)

(それ以上の可能性すらある)

応じる。

一手。

迷いなく。

(正解の筋……)

読み切った上での最善。

(……やはり)

私は感じる。

この方は――

(すべてを読んでいる)

こちらの意図。

狙い。

その奥まで。

だが。

(だからこそ……!)

私はさらに踏み込む。

秀策の流れ。

古き理。

だが、それを“なぞる”のではない。

(今、この盤のために)

一手一手、再構築する。

(……面白い……)

行洋の内に、確かな熱が生まれる。

(この打ち方……)

古い。

だが――

(死んでいない)

それどころか。

(生きている……!)

現代で。

この場で。

(模倣ではない……)

確信する。

(考えている……すべての手を)

その場で。

自分のものとして。

(……これは……)

久しく感じていなかった感覚。

(他のトップ棋士との対局では……得られない)

未知。

(この子は……何者だ……?)

盤面が、わずかに傾く。

ほんの、僅差。

だが――

(……!)

行洋の内に、驚きが走る。

(差が……ついた……?)

一目。

ほんの一目。

されど――

(序盤で……)

(私が……差をつけられた……?)

記憶を辿る。

(……いつ以来だ……)

思い出せない。

それほど遠い過去。

(……認めよう)

静かに、だが確かに。

(この者は……)

進藤ヒカル――否。

その奥にいる存在。

(私と同等……)

いや――

(それ以上の可能性すらある)

私は、その気配を感じ取る。

(……届いている)

私の碁が。

この頂点に。

(……楽しい……)

胸の奥に、確かな喜び。

(これほどの相手と……)

時を超えて、出会えたこと。

ざわ……ざわ……

観客たちは気付いていない。

まだ。

だが、確実に――

歴史が、動いている。

序盤、終盤へ。

そして――

真の戦いが、幕を開ける。

 

***

――ざわ……ざわ……

空気が、明らかに変わっていた。

「……押してるぞ……」

「塔矢名人が……?」

「あり得るのか……こんなこと……」

(……伝わっている)

盤上のわずかな差。

それを感じ取れる者たちが、ざわめいている。

(……そんな……)

塔矢アキラの視界が揺れる。

盤を見る。

もう一度見る。

(父さんが……押されている……?)

信じられない。

いや――

信じたくない。

(あり得ない……!)

彼は知っている。

誰よりも。

父の強さを。

(囲碁は……違う……)

アキラの思考が巡る。

(野球やサッカーとは違う……)

偶然はない。

流れもない。

(運が入り込む余地なんて……ほとんどない)

あるのは――

純粋な力。

(強い者が……勝つ……!)

それが囲碁。

それがこの世界の絶対。

(その父さんが……押されている……?)

(進藤ヒカルに……!?)

私は、その空気の震えを感じながら――

石を打つ。

(……来ている……)

確実に。

盤の主導権が。

対面。

塔矢行洋。

その表情は、変わらない。

だが――

(内側は……)

揺れている。

(……2目差……)

行洋の思考は、静かに現実を受け入れていた。

(押されている……)

明確に。

(……強い……)

その評価は、すでに疑いようがない。

(今まで戦ってきた誰よりも……)

その一手一手が証明している。

(……この打ち方……)

改めて観る。

古い。

だが――

(完成されすぎている……)

隙がない。

どこにも。

(しかも……)

(すべて自分で考えている)

借り物ではない。

生きた碁。

(……面白い)

胸の奥に、熱が灯る。

(これほどの相手が……まだいたとは)

(……だが)

静かに、覚悟する。

(このままでは……負ける)

私は、その“覚悟”を感じ取る。

(……来る)

ここから。

本当の戦いが。

中盤戦、序盤。

互いに、牙を剥く。

私は攻める。

容赦なく。

(ここで……差を広げる!)

石を打つ。

――コツン。

一気に踏み込む。

(……鋭い……!)

行洋の内に緊張が走る。

(この局面で……ここまで攻めるか……)

だが――

(受ける……!)

応手。

完璧な形。

無駄がない。

(……さすがです……)

私は思う。

心から。

(この方は……やはり……頂点……)

(……楽しい)

自然と、感情が溢れる。

(これほどの読み……これほどの応酬……)

(いつ以来でしょうか……)

だが。

(……差は……動いている)

私は感じている。

わずかに。

だが確実に。

(広がっている)

その理由も、理解している。

(……時間……)

私は、この道を歩み続けてきた。

何百年も。

(この方よりも……)

(碁と向き合った時間は……長い)

それは、絶対的な差ではない。

だが――

(こういう局面で……)

わずかに、効いてくる。

一手。

また一手。

私は積み重ねる。

(急がない……)

(確実に……)

(……じりじりと……)

行洋は感じていた。

差が広がる。

ほんのわずかずつ。

(……止まらない……)

(……認めよう)

その内側で、静かに結論が出る。

(この者は……)

(私と同等……いや……)

(それ以上……)

だが――

その認識と同時に。

(……だからこそ……)

闘志が燃え上がる。

(退く理由にはならない)

私は、その感情を受け取る。

(……素晴らしい……)

尊敬。

心から。

(この方は……本物だ)

そして――

(だからこそ……)

私はさらに踏み込む。

盤上。

静寂の中で。

二人の思考が、激突する。

(……この一局……)

私は確信する。

(ただの勝負では終わらない)

(……歴史になる)

その予感とともに――

私は、次の一手を打った。

 

***

盤面は、静かに――しかし確実に傾いていた。

ざわ……ざわ……

観客たちのざわめきは、もはや抑えきれない。

「……3目……?」

「中盤で……?」

「塔矢名人が……押されてる……」

その声の一つ一つが、現実を裏付けていた。

私は盤を見つめる。

(……確かに……)

石の流れ。

呼吸。

すべてが噛み合っている。

(差は……開いている……)

わずかだが、確実に。

対面。

塔矢行洋。

その目が、わずかに細められる。

(……3目……)

内側で、冷静に状況を測る。

(中盤でこの差……)

普通ならば、まだ覆せる。

だが――

(相手が相手だ……)

その“普通”が通用する保証はない。

そして、行洋は違和感に意識を向ける。

(……この打ち方……)

ここまでの一手一手。

(明治以降の打ち方を……していない……)

現代のプロが当然のように踏まえる定石。

発想。

流行。

(……知らない……?)

一瞬、思考が止まる。

(……あり得るのか……?)

ここまで打てる者が。

その基礎を。

だが、すぐに切り替える。

(……ならば……)

静かに決断する。

(試すか……)

盤面を俯瞰する。

構造。

厚み。

呼吸。

(……この局面なら……使える)

ひとつの手が浮かび上がる。

(明治時代に流行した手……)

かつては鋭手。

だが――

(今は……打たれない)

理由は明確。

(穴がある)

現代では、対策が確立されている。

(知っていれば……恐れる手ではない)

だが――

(知らなければ……)

致命傷になり得る。

(……価値はある)

その一手に、静かに手を伸ばす。

――コツン。

石音が響く。

(……!)

私は、その一手を見た瞬間――

息を止めた。

(……新手……)

見たことがない。

一度も。

(この盤面で……この位置に……?)

理解が追いつかない。

だが――

(……何だ……この感覚……)

恐れ。

直感的な。

(軽くない……)

一手であるはずなのに。

(重い……)

異様なほどに。

(……違う……)

さらに奥。

(これは……一手じゃない……)

見える。

ぼんやりと。

(数十手先……)

さらにその先。

(効いてくる……?)

(……三重……)

一手でありながら。

三度効くような。

そんな構造。

(……なんという……)

思考が止まる。

(……美しさと……恐ろしさ……)

同時に存在する。

私は――

動けなくなる。

沈黙。

ざわめきが、遠のく。

観客の声が、消える。

(……読む……)

盤に没入する。

すべてを捨てて。

一手の意味を、解きほぐす。

枝分かれする未来。

そのすべてを追う。

時間が、伸びる。

一秒が、永遠のように長い。

(……ここで……こう来る……?)

(いや……その先に……)

(ならば……この応手は……)

思考が、何重にも重なる。

その様子を、行洋は静かに見ていた。

(……長考……)

確信に変わる。

(やはり……)

(この手は……)

本来ならば。

(知っていれば……)

“考える必要のない手”。

(即応できる)

それが常識。

(……だが……)

目の前の存在は。

(止まっている)

(つまり……)

結論はひとつ。

(初めて見た……ということか……)

行洋の内に、静かな驚きが広がる。

(……不思議だ……)

ここまでの棋力。

ここまでの完成度。

(それでいて……)

(この手を知らない……)

(……興味深い……)

その正体。

その背景。

すべてが謎に包まれている。

そして同時に――

(……危険でもある)

未知の相手。

未知の思考。

だが。

(……だからこそ……)

行洋の内に、さらに強い集中が宿る。

盤上。

静寂。

そして私は――

まだ、考え続けている。

(……解く……必ず……)

あの一手の、本当の意味を。

***

 

盤面に落ちた一手。

それは静かでありながら、異様な重みを帯びていた。

私は、そこから動けない。

(……見つからない……)

どこかに、道がある。

確信に近い感覚。

(細い……細い道が……)

だが、それはあまりにも細い。

対面の塔矢行洋は、静かに私を見ている。

その内側では、明確な確信が形を成していた。

(例えば……)

彼の思考は、遠くへと広がる。

(球の体積……)

かつて、世界各地で求められたもの。

(各々が公式を作り……)

だが、誰も“真の答え”には辿り着けなかった。

(それでも……)

近似値には到達した。

(そして……)

正解が見つかるまで――

(1800年……)

時間が必要だった。

(だが今は……)

公式を知っていれば。

数分で解ける。

行洋の視線が、盤に落ちる。

(この一手も同じ……)

かつては脅威。

だが――

(対策は完成している)

そのために費やされた時間。

(100年……)

(知っていれば……)

怖くない。

(知らなければ……)

ほぼ、詰み。

(ただし……)

条件がある。

(長い一本道……)

決まった手順。

一切のミスを許さない。

(それを辿れば……)

この一手は、悪手に変わる。

私は、なおも考えている。

(……10手……20手……)

枝分かれする未来。

無数。

(多すぎる……)

すべてを読み切るには――

時間が足りない。

(……この数分では……)

辿り着けない。

焦りが、わずかに滲む。

(……ならば……)

決断。

(リスクは……避ける)

私は、石を持つ。

(無難に……)

安全な道を。

――コツン。

その瞬間。

行洋の内で、静かに結論が出る。

(……それは……)

(悪手……)

表情は変わらない。

だが――

(読み通り……)

確信が深まる。

(この局面の正解は……)

リスクを取ること。

(攻める手……)

それが唯一の道。

(ただし……)

条件がある。

(完全な読み)

一手の誤りも許されない。

(それができれば……)

逆転する。

(この局面そのものが……勝敗を決める)

だが、目の前の存在は――

(……避けた)

(やはり……)

確定する。

(この対策手順を……知らない)

だが同時に――

行洋は感じていた。

(……考えている……)

逃げではない。

理解しようとした上での選択。

(……惜しい……)

ほんの一歩。

だが。

(囲碁は……非情だ)

行洋の意識が、研ぎ澄まされる。

(……今だ)

一瞬の隙。

それを――

逃さない。

――コツン。

鋭い一手。

(……!)

私は気付く。

(……しまった……!)

だが、もう遅い。

流れが、変わる。

行洋は、一気に踏み込む。

(ここから……)

(戻す)

一手。

また一手。

迷いはない。

(この形なら……)

すべてが繋がる。

私は受ける。

だが――

(……重い……)

先ほどの一手が、響いている。

(崩れる……)

じわり、と。

形が歪む。

観客のざわめきが、再び広がる。

「……戻した……?」

「いや……追いついた……!」

塔矢アキラが息を呑む。

(……父さん……!)

見慣れた光景。

だが――

(違う……)

今回は、“押し返した”。

盤面。

均衡。

(……戻された……)

私は理解する。

(完全に……)

だが――

(……面白い……)

胸の奥に、熱が灯る。

対面の行洋もまた、同じ感情を抱いていた。

(……これで……)

(スタートライン)

互いに。

譲らない。

中盤戦――

本当の勝負が、ここから始まる。

 

佐為VS塔矢行洋 勝つのは?

  • 佐為の圧勝
  • 佐為ギリギリ勝ち
  • 引き分け
  • 行洋の圧勝
  • 行洋ギリギリ勝ち
  • トラブルで試合終了
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